第128話 交渉 07
◆
場所は再び先程の執務室。
先とは違い部屋の奥の椅子にはウルジス王が腰掛けており、その周囲には大臣などのウルジス国の要職がずらりと顔を並べている。それ程にウルジス国にとってクロードは要人であり用心すべき人物だということだ。
しかしその中に、当初は予定していたとある人物達がいない。
それは――マスコミ。
カメラや音声は勿論、記者ですらシャットアウトしていた。
その理由はただ一つ。
ウルジス王とクロードの交渉がアドアニア公用語でしか出来ない、かつ、クロードに何らかをされてアドアニア公用語が分かってしまうようになったことをマスコミに悟られれば『ルード領のアドアニア公用語を滞りなく喋るウルジス王はルード国と裏でつながっている』なんて書かれてしまう可能性がある。そうなれば政治生命どころか、群衆の怒りのはけ口となって普通の生命すら危うい。
(……しかし、ここまで大臣を集めているからには何かあるだろう、ということまで察せられてはいるだろう。後ほどこの結果はどちらにしろ会見を開いて発表しなくてはいけないな。その時は相手がアポなしで到来したためと言っておこう。事実そうであったのだから)
ウルジス王は相手を一瞥する。
クロード・ディエル。
魔王。
彼は王に対峙する形で、王の座しているモノと遜色ない豪華絢爛な椅子に座っていた。勿論これは来賓に対しては最上級の椅子――つまりは国にとって最重要な人物であると認めた証でもある。
そして、その横に立つ女性。
銀髪のスーツ姿の女性はスタイルも良く、大臣の中には下心がある目で彼女を見ている人もいる。だがその冷徹な視線で一瞥されるだけで、そんな邪な表情は一気に吹き飛んで行った。
それ程までの圧倒的な存在感を見せつけていた。
(元ルード国陸軍元帥、アリエッタ。――本来ならば彼女が主役であっても不思議ではないのだがな)
どういう理由かは知らないが、彼女はクロードに付いている。アドアニア公国の出来事を見るに脅されているわけでもなさそうだ。
だからこそウルジス王は、彼女を最大限に警戒していた。
若くしながらルードという大国の陸軍元帥まで上り詰めた人間。きっと政治的にも強いであろう。
そう見込んだウルジス王は考えていた。
どうにかアリエッタを発言させないようにできないものか、と。
――その気持ちが全面的に出てしまったのだろう。
ウルジス王はついこう口に出してしまっていた。
「クロード殿。そちらの女性も会議に参加なされるのかな?」
ピクリ、と銀髪の女性の肩が動く。
お、反応があったなと感嘆しながら様子を見ていると、彼女ではなくクロードの方が口を開いた。
「……参加しますが、何か?」
「いえいえ。椅子を用意した方が良いのではとふと思いまして。なにぶん気が利かず、そちらの彼女に対しての椅子が無かったもので」
「お断りします」
銀髪の女性が答える。
「私はあくまで脇役。主はクロードですので。従者と同じ扱いとして結構です」
「そうですか。それは失礼いたしました」
口では詫びを述べ表情は眉尻を下げたが、心の中で喝采を上げた。
(魔王はアリエッタを必要としている。アリエッタも自分が主役にならないようにと答えた。つまりは――魔王はあまり政治に強くない)
彼女がクロードの横に立ち位置を置いてあるというのは、彼に助言をするためだろう。
故に攻略法は見いだせた。
彼女はあくまでクロードを立てるつもりである。それが『正義の破壊者』の方針なのだろう。リーダーであるクロードが前面に立つというのは。
そこが命取りだ。
重要な所はクロードに決めさせるように迫ればいい。
彼女に逐一意見を聞こうとすれば「リーダーである貴方の意志はないのか?」と攻め立てるだけだ。それだけで相手の動揺を誘え、交渉事を有利に進められるだろう。
(――さあ、魔王殿。利用させていただこうではないか。貴方も。『正義の破壊者』の組織も)
心の中でにやりと笑みを浮かべながら、ウルジス王は「さて」と席を立つ。
「クロード殿、ようこそウルジス国にお出で下さいました。挨拶が遅れまして大変申し訳ありません。私の名はウルジス・オ・クルー。ウルジス国第三六代国王です」
恭しく頭を下げる。
――と、同時に目の端に映った光景に違和を覚えた。
「っ? っ!?」
大臣達が目を白黒させている様子が映った。
何か自分の挨拶がおかしかったのか、とまずは疑ったがすぐに彼らがそうした理由を悟った。
(私がアドアニア公用語で話したからだろうな)
それはそうだろう、と小さく嘆息する。
クロードはウルジス語など聞きも話も出来ないのだから、こちらが譲歩してあちらの言語で話してあげるのは普通だろう。何故だか知らないがアドアニア公用語を理解出来るようになったのは流石の魔王といった所ではあるが、しかしそのことについては事前に伝えてあるし、いきなり喋ったとはいえ――
(……違う!? 私がアドアニア公用語について話せることは先のことで既に実証済みではないか!)
