二章8話  英雄の末裔

「私はアーデルロール・ロイアラート・ルヴェルタリア。救世の勇者ガリアンの直系にしてルヴェルタリア王家の第二王女です。以後、お見知りおきを」

 

 肩をいからせ歩き、道を塞ぐわたしを言葉だけで退かせてみせた北の王女。

 彼女は芝生の上に並び立つ父と母、そしてイルミナ・クラドリンに正対し、しっかりとその胸を張り、凛とした面持ちと柔らかな声音で自身の名を紹介してみせた。

 

「あなたが……フレデリックさんですね。お会い出来て光栄です。ご武勇はお父様から聞き存じています」

 

 アーデルロールと名乗った王女は前へ歩み出ると、その細い手を父へと向ける。

 

「こんにちは。俺は大したもんじゃないから、畏まらないで。呼び名はアルルちゃんでいいかな、いてえっ!?」

「あ、あんたは畏まらないと駄目でしょうが! アル君相手ならともかく、王女様はあんた、ちゃんとやらないと……」


 母が慌てた調子で父の横腹を小突く。見間違いじゃなければ正拳だった。


「ふふ、構わないですよ。お父様と接していたように振る舞っていただけた方が私も楽しいです」


 王女は気にもせず、口元に手を当てて笑っている。


「それに……あなたの功績が本当にのなら、我が国の栄誉ある騎士たちの面目が立たなくなってしまいます。〝悪竜殺し〟のフレデリック様」

?」


 思わずわたしは外野から声を挟んだ。そのわたしを王女がじろりと睨みつける。そこに親密な色はこれっぽっちもない。


「何よあんた……。あ、こほん」 王女が咳払いをひとつ。人格が切り替わりでもしたかのように、口元には微笑みがたたえられている。

「失礼ですがあなた、フレデリック様のご子息のユリウス……様ですよね? ふぅん……それだと言うのにご自身の父君の武勇をご存知ないのですか? この豊かな緑を誇る、肥沃の大陸リブルスにかつて存在した大国、ハインセル王国を三日で亡ぼした古い霧。その元凶であった悪竜を征伐した剣士こそフレデリック様なのですよ?」

 

 わたしの知識とは違うことを彼女は言う。

 真横のコルネリウスなどは、あからさまに眉根を寄せていた。


 わたしが学んだ歴史では、亡国の騎士と連邦の冒険者とが手を組み、その少数の精鋭が竜を討ったと記されていた。

 街の誰に聞いても皆、異口同音にそう語るだろう。

 それが世に広く伝わるなのだから。

 

「あー……なんだって?」

 

 コルネリウスが正気を疑うような目で王女を見た。礼儀を知らぬ振る舞いが高い代償を払うことに繋がらなければよいのだが。

 

「そりゃ確かに親父さんは強いぜ。けどよ、竜を倒せるほどじゃねえだろ? 生半可な剣じゃ竜の鱗を貫けないって俺でも知ってる。まさかフレデリックのおっさんが、そんな名剣を持ってるって? 冗談はこの噂以上に馬鹿でかいおっさんの背丈だけで間に合ってるぜ」 巨人かよ、と彼は言葉尻に付けくわえた。


 鼻高々といった様子のコルネリウスは、よりによってに講釈を垂れた。

身分も環境もまるで違う、夕方まで汗水たらして野山を走り回り、剣を振り回して日々を過ごしているような人間の不遜な態度に対して、王女は怒りの言葉を口にしたりはしなかった。

 ただただ嫌悪と侮蔑の入り混じった目で、金髪の背高の少年を凝視している。

 思わずぞくりとした。

 わたしの友は、槍で串刺すような視線に気付いていないのだろうか。


 アーデルロール王女はあごをくいと上げ、見下すような目線でコルネリウスを見据えていたが、それも不意に終わり、端正な顔を正面へと戻した。

 彼女が「そうね」とだけ小さく呟く。

 

 父らはいつの間にか家屋の中に入っていて、気付かぬあいだに庭先にはわたしたち四人の子供だけが取り残されていた。

 

