3-5

「できた」

 アルは額の汗を拭うと、誇らしげに腰に手を当てた。

 青白くつららのごとく尖った髪の毛。切り裂かんばかりに冷たく鋭い目。全身を覆った冷気。アルはそれをグレイシアと名付けました。

 グレイシアは冷気を操り、海を凍らせたり、吹雪を起したりしました。それは地上に住む生物にとって脅威でした。

 世界はグレイシアが好き勝手暴れたせいで、どんどん生物が住めない地へと変わってしまいました。

 アルは少しやり過ぎたと焦ってしまいました。

「そうだ。良いこと思いついたっ」

 アルは慌てて創造をするためのホワイトキャンパスに向かい、想像を膨らませました。

「氷の反対は炎だ」

 思いついたことをひたすら描き殴ります。

「炎の神、ナッシュ!」

 アルはグレイシアに対抗する炎を擬人化しました。

「どっちが強いか競争だ」

 アルは自分が作ったふたつの神に等しい力を与え、戦わせることにしたのです。

「勝った方の好きな世界になるんだ」

 アルは少しだけ自分の作った世界を乱暴に扱ってみたくなったのです。自分でもどうなるか分からない。なんでもできるアルにとって、先の見えない未知はとてもワクワクするものでした。



「良かったらおぬしの感想を聞かせてもらえんかの」

 一言もしゃべらずに俺が読み終えるのを待っていた長老。重いまぶたの片方だけが持ち上がる。

「……ワクワクした。早く続きが読みたい」

「仮にそれが世界の辿る本物の物語だとしてもかの」

「うん」

「そうか……」

 長老は深いため息をつくと、納得したように深く腰掛けた。

 ワールドクリエイターを読んでる最中、マンタとユイナは気を使ってかいつの間に席を外していた。視界の端に外へ出るのが見えたがお互いに声をかけることはなかった。

 外では相変わらず子供が「てや!」などとちゃんばらごっこをする声が聞こえる。

「ナッシュは炎の神様なの? 里で祭ってるのもナッシュだし、ワールドクリエイターの二巻にも出てきたけど」

「さてな。わしにも分からん。じゃがナッシュが世の中を変える力を持っておるとは思っとる」

「ふーん……」

「例え世界を変える力を持っておってもあやつはまだ若い。ワールドクリエイターを読んでどこか自分と重なる部分を感じたのじゃろう」

「じゃあナッシュが神様で世界をめちゃくちゃにしちゃってもじいさんは構わないの?」

「うーむ、ナッシュにはもう十分に生き長らえさせてもらったからの。あやつの生きたいように生きてそれが世界の終わりになるのならわしは構わん」

「まあじいさんは老い先短いから構わないだろうけど。村には子供もいるじゃん」

「皆、毎日を必死に生きておる。自らの死を誰かのせいにしたりはせんよ」

「ずいぶんと悟った種族だね」

「おぬしと違ってな」

「じじい……」

 ほうれい線のくっきりと浮かぶ口端がニィと持ち上がる。見た目はよぼよぼでもどこか血の気の多さが垣間見える。

「ナッシュはまだ若い。おぬしと同様、理に適わず刺激を求めることもあるはずじゃ。それがワールドクリエイターに出てくる炎の神と同じ名前なら尚更」

「別に俺はナッシュと同じとは思わないけど」

 滑らかに進む会話だが、どこか言葉の端に違和感を覚える。

「ナッシュはまだ若い。未知の体験に血が滾るのも当然じゃ。おぬしみたいにの」

「あ、うん」

「ナッシュはおぬしと同様にワールドクリエイターをえらく気に入っておるしの。登場人物と名前が被るのは……」

 俺は確信した。

「もういい。危うく四回目に突入するところだ」

 かなり巧妙だがどうやら話はすでに繰り返されているらしい。てっきり一言一句違わぬ説明が繰り返されるものだと勝手に決め付けていた。想像していたやり口と違ったため、俺も気がつくのに遅れてしまった。

「色々、聞かせてもらった。一応だけど礼を言っておく」

 長老は少し不満げな表情をしながらも「また来るとよい。ナッシュと仲良くやるんじゃぞ」と、どこかしてやったりな笑みを浮かべる。

 もしかしたら二度三度と話を繰り返すのは確信犯なのかもしれない。長老の遊び心だとしたらなかなか趣味が悪い。

 俺は「気が向いたらな」と、長老へ露骨に嫌な表情を見せた。


「あ、ナル。もう良いの?」

「ああ、じじいの話が四週目に突入した」

「そいつは参るね」

 マンタは俺が読書に耽っている間、村の散策をしていた。というより、村の子供たちにせがまれ、刀での演舞を見せびらかしていた。ズボンを摘まれて「もう一回」と急かされる。

「格好つけしいめ」

「人聞きが悪いな。これでももうすでに子供大人問わず人気者なんだよ」

 この村には刃物という概念がなく、荒削りな石の鎚や槍などがあるくらい。究極までに研ぎ澄まされた刀の色味や造形はもはや絵画などと同じ芸術の域だった。

 子供のみならず、大人をも唸らした。現に幾人もの村民が興味津々でマンタを取り巻いている。

 もう日が西に傾いているがずっと見せびらかしていたのだろうか。

「ユイナは? 姿が見えないけど」

「ユイナならナッシュのところかな。きっと風の民について話に行ったんだと思う」

 上着の袖も摘まれ「はやくー」とせがまれる。子供は無邪気に同じことを繰り返させるから恐ろしい。半分はおもちゃ扱いにも見えたが、マンタもまんざらではないない様子。

 しかし羨望の眼差しで見つめる子供だが、はしゃぎながらも「炎の剣だー!」と自らが発した炎を尖った棒状に変化させたりと、種族特有の能力を何気なしに発揮する。

 形状を変化させるのは得手不得手があるらしい。ナイフ程度の長さだったり、上手く炎が纏まらずに棍棒みたいになる者もいた。

「みてみてー! できたーっ!」

 中でも長老を紹介してくれた少女は筋が良い。短いながらも炎を滑らかな形状に纏めあげ、刃先がしっかりと尖っている。おさげの黒髪を上下させながら「やったー! 褒められたー!」と無垢な笑顔を見せる。

 この技術はエボルトの里でも数人の優秀な火の民にしかできない芸当。それを遊び感覚で成せる勘の鋭さには思わず舌を巻く。

「俺もナッシュのところに行くわ」

「あ、うん。分かった。僕も後で行くよ」

 俺やマンタには逆立ちしてもできない芸当。残酷なまでに生まれ持った血が人の優劣を決める。

 しかし羨むことに意味などない。本当に優劣をつけるのは自分自身の価値観だ。

 俺はひらひらとマンタへ手を振って、後腐れなく砂利道を歩いて、村を出た。

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