幕間
第112話 幕間
ルード国、首都カーヴァンクル。
その中心にある、ルード軍本部の中央部。
中央会議室。
その会議室に入れるのは限られた人間のみ。
現在入室を許可されているのは、総帥であるキングスレイ、空軍元帥のヨモツ、陸軍元帥のコンテニュー、科学局局長のセイレンのみである。
「しっかしこの部屋もめっきり寂しくなったねえー。あたしゃ哀しいよー」
「ゲヒャヒャヒャ! 元から五人だったじゃねえか! 償却費用? とかかなり無駄な部屋だなこりゃ!」
「掃除の人も入っているっていうツッコミはなしかねー」
「つーかさ」
ヨモツの顔が苦々しく歪む。
「セイレンと二人きりとか、まじ萎えるんだけどさあ」
「こんなおばさんに欲情すると言われても正直ねぇ……うん。ヨモツちゃんのことは嫌いではないけど、そういう対象として見られないかな」
「真面目な顔してんじゃねえよ。つーかちゃん付けはコンテニューに対してだけやれよ。……つーか、コンテニューの若造も来てねえのか? 今日は総帥からの呼集だから拒否はできねえはずだぞ」
「んー、あの子は普通に拒否して我が道を行く、って感じもするけどねー」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。そんな短慮な奴が元帥まで来れる訳がねえよ」
「――結構短慮ですよ、僕は」
苦笑入り混じった声と共に会議室の入口が開かれ、煌びやかな金髪と碧眼の少年がいつものように笑みを浮かべながら姿を現す。
コンテニュー。
若くして陸軍元帥の地位にいる少年である。
「久しぶりだねー、コンテニューちゃん」
「おう、遅かったな」
「すみません。少し私用で遠出をしていたもので」
「遠出? 何処に行ってたんだ?」
私用で遠出。
普通の軍人であれば問われる所ではなく、訊くこと自体が下手すればパワハラとも訴えられない行為ではあるのだが、彼は元帥であるが故に、その先を問われるのもまた仕方のないことだろう。
そのことを理解している彼は、澱みなく行き先を答える。
「ジャアハン国ですよ」
ジャアハン国。
技術的に高い標準を持ちながらも職人気質の人間性の為、ルード国にとっては重要な占領国でもあった。
あった。
過去形である。
加えて――
「ジャアハン国ってお前……ブラッドのおっさんが倒された場所じゃねえか」
海軍元帥ブラッド。
彼はジャアハン国の領海上で『正義の破壊者』と戦闘し、敗北を喫した。
「そんな所に行って何をしてきたんだ? まさかもう一度占領し直したとかか?」
「いいえ。私用で行ったので特には軍事的行動を行っていません。僕自身もバレない様に変装して行きましたし」
「んー、じゃあまさか、ブラッドに渡したお守りでも回収しに行ったー?」
「あー、そういえばブラッドのおっさんが出撃する前に渡してたよな」
ジャアハン国の戦いの前に、コンテニューはブラッドに「とある国の伝統のお守りなので持って行ってください。因みに捨てると色んなことに負けますよ」と呪いの道具のような説明をした後に、嫌がるブラッドに無理矢理に押し付けていた。
まさかあのお守り捨てたから負けたんじゃねえのか、なんて有り得ねえよな――とばかばかしい考えを一蹴したと同時に、コンテニューが微笑みを讃えながら首を横に振る。
「あのお守りは渡したんですから、今更回収する必要性なんか何もないですよ。あ、ヨモツさんもいりますか?」
「いらねえよ。そんな縁起がわりいやつ」
「本当は縁起物なんですけどね……まあでも――あなたには持たせる必要はないようですね」
……ん?
少しその言葉に引っ掛かるヨモツだったが、そのことを問う前にコンテニューが話題を変えてきた。
「それよりも、ブラッド元帥の代役の方はいらっしゃらないのですか?」
「いねえよ。あのおっさんの代わりになるやつなんてな。副官も含めてジャアハン国での戦闘で全滅だ。ま、それらはおっさんの失策だな。後継のことを一切考えずに自分のカリスマだけで軍をまとめていた」
「そういうあんたはきちんと考えているのかねえー?」
にやにやとしたセイレンの嫌味に「ハッ」とヨモツは鼻で笑い飛ばす。
「俺なんか代表で元帥になってるだけだかんな。だから俺んとこの空中部隊全員死なねえ限り、俺の代わりなんざたくさんいるさあね」
「空中部隊ってヨモツ含めて一〇人くらいしかいないんじゃなかったっけー?」
「少数精鋭って言やあ聞こえはいいが、そうじゃねえんだよなあ。つーか、てめえが一〇台しか飛行ユニットが付いたジャスティスを作らねえんだから他の部下は整備だのサポートに当てざるを得ないんだろうが」
「だって飛行ユニットって作るの大変なんだよー。やってみるー?」
「くっそ……やれねえの分かってて言ってやがるな……」
「仲いいですね、お二人」
コンテニューの言葉に激高しかけたが、彼が嫌味で言っていないであろうことは性格から分かっていたので一瞬で冷め「……ちっ」と舌打ちだけに留めておいた。
「とにかくだ! あのおっさんの代役は立てられねえ、つうか海軍ジャスティス部隊自体がもうボロボロになって機能してねえからな。その内、お前の所の陸軍に配置換えさせられるだろうよ」
「そうですか」
「コンテニューちゃん、あんまり興味無さそうだねー」
「そうですね。正直、末端がどうとまで気を配れるような人間ではないので」
いつもと同じ笑顔のままで答えるコンテニュー。
その様子に、ヨモツは戦慄した。
内容も含めてどうとことはないことだが、彼の性格をいい方に捉えすぎていたのかもしれない。
コンテニューは若くして元帥までのし上がった男だ。
そんな男の性格が穏やかであるはずがない。
(……今まで何で違和感を覚えなかったんだ……っ!?)