 王女が振り返る。若草色の髪が風に揺れている。

 そこには父たちを相手に振りまいていた愛想の良い顏などはひとかけらもなく、ただただ辛辣な眼差しがあった。

 苛立ちを隠そうともしない彼女の瞳へ、わたしは恐る恐るに「どうしましたか?」と一言を掛けた。


 彼女は言葉を発しない。

 引き結んだ唇の内側や胸の中では、様々な言葉が嵐となって吹き荒れているのだろうか。

 彼女の顔が苛立ちよりも、炎のように猛る自身の怒りをどうにか制しようとしているように私の目には映り始めた。


「お寒い雪国から来たから風邪でも引いちまったのか? お偉方は根性ねえなあ」 恐れを知らないわたしの親友が調子の良い声で言う。

「コール、それ以上は……、夜道どころか村や街を安心して歩けなくなるよ」

「なんだって? どういうことだよ、近所に危ない奴なんざ居ないぜ?」

「ええとね……。そうじゃなくて」 わたしは彼の豪胆さに舌を巻いていた。これはいずれ大物になる男だ。


 片脚どころか全身を危険に突っ込んでいるコルネリウスへ向け、相手と自分の身分の違いを考えてほしいとわたしがどうにか頼み込んでいると王女が溜息をついた。

 憂慮げな、重々しい溜息だ。思わず悲鳴をあげそうになる。

 

「はあ……? 風邪なわけないでしょ」 先程よりも声を幾分か低めた彼女が言う。

「あたしはね、しょうもないのと話をする気なんてこれっぽっちも無いのよ」

「しょうもない?」 わたしは聞き返した。

「弱い奴って言い換えてもいいわ。あんたらは小さな子供。魔物とまともに戦ったりも出来ない、世の中にありふれてる子供よ」


 お前もだろ、と声に出したコルネリウスの脇腹をわたしは小突いた。

 

「フレデリックさんのように強く、優れた剣士ならともかく、ちんちくりんのあんたらには用は無いのよ。おもちゃの剣を振り回して、届かない夢を追いかけてなさい。そんで気付いたら大人になってるのよ。後悔したって遅いわ」


 獣を追い払いでもするように、王女は平手を数回払った。

 他人に侮られることは決して好きではないが、許容を出来ないほどではない。

 相手が上流の人間であるのならば、わたしはなおのこと耐えられた。

 

「庶民を嫌う、何か理由があるんですか?」 わたしは尋ねた。

「あんた……ええと、ユリ、ユリ……なんだっけ? まあいいわ」 どうでも良かったらしく、王女は言葉を続ける。

「私は強い人が好き。私の国では騎士たちがずっとずっと昔から霧を抑えようとして戦ってるの。ルヴェルタリア王国の騎士よ、知ってるでしょ? ルヴェルタリアに産まれれば弱いままじゃいられない。人を、国を、王を守るために剣を取るのよ。どうにかして強くなろうって皆が思ってるの。だから私は平和ボケしたあんたらみたいな人間が嫌い。騎士たちが『南のリブルス大陸には骨のある奴はいない』なんて言っていたけど、なるほど、確かに来てみて分かったわ」

 

 語る王女はその人差し指をわたしへと真っ直ぐに向けた。

 

「そこの黒髪、まさにあんたよ。あんたみたいなへらへらした顏の人間ばっかりだったわ。愛想良い顏を浮かべてさ、私のことを生意気な王女だって思ってるんでしょう?」

「自覚はあるみてえだな」 コルネリウスが小さく言った。頼むから火に油を注がないでほしい。

「なんですって!? いいわよ、剣で白黒つけましょうよ」 とうとう王女の堪忍袋の緒が切れたらしい。彼女が声も高らかに吼えた。


 王女は本能の為せる技か、目ざとくも庭先の納屋へと目を付けた。

 あそこの扉の内にはいくつもの木剣と二振りの木の槍が保管されている。

 

「姉様、喧嘩はやめようよ……」


 影の薄い白髪の少年が困惑した顏で姉の袖を引いた。

 アーデルロール王女はにやりとした不敵な笑みを弟へとよこして返す。

 

「大丈夫よ。田舎者をぶっ飛ばしたって誰にも責められないわ。むしろ褒められるわよ。特におじい様なんかはね」

「そういうことじゃ……」 王子が口ごもる。彼は主張が弱いようだ。

「ヴィルヘルム、あんたは大人しく隅っこで待ってなさい。すぐに終わるから」


 彼女は勢いよく納屋の扉を開き、わたしへと木剣と盾を放り投げ、自身は左右の手にそれぞれ一本ずつの木剣を握った。二刀の構えだ。

 見慣れぬ構えを見せる少女に警戒の目線を送るわたしの背中へ、共に汗を流し、修練を身に刻んだ友人が声を掛けた。

 

