行間1-3

Wiseman's Report 03 -Alter Ego-



『人格が及ぼす魔法の構築メカニズムの解析』



 本プロジェクトは、生産されたルーンリングが及ぼす魔法を、こちらが定めた人格で操作可能かどうかの検証を最優先とする。


 現状、発現する魔法はその人間によって千差万別。完全記憶など学問に適した能力から、一瞬にして一帯を火の海に変えてしまう戦闘特化の能力など様々だ。

 如何にして魔法の方向性が定まるのか、人間のどこを見て決定されるのかを見極める必要がある。


 まず我々が着目したのは人間の『主人格』だ。極端に言えば、統計的に性格の明るい人間からはどういう魔法が生まれ、逆に暗い人間からはどういう魔法が生まれるのか、という研究だ。しかしここには大きな問題が一つある。それは人間とは我々科学者が考えるほど単純ではないということだ。少しの刺激で想定外の状況が生まれてしまう危険性がある。


 不確定因子をなくすため、被検体として三歳から五歳の身寄りのない子供たちを世界中から集め、特殊な催眠をかけることでこちらが望む人間を作り出す。


 第一フェイズとして用意するのは、喜怒哀楽の四つにカテゴライズできる人格に加え、植物状態、二重人格など、稀有な状態のものまで人為的に作り出す。


 本プロジェクトは他のワイズマンズ・レポートと違い、その特殊性故、研究メンバーは催眠療法やパーソナリティ研究のスペシャリストのみが担当する。以降の経過報告はプロジェクトリーダーが引き継ぐこととする。


***


・経過報告

二〇X一/四/二十五

 本実験用に三十人の身寄りのない子供達を用意した。人格形成に最も影響があるこの段階で催眠療法を実行。それぞれ指定された人格形成を行っていく。

 人間の人格形成に最も必要なのは恐怖だ。ここで言う恐怖とは感情への負荷である。与えられた恐怖の量をコントロールすることで、その人間の人格は百八十度変えることさえ可能だ。


二〇X八/七/十

 七年かけようやく第一段階が終了。この時点で使い物になる被検体は四名。残りの被検体は、人格の矯正に耐えられず精神が死んでしまった。上の指示とはいえ、心が痛まないわけがない。願わくば、彼らに安息を。

 残った被検体の中で唯一ルーンリングに適応したのは、完璧な人格の二分化に成功した被検体十三号のみだった。リングの適合率は180%。彼女が唯一の成功例だ。

 今後は十三号の経過を見て、発現した能力が我々の想定したものかどうかを確認する。


二〇X八/八/二

 被検体が発現した力が判明した。自分の影を伸ばし、他の人間の影と接触させることでその思考を読み取るというものだ。

 我々はこの力を『影結びホールディング・シャドウ』と命名。

 被検体の人格は定期的に入れ変わる。昼は大人しい主人格。夜は凶暴なもう一つの人格。便宜上、この人格を『ジャック』と呼称する。十三号はジャックのことを認識し、兄と呼んでいるようだ。いもしない兄を、まるでそこにいるかのように会話している姿を研究員が目撃している。

 独立した一つの人格である以上、ジャックにも魔法が生まれる可能性がある。現時点では、ジャックに能力が発現したという報告はない。一人の人間が複数の能力を持つ事例は確認されていない。もし二重人格者が二つの魔法を発現した場合、本研究は他のどのプロジェクトよりも価値あるものとなるだろう。

 しかしジャックの場合、非常に攻撃的な能力になる危険性があるため、十分注意が必要だ。


二〇X八/九/十五

 ジャックの暴走は目に余る。凶暴な人格を少しでも抑えるため、被検体十三号には日の明るい日中に戦闘訓練をさせることにした。厳しい訓練で蓄積した疲労のおかげで、夜のジャックの行動は比較的大人しくなった。自分の部屋をぐちゃぐちゃにすることもない。余談だが、研究所内で黒い幽霊を見たという報告がいくつかある。ハロウィンにはまだ早い。


二〇X八/十/十

 ジャックの人格が主人格より強くなりつつある。すでに三人の職員が研究中に機材を奪われ襲われた。何らかの条件が揃えば、ジャックの意思で自由に人格の入れ替えることができるようだ。幸い死人は出ていないが、職員の安全を考慮し、午後七時以降は、被検体十三号を検診衣に着替えさせ朝までシェルターに閉じ込めることにする。


二〇X八/十一/八

 研究員が立て続けに謎の死を遂げている。死体は全て鋭い刃物のようなもので切り裂かれていた。現在、この研究所が有している被検体は十三号のみだが、十三号の持つ力ではここまでのことはできない。外部の人間が潜入しているのか?


二〇X九/一/十二

 どうも最近、誰かに見られている気がする。


二〇X九/一/二十

 どうして気付かなかったのか!

 ジャックはすでに能力を発現していた。


 やつの――いや、やつらの能力の前ではどこに隠れても意味はない。


 この研究所はもうs――

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