第142話 前段 04

   ◆



「――ということよ」

「そうか。やっぱりカズマが睨んだ通りだな」


 アレインの報告を聞き、ライトウは頷いた。

 既にすっかりと日は落ち、森林の中に居を構えていた為に辺りは既に真っ暗になっていた。


「では明日はアレインの村経由で例のポイントに向かおうとするか」

「う、ん……ちょっとそのルートは変更してほしいんだけど……」

「何故だ?」

「あの場所はちょっと通りたくないって言うか……ごめん。理由は言えないんだけど」

「ふむ……まあ、お前の予感は当たるからな。言う通りにして別ルートからにしよう」

「ごめんね……ワガママで……」

「……」


 どうも歯切れが悪いアレインの様子に、ふっ、とライトウは微笑んで頭に手を置く。


「気にするな。何か事情があるんだろ? 俺にも言えないってのはちょっと気になるけどな」

「ライトウ……」


 唇をきゅっと結ぶと、彼女は意を決した様に大きく一つ頷き、


「あのね……すごい子供っぽい理由なんだけど……」


 アレインは正直に昼の出来事をライトウに話した。

 全てを聞いたライトウは、


「あっはっは!」


 と豪快に笑った。

 あまりの笑いっぷりに、アレインは顔を赤くして抗議する。


「な、何よ! そんなに笑うことないじゃない!」

「いやいや。うん。何だろうね、これ。色々なのが混ざってよく分からないんだ」


 ライトウはお腹を押さえて、くっくっくと笑いを続ける。


「うん。正直な気持ちを言うと、他人なのにクロードを想像させる人には会ってみたいが……成程。アレインの気持ちになれば確かにそう思うだろうな」

「わ、私の気持ちが分かるって言うの!?」

「分かるさ。……ずっと一緒だったんだから」

「……ライトウ?」


 アレインが小さく首を傾げる。きっと少しトーンを落とした彼の様子を怪訝に思ったのだろう。そんな懸念を払拭させるべく、すぐにライトウは表情を一変させて笑みを深くし、そして彼女の頭を撫でた。


「わ、わ、もう! 妹扱いしないでよ!」

「していないさ。うりうりー」

「妹扱いどころか子供扱いっ!?」


 もう、と頬を膨らませてアレインは離れる。


「悪い悪い。久々に気を張っていないアレインを見てつい昔を思い出してな」

「そ、そんなに気を張っていないわよ」

「気を張っていたよ。少なくともクロードの前ではな」


 むぅ、と唸るアレインの頭に、ライトウはまた一つ優しくポンと手を置く。


「事情は分かった。尚更アレインの行った村を通るルートは避けよう。カズマにそう進言しておく。――お疲れ様。今日はもう休んでいいぞ」

「うん。分かった。明日の為にぐっすり休んでおくね」

「寝床はクロードがいないからコテージじゃないけど、ぐっすり休めるのか?」

「あのねえ、ライトウ。クロードが来る前まで私達はどんな風に寝ていたの?」

「……ふ。そうだったな」

「心配し過ぎよ、もう。でもありがと」


 ふふふと微笑んでアレインは「じゃあね」と手を振って寝床へと向かう。


「……」


 その後ろ姿を眺めながら、ライトウは複雑な気持ちを抱えていた。

 アレインはクロードが好きだ。

 誰が見てもそれは一目瞭然だ。

 それ故にライトウは自分の気持ちを隠さなくてはいけない。

 叶わぬ恋、叶わぬ愛。

 辛い気持ちを抑えなくてはいけない。

 普通の恋、愛なんて、望めない。

 ジャスティスと戦って、破壊して、名前が割れて、それでも戦って。

 その果てに何があるか、今は考えていなくて。

 でも分かるのは一つ。

 この先には幸せなんてない。

 ジャスティスへの復讐心の先に、幸せを掴みとるなんて出来ない。


 だから自分がアレインと結ばれるなんて出来ない。

 してはいけない。


 実はそれは、クロードと結ばれてもいけないとも思っている。

 彼の結末は自分と同じだ。


 ――いや、それよりもっもっとひどい可能性の方が高い。


 だったら止めるべきなのだと、心では分かっている。

 だがどうしても、あのアレインの様子を見ると止められない自分がいる。


「……駄目だな、俺は」


 わしゃわしゃと頭を掻き毟る。

 後悔は今している。

 それでも、これからはしたくない。

 ライトウの気持ちはただ一つ。


 


「絶対に、守って見せるから……っ」



 密かな彼の決意は夜の闇に融け。

 そして――決戦の朝がやってくる。

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