4-3

 長老の家からマンタに沢山の本を持ってきてもらったが、全く集中できなかった。

「もうエボルトに着いた頃かな」

 治癒能力を持つエミを迎えにいったユイナとナッシュのことを思い出すと、どうにも悶々とする。

 テント内の寝床で仰向けになりながら本を開いているも、文字も追わずにページをめくっていく。

「あいつらはどんなこと話すんだろう。そもそも二人で会話が成り立つのか?」

 共通点と言えば二人とも責任感があり真面目。俺に対する当たりは強め。

 などと韻を踏んでふざけてみるが、考えるのはもっと生々しいこと。

「ナッシュはユイナに想いを告げるのだろうか」

 先日ナッシュから「ユイナのことが好きだ」と告白されたばかり。二人きりの道中など良からぬことが起きてもおかしくない。

「ユイナはナッシュのことをどう思ってるんだろう」

 命を救われた恩人。自分と同じで使命感が強い。ユイナに見合うだけの戦闘能力。

「あれ……ナッシュって実は良い男なのか?」

 むしろ惚れない要素のが見当たらない。強いて言うなら悪人面くらい。ナッシュの硬派な性格上、無理やりなんてことはないだろうが、男の本能など信用できるはずがない。肉親にやらかした事実がある俺には尚更だ。

 全く読んだ覚えがないのに、いつの間にか手に持った本が最後のページへさしかかっていた。しかし読書は集中できないからといって気晴らしに体を動かすこともできない。

 せめてワールドクリエイターだったら気を紛らわしてくれるかもしれない。だが二巻を読んでしまった以上、次が気になって仕方がなかった。

「どこにあるのかな。三巻」

 俺は手に持った読んだ覚えのない本を脇へ置くと、ワールドクリエイターの二巻へ目をやった。

 仰向けに寝ながら天井へかざすように持ち上げる。ぼんやりと表紙を見つめると、著者のない空白の部分がやたらと目についた。

「岩山の向こうへ行けば何か手がかりでもあるのかな」

 体が鈍っていく感覚もない寝たきり状態で、もう何度も読んだ一巻の冒頭からまた熟読し始める。

 絶対安静なんていつ振りだろう。小さい頃に鳥獣に襲われた時以来か。あの時はエミの治癒能力もまだ開花しておらず、ほとんど拘束状態で寝ていた。

 子供には退屈すぎたのか、こっそり抜け出したのを覚えている。

 しかし飛べなくなった俺は遠出などできず、親父にあっさりと捕まった。始めは怪我のせいで飛べないと思っていたが、いざ傷が癒えても俺は飛べなかった。

 理由は分からない。体のどこかに後遺症でも残っているのか、あるいは地の民と風の民の混血など所詮は半人前なのか。

 いずれにせよ飛べずともここまではこれた。が、

「やっぱり集中できない」

 ワールドクリエイターをもってしても悶々とした心を紛らわしてはくれなかった。思春期の男など女がからむとろくでもない。

「マンタが都合よく見舞いに来ないかな。マンタの修行より俺の退屈しのぎのが重要だ」

 などと理不尽なことを割と本気で考える。すると、

「人鳥獣だー!」

 外で叫び声が響き渡った。

「マジ?」

 ナッシュもユイナもいない状況で襲来など洒落にならない。しかもマンタまでいない。村には子供と老いたじじい。大人もいるが狩りをしている姿など見たことがない。

「これって絶対絶命のピンチってやつか……?」

 外の様子を伺うべく、這いつくばって入り口へ向かう。

 テントの中からわずかに布を持ち上げて外を見る。すると、予想外の光景が広がっていた。

「マンタ……?」

 いつ下山したのか。マンタが人鳥獣の群れと応戦していた。

 ちょうど俺に背を向ける格好で、肩を上下させて呼吸を乱しているのが見て分かる。

 しかも、

「傷だらけじゃんか……」

 あれほど無傷にこだわっていたマンタの背中には切り傷で血が滲んでいた。

 周囲には人鳥獣が無残に横たわっている。おそらくマンタが仕留めたのだろう。今も襲いかかる人鳥獣を十分に引きつけて確実に一撃で仕留めている。

 しかし多勢に無勢か、背後をつかれては躱しきれず徐々に背中の傷が増えるばかりだった。

「くそ……」

 マンタが一向に場所を移動しないのは俺がここにいるから。身動きできない俺をかばっている。

 歯がゆさで力むと、また傷に触り痛みが走る。俺ができることはただ息をひそめることだけだった。

 苦戦するマンタを見続ける苦痛に耐えるのと自らの傷の痛みを天秤にかける。

 こうなったら後はナッシュが帰ってくるのを期待するしかない。そう思っていたが、

「よーし! やー!」

 気の抜けた叫び声が届く。やたらと通る幼声。

 俺の目に飛び込んだのは長老を紹介してくれたおさげ髪の少女。見よう見まねで両手に宿した炎のナイフをぎこちなく人鳥獣へ投げつける。

 だが当然当たらない。機動力に優れた人鳥獣は簡単に躱し、少女へ迫った。

「やめろ!」

 マンタのがなり声が響くも、何ひとつ止まることはない。

 少女は襲いかかる人鳥獣を迎え撃つように腰を少しばかり落として構える。本人的には最高に格好良い構えなのだろうが、子供の遊戯にしか見えない。しかし、

「えい!」

 少女の両手に握られた炎の剣が人鳥獣に突き刺さる。耳をつんざくけたたましい悲鳴が響いた。

 少女は暴れまわる人鳥獣を炎で包み込み、逃げ惑うことを許さなかった。

「見たかー! わたしはつおいんだぞー!」

 舌ったらずの決め台詞は虚勢ではない。マンタにはためらわず襲いかかってきた人鳥獣の群れが、少女を見て一定の距離を保ちながら様子を見ている。

 そこに他の子供たちが駆けつけて「何やってるんだー! ナッシュがいないからって調子に乗るなよー!」とほとんど鬼ごっこ感覚で人鳥獣を追い回す。もちろん空を飛べないので直接捕まえることはできない。

 だったらと言わんばかりに五月雨式に炎弾を放ち、次々と人鳥獣を撃ち落していく。歩行も可能な人鳥獣は炎弾に焼かれながらも突進して襲いかかる。

「ついにこいつの切れ味を試す時がきたか……えーい!」

 何の口上か、少女はニヒルな笑みを浮かべて人鳥獣を一刀両断にした。自分の中で何かが決まったらしい。可愛らしく跳ねておさげ髪を揺らしていた。

 子供たちは人鳥獣を一掃すると、マンタに駆け寄って「見た見たー⁈」とお褒めの言葉をせがんだ。

 マンタが「う、うん」とほとんど言葉にならないまま頷くと、子供たちは呆気にとられているマンタなど気にもせず大喜びする。

 大人は誰一人として加勢していない。後からやってきて「今日は丸焼きか」「いや鍋でしょ」などと談笑している。

 大人たちも獲物を担いで帰ると、最後に長老がおぼつかない足取りでやっきて「傷は大丈夫かの?」とマンタを気遣った。

 マンタは「大丈夫です。かすり傷です」と消え入りそうな声で見栄を張る。

 長老はそれ以上何も聞かず「そうか、何かあったら遠慮なく言うのじゃぞ」と一言添えて、また曲がった腰のまま歩いていった。

「マンタ……」

 危険が去っても、俺はマンタに声をかけることができなかった。きっとマンタも俺が覗いている気配を感じているだろう。分かった上で、こちらへは一瞥もくれずに立ち尽くしていた。

 背中の傷が痛々しく、血が衣服に滲んでいる。ただでさえボロボロの服がよりみすぼらしい。命に別状はなさそうだが、その分大きな悔しさを負ったのも確か。

 マンタが叫びたい衝動をかみ殺して「くそ」と地面を蹴りつける。

 今は何をしても格好悪く見えた。


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