この若者を侮っていた訳ではない。むしろ目を掛けていたといっても過言ではない。
にもかかわらず、ここまで普通の青年のように扱っていたのは何故だろうか。
まるで洗脳にでも掛かったかのように――
「――皆の者、待たせたな」
ヨモツの思考を止めたのは一つの声。
がっしりとした体躯にしっかりとした声。
老齢を思わせないその様相は、ルード国のリーダーの姿に相応しい。
「キングスレイ総帥。お待ちしておりました」
ヨモツは跪き、頭を下げる。
総統 キングスレイ・ロード。
未だに武人として最高峰を誇っている、ルード国最高指導者。
彼を前にしてはいつもの口ぶりもなりを潜め、ヨモツは平伏するのみだ。
だが。
「ちょっとー。また前と同じセリフじゃないのよー。もー、毎回毎回待たせない努力をしなさいよねー」
手足をバタバタさせて唇を尖らせるセイレン。そこに敬意も何もない。
キングスレイもセイレンには相変わらず頭が上がらず「すまん。次は気を付ける」と謝っている。総統に謝罪させるセイレンに苛立ちを覚えるが、総統の手前そんなことも言えずにもやもやした気持ちで閉口する。
「さて、今回呼び出したのは他でもない。『正義の破壊者』への対応策についてだ」
キングスレイ総統は席に着き、三人に向かって口を開く。
「ブラッド元帥が倒され、連戦連勝でジャスティスを破壊し続けている『正義の破壊者』はかなり勢いづいている。悔しいがそれは確かな事実だ。この勢いを止めなくてはいけない。それは分かっているな?」
三人は頷く。
「勢いを止める方法はただ一つ。――負けさせればいい」
「負けさせる、ですか?」
「そうだ、コンテニュー。私も見くびっていた所があった」
キングスレイは額に手を当てて嘆く。
「クロード・ディエル――魔王を倒せばとブラッドを送り出したが、それ以外の奴に不覚を取った。ならば思考を変えるべきだ」
「具体的にはどうするのさー?」
「『正義の破壊者』は現在までに知る限り無敗だ。だからこそ勢いづいている所があるのだ。情けない話だが、まずはその勢いを止めなければ勝てるモノも勝てない。つまり――分散させて各個撃破する、という手段を取らねばならない」
「それってどちらかと言うと格下が取るべき戦法だよねー」
「だから言っただろう。思考を変えるべきだ、と。――私達は既に格上ではない」
キングスレイは言い切った。
ジャスティスを用いてからは圧倒的な戦いを続けていたルード国。
その戦い方では『正義の破壊者』には勝てない、と。
「その為の作戦は既に遂行している。――ヨモツ元帥」
「ハッ」
「別途命じた通り――『正義の破壊者』と交戦していないな?」
「はい。全ての戦場で撤退を致しました」
そう。
キングスレイに命じられて、ヨモツは敢えて『正義の破壊者』との戦闘を避けていたのだ。
「これで相手は、ヨモツ元帥率いる空中部隊に対して侮っているだろう」
「なるほどねえー」
セイレンがうんうんと頷く。
「そこに、ヨモツ元帥の次の出現場所をリークすれば、相手は舐めた部隊を送って行く、ってことだねえー」
「既に色々なルートに情報はわざと流しているのだな、ヨモツ元帥?」
「はい。私は次に『ガエル国ハーレイ領』に行く旨を既に広めております」
よい、とキングスレイは満足そうに頷くと立ち上がり、声を張り上げる。
「さあヨモツ元帥よ。『正義の破壊者』から必ず勝利をもぎ取り、彼奴らの勢いを止め、ルード国に流れを取り戻すのだ」
「御意に」
ヨモツ元帥は深々と頭を下げる。
その眼には鋭い意志と決意が込められていた。
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