存在価値

3-1

 アルは目を瞑ることをやめました。

 目を瞑ると、真っ暗闇がアルの世界を覆ってしまうからです。

「もっと関節を増やして……複雑な動きができるようにしよう」

 想像を創造できるようになったアルは、最近では生き物作りに熱中していました。

「見るだけじゃなくて臭いとか、音とかもちゃんと聞き分けられるようにするんだ」

 五感というものを与え、獲物を捕らえる方法に応用性がでてきたのです。

「うん、ただ食いちぎるだけが芸じゃないよね」

 直立二足歩行。今まで描いた竜よりも細い胴と両手両足。

「でもやっぱり翼と爪は外せないよね」

 背中に翼を生やし、指先には鋭く尖った爪。

「人鳥獣!」

 アルが指揮を振るうと人鳥獣は翼をはためかせ、自由自在に飛び回った。

「よし、良い感じ」

 もうアルの周りには真っ白な世界はありませんでした。

 自分の手で、世界に彩りを与えたのです。 



「まさかこんなところにまで持ってくるとは思わなかったよ」

 マンタは俺の手元の本を見ながら、呆れたため息を漏らした。

「たまたま懐に入れてただけだ。まあいつも持ち歩いてるけど」

 俺は童話ワールドクリエイターを区切りの良いところまで読み終えると、焚き火で焼いた肉片を食いちぎった。

「まさに弱肉強食だったな」

「無法地帯だったね」

 里の西にある断崖がせり上がり、出現した大草原を走り抜けた俺とマンタは、樹林の中で体を休めていた。

 草原には無数の竜が練り歩いており、遭遇しては斬り倒しを繰り返しながらひたすら歩を進めた。

 時には群れに囲まれることもあった。

 しかし単調な竜の行動パターンを徐々に先読みできるようになり、いつしか脅威を感じなくなった。

「マンタ、また振りが速くなってないか?」

「刀は奥が深いよ。いかに円を描くか。それでいて最短距離で振り抜く。僕もナルみたいに大振りして竜を薙ぎ倒せるようになりたいもんだよ」

「誰が馬鹿力だ。そんなに体型も変わらないだろ」

 戦闘能力が上がったのか、単に経験を積んだだけのかは分からない。それでも未知の世界で生き延びていることに少なからず自信が生まれる。

 マンタは自らが仕留めた竜の肉を控えめに噛み切り、丁寧に咀嚼した。

 あたりはすっかり夜に覆われ、雑木に囲まれた空間は空も覗けない。焚き木に含んだ空気が熱で膨張し、パチンと破裂音を響かせる。

 火の粉が衣服に飛んで、払うように叩いて鎮火した。

「どこまでが谷底だったんだろうね」

 見渡す限りが空だった崖の先がどれほど続いていたかは見当もつかない。ここが谷底だったのか。あるいはもう元は谷だった場所を抜けて崖の向こう側にいるのか。

「ユイナは無事だと良いね」

 里を飛び出してから数日経ったが、調査隊には追いつけていない。引き返した可能性もあるが谷がせり上がったことにはおそらく気づいているはず。

 調査も格段にやりやすくなり、予定よりも先へ進んでいる可能性は十分にありえた。

「ユイナは無茶する奴だからな。心配だ」

「僕たちよりよっぽど強いけどね。無茶だけならナルも負けてないけど。猪突猛進」

 燃えた枝木をマンタへ投げつけると「あちち!」とたこ踊りしながら慌てふためく。「なにするんだ!」と文句を言われたが先に言ってきたのはマンタの方だから無視した。

 始めこそ会話をする余裕もなかったせいか、今日はやけにおしゃべりが弾む。

「マンタの方こそエミを置いてきて良かったのかよ」

「里にいる方が安全だよ。僕らと来ても命の保証はできないじゃん」

「本当は一緒にいたいくせに」

「うるさい」

 固い。エミのことになるとマンタはとにかくクソ真面目。冗談も通じず、途端に表情が険しくなる。

