意味深長
イングリットは気づいたらあの大木の所まで来ていた。
懐かしい場所。何年か前に、青年と霊体に出会った場所。
その根本に背中を預けて腰を下ろすと、ため息が出た。
疲れた。
そしてその疲れは本人の自覚以上だったらしく、いつのまにか寝入ってしまったらしい。
目が覚めたのは夜。
だけど何故か周りは明るかった。
パチパチと火の爆ぜる音。焚き火がたかれている。
いい匂いまでしていた。火の周りには肉や魚や野菜などが串でセットされていて、いい具合に焼けてきている。
身を起こそうとして、古臭そうなローブが自分にかけてあるのに気づいた。
あちこち綻びて、ゴワゴワしている。自分にはとても大きなローブだった。
「……あれ。起きた?」
懐かしい声がした。数年前のことなのに、判別できるなんて自分でも不思議に思う。
「私……いつの間に寝てしまったのかしら。色々していただいたみたいね……ありがとうございます」
よく見れば傷の手当までしてあった。軟膏と包帯であちこち丁寧に覆われている。
しかしそれを見て感じたのは違和感だった。
「魔法は使わないのですか?」
青年は何もかもが若葉色で、よほど強い精霊の加護を受けているはずだ。その魔力は並ではないはずなのである。
質問を聞いた彼は苦笑いした。
「俺には強すぎて御せねえんだよ」
そして左手の中指を見せてくる。そこには
「難儀ですね」
イングリットは苦笑した。
「お前に言われたくないわ」
青年も苦笑する。見た目から分かりすぎるほど分かる、魔力容量の無さ。そして傷だらけの今。お国柄もあって、青年は何となく、その少女が周りによく思われていないのを察してしまっていた。
食うか、と、彼はほどよく焼けた肉の串を彼女に向けた。
ありがとうと言ってイングリットはそれを受け取る。かじってみると塩と胡椒が少しまぶしてあるのがわかった。薄い味付けで美味しい。あっという間に一串食べ尽くしてしまう。
「美味しい」
自然、顔が緩んだ。
自分は笑っているのだろう。笑う──それは、いつ以来のことだろうか。
「いい食べっぷりだ。野菜も食っとけよ」
青年は機嫌良さ気に野菜の串も差し出してくる。
イングリットは遠慮しなかった。
しばらく二人は無言で夕食を頬張った。それはとても優しい時間だった。
食べ終わって一息つくと、イングリットは青年に声をかけた。
「私はイングリット。ヨルム市の冒険者養成所の学生です。……あなたは?」
「フィレンだ。エルムタウンの自警団長をしてる」
へぇ、とイングリットはそれだけ呟いた。まだ若そうなのにすごいな、とか、エルムタウンまでは少し遠いのに何でちょこちょここんなところに来ているのかな、とか、色々と思うところはあったが、口にできずただ、今日の礼を口にする。
「今日は本当にありがとうございます。傷の手当から夕飯から、色々してくださって」
「なんかボロボロな見知ったやつがぶっ倒れてたら誰だってそれくらいやるだろうよ」
礼なんて必要ないとばかりに彼は手を振った。
なんとなく、見知った奴、といってもらえたことが嬉しかった。ほんの数回、数年前に一言二言言葉をかわしただけなのに、覚えていてくれたのだ。
「あなたは……
ふとそんな
「はあ? ……いやーまぁ、色んな奴に会ったし、色んな物を見たし、別にお前なんてただの普通のガキだぞ」
きょとんとして言う青年。場合によっては失礼な発言も、今の状況では暖かい言葉。
ふふふ、と、イングリットはまた笑った。
「フィレンさんは……この木に何か思い入れがあるのですか?」
なんとなく聞いてみた。
フィレンは微妙な顔をして固まった。少しして、首を振りながらぼやくように呟いた。
「俺は、守れなかったんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます