3-3

 アルは造形にこだわるようになりました。

「鼻筋はもう少し高くして、輪郭は細く。腕は長めかつ筋肉質にしよう」

 均整の取れた骨格を作るのは時間がかかりましたが楽しさも増えました。

「そうだ。折角だし、現象も使えるようにしよう」

 作り出した人獣の息に冷気を混ぜてみる。

「おお、すごいすごいっ」

 一面は吹雪に覆われ、たちまち生き物たちが凍りついて動けなくなりました。氷の世界では巨大な竜ですら生きることができません。

 草木も生えず、冷たく無機質な大地。灰色の雲に覆われた空。

 食物連鎖の頂点がまた変化を見せたのです。

「そっか。まだまだ色んなことが試せるんだな。よーし……」

 アルは休まずたくさんのものを作りました。作っては新しい物で古い物を壊す。新しいものをもっと新しいもので壊す。それを繰り返しました。

 特に炎や氷。自然に纏わるエネルギーは世界に脅威をもたらしました。

 世界は少しずつ複雑さを増し、始めに作った物では生きていくのも難しくなりました。



 俺は初めて読むワールドクリエイターの続きに、高揚すると同時に身震いした。

「世界はどんどん変わっていくんだ」

 ナッシュが住処としている穴倉は岩山の三分の二ほど登ったところにある。中には岩を削った石の椅子と、わらを敷いた寝床。あとは囲炉裏があるだけの原始的な作り。

 文明という概念をほとんど取り除いていた。

 たったひとつ人らしい物として手渡されたのが童話ワールドクリエイター。の、二巻。

「……お前、童話の世界の話なんて信じてるのか?」

「信じちゃ悪いのかよ。あと俺はナル。今度お前呼ばわりしたらナッシュをお前呼ばわりするぞ。まあ信じるというか、そんな世界があっても不思議じゃないって思ってる」

 俺が持っている一巻よりも保存状態の悪い本をナッシュへ返すと、隅の方にある平岩の上へ無造作に置いた。

「岩山の向こうの空気がどんどん冷たくなってるんだ。ワールドクリエイターとの因果関係は分からないが、この前の地殻変動とは何か関連があるだろうな」

「それでナッシュはどうするつもりなの?」

「どうもしねえ。ただ人鳥獣の動きが活発化してる。獲物を捕るのに躍起になってるから襲ってきたら蹴散らすだけだ」

 ナッシュは拳を叩き、攻撃的に目を据わらせた。

「ナッシュは炎の神でもなんでもないだな。ただの一般人」

「うるせえな。ただの一般人に燃やされてえのか?」

「受けてやるよ」

 俺が立ち上がろうとすると、マンタが「受けて立っちゃ駄目だから。黒焦げになるナル」と俺の肩を掴んで無理やり座らせた。

 矛先をマンタに向け「ビビりマンタ。いや、ビビりマン」と意味不明な悪口を言うと、やたらと過敏に反応して顔を真っ赤にした。

「お前らいつもこんな下らないことばっかやってんのか?」

「うん、してる」

 俺とマンタの代わりにユイナが即答で頷く。お陰で俺とマンタがまた騒ぎ、空洞となっている穴倉にやかましい声が響き渡った。

「洞穴ってこんなに響くんだな。初めて知った」

 ナッシュは呆れたため息をつくと、小馬鹿にしたような失笑を浮かべた。もちろん俺とマンタはまた過剰に反応し、より一層やかましくなる。

 初めての環境でいつもみたいな下らない会話ができるのは、ナッシュが悪い人間ではないと判断したからだ。それはマンタもユイナも同様だろう。

 人相は悪いが事実としてユイナを助け、俺たちを寝床へ招いてくれたのが何よりの証拠。だからこそ気になることがあった。

「ねえ、なんでナッシュは村の人たちと暮らさないの?」

「どうせ嫌われてるんだろ。見るからに性格悪そうだし」

「燃やすぞ」

 ユイナの問いに被せると、ナッシュは本当に手元に炎を宿らせた。

「どっちかっつーと好かれてんだよ。好かれ過ぎてうざいんだ」

「好かれ過ぎてうざい? 自意識過剰?」

 今度は本当に火の粉を俺へ飛ばしてくる。眉間の皺がどんどん寄っていく。太い両眉がくっつきそうだ。

「村へ行けば分かる。俺は行かねえけどな」

 ナッシュは淡々とした口調で村の方へ視線を向けた。強面からは想像しがたい哀愁が漂う。節々に見せる表情に違和感を覚えるが、俺の好奇心はナッシュを溺愛するという村民の方へ注がれた。

