第110話 分散 05
「で、訊きたい事とはなんだ?」
ライトウ、アレイン、カズマが退室した後のクロードの部屋。
ミューズのみが残っており、椅子に腰掛けている。
「男の子の部屋に入ったのって初めて――っていうギャグをする暇もないっすね」
「不埒なことはしないから安心しろ」
「そこは安心しているっすよ。でもアレインとかあたしとかみたいな魅力的な女性を目の前にしながら何も反応がないのは……あ、いやいや、嘘っすよ」
顔を赤くしているミューズ。自分で言って恥ずかしかったようだ。
クロードはそこに言及せずに、意図的に少しだけ話を逸らす。
「というかそれは俺だけじゃなくてライトウもだろ?」
「ライトウは戦闘バカだからあれっす。妙な所で子供なんすよね」
「それは暗に俺も子供だって言っているのか?」
「違うっすよ。クロードはなんか、心の奥底にこれとした人を決めている、って感じっす」
「……そうか?」
「そうっす。まあでも、人じゃなくてジャスティス破壊への思いが渦巻いているってことっすよね、それって」
「それを恋心と捉えられるのはあまり面白くないな」
「あ、気に障ったなら申し訳ないっす」
「いいや。冗談程度で気を悪くしたりしないさ。――それより、話を本題に戻そう」
クロードは肘をつく。
「俺に訊きたいことがあるんだろ?」
「そうっす。まずはあれっすね」
まずは、ってことは複数あるのか――と思いながらも彼女の言葉に耳を傾ける。
「何であたしをこっち側にしたっすか? あたしはただの情報通っすよ」
「自分で答えを言っているじゃないか」
「情報通、ってことっすか?」
「そうだ。情報の取捨選択が出来ることが非常に重要で、そこが俺がミューズを高く評価している理由だ」
「またまたー」
にやり、とミューズが笑みを深くする。
「――表向きは、でしょう?」
「そこまで理解しているからこそ、だ」
クロードが平然とそう返したため、ミューズは目を丸くする。
「ん? 何だ?」
「いえ……なんか考えを読みとられている感じがして、ちょっと間が抜けたっす」
「出来るぞ。やっていないけど」
冗談ともつかない口調で言うが、事実、クロードはやろうと思えばそういうことが出来るのだ。そのことはミューズをはじめ、誰も知らないのだが。
「さて、話が逸れたな。表向きはそうだが、裏向きとしては、ミューズしか適した人物がいなかった、というのが正しい」
「正直っすね。でもそれ、嫌いじゃないっすよ」
にしし、と口元を歪ませるミューズ。そこにはショックを感じている様子などは微塵も見せていない。もしかしたら既に割り切っていたのかもしれないが、クロードには判らない。彼女の内心を、強制的に能力で読み取ろうとしていないからだ。
それでいい、とクロードは思っている。
それは彼女だけではない。
幹部四人に対して同様に、内心を読み取ろうとしたことは無いし、するつもりはない。
――必要にならない限りは。
「ま、ライトウは戦闘バカですし、アレインも似た様のモノっすからね。唯一適性のあったカズマはああなってしまいましたし……」
「今までまとめてもらっていたから、適正はあったとは思うがな。――ただ、だからといってミューズに適性が無かったわけではない」
「んー、でもまあ自分ではあるとは思っていないっすけどね。あたしは情報通なだけで」
「頭の回転が速いし、情報を持っているということは、相手の支配することが出来るっていうことでもあるからな」
「情報による脅し、ってことっすね」
「カズマの統率の仕方は、どちらかというと本当に『まとめ』という形で人徳によって導いていた、というやり方だったからな。今のあいつにそれが出来るとは思わないし、そのやり方は人数が増えるにあたって破綻していただろう」
「まあ、そうかもしれないっすね。カズマは優しかったっすから。誰かを犠牲には出来なかったでしょう」
優しかった。
出来なかった。
――全て過去形である。
「今では出来るだろうな。だからこそ――あいつが本当は適切だったんだけどな」
「今のカズマなら上から押さえつけられるっすね」
「でも、あいつそんな気ないんだよな」
「そうっすね。……でも、分かる気がするっす」
ミューズが目を伏せる。
「身内がああなっちゃったら、復讐心に走ると思うっすから」
「……ミューズもそう思うのか?」
「あたしは身内っていないっすから」
「聞いていいか分からないが……天涯孤独、ってやつか?」
「いやいや。そういうわけじゃなかっったぽいっすよ」
苦笑しながら掌を眼前で振る。
「昔、母親がいたらしいっすよ。記憶にはあるんすけどね。多分捨てられたんすね。ま、記憶の中の母親は白衣の印象しかないっすから、研究者だったかもしれないっすね。今となっては知らないっすけど」
「そうか。アレインも同じような境遇なのか?」
「あまりそこら辺は話さないっすけどね。でも、覚えているかどうかは別として、親がいないのは確かっすよ。あたし達はそういう子供達が集められた施設にいたんすから」
「そうか。そうだったな。すまんな。いらないことを聞いた」
「いいっすよ。あたし達はそこまで気にしていないっす。施設の中の方が楽しかったっすからね。――だからこそ、ヨモツのことが憎いんですよ」
ミューズの拳が握り固められる。
本当はミューズもヨモツの所に行きたいはずだ。だが、彼女は戦闘要員ではない。カズマのジャスティスのメンテナンスも請け負っているが、戦闘自体では前に出てこない。情報を集め、それを仲間に伝えて戦況を有利に進める、どちらかといえば司令官寄りの立場だ。
