番外編 聖夜 08

    ◆ライトウ


「ライトウもこのショッピングモール来てたのね」


 快活に笑うアレインは、いつもと同じようにスラッとした足を惜しみもなく見せつける服装であった。但し上は厚手のコートにマフラーという恰好であるので露出は低いのだが、そういうギャップが更なる彼女の魅力に繋がっていた。


「ん? どうしたの?」

「いや、ちょっと、な」

「それにさっき何か言っていたよね? 恋、とか?」

「……」


(どうしよう……?)


 ライトウは冷や汗をだらだらと流していた。

 何を呟いてしまったんだ。

 しかもよりによってアレインに聞かれるとか。

 穴があったら入りたい。

 いや、その前にこの状況をどうにかせねば。


「……ん? そんなこと言っていないぞ。聞き間違いじゃないか?」

「おー、そうか。そうだったのね」


 馬鹿で良かった。


(……いやいや、彼女はちょっと大らかなだけで常識はある女性だ。決して馬鹿ではなくてちょっと抜けているだけだ……って、何で自分で考えたことに自分で弁明しているんだ!?)


「ど、どうしたライトウ!? いきなり頭を振って!?」

「大丈夫、唐突に頭を刀に見立てた修練をしたくなっただけだから」

「あ、ああ、そうなのね……」


 少し引き気味になりながらも、頭を振って落ちた帽子を拾い上げて渡してくる。


「ありがとう」

「いいってことよ。で、ライトウは何しにここに来たの?」

「ゴワッハッ!」


 また答えにくい質問を言ってくる。思わず変な声が出てしまった。


「ごわっは?」

「い、いや、ちょっと買いたい物があってな……」

「買いたい物?」

「そ、そうだあれを買いたくてな!」


 適当に指を差す。


「え……っ? あれ、なの……?」

「そ、そう。あれ――」


「婦人服、なの?」


「えっ……?」


 ライトウの指先。

 その先にあるのは間違いなく婦人服コーナーだった。


 そしてライトウの言葉が詰まる。

 何故ならば――本当に目的の場所だったからだ。


 実用的なモノがいいだろう。ならば普段から来ている、服がいいだろう。多くあっても困らないし。

 ――という少しズレた思考で導き出された結論だ。

 この結論に至るまでどれだけの時間を使ったか。

 それを考えるとここで引くわけにはいかないと思い、正直に答えることにした。


「あの……えっと……うん。そうなんだ」

「そう、なんだ……」


 アレインが一歩引く。


「その……ごめんね。今まで気が付いてあげなくて……その、女装も似合うと思う、わよ?」

「違う!? 俺は女装なんてしないししたいとも思ったことは無い!?」

「だったら何で――いや、誰かにあげる……恋……そういうことね」


 アレインはふふんと鼻を鳴らす。というかやっぱり恋の件は聞かなかったことにしてくれていたのか。


「うんうん。だったら付き合ってあげるわよ」

「え?」

「こう見えても私はセンスいいわよ。私の着たい物は満足度百パーセント(自分調べ)よ。って、そりゃ自分だから当たり前ね! あっはっは!」

「……」


 分かってて言っているのか、それとも妙な勘違いしているのか、色々と分からない。

 だが、ラッキーなことに彼女の服の好みを容易に聞ける状況に勝手に進んでくれていた。


 服の種類。

 似合う服。

 試着までしてくれた。


 緑色のセーターを着た彼女はくるりと一回転する。


「どう? 似合う?」

「ああ。とっても似合うよ」

「……って真面目に返されると照れるんだけど」

「う、うむ。すまないな」

「あはは。そこって謝る所じゃないわよ」


 ひとしきり口を開けて笑った後、彼女は微笑に表情を変える。


「ずっとお兄ちゃんお兄ちゃんしていたライトウがこんな感じになるのって、想像がつかなかったわね」

「む、すまない。やはり変だったか?」

「ううん。そっちの方が自然でいいと思う。最近、気張っていることが多かったからね」

「これもクロードのおかげだな」


 自分より上の人間がいる。

 頼りになる人間がいる。

 それだけで心はどれだけ楽になるか。


 反面。

 経験したから思う。

 クロードは頼りになる人間がいるのだろうか。

 心を一人で摩耗していないだろうか。


「んー、なんか難しい顔をしているよ、ライトウ」

「む、そうか。すまない」

「何考えていたの?」

「いや、クロードのことをな。あいつにもっと頼られるようにならないと、って」

「……そうだね」


 アレインも神妙に頷きながら、拳を二、三度突き出す。


「クロードに頼られるようにもっと強くならないと」

「そうだな。頑張ろう。だが無茶はするなよ」

「うん、ありがとう。お兄ちゃん――ハッ」


 みるみる顔を赤くするアレイン。

 対しライトウはほっこりと口元を緩める。


「懐かしいな。昔はそう呼んでいたよな」

「違う違う! 心の中でずっと呼んでいたとか久々の二人きりで出ちゃったとかそんなんじゃないんだからね!?」

「素直な所は昔から変わっていないな」

「……子ども扱いしないでよね」

「していないよ」


 今は別の見方をしてしまっている。

 妹的な見方でもない。

 一人の女性として。


 だからこそ再度強く思った。


 アレインを――守りたい、と。



 そう心に誓ったのと同時に、久々の二人のやり取りをしばらくの間、ライトウは楽しむことにした。

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