第181話 故郷 04
◆
「罠があると考えた方がいい」
いつものようにクロードの部屋に集まった面々に対し、クロードはそう告げた。
「ウルジス王も気が付いていたが、アドアニアの選択はおかしい」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってっす!?」
ミューズが狼狽えた様子で手を上げる。
「それはあたしの交渉なんかに乗るはずがないってことっすか!?」
「いや、そうじゃない。それはよくやってくれた」
「じゃあ何が問題なんすか?」
「会談が開かれる場所だ」
「場所っすか?」
「確かにそうですよね」
カズマが首肯する。
「ねえミューズ、現地で会談するっていうのは誰が提案したの?」
「ん? アドアニア側っすよ。この質問、クロードにも受けたっすよ?」
「流石クロードさんですね」
「……」
カズマのクロードに対する尊敬の意が最近とみに強くなってきていたことを、クロードは感じていた。自分の行動が全て正しいと思い込まれているというプレッシャーに否定を返したくなるが、そのことによって彼の心のバランスが保てなくなる可能性があると思うと無下にすることも出来ず、密かに頭を悩ませていた。
(……俺はそんなに賢くない。考えて、やりたいことをやっているだけなのに……)
最近は『理想のクロードが導き出すであろう結論』を先に口にだし、クロードが同意するという場面も増えていた。そんな風に、ある意味、クロードに思考が似通って来ていることに、クロードは嘆息していた。
(いつか俺に成り代わるかもしれないな……なんて)
心の中でも笑うことが出来ない彼は小さく首だけを振って、真顔のまま先を促す。
「カズマ、続けろ」
「はい。――で、ミューズ。ウルジスがアドアニアと会談する際に、僕達も同行するでしょ?」
「まあ、そりゃそうっすよ。最後の中立国だし、失敗できないから。だからわざわざクロードも行くじゃないっすか」
「そう。最後の中立国であって、ウルジスも切れるカードは出来るだけ持っていきたいからクロードさんも同行する。――そんな会談、平和的に終わると思う?」
「何言っているっすか。思わないからこそ、あたしらは念のための戦闘準備をしているじゃないっすか。クロード、ライトウ、カズマ――その他の勢力も含めた武力をアドアニアに集めているじゃないっすか」
「そう、その通り。だけどそれって、他の国も絶対そう考えていると思わない?」
「そりゃまあ、思うっすよ」
「だったら疑問が湧かない?」
カズマは人差し指を立てる。
「何でアドアニアは――わざわざ自国を戦場と化そうとしているのか、って」
「あっ……」
ミューズがハッと目を開く。
「そういえばそうっすね。てっきりウルジスに謝罪に来させるため、って思っていたっす」
「まあ、交渉していた立場からはそう考えるだろうね」
「……となると、どういうことになるんだ?」
ライトウが問う。
彼はすっかりと元通りになっていた。
――表面上は。
しかし一度戦闘が発生すると、まるで鬼神の如くジャスティスを容赦なく切り捨てて行った。その行動から彼は他の所属員からクロードと同じような畏怖の対象となっていた。またライトウ側も話し掛けるのもためらってしまう程のオーラをどことなく放っていた。
だが、そんなことはお構いなしといった様子で、
「二つのことが言えます」
平然とした顔で、カズマは右手の人差し指と中指を立てる。
「一つは『自国が戦場にならないことを知っているから』。もう一つが――『自国が戦場になってもいいから』ですね」
「……前者が分からない」
「前者は単純ですよ。ルード国が何も仕掛けないことを知っている、ってことです」
「何も仕掛けない?」
「つまりはこういうことです。――既に裏でルード国と手を組んでいるので、ウルジス国とは手を組まない――っていうことです」
「ルードと既に手を組んでいる?」
「ええ。じゃあこの勢いのまま言いますか」
カズマは目を見開くライトウに続けて説明する。
「後者の『自国が戦場になってもいいから』っていう場合で考えられるのは、最初のクロードさんが語った通り、アドアニアがこちらを罠に掛けることですね。つまり――アドアニアを放棄したという未だにルードの支配下にあるということです」
「ルードの……?」
「ちょっと待ってくれっす!」
ミューズがハッとした様子で声を張り上げる。
「それって……どっちにしろアドアニアは既にルードと手を組んでいる、ってことっすか!?」
「その通りです」
カズマが首を縦に動かし「ですよね?」とクロードに問うてくる。
クロードも首肯する。
「ああ。ほぼ間違いないだろう。このことはウルジス王も分かっている」
「あっ! そういうことっすか!」
唐突にミューズが自分の手を打つ。
「あの時ウルジス王が『覚悟を決める』とか『先代の失態だから仕方ない』とか言っていたのは……」
「そうだ」
クロードが口では肯定しながら、首を横に振る。
「この会談は――最初から失敗する道しかない」
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