第6-1話 二つの影 -Brother & Sister-
・1・
そこで終わっていた。
ユウトの額にドロリとした嫌な汗が流れる。この手の中にあるレポートが何を語っているのか、理解することを拒否している。
「なんだ、これは……」
それはとある研究施設で現実に行われた実験。ユウトが知るはずのなかった世界の話だ。
「これが……この子供が!! レヴィルだっていうのか!?」
それなのにどうして、知っている名前が入っているのか。
『……覚悟は決まったか?』
「……覚悟?」
アーロンは仰向けに倒れたまま、ゆっくりとした調子で尋ねた。
『お前らが進もうとする道は苦しいぞ? と言っているんだ』
「何なんだ! 何を言っているんだ! こんな酷いことを誰が――」
『確かに調べれば、そいつを白日の下に晒すことはできるだろうよ。だがその後は? そいつを裁いて終わりか?』
アーロンはユウトの言葉を遮って言った。現実は映画のヒーローのように『ただ悪を倒す』だけでは終わらない。この憎悪は消しきれない。そしてそれはユウトにとって最悪のカタチとなって、この先で待ち構えているはずだ。
「お前らがやったのか?」
『さぁな? だが俺はそんな男らしくもねぇ研究を見ると反吐が出る』
ワイズマンズ・レポートの結果は、すでに渡るべき人間に渡っているはずだ。だからこそ記録が全て抹消されていた。今の彼女たちはもう用済みでしかない。
『俺が動けば、もっと惨い結末になるぞ? それでいいのか?』
「いいわけないだろ!!」
ユウトは声を荒げて叫ぶ。
『だったらやってみろ。お前が望むことを』
ユウトは出入り口を目指して走り出した。
夜よりもさらに深い闇へ。
非現実のさらにその先、その境界線に自ら足を踏み入れる。
・2・
刹那とミズキは長い廊下を走っていた。
道中で襲ってきた猫耳女は、突然慌ててどこかに行ってしまった。彼女が離れてから五分程度で体の痺れは弱まってきた。
「もうすぐ着くよ」
暗い通路から抜け出すと、そこにはガイが連れていた仲間たちが倒れていた。近寄ると、何か大きな装置にガイは寄りかかっていた。
「ガイ!」
「……気を、付けろ。まだ……やつがどこかで――」
その時、スッとガイの顔色が変わる。
「ミズキ!!」
ガイは傷ついた体で立ち上がり、ミズキを庇う。ヒュンと風が吹いた音の後、ガイの背中が斜めに切り裂かれた。
「ぐ……ッ!」
刹那は足元のアタッシュケースを黒い影が逃げ込んだ先へ蹴飛ばした。一直線に暗闇へ吸い込まれたカバンだが、壁か何かに当たる音はない。代わりに聞こえてきたのは、キィィィーバキバキと、まるで金属を削ったり押しつぶしているような耳を塞ぎたくなる大音響だった。
刹那の後ろで、ミズキはガイを庇うように強く抱きしめる。
刹那は闇の奥を睨み付けた。その先には一人の少女が立っている。
歳は十歳そこそこ。ハサミの大男が現れた日、学園で見た少女レヴィル・メイブリクだ。
ただその目はどう考えても歳相応ではなかった。綺麗なプラチナブロンドの髪も、白い肌も、黒いフリルのワンピースも。文句なしに可愛らしい少女そのものだ。
なのに彼女のドロリとした瞳が、与える印象を全て上書きしてしまう。
何より、少女の足元にはボーリングの球ほどの金属塊が転がっていた。
「……何、あの子」
「あの子がやったみたいね」
「……違う」
「え……」
ミズキは首を横に振る。赤い左目で彼女が見ていたのは鉄塊などではない。レヴィル自身だ。
人の心の中は基本的にグチャグチャだ。あれもこれもと、星の数ほどの欲望が強弱入り乱れている。
だがレヴィルは違う。綺麗すぎる。
まるでいらないものを全て排除し、隅から隅まで掃除したようだ。
聞こえは良いかもしれないが、そんな人間ミズキは今まで一度も見たことがない。
彼女を形成するものが何一つない。
「とりあえずこの場は私がやるわ」
刹那は指先から流れ出る電気をバチッと鳴らした。
ユウトがこの場にいなかったのは幸いだった。とりあえずレヴィルから意識を奪う。
電撃を限りなく抑え、スタンガンのように。それで事は済むはずだ。
「困るなぁ」
ミズキは思わず息を呑んだ。心を覗き込んでいたミズキの目に映ったのは、整頓され尽くし、綺麗すぎる心の中心に突然現れた黒い影。
ギョロリ、と見られたような気がした。目なんてないはずなのに、蛇に睨まれたような感覚。恐怖でミズキはその場から動けなくなってしまった。
そこには誰もいないはずなのに。
何もないはずなのに。
何かがいる。
「妹に手を出す悪者は、このオレがやっつけなきゃなぁ?」
直後、レヴィルの背後から獰猛な闇が放たれた。壁や天井を伝い、闇は激流のように刹那たちを目指す。
(あれはヤバい!)
