第5-2話 求めるモノ -On your hands-

・4・


 午後五時。日が落ち始めた。


「タカオ!」

 ユウトとミズキは別のエリアを捜索していたタカオ、刹那を含めた四人のメンバーと合流した。

 場所は無人の工場。ここは海上都市建設初期に使用された発電施設だ。現在は街の中心に存在する半永久機関モーメントが全てのエネルギーを補っているため、その役目を終えている。そう遠くない未来にここも解体されるだろう。


「ガイたちが奥にいる。例のハサミ男が大量に現れたらしい」

 ガイ班は工場に入っていくレヴィルと思しき目撃情報を受け、先に中に入ったらしい。そこに突然、ハサミの男が集団で出現したのだ。

「……ジャック・ザ・リッパー」

 ユウトは拳を握った。やはりあのハサミ男はレヴィルを狙っている。

「ミズキ」

「うん」

 ミズキは意識を集中させ、魔法を発動する。

「……数は七十、いや八十はいる。まだ先に進んだみんなが戦ってる」

「じゃあすぐに俺たちも――」



『待てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!』



 上空から馬鹿でかい声が降り注いだ。見上げると暗がりの空の向こうから、何かがこっちに向かってくる。ものすごい速さで。

『へへ、やっぱりいやがった! 吉野ユウトォ!!』

 そいつはそのまま地面に拳を叩きつけ、ユウトたちの足場ごと破壊した。


***


 ユウトはどこか地下の広い場所に投げ出されていた。

「っ!! ……ここは」

 他のみんなは近くにいない。どこか別の場所に落ちたのだろうか?


『ここは使われてねぇ貯水槽だな。いいねぇ。どうせ近々ぶっ壊すんだ。戦うにはもってこいだな』


「誰だ!」

『おいおい俺のことをもう忘れちまったのか? 俺だよ。俺』

 全身を鎧で包まれたその男は、大げさに両手を広げて言った。そのフェイスプレートが開き、顔が露わになる。

「お前は……」

 アーロン。学園で出会った中央情報局セントラルの男だ。

 彼の仕事は工場に侵入する者を拘束すること。使われていないとはいえ、ここは都市の重要施設。ユウトたちを拘束する理由としては十分だった。

 ただこの男の場合、私情を挟みすぎてジャック・ザ・リッパーは後回しになっているだけだ。

 耳元で通信が来ているが、アーロンは無視する。どうせレーシャがガミガミ言うだけだから。


「お前とこうして戦えるのをずっと待ってたんだ。楽しませてくれよ、なぁ!」


 鎧の関節部から蒸気が噴出される。

(……パワードスーツ)

 戦術武装アームド・フォース。エクスピア・コーポレーションの技術部門が開発した戦闘用パワードスーツだ。一般的にパワードスーツは、生身では危険な工事現場で安全に作業するのに用いられるが、これは暴徒鎮圧用のテスト機だ。本来は警務部隊に支給されるものを、アーロンは職権乱用して引っ張り出してきたのだ。

「お前と戦ってる暇はない!」

 ユウトは一歩後ずさる。距離を取るために。手持ちのメモリーは三つ。刹那、タカオ、ミズキのものだ。一度使えば消えてしまう以上、無駄にはできない。

「あぁ? 何ふざけたこと言ってやがる。ここはイースト・フロートの重要拠点の一つだ。だから侵入者は即確保なんだよ!」

 背中のブースターが火を噴いた。高速で接近し、ユウトに休む時間を決して与えない強烈な拳の連打が繰り出される。ユウトはとにかく動いて、捕まれないようにするのが精一杯だった。当たらなくてもわかる。肌に伝わる空気の振動。それが拳の一撃一撃の重さを物語っていた。

 話し合いではどうにもならない。このままだとこっちがスタミナ切れになる。何より一撃でもくらったらそこで終わる。

 ユウトは大きく息を吐き、籠手を展開する。

「クソッ……仕方ない」

 捻じ伏せるしかない。魔法の力で。

「このマスラオの力、存分に味合わせてやるよ!! いっくゼェェェェェェ!!」


『Blade』


 ユウトはメモリーを差し込んだ。


・5・


「相手の魔力を感じないけど、ユウトは空から飛んできたやつと戦ってるんだと思う。……ダメ、タカオはまだ見当たらない」

 刹那とミズキは二人で行動していた。あの落盤でユウトを含めた他のメンバーとはぐれてしまった。ユウトは戦闘中。タカオも心配だが、今は一番危険であろうガイの元に向かうことにした。

