第172話 苦心 08

「クロードさんにやらかした? 何を?」


 カズマのその問いに、椅子に大きく背を預けながらミューズは額を抑える。


「アレインが殺されたって聞かされた時、あたしは大いに取り乱しちゃったっす。で、その矛先が近くにいたクロードに向かったっす」

「殺されたのはクロードさんのせい、とか言ったの?」

「近いっす。『何でアレインをこっちの――ウルジス国への交渉の方にしなかったんすか!』って責めたっす」

「あー……」

「そんなの結果論だって分かっているっすけどね。でも、ヨモツ戦相手にアレインは何の役にも立っていなかった」

「それは違う。ライトウと地上で相手攻撃を攪乱させていたよ。だから何の役にも立っていないっていうのは間違いだ」

「でも、それが戦局を左右したっすか?」

「それは……」


 言葉に詰まるカズマ。

 その様子を見て、ミューズは苦笑する。


「……同じような責め方でクロードを困らせたっす」

「それで? クロードさんはどうしたの?」

「全部受けてくれたっすよ、あたしの言葉を。ずーっと、長時間に渡って。……そしてあたしが出し尽くした後、一言、呟くようにこう言ったっす」


 大きく息を吸い、


「――『』、って」


 ミューズは目を伏せる。

 まるで恥じ入る様に。


「それであたしは気が付いたっす。自分の考え方の甘さが。過去の反省をせずに責めることだけをしていたことに。あの一言は的確な言葉だったっす」

「流石クロードさんだね……僕だったらきっと黙ったままか、自分の所為だと受け流すか、どちらかの対応をしていたよ」

「実際にライトウにはその対応をしていたんすよね?」

「そうだよ。あーあ、やっぱり僕はまだまだだな」


 カズマは心底悔しそうにそう呟く。

 その様子にミューズは眉を潜める。


「カズマ、あんたまさかクロードを出し抜こうとしているっすか?」

「そうじゃないよ。ただ、同い年くらいなのにあれだけ深く考えられればな、とは思っているよ。追いつきたいなあ、って」

「頭がいいっすよね……本当。魔王になる前は普通の高校生だったなんて嘘っすよね」

「でもそんな片鱗は見えていなかったんでしょ?」

「あたしの情報網では、っすね。あーあ、アドアニアに行った時にこっそりでも調べるっすか」

「行った時に、ね。……さて」


 カズマはそこで腰を上げる。


「ん? どうしたっすか?」

「ああ。クロードさんの所に報告をね。流石にライトウの報告だと、何で僕があのような行動をしなくちゃいけなかったか分からないと思ってね」

「クロードなら分かるんじゃないすか?」

「まさか。そんな万能ではないと思うよ。情報が足りない所は素直に足りない所を補足しないと。変な勘違いをされてしまうのも嫌ですしね」

「いいんじゃないっすか。まだクロードはカズマが狂化していると思っているっすよね?」

「狂化って……でも、多分クロードさんも気が付いていると思うよ」

「えっ?」

「ミューズが気が付いているんだからクロードさんは勿論気付いていると思うよ」

「……むー、その理由はちょっと癪っすね」

「何で?」

「別にー」

「……? あともう一つ、ライトウへ掛けた言葉からも、クロードさんが僕が正気に戻っていることが分かっていると思うよ」

「あれっすか? 『――よくその言葉をカズマの前で口に出来たな』ってやつっすか?」

「そう。僕が狂化していたら、そんなもの気にしないって分かるじゃない。むしろ復讐心を駆り立てるためにどんどん言え、って言うと思うよ」

「そこまで鬼畜だとは……いや、有り得るかもしれないっすね……」


 顎に手を当ててミューズが唸る。

 魔王としてのクロードはそれ程に非情だ。

 使えるモノは使う。


「……ある意味」


 ふ、と少し寂しそうな表情でカズマは呟く。


「クロードさんが望んでいたのはこんな僕だったのかもね。復讐心のみで動く駒として」

「そうかもっすね。でも……」


 にっこり、と。

 満面の笑みでミューズは告げる。


「あたしは今のカズマの方が断然、好きっすよ」


「……そっか」


 口の端を上げて、カズマは扉に手を掛ける。

 そして。


「……ありがとう」


 優しい声でそう呟いて、退室して行った。


 部屋に残ったただ一人の少女は。


「……こっち見て言ってくれっすよ、バカ」


 顔を真っ赤にして椅子の上で膝を抱えていた。

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