4-2

俺とマンタはユイナの見送りで村の入り口にきていた。

「じゃあ行ってくるね。急いで戻って来る」

「ああ、いざとなったらナッシュを犠牲にするんだぞ」

 ナッシュが「ふざけんな」と俺を睨みつけた。ボロボロだった道着を新調し、濃い紺色が際立つ。ブーツもしっかりと磨かれており、茶色の艶が目につく。ユイナとの二人旅に備えたナッシュなりの正装なのだろうか。

 心なしか逆立てた赤黒の髪もいつもより整っている。

 二人並んでいるところを見ると、ナッシュが「ユイナのことが好きだ」と言った時のことを思い出す。ナッシュの視線を細かに追うが、特段ユイナの方を見ることはない。いつもの堂々としたナッシュだった。

「無茶はしないでね」

 旅立つ側に心配される。ユイナは飛んだ方が早いはずだが、岩山を歩いて下山していった。

「やっぱり見せてくれないんだな……」

 これで良いのだろうか。自分で頼んだくせに胸のあたりがざわつく。命をつなぐ、という意味で言えば「待つ」という選択肢が絶対に正しい。俺は歩くこともままならない。同行したとしても足手まといも良いところ。だから待つ。簡単なことだ。なのに、

「なんでこんな簡単なことが我慢ならないんだ」

 痛みを顧みず全身が力む。ナッシュと歩くユイナの姿が遠くなっていくにつれ、喉に奥につかえた感情が溢れ出そう。正しいことをしたいんじゃない。俺のしたいことをしたいんだ。

「ユイナァァ!」

 全身に激痛が足る。あまりの痛さで嗚咽みたいに声を吐き出した。止まってくれ。自分からナッシュに頼んでおいて我がままも甚だしい。それでも、

「ユイナァァ!」

 もう一度。ユイナが立ち止まってくれることを願って全身全霊をこめる。

「はぁはぁ……」

 たった二度叫んだだけで目がかすむ。息も切れて顔を伏せた。俺の声がユイナへ届いたのか確認するのも辛い。あとは情けなく願うしかなかった。

「ナル!」

 すぐだった。豆粒ほどにしか見えないはずの距離は一瞬にして縮まり、耳元で聞きなれた声が俺を呼ぶ。

「ユイナ……」

 顔を上げると、ユイナが泣きそうな顔でこちらを見ていた。不安げに「どうしたの?」と顔を覗き込まれる。

「俺の側から離れんな。やっぱりナッシュとなんか行かせたくない。重症だって構わない。俺はユイナの側にいたい」

 俺は無理やりユイナを抱き寄せた。人の温もりなどない。強く抱きしめるほど痛みが増して、顔が歪む。痛みに耐えるみたいに腕に力がこもった。

「ナル……痛いよ」

「俺のがもっと痛いし」

「バカ……」

 ユイナの体は脱力していた。それが何より嬉しい。安心感で腕の力が徐々に抜けていく。

「大丈夫だよ。今度は正義感なんかじゃない。ナルのために行きたいの」

 ユイナは頬で俺の顔をさする。摩擦するのが一番痛いのに、痛いことが気持ち良いと思った。

 感情を吐露したせいか、全身に力が入らなくなってくる。ユイナはゆっくり俺から離れると、恥ずかしそうにはにかんだ。

 照れて顔をあげない。俺の方まで恥ずかしくなった。

「ごめん。すげえ格好悪い」

「うん、我がままで傲慢。人としてどうかと思う」

「ぐぅ……」

「ありがと。行ってくるね。ナルの嫌いなナッシュを待たせてるから」

「こいつ……」

 ユイナは最後まで明るく振る舞い、ナッシュの方へ駆け出した。また豆粒みたいに小さく遠くなっていく。ナッシュと並んで岩道を歩くのを見ると、やっぱり傷とは別の部分が痛む気がした。

「ご馳走さま」

 一緒に見送りにきたマンタが隣にいるのをすっかり無視してしまった。マンタも気を使ったのか、俺とユイナが抱き合ってる時は存在感を消していた。またマンタに弱みを握られたと思うと夜も眠れなそうだ。しかし恥ずかしさはあれど後悔はなかった。

「なあマンタ。マンタはエミに会えるのはやっぱり嬉しいか?」

「嬉しいよ」

「じゃあ来てほしいのか?」

「嫌な質問だね。僕は我がままを言う性分じゃないんだから深堀りしないでよ」

「そうか」

「でも、ちょっと羨ましいって思った。素直に感情をぶつけられるのが」

 マンタは坊主頭を掻いて、あえてわざとらしく苦笑した。グレイシアの一件で全く活躍できなかった同士で見送りをするのは、何だか置いてけぼりを食った気になる。

「戻るか。とっとと寝てエミが来る前に傷を治す」

「いくらなんでも数日で治る傷じゃないでしょ。これからナルはまた退屈な日々の始まりだね。今まで見舞いに来てたユイナとナッシュがもういないし」

「嫌な奴だな。お前が来いよ」

 俺は傷に障らないのろい歩調で集落の方へ歩き始めた。凍傷と言っても筋肉に支障はないせいで、油断すると力が入ってしまうのがなまじたちが悪い。

 しかもさっき力んだせいで今になってずくずくと痛みが増す。

「長老が本を貸してくれるって言うから沢山持ってくよ」

「俺もこれからは勤勉家だな」

 マンタが肩を軽くこずく。当然痛いのだが、反撃するともっと痛くなる。俺の周りにはなぜだか傷に触る奴が多い。冗談の分かる奴ばかりなのも考えものだ。

「マンタはどうするんだ?」

「僕は山籠りかな?」

「なんだそりゃ」

「強くならなきゃ。今回のことで心底そう思ったよ」

 マンタは後ろを振り返り、見えないはずのユイナとナッシュの方を見つめた。表情が険しく、きっと健常のマンタとて考えることは俺と同じだろう。

「張り切りすぎて怪我すんなよ」

「そしたら僕も勤勉家になるよ」

 俺は痛いのを我慢してマンタの肩を叩こうとするが、非情なマンタは簡単に躱して俺がつんのめるのを吹き出すように笑った。

 

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