「おい、ユリウス、ビビるこたねえからな。おい! 風邪っ引き!」

「風邪なんか引いてないって言ってんでしょ!」


 王女が声を張り上げたが、その抗議をコルネリウスは聞いていないらしい。

 

「お前が相手をしようとしてるこいつはな、ミノタウロスを一人で畳んじまった有望剣士の卵だぜ? お城で紅茶ばかり飲んでそうなお前じゃ勝てねえよ! 今更降参しても取り消しは無しだかんな!」 身内の逸話を友は声高に叫んだ。

「お願いだからハードルを上げないで、コール。それにとどめは刺せてない。というか君が相手してよ! どうして僕なんだ!」


 わたしの言葉をコルネリウスは聞いてもいない。

 彼は優秀なアドバイザーよろしく、指をひとつ立てるとわたしの顏を寄せた。


「いいか? これはな、まずはあいつの実力を計るためだ。このままお前が勝てば万々歳。もしも負けても俺があいつの弱点を見極めた上で鼻っ柱をへし折ってやるから安心しろ」

「そんなのを実行したら村ごと滅ぼされそうだから本当にやめてよね」 わたしの脳裏に炎に呑まれて燃え盛る村の姿が見えた。

「大丈夫だって! 実はミノタウロスにとどめを刺してないことだって黙っときゃバレねえよ。やっちまえ、お前の底力を見せてやれ!」

「参ったなあ……」


 コルネリウスの挑発に、しかしアーデルロールは怯みを見せず、どころか剣を数度素振りし、気合いを新たにしたではないか。

 彼女の言うところの『おままごと』とされる剣の稽古を経験してきたわたしの目は、彼女の剣の鋭さを見逃さなかった。


 アーデルロール王女。

 正対する少女は決して豪奢な生活に身を任せ、日々を怠惰に過ごしてきたわけではないことをわたしは直感した。

 

「黒髪」勇者と同一のものらしい、夕焼け色の瞳がわたしを見つめる。

「僕の名前はユリウスです」

「魔物を倒したことあるって、ほんと?」 わたしの言葉を彼女は無視した。

「ほぼほぼ合ってます」 なんだか口にするのが後ろめたかったものだから、少しだけ口ごもった。

「ふーん……。ねえ、あんたが勝ったら名前を憶えてあげるわよ。ただし負けたら向こうしばらく、あたしは『あんた』って呼ぶわ。準備はいいの?」


 王女がにやりと不敵に笑った。


「戦うのは本意ではないですが、いつでも大丈夫です」

「フレデリックさんの息子だっていうなら、もっと胸張って堂々としなさいよ」

「また父さんですか……」


 父は確かに強い。だが、竜を倒せるような人間は限られている。

 それも災厄を引き起こした竜を倒すなどとは信じられない。特別な力や武器でなくては彼らの鱗は傷つかないのをわたしは知っていた。


「わたしの知る父と……。王女殿下、あなたの知る父は随分と違うようです。もし、わたしが勝ち得たならばこの小さな頭が知らぬ話を教えて頂けませんか?」

「何かっこつけて高級な言葉を使ってんのよ? 勝ったら教えろ、でいいじゃない。じゃ、決まりね。脳みそ筋肉の金髪のっぽ。あんたがカウントして」


 王女は二刀を構え、足をにじった。

 

「いいぜ。三、二、一……」


 はじめ、と言葉が耳に届くと眼前の少女の姿が消えた。


 違う。胸の高鳴りを堪えながら視線を落とす。

 瞬時に低姿勢を取ったアーデルロール王女は、まるで地を這う蛇のように身を落とし、わたしの注意から外れ、駆け出していた。

 続けて下段からの切り上げがわたしを襲う。それを盾で受けることは容易かった。わたしはこの木の盾で数えきれないぐらいの攻撃を防いできたのだ。


 だが王女の挙動は素早かった。防がれたと見るや、即座に横へ飛び、わたしの視界から離脱し、死角から一撃を打ち込もうと機敏に立ち回るのだ。

 彼女が温室育ちではないということを、わたしは身を持って理解をした。

 そして少しの疑問が首をもたげる。


 彼女があまりにものだ。風の吹く音が耳に届くと同時、王女は素早く身をひるがえしている。

 振るう二刀の攻撃がわたしの盾を繰り返し襲う。次第に痺れが走り、盾を掲げる腕に疲労を与えることが彼女の目的なのだと、気付いた時には遅かった。

 再度振るわれた下段からの強烈な切り上げがわたしの盾を打ち、次いで左腕が持ち上げられる。腹ががら空きになった。

 

