外伝 訓練 05

 ジェラスは密かに彼を応援することを決めた。


 彼は賢い。

 そして何より若い。


 ジェラスも平和平和と口では言っていたが、結局、武力が強いこの国では相反した矛盾を抱えていることにずっと悩んでいた。

 戦争が激化すれば、それだけ死者が増える。

 それ以前に戦争をするだけで死者が発生する。

 親が殺されれば、残される子供がいる。

 ――そんな当たり前を、当たり前として捉えてしまっている。

 彼はどうにかして、自分のような境遇の戦災孤児を無くそうと、身を粉にして努力している。


 ならば密かに応援しよう。

 彼の未来に、投資しよう。

 そう自然に思えていた。


「――ところで、ですが」


 頑張れよ、というジェラスの励ましの言葉に何も返さずに、彼は話を変えるようにそう言った。その切り返しも、自分のこれからしようとすることにジェラスを巻き込まないようにするという意思が見え隠れしており、ジェラスは嬉しさを感じていた。その彼の心遣いに水を差すわけにいかないと、ジェラスはそのまま彼の話に耳を傾ける。


「ジェラス中佐。何故この時期にそんな話をしてきたのですか? 一年といっても正確な一周年というわけではないでしょうに」

「うん。ああ、忘れていた。最初に伝えるべきだったね」


 ジェラスは一つ頷いて、少し小声で語る。


「……ここだけの話だが、そろそろ私に異動の話がある」

「異動、ですか?」

「そうだ。だからもうじき君への指導が出来なくなる……というか君に会えなくなると思ってな。このタイミングしかないと思って思い切って訊いた、ってのが真相だ」

「異動ってことは階級も上がるのですか?」

「上がらない奴もいるだろうが、今回は大佐になるとの話だ。一応秘密な」

「おめでとうございます」

「ありがとう。……と単純に言えないのがなあ」


 ジェラスは不平を漏らす。


「この国からの出向ってやつだな。しかも、まだ相手領土なのでまだ内示が出ない。というよりも、完全に先走り人事だな」

「ということは……」


 ああ、とジェラスは頷く。


「これからこの国は――


「……成程。そういうことですか」


 コンテニューは首を縦に振る。


「訓練が出来なくなるのはジェラス中佐が何処かに行ってしまうからではなく、なんですね」

「……半信半疑ではあったが、やはりそうだったのか」


 ジェラスは苦々しい表情になる。


「まだ一一歳の君が戦場に出ることになるとは……」

「その為に軍部所属しているわけですから当然のことでしょう。むしろジェラス中佐は出られないのですか?」

「ああ。老兵はあまり役立たないからな。戦後処理の方に当てられるだろう」

「そういうものなのですね」

「それより……君が戦場に出るっていうのは、そのあれか? スパイ的な――」

「いやですよ。本当にそうだったら言えるわけないじゃないですか。……まあ、機密的な意味で言えば同じでしょうが、スパイではないですよ」


 コンテニューは小さく、ふふ、と笑う。


「そうですか……でしたね」

「やっぱり君には早い段階で伝えられていたのか」

「……まあ、そんなものですね」


 少々歯切れが悪い様子でそう答えた後、少年は遠い目をした。



「次に攻め込む国は――、ですか」

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