刹那は本能的に察知する。学園で戦った大男が持っていた武器と本質は同じ。対人に特化した殺戮の魔法。
(こいつが、ジャック・ザ・リッパーっ!!)
相手の能力は影を鋭利な刃物として扱う非常に残忍なものだ。縦横無尽に這ってくる影は、全てが必殺の一撃に等しい。
もう手加減とか言っている場合ではなかった。両手を合わせ、刹那は伊弉諾の封印を解く。だがすでに眼前に迫ってくる影の濁流に対して、大振りの攻撃をする暇がなかった。
「ッ!!」
刹那は増幅した雷を四方に広げ壁を形成した。魔力の消費はそのまま疲労に繋がる。だが下手に温存すれば後ろにいるガイやミズキ、倒れている他の仲間が濁流に巻き込まれてしまう。
ズバチィ!! と雷の障壁に影が激突する音が鳴り響いた。音はそのまま二十秒程度続く。影の猛攻が終わると同時に刹那は膝をついた。
「刹那!」
「くっ……」
完全には防ぎきれなかった。刹那の脇腹から血が滲み出ている。わずかに開いた抜け道を、糸を通すような精密さ黒刃が襲ってきたのだ。
「ごめん。私たちを守るために……」
「……大丈夫。まだ戦える。私が時間を稼ぐから、みんなを外へ」
しかし。
そいつらは希望すら黒く塗りつぶす。
「なっ……」
「「「泣かせるねぇ。その愛情を少しでも分けてもらいたいもんだぜ」」」
全方位から同時に声が聞こえた。
周囲を囲むようにハサミを持った黒い大男たちが、何もない床から這い出てきたのだ。
数は八体。少しずつ歩を進め、徐々に刹那たちを包囲していく。
「さーて問題です。この後お前らはどうなっちゃうでしょうか?」
愉快そうな声が周囲に木霊する。どいつもこいつも同時に同じことを喋るせいでうるさくて仕方がない。
「では妹よ。答えをどうぞ!」
虚ろな目で少女は、死の宣告をする。
「……みんな、怖い……敵」
クク、と誰かが笑った。
「ヒャハハハハハハ!! 大~正~解!! それでは正解者には、苦痛の叫びで拍手してもらおうかァ!!」
一斉に八つのハサミが刹那たちに襲い掛かった。
『Defender』
その時、背後から電子音が聞こえた。
闇の奥から、少年が駆ける。
「ユウト!!」
「刹那ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びと同時に、ユウトは手に持つ光輪を投げつけた。
光輪は意思を持っているかのように滑空する。その大きさを自在に変え、刹那たちを囲うように結界を張った。
周囲から迫るハサミは全てその壁に弾かれる。これはタカオから受け取ったメモリーの力だ。
ユウトはさらに指先を開くようにして光輪を遠隔操作した。それに連動して、光輪はその守備範囲を一気に拡大する。結界に直撃した大男たちは押しのけられ、スゥっと消滅した。
そして光輪が所有者の手元に戻る頃には、ユウトは刹那の前に立っていた。
「……ユウト、さん」
少女の虚ろな瞳がユウトを見つめた。
ワイズマンズ・レポート。
今回の事件の全貌が全て見えているわけではない。ユウトには知らないことが多すぎる。
だから、今この場に立つのは本当にシンプルな理由だった。
ほんの一瞬だけ、少女の瞳に光が戻り、雫が落ちたのを彼は見てしまった。
ならばもう、自分がやるべきことは決まっている。
「待ってろ。今助ける」
「助けるぅ? ……はっ、面白れぇ。ならテストしてやるよ。正義のヒーローさまよぉ!!」
