1-4
「すごいや……」
マンタは生唾を飲んで「刀」の斬れ味に目を丸くした。
初めて見る刀の「振り」は、創作主の親父が駄々をこねるみたいに振り回すのとは全く違った。
湾曲した刀身が滑らかな弧を描き、鋭く振り下ろされる。いとも簡単に大岩を斬り抜いてみせた。
「これどんな作りなの? 剣とは全く感覚が違うんだけど」
刀の主となるマンタは目を丸くし、剣筋をひとつひとつ丁寧に確かめながら振る。
「これ、実際に斬らないと分からないかも」
振っては首を傾げを繰り返し、肉を斬り裂いた想像を膨らませる。
俺には使いこなしているようにしか見えないが、マンタの中では違和感が残るらしい。坊主頭を何度も掻いては閃いたように構え直し、袈裟に振り抜く。
「俺も親父に作ってもらおうかな」
「ナルはその太剣で良いと思うよ。刀は非力な僕に合った重さだし。ナルの腕力なら重い剣のが殺傷能力は高いはず」
真新しいものは大層に見えるもので、使わせてもらえないと思うと羨ましさが増す。
マンタも新しい武器に興奮したのか、温厚な垂れ目がいつになく爛々とする。流浪を思わせるゆったりとした布服が刀を振るうたびに大きく揺れた。
「次の討伐が楽しみだね」
マンタは額に滲む汗を拭うとニィと不敵な笑みを浮かべた。口調も柔らかで大人しい性格のマンタ。集落でも優しい青年で通っているが討伐に関しては意欲的。
相手は血も涙もない獣。生死が掛かった戦闘だが、マンタにはそれが生業でもあった。
無能でもある地の民は親父みたいな職人か、農耕で生計を立てている。
しかし幼い頃から一人身のマンタには耕すような土地はない。その身ひとつの労働力で食べていくほかなかった。
「早く刀に慣れたい。ナル、稽古しよう。断崖が良いな。あそこだと戦ってるイメージが湧きやすいし」
マンタの方から急かすのは本当に珍しい。よほど刀が馬に合ったのだろう。俺は負けじとマンタを追い抜き、今日二度目の断崖へと駆け出した。
今日のマンタはおしゃべりだった。
「ナルは知ってる? この世界は螺旋状の大陸で少しずつ登ってるんだ、よ」
素振りをしながら会話をするせいで、言葉の節々が途切れ途切れになる。言葉尻で息を吐くから自然と力が入った。
「知ってる。今も無限に世界は広がってるってやつだ、ろ。っていうかそれ、ワールドクリエイターじゃん」
マンタの隣で俺も自前の太剣を振る。
「この先の断崖には向こう側があって、そこには僕たちの見たことのない生物がいるんだ」
素振りをする時、俺はワールドクリエイターに出てくる
誇張した敵を想像することで俺は討伐で力を発揮してきた。そして生き残ってきた。
「他にも知的な人間がいて全てを思い通りに動かしたり」
童話ワールドクリエイターは種族の例外なくみんなが知っている。小さい頃から読み聞かされるもはや慣例と言えた。
無限に続く世界というスケールからあくまでも創作物として親しまれている。しかし俺はこの断崖を訪れるたびに、ワールドクリエイターがただの創作物であることがもったいなく思えた。
目の前には未知が広がっている。
なぜ風の民は空を飛んで新しい世界を見に行かないのか。どうせならワールドクリエイターみたいに地殻変動で断崖が埋まらないかとすら思う。そうすれば俺だってこの先の世界を見られる。
「マンタは鳥獣よりももっと凶暴な生き物と戦いとか思う? 竜とか」
「どうだろう。分からないけど僕にとって獲物を狩ることは死活問題だからね」
互いに目を合わせないが、手も休めない。底も先も見えない断崖の端でひたすらに剣を振るう。
昼間とは違い、空は雲が覆っているせいで星明かりもほとんどない。生ぬるい夜風が発汗を促し、雲の動きの早さがおぼろげながらに見えた。
「今日はこれくらいにしよっか。ナルはまだ傷が治ってないでしょ」