 丁寧に咀嚼していたはずの肉も、心なしか食いちぎり方が荒くなった。

「もう寝よ。おしゃべりが過ぎた」

 肉を刺した棒を焚き火の中へ放ると、マンタは「ごちそうさま」と一礼した。

「じゃあ交互に休もう。俺が見張り番してるからマンタは先に寝ろ」

「え? 昨日もナルが先だったじゃん。今日は僕が先に見張りをするよ」

「人の好意は素直に受けとれ」

「嫌だよ。先に寝ると絶対いたずらするじゃん。昨日だって朝起きたら僕の股間のところに刀を挟んで立ててあったし」

「巨根マンタ」

「誰が巨根だ! いや、これは褒め言葉なのかな……」

 マンタが首を傾げて唸る。埒があかなかった。

「同じ時間寝るんだから良いだろ。文句があるなら平石の裏表で決めようぜ。俺は表な」

 解せない表情を浮かべなら渋々了承するマンタ。結局賭けは俺が勝ち、先にマンタが寝ることとなった。公正な勝負にも関わらず「なんかずるい」とぶつくさ言いながらマンタは刀を抱いて横になる。

 しかしすぐに起き上がると「絶対にいたずらしないでよ」と俺を睨む。わざわざ前振りをしてくれてありがとう。と、俺は心の中で呟いた。


 枝木が炭になり、ぼんやりと赤黒く光っている。

 寝ているマンタへのいたずらを一通り終えると、俺は焚き火の前に座って暖をとっていた。

「人ってなんで寝るんだろう」

 俺は寝るのが嫌いだった。正確には目を瞑るのが嫌い。

 目を瞑ると、この世界が無くなってしまうような不安に襲われる。こんなことをマンタに話したらきっと腹を抱えて笑われるだろう。

「ワールドクリエイターの読みすぎかな。アルも目を閉じるのが怖いって書いてあったし。いや、元は目を開けるのが怖いって書いてあったのか。目を開けると何もない真っ白な世界だから。それで想像を膨らませた。その後に目を開けたまま世界を創造した」

 どちらが現実にしろ、何もない世界というのは退屈極まりない。というよりひどく恐ろしい。

 何をすることもない。誰と触れ合うこともない。そのうち思考までも働かなくなる。

 何もない世界とはそんな気がした。

「ユイナは無事なんだろうか」

 俺は夜も嫌いだ。暗い場所で一人物思いに耽ると、決まって良い考えは浮かばない。

俺とマンタが恐竜と遭遇しているということは、ユイナたちも同じ危険に晒されていると考えるのが普通。幸い手に負えない怪物には遭遇していない。調査隊は選抜された優秀な連中のはずだからきっと心配ない。

 と強く思い込むようにした。

「だらけきった顔しやがって」

 焚き火の向かいを見ると、マンタが寝息を立てて熟睡している。横向きになって幼児みたいに丸くなっているのが、可愛らしさをアピールしてるみたいでどことなく腹ただしい。

「もう少しいたずらしておくか」

 俺は腰をあげると、冷えた炭を擦ってマンタの顔へ落書きをした。

「目元を強調するようにして……。あと唇も少し厚くなる感じに。小顔に見せるように頬のラインに影を入れよう」

 こだわるほど楽しくなってくる。起こさないように優しく、そして繊細に描いていく。これもある種の芸術だ。

「こんなもんか。うーん、何かが違うか?」 

 没頭したせいか、目が冴えてしまう。消え入りそうな焚き火に、その辺に転がっている木をひょいと投げ入れる。

 ここまで来たら衣装にもこだわりたいがさすがにマンタのボロ布ではどうすることもできない。

 いつか成す夢のために今は服装の図案をひたすら地面に書きなぐる。

 結局夜通しでマンタ改造計画の妄想を膨らませた。

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