「まずい」 思わず小さく口走る。


 去年の夏のある日、父はわたしの目をよく動きを視れる良い目だと評していた。

 なるほど、確かにわたしの目は横薙ぎに振るわれるアーデルロールの剣をしっかりと捉えている。

 剣先が真っ直ぐにわたしの胸を狙い、それはいともたやすくわたしの胸を突いた。

 

 

 

 

 その場にくず折れるように倒れ、目の前の芝生から直前まで対峙していた少女へと目線を戻した時には、わたしの勝負の全ては決していた。

 

「はい、終わりね」


 見慣れた木剣の先端をこちらへと突きつけながらに王女が言う。

 

「魔物とやり合ったって本当? それとも人を相手にするのに慣れてないだけ? 女子供を相手に出来ない、なんて言ったら張り倒すからね。ちぇ……つまんない。ギュスターヴの言っていたことと全然違うじゃない」


 つやのある唇がそう言い、わたしは彼女の夕暮れ色の瞳を見つめ「参りました」と言う他になかった。

 わたしのそんな姿を見て何を思ったのだろう、コルネリウスは足元に寝かしていた木製の槍を手に取り、器用に振り回すとその先を王女へと突きつけた。

 

「おい、王女さんよ」

「何よ、田舎者」

「次は俺が相手だ。フォンクラッド流がこんなもんじゃねえってことを、俺が教えてやるよ」

「フォンクラッド流……? もしかしてフレデリックさん、自分の名前で流派をつけたのね。ふふ、いいわよ、かかってきなさいよ。そこの黒髪みたいに畳んでやるわ」


 コルネリウスが槍を構え、闘志のみなぎる瞳でわたしを見下ろした。


「相棒、仇はとるぜ」

「いたい……ところで弱点はわかった?」 わたしは胸を押さえながら聞いた。

「残念ながら、さっぱりわからなかったぜ!」

 

 カウントは必要無かった。

 槍の柄を握ったコルネリウスは気合を吐き出すような声を上げると芝生をブーツの裏で蹴り上げ、素早い突撃からの刺突を王女へと見舞った。

 アーデルロール王女は上体を半身にして刺突を避け、手に握り締めた木剣でコルネリウスの横腹を打とうと試みた。

 素早い身のこなしだ。けれどそれは、わたしの友も持ち得ている俊敏さだ。

 

「食らうかよ!」

「……む」

 

 槍の穂先近くへと手を滑らせ、槍を短く握りこんだコルネリウスはその長い柄で王女の一撃を受けた。

 すると彼は棒術のように槍を振り始め、それは後退を嫌うアーデルロール王女との肉薄した戦いに到った。

 

「は、なれなさいってのお!」 王女が嫌そうに言う。

「離れるかよ! あの訳分からん加速をされたら手に負えねえ!」

 

 互いに木製の武器を打ち合わせ、吐息のかかるであろう密着した距離で戦う二人の勝負は一進一退に思えた。

 どういうわけか、わたしと相対した時のような俊敏さをアーデルロールは見せない。どうしてだろうかと、長身の少年と若草色の少女とが戦う光景を見ているうちに、わたしはあれが魔法の作用により発生した素早さであったことに考え到った。

 

「うっとうしいわねえ……!」

 

 魔法の詠唱というものを、コルネリウスはその短く握った槍による猛攻でことごとく潰していた。

 彼のことだ、きっと意識はしていないのだろう。

 苛立ちを見せる王女に対し、彼は持ち前の尋常ではないスタミナを余すことなく使い、攻撃をひたすらに続けた。

 が、王女が不意にその脚を振り上げ、コルネリウスの腹を目掛けて強く蹴り出した。

 

「はっ! 痛くねえな! それと痒くもねえ!」

 

 言いつつもコルネリウスは仰け反った。王女と彼の間に距離が開く。

 まずい。アーデルロール王女の顏を見れば、その唇が何事かを呟き、足元を中心に小さな風が産まれるところだった。

 

「やるわね。でも、終わり。これから痛いわよ」 王女がにやりと笑う。

「コール! 防御を――!」

「……あん?」


 風をまとった王女の足が前へと踏み出した。

 姿勢は低く、目線は相手へと真っ直ぐに。わたしが正対した時と同じだ。

 コルネリウスにしてみれば、王女が突然に視界から消えたように映っただろう。


 だが、そう考えていたわたしを驚きが襲った。それはアーデルロール王女も同じだったに違いない。

 

