二章2話  その女


「おめでとう、ユリウス」


 父、フレデリックが温かな声で言った。頭には赤と緑のしま模様をした細長い三角帽子。雑貨屋の親父が「誕生日ならこれは欠かせない」といって無理矢理に押し付け、もとい購入を迫ったものだ。


「なあ、なあ。俺がろうそくの火を消してもいいか? フーってさ」

「馬鹿。あんたは肉でもかじってなさいよ。お兄ちゃん、誕生日おめでとう」


 春の少しだけ肌寒い日。

 わたしは友人と家族に囲まれ、火のともる十本のろうそくで飾られた、白く丸いケーキを前にしていた。真っ赤ないちごがいくつかと小奇麗に形を整えられた白いクリームが表面をかざり、ケーキの中央部に添えられたチョコレートの茶色いプレートにはわたしの十歳を祝うメッセージが書かれている。『健やかに』と。

 

「皆、本当にありがとう。それじゃ、消すよ」


 囲む皆に礼を言い、少しだけ前かがみになってそっと息を吹いた瞬間。

 わたしは十歳の誕生日を迎えた。

 

 


 

 白く寒い冬が駆け足で過ぎていき、平原の向こうに見える灰色の山々から雪解けの水が流れ込んで数ヶ月。

 わたしの周囲の世界はなんとも寂しい冬の色を捨て、色とりどりの花に青々しい緑の葉が姿を見せており、今やその景観はまさしく春めいていた。

 

 昨年の暮れには隣街で催された大きな祭りへと皆で出向き、夜空に咲く大きな火薬の華にわたしの心は明るく踊った。

 新春の祝いの日、東方からの伝来らしい、奇妙なドレス衣装と化粧でめかし込んだビヨンとわたしの母、それに妹のミリアの姿が美しかったのは今でも印象深い。

 

「あけましておめでとうございます」

 

 街の書店に差さっていた雑誌を立ち読みでもして得た知識だろう。慣れぬ発音でそう言う父の言葉に従い、馴染みの無い挨拶をわたしと家族、その友人らは互いにかわした。

 


 前年に経験した霧の恐怖はこれらの明るい思い出の前に気付けば霧散していて、わたしが今こうしてひとつ年を取る頃にはすっかり薄らいでいた。あれきり一度も霧が現われていないというのがもっとも大きな要因だろう。


 霧の冷たさと魔物を前にする恐怖とを経験したわたしとコルネリウスは、父を相手取る日頃の稽古に一層の力を入れた。

 一方でビヨンはわたしに語ってくれた志の通り、魔法使いを目指すその第一歩を踏み出していた。


「ううーん……こう? いや、違うか……駄目だー! わからーん!」

「今日も頑張ってるね、ビヨン」


 街で購入したらしい魔法の入門書をにらみつけ、セールで購入した杖を振り回したり手をかざしたり。眉根を寄せながら、分厚い教本を相手に悪戦苦闘をしている姿が近頃はよく目に入る。

 興味本位で何度かその入門書の内容を見せてもらったことがあるが、やたらに長い大仰な人名や代表的な魔法、魔力の体系やら扱いなどがページをびっしりと埋めるようにして書かれていた。著者は余白が嫌いなのかもしれない。


「あ、ありがとう……。難しいんだね」


 ぎこちない笑みを浮かべてビヨンに分厚い本を手渡し返す。魔法についての知識が欠けているわたしには、この物理的殺傷力を有するが、これから魔法の門戸を新たに叩く者が参考にするのに丁度良いものなのか、悪いのか。それさえも判断がつかなかった。

 

 これは余談ではあるが、魔法関係の書物というものは雑誌や小説といった一般の書籍類と比較すると何倍も値が張る。

 事実、ビヨンが購入した魔法書の価格は、わたしの一年を通しての小遣いをかき集めたとしても、いざ購入を前にすれば真剣に悩み込むだろうほどに高い。

 ビヨンは以前ならば雑誌や創作小説を読むことに費やしていた時間のほとんどを、独学による魔法の修得へとあてていた。

 生来の気真面目さ故か。自身が志した夢へと一直線に進もうとする彼女の姿にわたしはいたく感心したものだった。



 彼女は度々において、魔法という学問の難解さを前にして唸っていた。

 