あの時、思わず問い掛けてしまった言葉。
アリエッタの参加有無を問うた言葉。
クロードが答えたことから分かる通り、あれはアドアニア公用語での会話だった。驚くならばその時のはずだ。
では大臣達の不思議な様相の理由は何だろうか?
その答えは、彼の口から語られた。
「――ああ、通訳を必要とさせないために、ここにいる全員に対してアドアニア公用語を理解し、話せるようにしておいたぞ」
クロードが事もなげに言い放つ。
つまり大臣達の先の困惑した様子は、アドアニア公用語を自分達が理解出来ることに動揺していたからであったということだ。
「先にウルジス王には伝えていたが改めて告げておこう。以後はアドアニア公用語でのみ交渉に応じる。それ以外で訊ねられても答えない。以上だ」
――やられた。
ウルジス王は心の中で舌を巻いた。
交渉ごとにおいて、自分のペースに持ち込むことは非常に有用である。
今回の彼の作戦は、進行や提案などをこちらから次々と行い、相手にはイエスかノーかを迫るだけにしておくつもりだった。
そしてこの交渉は、相手にイエスと言わせるしかないのだ。
ウルジス王は理解している。
元からこの交渉については、如何に相手に対してこちら側の損失をどれだけ減らせるか、というものなのである。
王として、最低限の犠牲だけで済ませる必要がある。
その為の出鼻を、予想外の形でくじかれた形となってしまった。
更に、それだけではない。
(……『アドアニア公用語でしか交渉を受け付けない』ということは、つまり――アドアニア国の利になることがないと応じない、ということか)
ウルジス王に対して告げるだけではなく、このような交渉の場で改めて告げたということは、つまりそういうことになる。
条件を一つ暗に提示された。
非常にうまいタイミングであり、ウルジス王に苦い顔をさせるのには十分な要求であった。
かろうじて彼はその表情を表に出すことを避けることに成功してはいたが。
(しかし意図してそれを行ったのか、そうじゃないのか……まあ、それはもういい。どちらであってもこれから挽回しなくてはいけないだけだ)
思考を切り替える。
今しなくてはいけないのは反省ではない。
それに冷静に考えれば、出鼻をくじかれただけで中身については何も問題は無い。予想外のことが起こっただけで、まだ修正できる範囲だ。
主導権は失っていない。
「はい。ウルジス国王としてクロード殿のその言葉、了承いたしました」
代表として承ると宣言することで、大臣達にも無理にでも納得してもらう。
――その裏の意味も含めて。
大臣達は理解した様に頷いているが、真の意味で理解出来ているのが何人いるだろうか――などという人材不足を嘆いている暇ではない。
暇はない、のだが。
「ああ、そういう堅苦しい挨拶とかいらないので。ずっと立っているのも何なんで座って。で、早速、本題に入ってほしいのだが?」
どうしても思ってしまう。
物事を拙速に進めたがっている目の前の少年の方が有能ではないのか、と。
実際は不遜な態度に表れている通り、ただ単にどうでもいいと思っているだけなのだろうけれど。またそのことは隣の彼女は何か言いたげにちらとクロードを見たことによっても裏付けされているのでほぼ間違いないだろう。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ではお言葉に甘えまして着席させていただきます。――では、早速ですが本題に入らせていただきます」
少年の言葉に乗っかる形で進めることにする。
ここまでは彼のペースなのは仕方がない。
(……ある程度は下方修正する必要はあるのだが、おおむね問題ないだろう)
そう判断した彼は改めて背筋をピンと伸ばすと、敢えてこのような言葉で切り出した。
「クロード殿。『正義の破壊者』とウルジス国で――同盟を結ばせていただけないでしょうか?」
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