「言っておくが、直接戦闘要員じゃないからこちらにミューズを配置したわけじゃないぞ」
「分かってますって。――で、そのことに絡むんですが、あたしが聞きたい事はもう一つあるんです」
「何だ?」
「何でクロード一人じゃなくてあたしを同行させたんすか?」
人差し指を自らに向け、ミューズは訊ねる。
「今回、クロードは必ず向かわなくちゃいけないとはいえ、誰かを同行させる必要なんかないじゃないっすか」
「答えは簡単だ。さっきみんなの前で話した通り、政治的な話になるから、そちらの面でも担当を請け負ってもらいたいからだ」
「うへえ。あたしに政治っすか?」
「そうだ。決まっているだろう。少し前まで普通の高校生だった俺が政治なんて全く分かる訳がないだろうが」
「それいったらクロードとほぼ同年代のあたしも同じなんすけど……」
「俺、政治経済苦手分野だったから。学校で」
「暗記系なんであたしは好きだったっすけどね……って、そうじゃなくて」と彼女は頭を振って「そうだったらあたしじゃなくて他の人も同行させるべきじゃないんすか? 今の『正義の破壊者』の中には政治的に詳しい職にいた人も探せばいると思うっすよ」
「今後はそういう人達を中心に組み立てるのはいいだろう。――だが、今回だけは二人で行く」
「二人で行く意味……」
クロードのその断言にミューズは思考をする。
そして数秒後に理解した。
「……本格的にあたしを政治的なリーダーにするつもりっすね?」
「だからさっきからそう言ってただろう」
淡々とした返しに対し、深い溜め息をミューズは机に吐きかける。
「ここでウルジスに対してあたしの姿を見せることで『正義の破壊者』の政治的な顔、というアピールをさせるのと、若さで相手を油断させるという副次的なものを狙って、ということっすね」
「その通りだ」
「一つ目はあたしを逃げられないようにする、ってことを嫌味も込めて言ったんすけどね……」
「隠してもしょうがないだろう。俺は政治を請け負いたくないから、全部ミューズに押し付けるんだし」
「ハッキリ言うっすね!? 正直驚きでしかないっすよ!」
たはー、と伸びをしながら椅子に寄り掛かるミューズ。
「でも、ま、クロードはそれでいいっすよ。あたしらが元々組織としてやらせてもらっているんすから、そこまで頭を使う必要はないんすよ」
「じゃあ任せるぞ」
「任されたっすよ」
にっ、とミューズは笑顔を見せる。
彼女は一種の清涼剤だ。この飄々とした態度が、他の人達のピリピリとした空気を良い形で和らげてくれる。
だが――その優しさに甘えてはならない。
クロードは気持ちを切り替える。
「じゃあ次は俺の方からの質問だ、ミューズ」
「何すか? 何でも答えますよ、っと」
「お前は――どこまで知っている?」
「……どこまで、ってのはどういうことっすか?」
「ウルジスからの情報。ガエル国ハーレイ領にヨモツが来るってこと、本当に知らなかったのか?」
「それは正直、分からなかったです。どこから入手した情報なんすかね?」
「ルード国に潜入していたスパイからだろう。それがいるってのは、あの手紙からも分かるだろ?」
「あ、そうだったっすね」
彼女は額を抑える。
「現在も形式上はルード国の領土であるアドアニアの公用語で書かれていたからこそ、その存在がいることを匂わせていたんすからね」
「同時に、俺の祖国に対しての重圧を掛けに来ている、という意味合いも込められていたな」
ルード国の領土のアドアニア。
その公用語を用いた親書。
それをわざわざクロードに届ける意味。
「だからクロードはウルジスに行かなきゃいけないんすよね。祖国を守るために」
「違う」
――鋭く。
明確な否定を彼は口にした。
「俺はアドアニアに対して思い入れなどない。母親を殺され、家も燃やしてきた。だからあの国に思う所など何もない」
「……」
ミューズは押し黙る。
きっと彼女の思考には、クロードが過去に幼馴染を拳銃で撃ち抜いて犠牲にしたことを思い浮かべているのだろう。
「ま、でも思う所はあったな」
「え?」
「こんな俺に対し、これで脅しているという舐めた考えに対してはな」
「……ッ」
ミューズの表情が強張る。
一筋、冷や汗も流れている。
「ん? どうした、ミューズ?」
「いやなんでもないっすよ。ちょっとクロードが怖かっただけっす」
「何でもなくないじゃないか」
クロードは笑わない。
笑わずに話を続ける。
「さて、ということでウルジスに対してのスタンスが決定したな」
「そうっすね。ウルジスはあたし達を舐めてきているんすから、相応の態度を取りましょう」
「だな。――じゃあ、早速相手に伝達してもらおうか」
「……伝達?」
何のことか、とミューズが問い合わせる前に、クロードは立ち上がり、端にあったタンスの前に立つ。
「なあ、ミューズ。あの手紙って誰がどうやってここまで届けて来たんだと思う?」
「どうやってって、普通に……って、それは有り得ないっすよね。ここ、移動していますし」
「だからこそ、賞賛すべきだとは思うんだよな。偶然とはいえ、ここまで辿り着くとはね」
「へ? ――ッ!?」
ガタン。
クロードがタンスを開いた途端に――人影が零れ落ちてきた。
「数撃てば当たる戦法――って所だな。見事罠に引っ掛かっていた所を引っ張ってきたけど、さて、どちらが罠にかかったと言えるのかな?」
転がり出たのは、口元を布で塞がれて動けないように至る所を縄で縛られている、まだ若い少女とも言える年代の女性。
彼女は赤髪を振り乱しながら取り乱していた。
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