外伝 訓練 04

    ◆



 ――月日は流れ、一年後。


 コンテニューは剣術の指導をジェラスに受け、空いている時間には本を読んで勉学に入った。

 時折、ジャスティスに乗って操縦桿を握ったが、それでも実戦レベルは行っておらず、動作確認という表現が正しいことを行っていた。ただそれは汎用のジャスティスの動作確認ではなく、水の中での動作だったり、背中に何かを付けたときの動きだったり、その先を見据えた機体に対してのモノであるとコンテニューは感じていた。そしてその全てでコンテニューは極めて精度の高い動きを行うことが出来ていた。今後、何か新機能が実装された場合でも難なく対応できるだろう。


「大分強くなったね、コンテニュー君」

「ジェラス中佐のおかげです。ありがとうございます」

「あはは。相変わらず謙虚だね」


 室内運動場で、いつもの二人。

 汗を存分に掻いた様子だが、コンテニューはその足でしっかりと立っていた。


「うん。私が教えられることもうほとんどないかな。一年でここまで来るとは思っていなかったよ」

「正直、かなりきつい一年でしたよ」

「あはは。まあそうだよね。うん」


 ジェラスはこの一年、剣術の髄を文字通り叩き込んだ。

 時には厳しい言葉を吐き、相手の心から折るような指導もした。

 しかしコンテニューは一度も弱音を吐くことは無く、むしろ食らいついてきた。

 ジェラスの方が心折れる程、凄まじく鬼気迫る勢いで。


「……でね。君に聞きたいことがあるんだ」

「何でしょう?」

「剣をこの一年、交えて分かったことがあるんだ」


 ジェラスは少年に問う。


「君は何に復讐したいんだい?」

「何を言っているんですか?」


 コンテニューは笑顔で答える。


「勿論、ルード国の敵にですよ。僕はルードの軍人です。その為に強くならなくていけないのですから」

「私に取り繕わなくていい。分かるんだよ。君がルード国の為に戦っているのではないことをね」


 むしろ、とジェラスは少年の碧眼を真っ直ぐに見て告げる。


「ルード国に対して戦っているように見えるんだ」

「……剣を交えるだけでそんなことも分かるのですね」


 驚いたという様子で目を見開くコンテニュー。

 それ自体が答えになっていた。


「……あ、しまった」

「言ってはいけないことだったのか?」

「いいえ、そういうことではないのですが……つい、疲れで思考する前に発言してしまいました」

「疲れか! はっはっは!」


 ジェラスは大笑いをする。

 コンテニューはその様子に笑みを少し薄くする。


「全く、何がおかしいのですか?」

「なあに、嬉しくなってな。君の本音をようやく聞けたような気がしてな。長かったよ」

「ずっと偽りの態度で接していたと?」

「違う違う。本心を隠していたってのが正しいだろう。あれだけきつい訓練をしていながら弱音の一つも吐かなかったのも、その本心隠しの一環だったのだろう」

「先程に『正直、かなりきついです』と言いましたが」

「アレはだろう。実際、きつくしたのだからな。それにアレは『一年でここまでの域に達した』という私の褒め言葉に、域に達していないと答えると失礼だし、かといって当然だという反応も難しい、だからこそきついからこそその域に達せたのだろう、という意図を答えるためのある意味社交辞令の言葉だ。本音ではない」

「……買いかぶりすぎですよ。そこまで深くは考えていません」

「それは本音ではないよ。君はそこまで深く考えている。だからこそ、考えていない発言は先程は初めてだった、ということだよ」

「……」

「但し、剣は違う」


 ジェラスは口角を上げる。


「君の剣は真っ直ぐで、でもどこか捻くれていて、かなり戸惑う剣だ。自分の中の迷い、というよりもひた隠しにしているが故の剣に思えた。だが、剣を打ち込むトドメの瞬間の剣の時はいつも同じだった。――私を殺しに来るような、鬼気迫る一撃だった。何も考えていなかった――いや、とあることしか頭になかったのではないか?」


 合っているか? とジェラスは訊ねる。

 コンテニューは答えない。

 初老の男性はそのまま続ける。


「あと、その剣はとても苦しそうにも見えたんだ。きっと誰にも言えないで苦しんでいる、ってね。かなり初期から分かっていたんだが、なかなか君に訊けなくてね……情けないよ」

「そんなことはないですよ」


 コンテニューは首を横に振る。


「ジェラス中佐は情けなくなんかないです」

「そうか。そう言ってくれると嬉しい。……でも、君の言葉はやはり慰めでしかないんだ。今まで聞けなかった臆病な私への、優しい慰め。――だからこそ、今日はきちんと向き合いたいんだ」


 ジェラスは真剣な表情を彼に向ける。


「聞かせてくれないか? 君のその内に秘めた思いを、この私に。どんな事実であろうが、私は全部受け止める。君が秘密にしてほしいのならばこの口が例え拷問に掛けられようが何しようが絶対に割ることは無い。信じてくれ。私は――君の味方だ」


 もっとも、とそこで表情を崩す。


「君が言いたくないのならば強要はしない。もう訊かないよ」

「……ずるいですよ、そういうの」


 大きく息を吸い、それと同じように大きく長く息を吐き、コンテニューは微笑む。


「全く、大人って卑怯ですね」

「そうだ。大人は卑怯だ。こういう攻め方もある、ってね。一つ学べただろ?」

「ええ。理論では分かっていましたが、実践ではこう使うのだって身をもって知りましたよ。やはり体験が重要ですね」


 目を閉じて数瞬の後、彼は意を決した様に笑みを消して告げる。


「色々言えないことがありますが、僕はジェラス中佐の言われた通りです。ルード国に憎しみを持っています。総帥のキングスレイにも直接それは言っています」

「……え?」


 ジェラスは目をしぱしぱと瞬かせる。


「予想外でしたか?」

「あ、ああ。……本当か? 総帥に宣言したっていうのも?」

「ええ。僕が拾われた戦場からこの国に連れられた直後、その戦場を作った張本人であるキングスレイ相手に」

「戦場で拾われた? ということは戦災孤児だったのか……いやいや、それよりも、だ。色々な意味で何でここにいるんだ、君は?」

もっともな疑問ですね。僕ですら半信半疑ですよ、あれが正解だったなんて」


 苦笑を浮かべるコンテニュー。

 そこに嘘だと思える要素は全く無い。

 だが分かることが一つある。


「そうか……だからこそ、強くなって内部からこの国に復讐をしようとしているんだな?」

「ええ。その通りです。どれだけ時間が掛かろうとも、将来、僕と同じような境遇の人を生み出さないためにも」

「……困ったな」


 そう言いつつも、ジェラスは全く困った表情をしていなかった。

 正直な話、目の前の少年の思想は危険極まりない。思想犯で投獄もされるだろう。

 しかしそれを総帥が受け止めているという事実。

 こうしてジェラスに剣術を学ばせていたという実績。


 そして何より――自分が先程述べた言葉。



「私が言えるのはただ一言だ。――頑張れよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る