「独学じゃやっぱり難しいなあ……でも家庭教師を雇えるお金なんてどこにも無いもんなあ」 ビヨンが机に頬杖をついて愚痴を漏らす。

「家庭教師っていうのはそんなに高いの?」


 わたしが彼女にそう聞いたところ、帰ってきた金額は驚くべき額であった。

 それこそ魔法入門書など足元にも及ばぬほどに。

 少なくとも、わたしの暮らすリムルという名の小村では誰一人として家庭教師を迎えることは出来ないだろう。

 どうやら世の中にはわたしが知らないだけで、随分な高給をむしり取れる仕事が存在をするらしい。それもたったの一時間で。

 わたしはそんな生活と職業に、ほんの一瞬だが憧れを抱いた。

 



 

 四月のこと。

 妹を含めたわたしたち四人は、春の暖かな空気に満ちた丘の上でそれぞれに過ごしていた。

 ビヨンはいつものように魔法の入門書と睨みあい、わたしは妹の振り回す木剣を盾でひたすらに受け止めていて、コルネリウスは単身でどこかへと散策に出ていた。目が届かないところに行ってほしくはなかったが、そこまで口にすることじゃないだろうと思い、笑顔で彼を見送った。

 

「この! この! このっ! 受けてばかりで~! ちょっとはやり返してみなさいよ〜!」 妹が赤ら顔になって木剣を振り回している。

「盾だけじゃそれは無理だよ、ミリア」 わたしはのんびりとした口調で言う。


 猪のごとき勢いをもって、木剣をがむしゃらに振り乱す妹は危なっかしかったが、上下左右とデタラメに振られる攻撃を受け止めるのは割にいい考えにも思えた。

 いつかの怪物ではないが、盾で打撃を受け止めた際のずしりとした重みがわたしは実のところ、好きになりつつあったのだ。それに父はわたしの眼を『攻撃をよく見れている良い眼』だと評価していた。妹の相手も、その眼を鍛えるためだと思えば悪くはない。

 念を押して言うが、わたしが殴られるのが趣味とか好きだとか。

 そういう話ではない。


 いざ剣を握るとめっきり寡黙になるフレデリックとは違い、ミリアは「この! この!」と鼻息を荒くしている。ふと、もしやわたしも稽古の時にはこんな形相になっていたりするのだろうか? とそら恐ろしい考えが浮かぶ。

 はっきりと意識をしたことは無かったが、もしもわたしがこんなにまでムキになって顏を赤くしているのだとすれば……あまりにも恥ずかしい。

 今度それとなく友人であるコルネリウスに尋ねてみることにしよう。

 

 妹の渾身の力で振られる攻撃を受け止め続け、そろそろ腕に痺れを感じ始めた頃に丘の向こうでコルネリウスが顏を出した。

 

「おい! おいおいおい! お前ら! すげえぞ、聞いてくれ!」


 一息に丘を駆け下り、わたしたちの前に戻った彼は焦りの色を浮かべている。

 

「何よ? また丸いカニでも見つけたの?」 妹が呆れ顔で言う。

「カニ? ああ、魔物か。こんな晴れた日に魔物が居てたまるかよ! 違うんだ、すごい……というよりヤバイのを見つけちまったんだ」

「ヤバイのって?」 興奮を見せる彼にわたしは聞き返した。

 

 魔物でなければ埋蔵金でも見つけたのだろうか。膝に手をつき、額に汗するコルネリウスの顏は喜色満面である。

 さてはどこぞのキャラバンが何かの理由で行き倒れ、その荷が散乱でもしているのか。それならわたしたちの誰かが村へと大人を呼びに行った方が良いのではないか。


 そんなことを思いながらにコルネリウスの先導の元、わたしは本から視線を外さないビヨンの手を引き、いやいやと首を振って木剣を手放そうとしない妹を連れ、発見者コルネリウスの言うところの『ヤバイもの』を目指した。

