第126話 交渉 05

    ◆




(――どうしてこうなった!? どうしてこうなった!? どうしてこうなった!?)


 ウルジス王はひどく動揺していた。

 先程の執務室にて部下に対談用のセットを準備している最中、頭を抱えたくなる衝動を抑えながら中央部の椅子に座って思考を張り巡らせていた。

 まさに予想外だった。

 対談を行うに当たっては、この国に来い、という言葉づかいは丁寧だが傲慢にも近い形で投げた上、相手の反応を見て徐々に対談場所を協議し、リスクを負わない場所で行う、というのが国と国での長でのやり取りだ。通常は相手が要求を呑まないモノとして理解した上で、かつ

 相手がそれに対して要求、変更してくるであろうことに即従う真似はしない。故に幾度もやり取りがあった上で対談は実現していくのだ。


 ――しかし、クロードはそんな定石など打ち破ってきた。


 相手に返事を出さずに乗り込んでくる。しかも相手の要求を呑む形で。

 ウルジス王からは文句が言えない。

 何故ならば、手紙の文面上は招待しているのだ。


(それでもアポなしで密入国は褒められた行為ではないけれどな……しかし相手は魔王だ。そんなことなんかお構いなしだろう)


 ウルジス王は、ふう、と一息吐く。


(……落ち着け。奴は見ての通りただの少年だ。経験が浅く、そこまで考えていなかっただけだ。ならばこちらのペースに持っていけるはずだ)


 ウルジス王は一つの確信を持っていた。

 クロードが交渉ごとに関しては未熟だという理由。

 それは隣にいた女性にある。


 銀髪の女性。

 その姿はウルジス国でも知られていた。


 アドアニア国でクロードの仲間だということが判明した、ルード国の要職。


  


 彼女が傍にいるということで政治的に助力はあることをアピールさせている。

 だが逆に、そこがというところである。

 本当に彼女を戦力として見せるのであれば、彼女を前面に出していこうとするだろう。入れ知恵をされているのであれば彼女は姿を現す必要もないだろう。

 更にウルジス王の思考を肯定する要素としてもう一つ。

 ウルジス王が椅子を返してほしい――つまりは一度仕切り直しをさせてほしいと提案した時、あれだけの奇抜な行動でペースを握ったからにはそのままこちらの意見を拒否して話を進めればよかったはずだ。

 それがあっさりと許可され、隣の彼女も何も言わなかった。


 故にウルジス王はこう結論付ける。


 アリエッタの知名度を利用して相手を威圧し、一気に自分の流れに持っていこうとしているだけの、ただの若輩者。

 交渉の駆け引きなど全く理解していない若造だろう。

 そうであれば取るに足らないことはない。相手が有利と思い込ませながらもこちらの意図通りに誘導できるはずだ。


 魔王など恐れるに足らず――

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