 ワールドクリエイターの二巻にしろ、ナッシュの行動原理にしろ、情報を仕入れれば何か分かるかもしれない。

「本当に俺らだけでいくぞ。良いんだな?」

 ナッシュは本当について来ず、石に座ったまま俺らが洞窟を出るのを最後まで黙って見送った。

 洞窟を出ると相変わらず灰色の雲が空を覆い、岩肌と同化しそうなすっきりしない天気。

 肌寒さを覚える乾燥した風が袖口から服の中へ入ってきた。


 ナッシュの言っていたことは本当だった。

「ナッシュは村の英雄さ。どんな化け物が来ようと全て退治してくれる」

「私たちも炎は操れるけどナッシュは別格ね。異常気象の冬が来た時はナッシュの炎でやりきったことだってあるのよ」

 半刻で一周できそうな小さな村の住民は口を揃えてナッシュを讃える。中には男前の性格を褒める者もおり、思わず「それは間違ってる」と口にしそうだった。

 その他に聞いても例外はなく、それこそ非難する者は一人もいない。

「あいつ、すごいんだな」

「確かにユイナを助けた時の炎は僕らが知ってる火の民の威力とは明らかに違った。殺傷能力とかってレベルじゃなく、それこそ現象って言えるほどだよ」

「なんだ、ビビってるのかマンタ。ビビりマン」

「そうじゃないけど。ナッシュほどの力を持った人間にしてはスケールが小さいというか。少し行動に違和感があるんだ」

「そうか? 単に器が小さいだけだろ」

 俺が首を傾げると、ユイナが「私もマンタと同じ感想かな」と俺を除け者にした。無意識に不機嫌な顔をしたのか、俺を見てユイナが口元を押さえて笑いをこらえる。

 鈍感みたいに扱われて、無性に恥ずかしさを覚えた。

「悪い奴じゃないっぽいよね。口は悪いけど。ユイナのことを助けてくれたし」

「うん、それに風の民について何かひっかかることがあるみたいだった」

 俺が「物珍しいだけだろ?」とまた首を傾げると、ユイナは肩を落としてため息を漏らした。

 なんとなく不服で、自然と歩調が早くなる。石造りの雑貨を売っているテントで「ナッシュの嫌なところを三つ教えてくれ」と無茶苦茶な質問を細身の店主に強要するほどだ。

 しかし店主は「三つ良いところなら挙げられるよ」と誇らしげに鼻を鳴らした。

 なかなか裏が取れずに、歯がゆさだけが残る。すると、

「ねえねえ、お姉ちゃんってもしかして空を飛べる?」

 雑貨屋の店主に聞き込みをしていると、テーブルの陰からまだ十歳ほどの少女がひょこんと顔を出した。物珍しそうにユイナを見つめ、興味津々に目を輝かせている。どうやら店の娘らしい。

「どうして分かるの?」

「だって目が青いもんっ。目が青い人は空が飛べるってナッシュに聞いたよっ」

「ナッシュに?」

 俺たちは思わず顔を見合わせる。

「ねえ、昔ここに空を飛べる人が来たの?」

「うーん、分からない。長老に聞けば知ってると思うよっ。着いてきてっ。長老のところに連れてってあげるっ」

 少女は俺らの反応は気にせず、おさげ髪を揺らしながら駆け出した。元気良く走るさまを見ると、どことなく昔のユイナを思い出す。

「どうする? 俺はもうナッシュの武勇伝を他人から聞かされるのは腹正しくて仕方ないのだが」

「いや、どう考えてもここは行くところでしょ。思った以上にナルの器が小さくて僕の方がびっくりしてるよ」

「興味がないとは言ってないだろ。武勇伝が嫌なだけだ」

 マンタが口を半開きにして呆れる中、ユイナはすでに少女の後を足早に追いかけていた。やはり自分と同じ匂いを感じたのだろうか。

 マンタも釣られるように駆け出し、俺は完全に置いてけぼりを食う。

「あいつら俺を馬鹿にし過ぎだろ」

 嫌いなのと無関心は違う。だがそれを二人に熱弁したらもっと馬鹿にされるだろう。人は良いことをされたら感謝をする生き物ではない。

 好きな奴に良いことをされて初めて感謝をする。少なくともナッシュは村の連中に好かれているのは事実。

「あいつはなんで人助けをするんだろう」

 人として間違った疑問を抱くが、俺の興味はそこだった。

 元気に駆けるおさげの少女が「はやくー!」と急かし、俺は考えるのをやめて後をついていった。

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