第127話 交渉 06
◆
「――と、いうように思考してくれているといいよな」
「まあ、十中八九相手はあたし達を舐めてくると思うっすよ」
別室。
二人以外は誰もいない部屋の隅に位置している程よい柔らかさを有するソファに身を委ねながら、クロードとミューズは会話していた。
「勢いだけで考えなしに突っ込んで来た浅はかな愚者――という形で捉えてくれるように動いたとはいえ、もしかすると裏を読まれているかもしれない。大国であるウルジスの長たる存在なのだから」
「そうっすよね。油断大敵っすよね」
「ああ。でもまあ実際は油断しても大丈夫だと思うぞ。あっちよりはな」
クロードはソファに身を深く沈める。
「あちらは一度でもミスしたらいけない。こっちはミスなんて概念がそもそもない」
「交渉っすもんね。あっちから言い出したことだから、最悪、こっちは断ればいいだけっすよね?」
「そうだな。内容によるけどな」
内容については大体予想は付いている。
ルード国と対峙している国だ。故に『正義の破壊者』に求めることも必然的に決まってきている。
後はそれに対して、ウルジス王がどのような提示をしてくるか。
「で、こっちの最終目的は忘れていないな?」
「はいっす。忘れていないっすよ」
ミューズはにやりと笑う。
「相手の全てを把握する。これがあたしらの目的っす」
「そうだ」
クロードは深く首を縦に振り、右手の人差し指、中指、薬指の三本を立てる。
「相手の行動は大きく分けて三つの状況が考えられる。一つは完全に舐めてかかって来られた時」
「そん時は交渉決裂っすね」
「ああ。どんな条件であってもだ。で、次は相手が完全にこちらを畏怖し、完全降伏してきた時」
「そん時は……微妙っすね」
「そうだ。その場合は色々と厄介ではある。相手から幾つか引き出さなくてはいけないからな」
「まあ、本当に完全降伏だったら幾らでも引き出せる気がするっすけどね」
肩を竦めるミューズに、クロードは一つ頷いて続ける。
「そして三つ目。――適度に畏怖しながらも舐めてかかってくる」
「これがあたしらが狙っている相手の態度っすね」
「この場合が一番口が滑らかになって失言も多くなるだろうからな。相手から弱みを引き出せる」
相手に対しての緊張が薄まれば、それだけ相手へのリスクを考えなくなる。
ウルジス王が一介の高校生としてクロードを扱えばいい。ただの戦闘狂としてでもいい。
交渉相手として未熟として見られればこちらの勝ちだ。
「でもクロードの能力で言わせればいいんじゃないんすかね?」
「俺が知っていることならばな。だがこれは相手に言わせることが重要だ。俺自身が無理な流れで言わせても何にもならない。それが真実であろうとな」
「まー、そうなんすけどね。こう……ババッとスッキリとした形で能力で出来ないっすかね?」
「俺の能力はそんな都合がよくない」
「そうっすかね? 滅茶苦茶都合いいと思うっすけどね」
「……」
ミューズの口ぶりは意識してかそうでないかは知らないが、クロードの能力について把握している旨の発言をしている。
(……まあいいだろう)
クロードはそれを敢えて見逃す。
見逃したうえで会話を続ける。
「それより、アリエッタの姿でその仕草は違和感しかないぞ」
「あー、普段のあたしが子供っぽいって言うんすか!?」
「否定してほしいのか?」
「むー、うぅ……なんかその返し、ずるいっす……」
唇を尖らせて手足をバタバタとさせるミューズ。
クロードは呆れを含んだ声を放つ。
「だからアリエッタの姿でそれはどうかと思うって」
「あー、アリエッタアリエッタってなんすか、もう。ここに隠しカメラとか盗聴器とかあったらどうするんすか?」
「そういうのはないのは確認済みだ。更には聞き耳を立てる輩がいないこともな」
「……やっぱり都合のいい能力じゃないっすか」
「便利だと言ってくれ」
「万能っすね」
「その言葉の方がいいな。採用しよう。俺の力は万能だ」
「そういうところ子供っぽいっすね」
くすり、とミューズが微笑を漏らす。
「あ、そういう所はアリエッタっぽいぞ」
「もー! だからもーっす!」
「冗談だ。俺もあいつのことは正直よく知らないしな」
「ん? じゃあアドアニアでクロードはアリエッタと深い知り合いみたいなやり取りがあったと思うっすけど、あれはやっぱり偽装だったんすか? あたしみたいに誰かに変装させた形での」
「違うな。あれは偽装というか、洗脳かな?」
「うわ。もっと怖い答えが返ってきた」
おっかないっす、と自分の身体を抱くようにしてクロードから距離を取る。
「ま、あの時は必要だったから洗脳したんだけどさ。しかもこっちの規定のセリフを言わせただけだからな」
「そういうのは出来るんすね……おー、こわ。あたしも意図しない言葉を言わされるんすね。揉んでいいすよ、とか」
「今のお前のは偽乳だろう」
「そこつっこんじゃいやんっすよ。今のあたしは大人しさの中に詰め冷たい鋭さを持つ銀髪美人ボインちゃんなんすから」
「ならば本番ではその印象を保っておいてくれ。お前がアリエッタだと思われることが、今回の成否を握っていると言っても過言ではないからな」
「そうなんすか? じゃあずっと大人しくキレキレの様子を見せる必要があるっすね。うわー」
「いや、そんな気を張り続ける必要はないぞ。最初だけだ」
「えっ?」
目を丸くするミューズに、クロードは腰を上げる。
「相手がある言葉を提案してくるかどうか、それによって俺に対しての対応――さっきの三つの分類だな、どの分類になるかがハッキリするんだ」
「……マジっすか?」
「ああ。更に言えば――それだけのためにアリエッタになってもらったんだからな」
「うぇっ!?」
物凄い声を発するミューズに「ああ、そうか。すまんな」とクロードは軽く謝る。
「アリエッタの姿になってもらった理由を事前に説明していなかったな」
「そうっすよ! てっきりあたしは、裏でルードと繋がっているんじゃないか、って惑わせるためってのと、後はジャスティスに関係しなければ敵にしない、っていう意思表示の為だと思っていたっすよ!?」
「そういう側面もあったけどな。ただ大きな目的ではない」
クロードは告げる。
「相手がまずこう提案してきたら確定だ。それは――」
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