来訪
第113話 来訪 01
「……こんなに怒りを覚えたのは久しいな」
自室。
クロードはソファベッドに寝転がりながら呟いた。
彼が怒りを覚えた対象は一つ。
ウルジス国。
彼の国が取った行動だ。
民間人を脅迫して捨て駒にする。
――そんなことに怒っているのではない。
クロードは正義ではないし、そんなことに目を向ける程の善意性も既に持っていない。
顔見知りは出来れば助けたいが、末端まで救うなんてつもりはない。
それくらいの意思しかない。
では何に怒ったのか?
「きっと他の地域にも赤髪の少女を派遣させたのだろうな。……ふざけやがって」
赤髪の少女。
赤髪。
それは彼の脳裏にある少女を連想させる。
鮮やかな綺麗な、赤というよりも『紅』。
紅髪の少女。
マリー・ミュート。
アドアニアに残した、クロードの幼馴染。
そして生きてもらうために、彼自身の手で銃弾で胸を撃ち抜いた少女。
クロードが切り捨てた少女。
「……切り捨てた、はずなのになあ」
やはり彼の中には、彼女の存在が大きかった。
正直な話、アドアニア公用語で書かれた親書に赤髪の娘で、彼の心は動揺しきっていた。
ウルジス国に確かめに行かなくてはいけない。
マリー。
彼女が誘拐されていないのかどうかを。
アドアニアにいるはずの彼女がどうなのか、残念ながら現在の彼に知る術はない。
そして表立って調べられる状況にもない。
気にしていると知られれば、それこそマリーの身に危害が及ぶ。
「はあ……」
深い溜め息を吐く。
非情になると決めたのに、奥底では捨てきれない。
捨てきれていない。
きっとこの感情は、どこまでも捨てきることは無理なのだろう。
会いたい。
逢いたい。
遭うだけでもいい。
「……抑えろ、抑えろ」
歯を食い縛ることで衝動を抑える。
ついでに笑おうとする。
(……やはり笑えない、か)
怒り、悲しみの感情はあるが、未だに笑いの感情だけはどうしても出来ない。
能力を手に入れてからずっとだ。
必要あるとは考えてはいないが、やはり不思議である。
五メートル以内に変化を生じさせるクロードの能力でも、自分自身については変化させることが出来ない。この点も不思議ではある。
クロードはこれを、能力を使う上での『制約』と考えている。
「あまりにもズルすぎるもんな。この時点でも俺の能力って」
そういえば、と思考する。
母親から譲り受けたと思われるこの能力。
だけど、記憶の中の母親は笑っていた。
でも、母は能力を使用していた。
その違いは何故だろう?
さらには、能力を譲るという行為はどのように行うのか。
実際、この能力を誰かに渡すつもりなど何もないので、あまり考える必要はないことではあるが。
しかし、母親は死ぬ直前までそんな素振りは見せなかったので、単純な疑問だ。
母親はいつ、自分にこの能力を譲渡したのか。
あるいは――
「……止めておこう。無意味だ。もう終わったことで必要のないことなんだ」
唐突に思考を止める。
これ以上先に行けば、必要が無いのにとんでもないことが分かりそうな気がする。
そんな気がしたからだ。
さて、と気持ちを切り替えた所で――
トントン。
彼の部屋の扉がノックされた。
ソファベッドから起き上がり、椅子に座り直すと「どうぞ」と声を掛ける。
「失礼します」
入ってきたのは、カズマだった。
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