第171話 苦心 07

 コズエ。


 カズマのたった一人の妹。

 ルードに殺害された妹。


 ――結果的にカズマが殺してしまった妹。


 そのことをフラッシュバックさせたくない。

 そう思ってミューズはずっと頑なに訊ねることをしなかったのだ。


 しかし、ここで訊くべきではなかっただろう。

 すぐに後悔した。

 ひどいことと前置きをしたとしても、このタイミングで言うべき内容ではない。


 だが、彼はミューズを責めることも回答を躊躇することもせず――意外な答えを口にした。



「分からない? どういうことっすか?」

「あの後、コズエの遺体をこれ以上見ていたくなかったから、適当な所属員の人に埋葬を依頼したんだ。顔も覚えていないよ。だからジャアハン国に埋められているんじゃないのかな?」

「きちんと埋葬したいと思わなかったんすか?」

「思わなかったよ。当時は、もう既に死んでいるコズエの扱いをどうしようが結局死んだ事実には変わらない、って思ってね」

「それは……」

「うん、分かっている。それは正しいし、そして間違っているってことも。コズエの遺体をきちんと埋葬するのが兄としての役目だとも思うし、一方でそんなことをすれば、さっきクロードが言った通りに人が死ぬ度に同じことを繰り返さなくちゃいけない――そんなの、出来る訳がないじゃないか」


 カズマは首を横に振る。


「僕達は『正義の破壊者』の幹部なんだ。年齢が若いだろうがなんだろうが関係ない。上の人がそんな特別対応を取ったらどう思う? ただでさえこのコテージの暮らしでさえよく思われていないと思うよ。でも、こっちはある意味上昇志向に繋がるための餌としての側面もあるから許容されているんだと思う。だけど――幹部になったら知り合いが死んだら弔ってあげる、なんて特典になびく人間なんか皆無だ」

「だから弔わない、っすね」

「弔えない、が正しいかな」


 だからこそ、とカズマは続ける。


「アレインの時も回収に向かえなかった。一般所属員が同じ目に遭っても助けに行くような義理人情深い人間だったら別に良かったけど、僕もライトウも、実際、ヨモツ戦時に人が亡くなっていたのに気にしなかったからね。ライトウは僕がそう仕向けたんだけど」

「それは……」


 仕方ない、とミューズは言えなかった。

 確かに大切な人ではないので思い入れは少ないが、それでも人だ。生きている人間だ。

 道具としてなんか扱えない。


「ミューズは優しいね」


 回答に困窮していると、カズマはそう言った。


「ミューズはそれでいいんだ。人を犠牲にする作戦なんて立てられないし、そんな判断も下さなくていい。そういうのは僕やクロードさんの仕事だ」

「カズマ……」

「ミューズ、僕はね――」


 カズマは笑顔で言い放つ。


「周囲の人間さえ幸せならばどうでもいいんだ。自分達がハッピーエンドになる為ならば、他の人間のバッドエンドでも構わないんだよ」


「……それがカズマの本心っすか?」

「そうだよ。だから――、ミューズ」

「なっ!」


 ミューズの心臓が高鳴る。

 カズマは真っ直ぐにこちらを見て先のセリフを言った。

 先程の言葉は本気だ。


「あ、あの……えっと……」

「勿論、ライトウもクロードさんもね。あ、クロードさんは必要ないか」

「……そうっすよね」

「うんうん。僕ごときがおこがましいよね、クロードさんの心配なんて……って、あれ? どうしたのミューズ?」

「別に何でもないっすよー……ふふふ」

「何笑っているのさ?」

「別に何でもないっすよー」


 カズマはいつもそうだ。

 そこが変わっていない。

 戻った。

 それだけでミューズは嬉しかった。


 それでも、変わらなくてはいけなかった部分はある。

 自分達は既に自分だけのことを考えていいわけではない。

 自分達は組織の長に近しい存在なのだ。

 振る舞いは考えなくてはいけない。


「あ、あはは……」


 そう思考した時、ミューズは自分の中でチクリとした痛みを感じた。


「ん? どうした?」

「いや、ちょっと思い出したことがあって……ああ、恥ずかしくなってきたっす……」

「何を?」

「普通に聞くんすね……まあいいっすけど」


 ミューズは、ふっ、と小さく笑って続ける。


「アレインの時、あたし、クロードにやらかしたっす」

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