第160話 エピローグ 05

    ◆


 アレイン!!


 ――そう自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。


「うっ……」


 彼女は薄っすらと意識を取り戻す。


 痛い。

 全身が痛い。

 瞼が重い。

 片目しか開かない。

 きっと自分は相当ボロボロなのだろう。


 あの時、横からいきなり衝撃が来た。

 自分は避けられなかった。

 あまりにも速く、重い一撃。


 ――大したことは無いと思っていた。


 海。

 空。

 陸.


 海は驚異だった。

 広い海を自由自在に機動できるジャスティスは、いつ下から襲ってくるか分からない恐怖を与え続けた。加えて深海に引きずり込まれたらそれだけで最後だ。


 空は驚異だった。

 海以上に一方的な蹂躙が可能な空。人間が空を飛ぶ手段を持っていないが故に無敵を誇っていた。もし仮に万が一の事態があっても上空高くに逃げればいいだけというメリットもあり、撃破するのも非常に苦慮した機体であった。


 だが陸はどうだ?

 自分の足で同じように立って走り回ることが出来るために、他の二つに比べてそんなに驚異的ではない。加えてアレインには自慢の足があり、破壊はできなくとも、今まで陸のジャスティスに対して驚異的だと感じたことはなかった。

 故に陸なんてただの汎用の機体であろうと高を括っていた。


 そんな相手に後れを取る訳がない。


 ――そう思っていた。

 思い込んでいた。


 その結果がこれだ。


 そして、実際に攻撃を受けたと同時に感じた。

 あのジャスティスは、通常のジャスティスではない。。

 その代わり――中のパイロットへの負荷もかなり大きいだろう、と。

 あんなのが汎用で出来るならば、さっさと量産しているはずだ。

 それをしていないのであれば理由があるはずだ。


「……っ!」


 などという考えを持っていたが、全身の痛みが思考を途切れさせる。

 今の状況をもう一度再認識する。


(……二機あったのね)


 横目で見て判った。自分を捕えている方とはまた別に、緑色のジャスティスがいることが分かる。


(ということは……あっちじゃない方に私は捕まったのね)


 そうであろう。

 そうと信じたい。

 でなければ、あまりにも速すぎる追跡だ。

 彼女のプライドに関わる。


(……ははっ、プライドとか何を言っているのよ、私は……?)


 自分自身のバカさ加減に物理的にも笑いを飛ばしたくなる。

 だが、それを痛みが許さない。


「お前ら……ッ! アレインを離せっ!」


(……ああ、耳は聞こえるのね)


 その声と、開いている片目で薄ぼんやりと見える光景から理解した。

 ライトウ。

 彼が怒りを込めてこちらに迫ってきているということを。


(駄目よライトウ……このジャスティスは今までのジャスティスとは何か違う……)


 四足歩行であるというだけではない。

 あれだけあっさりと攻撃を食らったのだ。

 判らないが何かがあるはずだ。


 それを伝えたい。

 しかし、


「あっ……」


 お腹に力が入らない。

 声も咄嗟に出ない。


 苦しい。

 痛い。

 こんな状態、初めてだ。

 ……だけど。

 それでも彼に伝えなくてはいけない。

 絶対に伝えなくてはいけない。


 逃げ……て……


 絞り出すような声。

 彼に聞こえただろうか?

 実際に発せられただろうか?


 判らない。

 先に無理したせいで目を閉じてしまったからだ。

 すぐには開かない。

 開く間にライトウは迫ってくるだろう。

 ならばもう一度声を――


『動クナ』


 大音量が響く。

 彼女を掴んでいるジャスティスが発した音だ。


『ソレ以上動ケバ、コノ人質ノ命ハナイ』

「ぐぅっ!」


 ライトウが唸る声が聞こえた。


(……ああ、そうか、私は人質なのか……)


 やっと理解した。

 自分の立場の理解の遅さに嫌気が差しながら、彼女は深く息を吐く。

 腹部に鋭い痛みが走る。確実に肋骨は折れているだろう。内臓も痛めている可能性が高い。痛すぎて感覚も失せてきた。

 そんな自分の様子を判断材料にする。


 彼女達の目的は、ここで『正義の破壊者』を潰すことだろう。

 その最大戦力の一つであるライトウは、自分のせいで躊躇している。

 その自分は、かなりの重傷であるのは間違いないだろう。


 ならば答えは一つだ。


 彼女は息を大きく吸う。

 痛みなど関係ない。

 力が入らないなど関係ない。


 ――ふと。

 クロードに言われた言葉を思い出す。

 あの夜。

 一緒に寝てくれた、あの夜の言葉。


『死ぬな。何よりも命を大切にしてくれ。いいな?』


(ごめん、クロード。その言葉は――守れそうにないや)


 意を決した彼女は片目をカッと開け、決意を持って発声動作に入る。

 次のように告げるために。



 私のことを見捨てて逃げて――と。




「――



 しかし。

 そんな彼女の決意の言葉は、とある男性の出現によって遮られた。

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