第111話 分散 06

「……クロード、この女の子は誰っすか?」


 んーんー唸って床に這っている女性に視線を向けるミューズが少し引いた様子で問うと、クロードは肩を竦める。


「郵便屋さんだよ。ウルジスからの手紙を持ってきた」

「郵便屋さんってそんなかわいいもんじゃないでしょう……っていうか、いつからタンスの中にいたんすか?」

「みんなを集めた時からだな。ずっといたぞ」

「でもそんな唸り声なんて聞こえなかったっすよ」

「ん、まあ、そこは指向性のあるタンス、ということで理解しておいてくれ。こっちからの声は聞こえるけど、あちらからの声は全く聞こえない構造になっているんだよ」

「そんな都合の良いモノ……って、普通は逆っすよね!?」

「まあ、俺が用意したタンスだしな。誰かに盗み聞きしてもらうかのようなタンスだろ?」

「ピンポイントすぎっすよ。これ以上突っ込んでも答えは出そうにないっすね。――で」


 ミューズは眉を潜める。


「最初から聞いていたってことは、作戦の全部をこの人は聞いているってことっすよね?」

「そうだ。配置も含めて聞かれている訳だ。――さて、どうする、ミューズ?」

「始末するしかないっすよね」


 ノータイムにそうミューズが答えると、足元の彼女は唸り声を大きくする。

 どこまで把握した上で行動していたかは知らないが、彼女はクロードの逆鱗に触れるような手紙を持っていたのだ。捕えられた時点での保障は何もない。


「まあ、待て」


 クロードは平坦な声で制止する。


「こいつが手紙を持って帰ってくれないといけないじゃないか。だったら殺しはしないさ」

「じゃあどうするんすか? ……って、あ、そういうことっすか」


 ミューズはクロードの意図を即座に悟ったようだ。

 彼女は白衣のポケットをごそごそと漁りながら、床に転がされている赤髪の彼女の元まで寄ると、


「ねえ、あんた、生きたいっすよね? そうっすよね?」


 涙目で必死に首を縦に振る少女。


「じゃあ、ウルジスじゃなくて『正義の破壊者』に入らないっすか?」

「……ッ」

「あれー? じゃないと死んじゃうけど、どうするんすか? 首は動くっすよね? イエスなら縦に、死にたいならば横に振ってくださいっす」


 ぶんぶんと音を立てて首を縦に振る少女。

 それを見て笑みを浮かべるミューズ。


「よーし、じゃあこれを飲んでくださいっす。はい」


 そう言ってミューズがポケットから取り出したのは、赤い液体。


「これは『正義の破壊者』に対して敵意を持った人間が飲んだり、後に悪いことを行ったりすると体内で毒性になる液体っすよ。覚悟して飲んでくれっす」


 口元のテープを剥がす。


「はい、あーん」

「ちょ、ちょっと待ってください……っ!」


 少女はアドアニア公用語で焦りの声を放つ。


「ん? ウルジス出身なのに話せるんすか? アドアニア公用語」

「え……? あれ? あれ?」


 戸惑う少女を横目に、クロードは人差し指をくるくると廻す。


「ああ。お前達と同じように理解できるようにしておいた」

「理由はあれっすか? わざとあたし達の会話を聞かせるためっすか?」

「それもあるが、俺からの伝言を持ち帰ってもらうという目的もあるな」

「あー、成程」


「い、嫌ですっ!」


 少女は必死に首を横に振る。

 そんな彼女に向かってミューズは深い溜め息を吐く。


「なーんなんすかー? さっき『正義の破壊者』に入るって言ったじゃないっすかー? それを嘘にするんすかー? 死にたいんすかー?」

「し、死にたくないです! でもウルジスを裏切るわけにはいかないんです……っ」

「愛国心が強いっすねえ。じゃあお望みの通り――」


「――ふむ。、か」


 ビクリ、と少女は肩を跳ね上げさせる。


「父親に母親に弟に妹二人、か。大家族だな。赤髪だからといって無理矢理に飛ばされたのか。雀の涙ほどのお金と引き換えにな」

「な、何で……」

「判るんだよ、俺には」


 クロードは自分のこめかみに人差し指を当てる。

 お前の中身は読み取っている。

 そういう意味を込めたジェスチャー。


「ウルジスを裏切ったと思われたら家族の無事はない。だから本当に裏切ることは出来ない。でも死にたくない。――そういうことか」


 滔々と述べるクロードを信じられないという表情で見つめる少女。

 そこには恐怖も入り混じっている。


「ならば――、ってことだよな?」

「え?」


 恐怖から戸惑いへと様相を変えた彼女を余所に、クロードはミューズに言葉を投げる。


「なあ、ミューズ。ウルジスって観光名所はあるのかな?」

「んー、色々見どころはあるっぽいっすよ。行ったことないから分からないっすけど……まあ、クロードらしいっすね」


 ミューズは額に手を当ててやれやれと首を振りながらも、仕方ないといった様子で笑みを浮かべる。

 そんな彼女に「何のことだ?」と恍けながら、クロードは頬杖を付きながら提案する。



「じゃあ、そのままウルジス王の所に行く前に――せっかくだからことにしようか」

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