マンタは手を止めると、袖で額の汗を拭った。鞘に刀を納めるカチンという音が軽やかで妙に格好良い。
「よっ」
断崖の手前の芝生にあぐらをかくと、刀を傍に置いて大きく息を吐いた。一息ついて、座り込んだまま崖の向こうをぼんやりと見つめる。
どんな想像に耽っているかは分からない。マンタにはマンタの中にある理想の世界があるのだろうか。俺も隣に座ってぼんやりと暗闇を見つめた。
「そう言えばエミにマンタは怪我してないか聞かれたんだけど自分で言わなかったの?」
「言ったよ。無傷だって。なんか信用無いみたい」
「マンタは見栄はり名人だからな。特技はやせ我慢」
「本当に無傷だって。ほら……うぐっ」
腹を見せてくるものだから反射的に殴りつける。贅肉のない締まった腹筋の感触が拳に伝わった。
「男の腹を見る趣味はない」
「じゃあユイナのは?」
「ない!」
もう一度殴ろうとすると、ひょいと躱される。やはり今日のマンタはおしゃべりだ。普段なら異性の話など一切しない。
新しい武器を手に入れて舞い上がっているのだろうか。ぜひとも過信には気をつけてほしいものだ。
「怪我したらどうするのさ」
「その時はエミに癒してもらえば良いだろ」
「ナルこそエミに治してもらえば良かったじゃないか。やせ我慢はどっちだよ」
「俺のは本当にかすり傷だし」
「やせ我慢名人」
お互い人を殺める武器を持っているのに、
崖の下から吹き上げる風が管楽みたいに鳴り、虫や動物のいない荒野に唯一音を生み出す。
「あ、地震」
「揺れてバランス崩してそのまま落ちろ。そして大怪我してエミに治してもらえ」
風が抜ける音以外は俺とマンタのやかましい言い合いだけ。いつもと変わらない一ヶ月間の穏やかな夜。それが日常。
だから違和感を察知するのが遅れた。
「ん? マンタ、それなに?」
崖っぷちに這いつくばる黒い影が目に映る。闇夜のせいで何かは分からない。しかし確実に
「マンタ後ろ!」
と叫んだ時にはマンタは刀を抜き、振り向きざまに黒い影を斬りつけていた。
「なんだ今の⁈」
反射的に足元へ目をやると、影はひとつではなかった。崖っぷちに短い前足を掛け、胴体を捩りながら登ってくる。
「なにこれ……トカゲ?」
にしては大き過ぎる。手のひらで収まる次元ではない。ほとんど人と変わらぬ大きさ。
俺は一匹を蹴りつけて崖から突き落とした。足裏に気色の悪い感触が残り、鈍重な巨大トカゲが次々と崖を這い上がってくる。
十や二十なんて数ではない。それこそ数えるに至れないほどの群れ。
「ナル! すぐに全種族にこのことを知らせるんだ!」
「マンタは⁈」
「狩る」
マンタは下唇を噛みながら、目を爛々とさせた。刀を初めて見た時とは違う、殺意に満ちた猟奇的な表情。
完全に入っていた。
「死ぬなよ!」
「安心して。傷一つ負わないから」
ほとんど反射と言える瞬時の判断。
迷っている暇はない。誰かがこの不測の事態を知らせなければならない。
「ナル、これ持ってって!」
マンタはえげつないことを瞬時にやってのける。放られたのは巨大トカゲの首。口で説明するよりよほど早いという戦闘慣れした動き。
マンタは「邪魔だったら捨てても良いから」と付け加え、再び巨大トカゲと対峙した。もう再びこちらを振り返ることはない。
俺はマンタから視線を外すと、踵を返して一目散に村へ向かって走り出した。
命がけの討伐は嫌でも毎月訪れる。しかしいつもと何かが違うのは明らか。時期外れの襲来に俺の呼吸はすぐに荒くなり、十数秒走っただけで体力が著しく消耗した。
「先を越された……」
息を切らしながら不意に溢れた感情。
全力疾走のせいか、あるいは別の何かのせいか、俺の心臓は激しく脈打った。焦りとか恐怖とは違う。
もっと原始的な何かが俺を強烈に急かした。
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