 色々と想像をする内に、わたしの中では次第に不審や恐れよりも楽しみと期待が上回っていたことを白状しよう。

 

 



 いくら歩いても景色がほとんど変わらない平原を歩くこと数分。

 丘の先に流れている川に掛けられた石橋のたもとにはあった。

 

「コール、あんた……これは確かにヤバイわね」

「こ、ここ、これ、どうしよう。大人の人を呼んだ方がいいんじゃないかな」

 

 妹は絶句。ビヨンは草の上にへたり込む。

 

「なっ?」


宝物を見つけた犬が主人を振り返るような眩く笑顔をコルネリウスが向ける。


「そんな明るい顏をして言うことじゃないよ、コール……」

「なんだよ、兄妹揃ってつれねえなあ、おい」

 

 石橋に引っ掛かっていたものとは、つまるところ人間であった。と付け加えてもいい。

 上体は川岸に乗り出し、仰向けに転がるその人物は蒼白な顔色をしている。実物を見たことはないが、死人の顔も青白いと言う。

 やたらに長い真っ白なローブの裾は水流に揺れ、金色の装飾品が陽光を受けて煌めいた。胸のふくらみを見るに遺体の人物は女性らしい。片手に握り締めている大きな白い物体は帽子だろうか?

 その帽子のつばは相当に広く、背も高い。これを被って往来を行こうものなら、人目を引いてあまりあるだろう。

 こんな奇抜なデザインでも、もしかすればわたしの理解が無いだけで、平原の彼方にあるという連邦の首都では流行っているのかも知れない。少なくともこの辺りでは見たことがない。

 

 深く考えずとも死因は溺死だろうと思い到る亡骸の傍へとわたしは寄り、その細い腕を手にとった。

 肌の色は顔面動揺に青白く、そして氷のように冷え切っている。

 どの辺りで事切れたのかは分からないが、雪解け水が流れ込むこの時期の川の水は身を切るように冷たい。

 彼女が生きている見込みはまるで無いと思い込んでいたものだから、彼女の手首に小さな鼓動を感じた時はひどく驚いた。

 

「あれ、えっ、えーっと……?」

「ユーリくん、どうしたの?」

「……この人は生きてるかも知れない」 わたしは狼狽した声をあげた。

 

 手首の脈に指先を添えた。細く、弱々しいが確かに鼓動を繰り返している。

 一瞬前までわたしとコルネリウスのどちらが村へと大人を呼びに行こうかを考えていた思考は吹き消え、いまでは驚きにとってかわっている。

 

「う……ううむ……」 目の前の元死体から声が聞こえた。

「ひっ……」

 

 ずぶ濡れの女はしばらく呻き、わたしは驚きの次に訪れた恐怖の声を飲み込んで後ずさった。

 わたしを含めた子供たちはその場に石のように固まり、女がしとどに濡れた金髪を細い指先で顏からどけるのを眺めている。

 

「む……ここは……どこだ。私は確か……飯屋に居たはずなのだが……」

 

 青空を仰ぎ見て、女がぼんやりとした口調で言う。

 直前の記憶が飯屋で、理由も分からずに冷たい川を流れていたとは全く奇妙な話だ。と、あいまいな記憶という点について、わたしはとやかく言える立場ではないことに思い至って考えを拭い去る。

 

「あ、あのー……」

「ミリア、やめろって。やばいやつかも知れねえんだから」


 律儀にも心配の声を掛けようとする妹をコルネリウスが小突くが既に遅い。

 わたしたちが水死体と見間違えた女は立ち上がり、こちらに視線を向けている。


 薄い緑色の瞳だ。切れ長でいてどことなく愉快そうな目つき。

 髪色は薄い金色。長さは肩口までもある。

 大きな白い帽子を平手でぱっぱと数回はたき、帽子が濡れていることなどまるで構わないといった様子で頭に被った。

 純白のローブに真っ白な帽子。遠くから見れば奇怪なかかしに見えなくもない。

 