「ジャック・ザ・リッパー……ではないわよね」

「たぶん、それはない」

 黒い大男は明らかに魔法を使っている。もしさっきのが彼の仕業なら、ミズキが事前に気付かないはずがない。

 魔法を使わない別の勢力。

(考えられるとすれば昼間の……)

 刹那はセントラルの二人を思い浮かべた。


「とりあえず私たちも加勢に――」


 突然、ミズキがその場にへたり込んだ。

「ミズキ!?」

「はぁ……はぁ……」

 息苦しそうだ。微かだが頬が赤く染まり、体は熱を持っていた。

「……っ!?」

 刹那にも異変が起こった。

「なに、これ……」

 視界がぐらつく。まるで熱にうなされた時のようだ。平衡感覚を失い、上手く動けない。


「まったくあの筋肉バカは……本当に度し難いですね」


「……あんたは」

 レーシャ・チェルベルジー。白人特有の陶器のような白肌の女性は、猫耳&猫しっぽというその手のカフェにいる従業員のような、何とも場違いな格好で立っていた。もちろん、彼女はふざけているわけではない。

 戦術武装アームド・フォース・チェシャ。マスラオ同様、テスト段階の女性専用の武装だ。全身を装甲で固めたマスラオとは大きく違い、装備は猫耳とそこから発信される脳波で自在に操作可能な尻尾だけ。尻尾の先端には三本指の鉤爪が取り付けられている。

 その最大の特徴は猫耳にある。髪の毛から装着者の女性ホルモンを採取し、それを媒介して周囲に特殊なフェロモンを発生させることができるのだ。この特殊なフェロモンは一種の媚薬のようなもので、男女問わず催淫状態に近い状態へと誘引し、体の力を奪う。

「あなた方にはここで大人しくしていただきます。追って処遇は……っ!?」

 一閃。ギリギリのところでレーシャは避ける。空中で一回転し、尻尾の鉤爪を天井に突き刺し、コウモリのようにぶら下がった。

 虚空から取り出した刹那の刀は、動きの鈍さ故に空を切った。

「驚きです。その状態で動けるなんて」

「……すっごく痛いわよ! こんなの初めてだから……だから、手加減、できないからね?」

 バチバチと刹那の周囲には電気が走っていた。

 人間は脳からの電気信号で体を動かすことができる。刹那は今、弛緩して動かない自分の体に嘘の電気信号を流して動いているのだ。いつも当たり前のように動かす手は、まるでゲームコントローラーを介して意識的に動かすようで、違和感は半端ではない。

「……くっ」

 刹那は折れた刀身の刀をしまう。

 本来の信号を上書きするためにより強い、かつ神経にダメージを与えないレベルで電気を流している。それでもその痛みは想像を絶していた。こんな状態で刀の刀身を補うあの技は使えない。

(ハッタリでも何でもいい……あの女が私を少しでも危険視すればそれでいい)

 レーシャは招き猫のように手首を丸めて、

「にゃー」

 静かに獲物を見据えた。


・6・


『オラオラどーしたぁ!!』

 白刀のフィードバックでユウトの身体能力は上昇している。相手の攻撃を上手く避けながら、攻撃のタイミングを探した。タカオとの実戦が、戦闘の中でユウトに少しだけ余裕を持たせていた。

「はぁッ!」

 ようやく見つけた僅かな隙にユウトは白銀の刀を振るうが、その時にはすでにアーロンとの距離は離されていた。

 カンがいいのか、とにかくここぞという場面をアーロンは瞬間的に察知している。おかげで向こうはやりたい放題だ。攻勢に出れない。

(どうにかしてあいつの足を止めないと……)