レヴィルの後ろにいる何かは低い声でそう言うと、少女の足元から一本影を伸ばした。それはユウトの喉笛を目指して、一直線に突き進む。
「ユウト!」
刹那は叫んだが、ユウトは動かない。ただ少女を見据えていた。
静寂の中、誰一人目を離せなかった。
影の刃は、ユウトの喉笛一センチ手前で静止していたのだ。
「っ!?」
一番驚いたのは影を伸ばした当の本人だった。レヴィルの別人格であるジャックは確かに、明確な殺意を持って影を伸ばした。だが何故? という疑問はない。答えは一つだからだ。
「やっぱりな。今ので確信したぞ。お前はレヴィルが敵だと認識した相手しか攻撃できないんだな?」
・3・
結局のところ、少女は誰も信じていない。
研究所で行われた非人道的な実験の数々。脳をいじくり回され、毎日毎日暗い部屋に閉じ込められていた。
そして彼女が持つ
影を結べばわかってしまう。
何年も親のように自分を育ててくれた人間でさえ、自分の事をいくらでも替えの利く道具としか思っていないと知ってしまった。それでも少女は信じたかったのだ。自分が頑張ればみんなが喜ぶ。それだけは嘘ではなかったのだから。
だが彼は違った。
本来、少女が抱くべき憎しみは全て彼が引き受けた。
「……違う」
影を結べばわかってしまう。
「……助けて」
自分を本当に気遣ってくれる人間なんていない。そう思っていた。
「私は……」
「おい、レヴィル……てめぇ」
ジャックは動揺する。
「私は……ユウトさんを」
だけど、どうしてか、涙が出てくる。
影を結ばなくてもわかる。
「私はユウトさんを殺したくない!!」
それが少女が吐き出した素直な気持ちだった。
・4・
レヴィルの意識が戻ると、刹那たちを取り囲んでいた影が次々と霧散していった。
「ユウトさん。私……」
ユウトはレヴィルの頭に優しく手を置いて言った。
「大丈夫だ。俺はお前の味方でいるから」
「……はい」
レヴィルは安心しきったのか、ユウトに寄りかかる。
「ユウト、どういうことなの? その子がジャックじゃないの?」
「詳しい話は後でするよ。今は――」
「……ふざけるな」
背筋が凍るような不気味で低い声が木霊した。レヴィルじゃない。別の場所から声が聞こえる。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁぁ!!」
直後、再び壁一面を影が覆った。同時にレヴィルの体から力が抜ける。
「レヴィル!?」
息が荒い。まるで高熱にうなされているようだ。
「ユウト、その子……腕輪を付けてない」
ユウトは少女の袖を捲る。確かに。レヴィルの左腕にはルーンの腕輪がない。ではどこに?
「お前ができないってんなら、俺がやってやるよ。これは全部お前のためだ!!」
いや……違う。
そもそも最初から付けていなかったとしたら?
ジャックはレヴィルの背負う苦痛の全てを請け負ってきた。その行動の全てはレヴィルを中心に始まっている。現に彼の殺意よりも、レヴィルの意思が優先されたのが何よりの証拠だ。
妹を思う兄。たったそれだけのことが人を殺す刃となった。
(なら……)
レヴィルのもう一つの人格であるジャックは、以前から彼女より強い力関係にあった。どういう経緯でそうなったのかはわからない。だがだとしたら、腕輪の力に一番触れていたのは誰だ?