「お前たち」 やや高い声で女が言う。

「ここがどこか教えてもらえないだろうか? ウィンドパリスではないのか?」

「ウィンド……? あ、連邦の首都か。いえ、ここは違います。ここは首都よりもずーっと南に広がるダリア平原の南、リムル村のそばですよ」

「……なんだと」 


 ビヨンの説明を受けた女は驚きを浮かべ、周囲をきょろきょろと見回し、ひとしきり景観を眺めた後、


「なんだと!?」


 と再びビヨンへと詰め寄った。

 

「ひぃ……この人怖いよ……」 ビヨンが震えている。

「リムルの村とは……。これもまた縁と言うべきか」


 未だに素性の知れない女がやたらに感慨深そうな顏で言う。


「ついでに言えばあんたが流れてたのはローン川っつう川だよ。あんた、ズブ濡れだけど寒くないのかよ? 氷みてえに冷たいと思うんだけど」

「これしき大したことではない。む、お前は……?」 女がコルネリウスをじっと見つめるが、次の瞬間には興味を失った顏をした。

「違うか。こんな猿よろしくといったアホ面ではないし、そもそも金髪ではなかったな」

 

 女はわたしたちを一人一人じっくりと眺めた。

 その様子はいつか小説で読んだ、奴隷商人が新たな奴隷を選ぶ場面を連想させるものがあってどことなく落ち着きが悪い。

 そして彼女の目がわたしを捉え、雰囲気が変わるのを確かに感じた。

 

「……お前、名は?」 薄緑の瞳が射抜くようにわたしを見据える。

「ユリウス・フォンクラッドといいます」 わたしは素直に答えた。

「母の名はリディア。ぼんくら親父……すまん、父の名はフレデリックに違いないか?」


 二人の名をすらりと言い当てる彼女は何者だろうか。

 わたしは「その通りです」と答えるしかなかった。妹がわたしの袖を掴んだ。

 

「と、なると兄の袖をつまんだ少女が……ミリアか。ふん。久しいな……とは違うな。あの頃のお前は赤ん坊であった」

 

 女は身を正し、愉快そうな笑みを浮かべるとこれまた大仰な身振りをして、

 

「諸君! 今日という日に諸君らが私の前に現れたのは偶然ではない! 西へ出向けば拍手喝采、東へ歩けば巨人が招き、北へ進めばイリルの歌が私を祝福し、南に我が名を知らぬものは無し! 私は〝大魔法使い〟イルミナ・クラドリン! 〝白き魔女〟〝雪上の炎〟〝砂漠の食い逃げ常習犯〟。数々の異名があるが、まあ諸君らの好きに呼ぶが良い!」

 

 なんとテンションの高い御仁であろうか。

 わたしはしばらく絶句し、妹はわたしの後ろで「お父さんを呼んだ方がいいよ、早く、絶対」と声を震わせた。

 

「いや、そんな名前は知らんけど」


 首都で流行ってる芸人か? と、コルネリウスはめた顏で言い、

 

「で、あんたはこれからどうしたいんだよ。首都に帰りたいのか?」

「ふむ! そうだな、ではこの私を諸君らの村、リムルの村へと案内してもらおう」


 片手を大仰に掲げ、イルミナと名乗った女が指を示した方角は遥か遠くの山の峰。

 

「あの……村はあっちです」 おずおずとした調子でわたしは言った。

「そっちか。ならば早く言え」

「あいたっ……」


 訂正をしたわたしの背中を白衣装の女が片手で叩き、その勢いに巻かれるままに帰路についた。

 この時わたしは草葉を踏みながら、村に辿り着いて父と会うことが出来な時には真っ先に彼と協力をし、この女をどうにかして縄に巻いて然るべき場所に突き出す算段を頭に繰り返し描いていた。実際の話、そこまでの犯罪者ではないのかも知れなかったが、得体のしれない人物に警戒をしておいてやり過ぎということは無いだろう。

 

 

 

 