 その時、突然アーロンの動きが止まった。


『つまらねぇ』


「は?」

『つまらんつまらんつまらん。チマチマ隙を窺いやがって! もっとマジになってやれよ。あの時俺に見せた目はこんなもんじゃねぇはずだ!』

 勝手な理屈だ。こっちはそれでなくても急いでいる。仲間が戦ってるのに、自分だけいつまでもここで足止めされている場合ではないのだ。

 だがアーロンはなおも怒鳴る。

『本当の真剣勝負に次はねぇ。ここで本気になれねぇようなら例え俺を倒して先に進んだとしても、お前の本気はずっと埋もれたままだ』

「っ!?」

 ユウトは押し黙る。


(確かにそうだ……ここは力を温存して何とかなる場面じゃない。そんな余裕は俺にはない……)


「……俺は」

 アーロンは敵だ。だがその体から満ち溢れる闘気はあまりにも純粋だった。純粋なまでに貪欲。

 元々ユウト一人を捕まえるなら、大勢で囲めば済む話だ。アーロンにかかればそんなことは簡単だ。だが彼はそんな卑怯な真似をしない。

 アーロンという男は、真正面からユウトに挑んでいるのだ。そうするに値すると認めて。

(それなのに俺は……)


 ユウトは刀を思いっきり、力を込めてブン投げた。


『おっと』

 アーロンは軽々とそれを避ける。

『どうした? もう仕舞いか?』

「お前の言うとおりだ」

『あぁ?』

 ユウトは籠手に覆われた左拳を握りしめた。そもそも最初からユウトにはこの方法しかなかった。


「お前は手を抜いて勝てる相手じゃない。だったら俺にできるのは、俺の全身全霊をかけて、お前という敵を打ち倒すことだけだ!!」


 ユウトは駆け出す。前へ、一直線に。

『ヘヘ。ようやく本気になりやがったか』

 アーロンもユウトに呼応するように、背中のブースターを全開にして飛んだ。


 ガギンッ!


 両者の拳が激突する。お互いに全力の左ストレートだった。

 すかさずユウトはメモリーをセットする。

「ミズキ、力を借りるぞ!」


『Raider』


 電子音の後、籠手から六羽の光る鳥が放たれた。

『なんだ!?』

 それぞれが意思を持ち、アーロンを襲う。

『くっ……ちょこざいな』

 ユウトの籠手がピコピコ点滅した。見てみると、そこにはアーロンの鎧の詳細なデータが投影されていた。どうやらあの鳥は攻撃以外に、それぞれが自立して相手のデータを収集する力があるようだ。

 画面をスライドして、ユウトはある項目を見つける。それを見てユウトは次のメモリーを取り出す。

『させるかぁ!!』

 だがアーロンはそれを許さない。鳥を強引に振り払い、ユウトの首を掴んで壁に叩きつけた。その際、ユウトは最後に残ったタカオのメモリーを落としてしまった。

「がはぁッ!!」

『これでもう、お前は魔法を使えねぇ。そろそろ諦めるか?』


「何言ってる? 俺には……使がある!」


 まだもう一つだけ。

『っ!?』

 ユウトはアーロンの拳に手をかざした。アーロンは危険を感じて思わずユウトを放り投げた。

「ぐはっ……痛っ……取ったぞ……」

 ユウトは笑っていた。その手には新たなメモリーが握られている。

「これが欲しかったんだ」

『しまった!』

 ユウトは籠手にメモリーをセットした。


『Boost』


 ユウトの体が真紅の鎧に包まれる。まるで魔力で編んだ戦術武装だった。武装は何もない。だが体の内から力が溢れてくる。

(これなら、戦えるッ!)