「っ!? ……こ……こだ!」


 本能のなせる技なのだろうか。彼は直感を頼りに槍を横薙ぎに振るった。

 それは見えぬ下段から振りあげられようとしているアーデルロール王女の二刀のうち、その一刀を弾いた。わたしからは彼女の顏を見ることは出来なかったが、驚きに目を見開いていただろう。


 結果として、勝負はコルネリウスの敗北だった。

 王女の片方の刃は汗の浮かんだ少年の首にぴたりと添えられ、それが木製の模造ではなく鉄を鍛えた刃であったならば、血筋すら浮かんでいたかもしれない。

 

「はあっ……はあっ……」 王女が肩で息をしていた。

「……畜生、負けだ。あーーーーっ! 悔しい!」


 王女は首から剣を外し、まぐれか狙ったのか。どちらにせよ弾き飛ばされた木剣と、それから心配げな顔を浮かべる白髪の弟を見た。彼女は黙り込んだままだ。

 わたしは芝生の上に座り込み、コルネリウスは悔しさに頭を掻きむしっている。

 

 負けた。

 わたしの中にその言葉が何度も響き、稽古ではない、牛頭の怪物やカニの形をした魔物、それに双子月の見える夜の森で出会ったウサギとの戦いを思い出していた。


 他者の助力の下に勝利を得てきたわたしだが、心のどこかで『魔物を相手に生き残ったわたしだ。人間相手になど負けるわけがない』と慢心をしていたことを認めざるを得なかった。

 知らずの内に奥歯を強く噛み締めていたことに、わたしは驚いた。きっとこれが悔しいという気持ちなのだ。


 同じ年頃の剣を扱う子供、北の王女アーデルロール。彼女はどれほど滞在することになると言っていただろうか?

わたしの胸の内には〝悪竜殺し〟と呼ばれた父の真実を求める気持ちと、あの若草色の髪の毛を揺らし、戦いに魔法を織り交ぜ扱う少女との勝負に『必ず勝ちたい』という、熱い感情が芽生えていた。

 

 

 

 

「やってんなあ、あいつら。全く若いってのは羨ましいぜ」

 

 フォンクラッド家の屋根の下、ラウンジの窓に顏を寄せ、庭先で木剣を振るう少女と黒髪の少年との戦いを見たギュスターヴは言った。

 

「こういうのも血は争えないって言うのかね? フレデリックとうちの皇太子が出会った時にすぐさま剣で白黒をつけたがったのを思い出すなあ、おい」

「その話はやめてくれよ、ギュスターヴ」


 家長のフレデリックが後ろ髪をかいてたじろいだ。彼もまた、窓から息子の戦いを見ていた。握り締めた拳が時折動くのは、やはり感情移入をしているからなのだろう。


「勝負も気になるが……フレデリック、お前、息子に自分の武勇を誇らなくていいのかよ? 聞けば目の色を変えて尊敬するに違いねえとオレは思うんだがな」

 

 そう言った巨漢の獰猛な顔を一瞥すると、フレデリックは窓辺へと視線を戻した。

 

「……いいさ。俺は息子の中でにしては剣の腕が立ち、時には頼れる父親だと思われていれば十分だ」

「勿体ねえな。ルヴェルタリアの騎士の連中なら、週に三度は語るだろうによ」


 それも末代までな、とギュスターヴは肩を竦めてみせた。

 

「私はカバーストーリーを敷いて正解だったと思うがね」


 ソファに深々と座り、大きな白い帽子を目深に被ったイルミナが二人の男へ向けて言う。

 

「言語を解する竜を討ったなどと、その名が広まれば災禍を呼ぶだろう。だからこそわたしは、近年の歴史書に悪竜を討った人物名に架空の名が記述されていたことに安堵したよ。それと〝王狼〟閣下。お尋ねしたいことがあるのだが」

「お前が畏まると気味が悪いな……何だよ?」

 

 イルミナは大柄な男へと鋭い目線をやり、

 

「北の王が所有する、勇者の遺した〝聖剣〟に変わりはなかったか?」

「……さあな。あんまり突っ込むとお前をどうにかしなきゃいけねえから、この質問はパスだ」


 まぶたを閉じ、肩を竦めたきり黙りこくったギュスターヴをイルミナは見つめ、

 

「では一言だけ。迅速に行動を起こすことをおすすめするよ、ギュスターヴ。……風はそこまで来ているように感じる」


 湯気の立つカップを傾け、そう言った。

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