「お前が……」
なら、本当の腕輪の持ち主は――
「お前が、ジャック・ザ・リッパーなのか?」
そう。本当の腕輪の所有者はレヴィルではない。
ユウトが今まで戦ってきたハサミの大男は、いわば彼の分離体。彼女が最初に抱いた、人間への不信感を持ち続けた者。彼女に新しく芽生えた感情の影響を受けることのない本物の殺人鬼。
「そんな……腕輪が意思を持って自力で動いているっていうの!?」
腕輪の誤作動。作った本人ではないユウトには想像もつかないが、今、確かにジャックの意思は影の向こうにあるであろうルーンの腕輪にあった。
「テメェら人間は全員悪だ。俺たち兄妹の邪魔するんじゃねぇ!!」
影はドーム状にユウトたちを囲おうとしていた。完了すれば全ての光は失われ、ジャックのフィールドとなる。逃げ場などどこにもない。
「くそっ!」
もう間に合わない。その時、
「目を閉じて!!」
ボン、と音がした。全員が突如聞こえた声に従い目を瞑る。
何かが、今まさに完成されようとしている影のドームの中に投げ込まれた。それは地面に当たるとカンっと小気味よい音を鳴らし、その後強烈な閃光を迸らせた。
「グァッ!? 何だ!?」
水風船が破裂したように、影は四方へ飛び散った。
コツコツと聞こえる足音。
「まったく。あれほど魔法には関わるなと言ったのに……聞いてなかったんですか? 吉野さん」
「……遠、見」
そこには呆れを通り越した表情の遠見アリサが立っていた。
・5・
自分に名前なんてない。
自分は少女に寄生する虫に過ぎないのだから。
ジャックと呼ばれる者は今の自分の体の感覚を不思議に思う。
初めての体重の重み。初めての音。初めての肌に当たる風の感覚。
どれも少女の中では感じられなかった刺激だ。
今まで何度か腕輪の力を使い少女から離れたことがあった。だが、体を持たないジャックは外の世界で生き続けることができなかった。存在するだけで魔力を消費してしまう。まるで火の灯った蝋燭のようだ。
「ククッ……」
笑いがこみ上げてくる。そうか。笑うとはこうやるのか。覚えておこう。
これで。
これで少女が一番望んていたことを叶えてやれる。
あぁ、そうか。
もう俺は虫じゃない。俺は――
・6・
「遠見!? それに青子s」
「ふんっ!!」
「ホゲェァ」
青子の容赦のない右ストレートがユウトの腹を抉った。ちっちゃいくせに全体重を上手に乗せたパンチは大人も顔負けの威力だ。
「青子せ・ん・せ・いだ」
「……理不尽だ。って、そうじゃなくて何で?」
「話は後だ。さて、補習の時間だクソガキが」
青子は不敵な笑みを浮かべる。
「今更仲間が増えようが同じだ!」
ジャックは影を伸ばし、ユウトの手からレヴィルの体を奪い取る。
(まずい。またレヴィルに乗り移るつもりか!?)
だが青子もすでに動いていた。青子の左目が赤く染まり、目にも止まらぬ速さで連れ去られようとしているレヴィルの腕を掴む。そしてその頬を思いっきり引っ叩いた。
「ちっ……逃がしたか」
すでにジャックはレヴィルから離れていた。
「テメェ……仮にも教師がガキを殴っていいのかよッ?」
「教育的指導だ。お前のようなクソガキにはこれが一番良い。それにな……」
青子は少し目を逸らし、どこか哀愁漂う声でこう言った。
「見た目幼女の私が幼女を殴っても……何の問題も無い」
「……いや、問題しかないんじゃ」
とはいえ、一先ずレヴィルの奪還には成功した。
「
青子を中心とした半径五メートルの空間時間を減速させる魔法だ。
空間の中では人間の思考さえ遅くなる。さっきの高速移動は青子が速かったのではなく、周りにいた他の人間が遅くなっていたのだ。現に範囲外にいたアリサには、青子が普通に移動しているように見えていたはずだ。
「ところでユウトさん。約束しましたよね? 魔法には関わらないって」
かなり一方的な感じだった覚えがあるが、しかしアリサには有無を言わせぬ凄みがあった。
「えっ? いや、それは……その、なんと言いますか。やむにやまない事情が……」
「し・ま・し・た・よ・ね?」
有無を言わせぬ凄みがあった。
「……すみません」
ユウトは謝った。理由はどうあれ、アリサにまた迷惑をかけてしまったのだから。
「……あんた」
背後から刹那の鋭い声が聞こえた。見ればアリサに向かって刀を向けている。
「おい刹那。こいつは味方だぞ?」
「味方? この前港で私を襲ってきたの、そこの女なんだけど?」
「……ッ、本当なのか?」
自分を助けてくれた彼女が本当にそんなことをしたのだろうか? ユウトは信じられなかった。
「……はぁ。私をあなた方の仲間だと思わないでください。不愉快です。今は仕方なく、一時的に手を貸すだけです」
「ちょっとそれどういう――」
刹那はカチンときたのか、アリサに食って掛かろうとするが、今はそれどころではない。
「落ち着け刹那。怪我してるんだからじっとしてろ」
「……もういいです。時間がありません。では、どうぞ」
(どうぞって……何を?)
ユウトは首を傾げる。
アリサは目を瞑って正面に立っている。少し不安そうな表情を見せながら若干顎をあげ、ユウトを見上げるような姿勢だ。
「え……」
「……ん」
クイッと彼女はさらにユウトに近づく。ゆっくりと身を預けてくる。
「ちょっと! いっ……!?」
刹那が慌てて叫ぶ。が、傷か痛むのかそれ以上は何も言えない。
「いやいや、今この場ではちょっと――」
「早く私の魔力を使ってください。私の魔力で作ったあの弓なら、あいつを消し去れます」
「ですよねぇ」
「……ユウトォ?」
(何だろう。理不尽な怒りをぶつけられている気がする)
ユウトがアリサに手を伸ばそうとしたその時、ザッと影の刃がユウトたちに襲いかかった。
「何俺を無視してんだ!」
パチン。指を鳴らす音が聞こえた。そしてそれと同時に、全ての刃の動きが止まった。
「無駄だ。私の横を素通りできると思っているのか?」
「クソチビがぁッ!!」
「んだとゴラァァ!!」
ユウトはアリサを抱き寄せる。そして胸元に手をかざし、あの時と同じように光の中からメモリーが生成された。
思えばこれが最初の魔法だ。
『Eclipse』
黒の大弓を召喚し、狙いを正面の影の塊に定める。
もう自分の魔法にも慣れてきた。発動した魔法の能力が頭に流れ込んでくるのがわかる。
これから放たれる矢には、魔力を消し去る力がある。
(集中しろ……絶対に当てる。それでやつは止まる)
弓を持つ腕に自然と力が入る。
「今だ! やれ!」
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
青子の言葉を合図に指を離し、破魔の矢が放たれた。
ビュン。矢は青子の真横を通過し、一直線に影の塊を目指す。途中、影の壁が何重にも矢を阻もうとするが、それが魔力で形成されている以上、壁にもならない。次々に貫通し、遂にジャックに届く。
「グァァァァァァァァァァァァ!!」
「やったか!?」
矢は大穴を穿った。影は波打つような不気味な胎動をしている。
「……ヒヒヒ」
「……!?」
しかし彼は尚も楽し気な声で笑った。
「なぁーんちゃって!! 残念。同じ手を何度も食らうようなバカじゃねぇんだよ!!」
ジャックはそう叫ぶと、周囲の影が大穴に向かって飛び込んだ。まるで粘土でも詰めるように、穴がみるみる塞がっていく。
「おっと。そろそろ街では俺が蒔いた種が花開く時間だ」
ユウトの頭の中で得体のしれない熱が生まれた。思い当たる節が一つだけある。
「テメェ……関係ない人間まで」
「いやいやあるよ。大ありだ。俺たちに酷い仕打ちをしてきたのはこの街の人間だ。きっと今もどこかでのうのうとくだらねぇ研究とにらめっこしてるに違いない。だけど一人一人探すのも面倒だ。どうせ他の人間も根は同じなら、この街の人間はみーんな俺たちのターゲットなんだよ。ヒヒヒ」
影は人の形を作り、おどけたように両手を広げてみせた。
「くそっ!!」
ユウトは影に矢を打ち込むが、被弾部分が霧散するだけでジャックを仕留めたことにはならない。
今の発言から察するに、種は時限式。ここにユウトたちを誘い出したのもジャックの計画の内だったのだろうか?
「ほら時間が来ちまうぞ? はい。三……二……一」
(ちく……しょう!!)
いつものように、街中に午後六時を知らせるアナウンスが鳴り始めた。
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