『はっ! カッコいいじゃねぇか』

『……十秒だ』

『あ?』

『十秒で決着を着ける!』

 アーロンは心の底から湧き出る昂ぶりをもう抑えきれなかった。この戦いに勝利すれば最高の気分を味わえる。彼の頭にはもうそれしかない。

『ハハハハハ! これだこれ! それだよ俺が求めていたのは。イイぜ。最高だ! 最高にイイ感じだ!』

 二人は向き合う。


 これから十秒で勝負が決まる。


『『行くぞ!!』』


 激突する。一秒という時間が圧倒的に長く感じる。

 この鎧はユウトの身体能力・感覚を何倍にも引き上げる。あれだけ速すぎて後手に回るしかなかったユウトの目にはアーロンの拳、いや指先にいたるまでしっかりと見えていた。だが尋常ではないパワーアップには、当然時間制限が設けられている。

 十秒。それがこの鎧での活動限界時間だ。

『オラオラどーした!!』

 自分から懐へ突っ込んでいるのだ。避けきれない攻撃は無視する。それよりも一発でも多く相手に叩き込むことだけを考えた。

 相手が一発殴ってくれば、こっちは二発殴る。


 あと九秒。


『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

『そぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 互いの回し蹴りが激突する。二人は同時に反対方向へ弾き飛ばされた。


 あと八秒。


『ヒャッホー! いい蹴りだちくしょう。さっきまでとは比べ物にならねぇぜ!』

『まだだ!』


 あと七秒。


 天井を蹴り、ユウトはアーロンの背後を取る。狙うはやつの背面。あの鉄の装甲にジェット機並みのスピードを与えるブースターだ。そこに鉄拳を叩き込む。


 あと六秒。


『ハッ!!』

『させるかぁぁぁ!!』


 あと五秒。


 アーロンは腰に収納された高周波ブレードを掴む。本来は抜刀後にスイッチを入れるが、アーロンは鞘に入ったままスイッチをオンにした。


 あと四秒。


 鞘内部で高周波が発生し、鞘はバチバチ音を立てた後、爆発する。爆風で二人とも吹き飛ばされた。


 あと三秒。


 ユウトは吹き飛んだブレードの刃を掴んで、思いっきり投擲した。


 あと二秒。


 爆風から抜け出たアーロンの背中のブースターに、爆煙を切り裂く刃が突き刺さる。

『クソッ!』

 アーロンは空中で姿勢制御の術を失い、地面に叩きつけられた。


 あと一秒。


『これで、終わりだッ!』

 ユウトは籠手のスロットを一度開き、再装填する。


『Boost Overdrive!』


 鋼鉄の一撃が、アーロンの鎧を打ち砕いた。


***


『……すまねぇレーシャ。負けちまったよ。へへへ』

 アーロンは動けない。戦術武装は完全に機能を停止している。今はただの重さ数十キロの鉄塊と成り果てていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……勝った」

 ユウトの鎧もすでに消えていた。両手両足が悲鳴を上げている。全身も汗でぐっしょりだ。しばらくまともに動けそうにない。

『いい勝負だった……満足だ。どうだ? 全力出せて楽しかったろ?』

 鎧で顔は見えないが、アーロンの声は楽しそうだ。


 楽しい……この気持ちはそうなのか? この湧き上がる高揚感が……。


「はは……悔しいけど、そうみたいだ」


 ユウトがミズキの魔法で試したことは一つ。アーロンから魔力を取ったらどんなメモリーになるのか。それを確認したかったのだ。

 自分の事を認めてくれているこの男なら、例え敵であってもメモリーを作れるような気がした。ユウトはそれに賭けたのだ。

 今持てる自分の全てを出した。だがまだ安心はできない。他のみんなはまだ戦っている。しかし、アーロンとの戦いに意味があったのも確かだ。おかげでユウトの魔法の新たな力を呼び覚ませた。

 Overdriveオーバードライブ

 一撃に最大の魔力をぶつける大技。今のユウトでは、一度使うと展開中の魔法が解けてしまうだろう。だが、使い所さえ間違えなければ強力な武器になるはずだ。

(……この力さえあれば、みんなを助けられる)

『さっさと先に行け。見ての通り俺は動けん。今なら何も見なかったことにしてやるよ』

「ありがとう」

 ユウトは何とか立ち上がり、奥の通路を目指す。

『吉野ユウト』

 アーロンはそんなユウトを引き留めた。

『勝利者に報酬だ。セントラルお墨付きのとっておき情報をやるよ』

 直後、ピピッとユウトの携帯が鳴った。どうやら戦術武装から直接通信で送られてきたようだ。

 それはレポートだった。


「……ワイズマンズ・レポート?」


『それがジャック・ザ・リッパーの正体だ』

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