 村人たちの好奇の目線が注がれるのを全身にひしひしと感じながらに自宅へ帰り着くと、ちょうど洗濯を終えたばかりらしい母と庭先で鉢合わせた。

 わたしの母、リディアは四人の子供たちに普段と同じようにニコリとした微笑みを見せ、次いでわたしたちの後ろを歩く、いかにも怪しげな白衣装の女を見るとどさり、と洗濯カゴを自宅を取り囲む芝生の上に落としてしまう。


「師匠?」


 母はその目を見開いて真ん丸にし、イルミナ・クラドリンは小首を傾げて面白そうにうなずいている。

 

「し……ししょお~~~っ!」

「おお、よしよし。久しぶりだな」


 サンダルで駆け走り、体当たりのようにぶつかり、しがみつく母をイルミナが抱き締める。五指を立てて髪の毛をぐしゃぐしゃにする様子は懐いている忠犬を愛でるかのようだ。


「じじょおおお……今までどこ行ってたんですか~!」

 

 声を震わせ、イルミナを抱擁する母の姿は二児を産んだ人の背中にはとても見えず年頃の少女のように見える。

 わたしと妹は驚きに立ちつくし、ひとしきり泣いて喚いてようやく落ち着きを取り戻した母の案内の元に家へと戻った。

 

「繰り返しになるが、私の名はイルミナ。イルミナ・クラドリンである。リディアの魔術の師であるところの私はかつての旅に同行こそしなかったが、色々と後方での支援にて援助をしたものだ」


 茶をひとすすり。


「旅が終わった後、しばらくはそれはもう仲睦まじい交流を続けていて、ユリウス、お前の誕生の際には私も同席していたのだぞ。しかしまあ、私が遠方へ旅に出てからは……やはり距離が空けば疎遠にもなり、しばらく互いに連絡を取ってはいなかったのだが……どういう経緯でこの地へ訪れたか。自分でもさっぱり分からないが、ううむ、これもまた運命の導きに違いないのだろうな。うむ」

 

 着席するや、出された茶を下品にすすりながらにイルミナはそう語った。補足をしておくが誰も説明を乞うてはいない。

 コルネリウスは「この人すげえ喋るな」と言い、母はかつての師事の名残だろうか、イルミナが出したハンドサインを認めると即座に次の茶の用意に走った。おそらくは『おかわりを頼む』だろう。

 

「というわけでしばらくはここに滞在する。リディア、空いてる部屋はあるんだろう? 私はそこを使う」 当たり前といった口調でイルミナが言う。

「ええと、それは父さんの許可がないと……」


 口を挟んだわたしに対し、イルミナはさぞやつまらなそうな目線を注ぐ。顔立ちは端正だというのに冷徹な印象を受けるのはどうしてだろうか。流し目は刃のように鋭く冷たい。


「安心しろ、だと言ったろう。おおよその路銀を得るまでの間だ。私にはどこに行く当ても無いのでな。なに、部屋を一つ借りる代わりに魔法の訓示でも授けてやろう。私の教えを受けれるなど一生に一度あるか無いか……いや、まず無いほどに貴重なことだぞ? 損は無いから聞いておけ。聞け」

 

 べらべらとよくも喋る。わたしの顏は引きつっていないだろうか。

 彼女はそのよく回る口を持って他人を煙に巻くところがあるらしい。

 わたしが何か言葉を挟もうとする前には、イルミナは身振り手振りを交えたよく回る舌で話をうやむやにしてしまう。


 正直なところ、彼女はわたしの生活を乱す人物に思えてならず、この性格をかんがみれば是非とも遠ざけたい人物であった。

 が、魔法の訓示を授けてくれるという機会は大変に貴重だということを、わたしはビヨンの日常と口振り、それからやたらに分厚い魔法の入門書を見てから理解していた。

 

「では……魔法の稽古を是非お願いします」


 こうなれば毒を食らわば皿まで、だ。


「う、うちも! お願いします!」

 

 わたしのどうとでもなれという言葉にビヨンも当然乗り、

 

「俺は興味ねえや。また明日な、相棒」

 

 と、コルネリウスは玄関をくぐり去って行った。


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