思考錯誤
「身長はフィレンさんより少しだけ低そう。綺麗な人ですね。でも男の人なのか、女の人なのか分からない。あの人が私に言ってくるんです。フィレンさんを救ってって」
「な……」
フィレンは絶句した。
「ミストさん! ガキに何よくわからないこと吹き込んでるんだ! 本当にあなたなのか!?」
何故か焦りを感じて彼は叫んだ。
少しの間を置いて、致し方ないという様子でミストの霊体は姿を現した。
「もう八年、姿を見ていないんだぞ。そうやって出てこれるなら、何故」
お前が私を忘れてくれないからだ。
霊体──ミストはにべもなく言い放つ。
フィレンは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「私がそれを、終わらせてあげる」
横から声を上げたイングリットが、ミストの左胸──心臓の辺りに手を突っ込んだ。
あ、女性だったんだ。
霊体でも何となく分かった。
そしてイングリットは、彼女の心臓を握りつぶさんばかりに力を込める。
あああぁぁああ!
苦しそうな悲鳴が上がる。
「おい、何してるんだ、やめろ!」
その現実にただ驚愕し、フィレンはそう声を上げるしかできない。
だがそれは、ミストも同じだったらしい。
や、め……そうじゃな、い……!
ミストの手が心臓を掴んでいる手を払いのけようと動くが、そんな余力は霊体には無い。
ミストは痛みに支配されていた。霊体を保てなくなるほどの苦痛。
ミストの透けた体がますますかすみ始める。ただの、靄になる。
最終的にはイングリットがミストの心臓を握りつぶしたように見えた。
霧散する若葉色の靄──。
「なにして──」
フィレンが絶叫して掴みかかろうとした時。
ミストの霊体が居た場所から、黒い影が一気にイングリットに襲い掛かった。
透明だった彼女が、闇の色に染められていく。
「ほらおいで。私はカラの器。どんな呪いでも、すべて食べつくしてあげるわ」
怒涛のように彼女に流れ入る黒い影。対照的にあの大木がやせ細っていく。
そして────。
「うそ、だろ……」
フィレンはただ茫然とした。八年前に植物に飲み込まれた想い人が、倒れるように押し出されてくる。
そっとその体を受け止めながら、彼はイングリットの方を見遣った。
彼女はもう、人の形をした闇だった。影は肥大化し、巨大な黒い闇人形が出来上がる。
「……いったい、何だってんだよ!!!!!!」
フィレンは心の底から叫んだ。
女というのは、なんて勝手な奴らなんだ。
『じっちゃん、ヨルム市近郊の森に出たやつを、どうにかして助けた──』
『無理だ』
≪ネットワーク≫でアロイスに泣きつくが、彼の
『その呪いは私が全力で止めようとして結局無理だった呪いだ。どうにかできていたならミストが魔王の養分にされることはそもそも止められていただろう』
分かっている。分かっているが、どうしても怒鳴ってしまう。
『それでも不老長寿の大魔法士かよっ』
『ああ。不老長寿しかとりえのない腐れ外道だ』
頭に血が上っているフィレンとは対照的に、アロイスは冷静だった。
『情があるのなら、お前自身が殺してやれ。でなければすぐに周辺を襲いだすだろう。食ったものの魔力をすべて魔王に捧げる化け物だ』
「クソったれが!!!!!!」
「うるさい」
懐かしい声。涼やかな声。だがそれが聞こえたことに安堵を覚える暇すらなく。
「────っ」
再びふさがれる唇。なんて日だと理不尽に混乱するしかない。
だがそれはイングリットにされたものと同じではない。彼は何か肩の荷が下りたような感覚がした。
「あの子のために、返してもらう」
瞳と瞳しか見えないような近い距離で見つめ合ったのは一瞬だけ──。
ミストは若葉色の長い髪をなびかせながら、イングリットだったものに対峙する。
そんな彼女の姿を見た彼は、自分の体から大きすぎる
自身の大剣に手をかける。
自分たちのために、あの無色の少女が体を張ってくれたのなら。
自分たちが、体を張って彼女を止めるべきなのだろう。
「
フィレンは苦虫を噛み潰した以上に渋そうな顔を浮かべて、剣を構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます