第95話 勝者の掴んだ未来 -Believe Forever-

・1・


「ユウトォォォォッ!!」

「冬馬ァァァァァッ!!」


 二人の魔法が、互いの喉を掻っ切らんと牙をむく。


 伊弉冉を手にし、自分以外の全てを救おうとする冬馬。

 蒼眼の魔道士ワーロックへと進化を遂げたユウトは、その眼で誰も犠牲にしない茨の道を探し求める。


 いつだって、『現実』と『理想』は戦う運命さだめにある。


 好むか好まざるかに関わらず、決着を付けなければならない。


 『現実』が勝利し、『理想』は妄想と散るか。

 それとも『理想』が新たな現実となるか。


 全てが終わって、残った者だけがその答えを決定する。


 果たして、勝ち残るのは――





***





「冬馬! 俺たちの過ごした時間全部、お前は否定するっていうのか!? お前にとって、そんなに簡単に切り捨てれるものだったのか!?」


 黒白の双銃剣を乱舞し、ユウトは責める。お互い満身創痍。一撃でも当てさえすれば、それで勝負は決まるはずなのに……なのに死に物狂いで襲い掛かって来る冬馬の圧に気圧されている自分がいる。そんな自分を払拭するために、声を張り上げた。


「違う!! けど親父の研究に巻き込まれた犠牲者。そいつを前に無関係だなんて言えるか!? 俺はそこまで人間できちゃいない。過去と向き合って償わなきゃいけないんだ。お前にも、イスカちゃんにも、伊紗那にも!!」


 未だ健在な伊弉冉の力で、虚空から破壊されたはずの自分の得物を復活させる冬馬。以前よりもはるかに威圧感の増大させた両刃の魔剣は、たった一振りでその余波が都市そのものをギチリと軋ませた。


「全てを清算できる力がここにある。神の力とやらに頼って、魔法きせきそのものを殺す。こんなふざけた力さえなければ、ハッピーエンドを迎えてたはずなんだ。だから黙って俺の言う通りにしろッ!!」

「勝手に被害者にするな!! 魔法が、俺とみんなを繋いでくれた。ルーンの腕輪がもたらしたのは、悲しみや憎しみだけじゃないッ!!」


 そうだ。シャングリラのみんな。レヴィル、夜泉、神座に飛角とロシャード。力を貸し続けてくれた御影や刹那、そしてアリサ。他にもたくさんの支えがあって、ユウトは今ここに立っている。

 それは吉野ユウトにとって紛れもなく、かけがえのない財産だ。幻なんかじゃない。


「俺にとっては!! 憎むべき対象でしかない!!」


 魔法は『力』であって『悪』ではない。結局は最後にその善悪は使い手に委ねられる。それがわからない冬馬ではないはずだ。それでも彼を突き動かす家族という名の呪いは、彼に歩みを止めることを許さない。


『Belial Lost Lucifer ...... Overflow ...... Liberation!!』


 冬馬は自分のネビロスキー二つを鞘に差し込み、トリガーを引いた。

「ッ!!」

 性質の違う二つの膨大な魔力は伊弉冉を介して境を失い、指数的に冬馬の力を押し上げる。このままいけば、彼は宗像一心と同じ――


『Eclipse Blade ... Overdrive!!』


 思考は放棄して、先に手が動いた。

「あああッッッ!!」

 打ち消す力と収束させる力が螺旋を描き、ユウトは彼の暴発寸前の魔力を封じ込める。


「くッ!?」

「絶対に超えさせない。この一線は絶対に超えちゃダメだ!! ぶん殴ってでも、俺はお前を止めてみせる!!」


 魔剣がユウトの右肩を貫く。だが彼は吼えて……吼えて吼えて吼えて。それでも友の腕を掴み続ける。


・2・


 両者ともに全てを出し切るかの如き唸り声をあげながら、肉薄する。

 後ろに下がる、ただその一歩は絶対に許されない。まるで崖っぷちに立たされているような気分だ。

 ここにいるのは理性を排し、己の覚悟に準じ互いを喰らい合う二匹の獣。そのきばがギチギチと淡い火花を散らした。


『Unlimited』


「ッ! おおおおおおおッ!!」

 籠手が放散する無限の光。冬馬は何するものぞとその手で払いのける。


『Defender Heat』


 重い一撃を盾で受け流し、火銃で急所を狙った。


『Double Haze』


 不可視の鋏刃を振り回した。


 だが、それでもダメだ。


「冬馬ぁぁぁ!!」

「来いッ!!」


『Chain Riot Quake Hide&Seek Ivy Boost Bios Drain Clock Scale Dupe Ignite――――――――――――――――――ッ!!』


 全然足りない。


 冬馬はユウトの魔法の雨メモリーを正面から受けとめ、その全てを拳一つで捻じ伏せてみせた。


「どうした!? お前の大層な理想ってのはこんなものかッ!!」

「くッ!!」


『Eclipse Blade ... Mix!!』


 ユウトはもう一度双銃剣を召還し、比翼の大弓を組み上げる。

「これならどうだぁぁッ!!」


『Over――』


 バキッ……バキバキバキバキバキッ!!


 その時、氷を砕くような破砕音が戦場に伝播した。

「な……ッ!?」

 ユウトは息を呑む。今まさに放った破魔の矢の先端を、冬馬の掌が包み込んでいる。すでに弦から指を放しているのに、矢は少しも前に進まない。

「……ッ、今度はこっちの番だ」

 やじりの粉砕し、反撃の狼煙は上がる。冬馬の体が薄れ、煙のように夢幻へと消えた。

(消えた……ッ、いや違う、確かにここにいる)

 ただユウトが、宗像冬馬という少年を認識できていないだけ。


「ぐあ……ッ!?」


 背中を斬撃が走った。さらに今度は肩口から脇腹まで一直線にもう一閃。

「こ、のッ!!」

 大弓状態を解除し、周囲に魔弾をばら撒くユウト。だが、当然手応えはない。それどころかユウトの体が勝手に宙へ浮き、あちこち壁に激突してスーパーボールのように愉快に跳ねた。


「ご、が……ッ、あぁ……!!」


 這い蹲るユウトの目の前で、光が屈曲する。オーロラのような妖しい光を背に、再び冬馬が姿を現した。

「ごぶ……ッ!?」

 彼は口から大量の血を吐き出し、その場に膝を付く。さっきの技はそれほどまでに負荷が大きいようだ。

(これ以上は無理だ……一気に終わらせる!!)

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」



『Unlimited Idea Evolution!!!!』



 理想無縫イデア・トゥルースを開放し、蒼銀のオルフェウスローブを纏ったユウトは神殺しの槍を手に加速する。


「「あああああああああああああッ!!」」


 お互い、欠片も余裕のない二人は、自分の武器の本来の使い方さえ忘れ、ただただ相手にそれを殴りつけるために、そのためだけに重い腕を上げる。

 一撃一撃。肉を裂き、抉る。その感触に罪悪感で震えながら、それでも彼らの武器を掴む手が緩むことはない。


(ここッ!!)

 斬撃が交差した一瞬をユウトは見逃さない。肘で横っ腹を一撃。さらに足にも。そして開いた背中に追い打ち――

「ッッ!!」

 冬馬の姿が再び消えた。

 高速の肉弾戦。考える間は一切与えていない。なのに血反吐を吐きながら、彼は伊弉冉の力をここぞという場面で使役する。


「おおおおおおおおおおおッ!!」


 真横から飛んできた怒号。気付いた時には冬馬の槍の如き鋭い蹴りが、ユウトの腹部に深々と食い込んでいた。

「ぐ、が……ッ!!??」

 その一撃は、ここまで保たれていた力の均衡を一気に崩す。強引に距離が開かれたことで、冬馬に勝負を決めるための間合いを許してしまった。

「こ、の……ぐッ!!!」

 振り上げた槍は、弾丸と同等の速さを得た伊弉冉の欠片が弾き落とした。


「……はぁ、はぁ……もうネタ切れか!?」


 武器を失ったユウトに冬馬は容赦なく、そして一方的に魔剣を叩きつける。

 何度も。何度も。

 吉野ユウトが立ち上がるのをやめるその時まで。早くその時が訪れてくれと切に願いながら。


「……ああ……ぐッ」


 膝を付いたユウトは口から大量の血を吐き出す。もう全身の血はとっくに抜けたのではないかと思ってしまうほどに、その身にのしかかる眠気にも似た倦怠感は計り知れない。


「いい加減……落ちろォォォ!!」

「……う、ぐッ!!」


 空を突き刺し、無慈悲に振り下ろされるトドメの一撃を、少年は最後の力を振り絞って左手の籠手で受け止めた。



 ピキッ!!



「!!」

 心臓が跳ねた気分だった。二人の唸り声がまるで幻聴のように遠くなり、その代わり自分の中で何かが悲鳴をあげる確かな音を聞いた。


「あああああああああああああッッッ!!」


 もはや半狂乱の冬馬はもう一度剣を振り上げ、親友に振り下ろす。



 ピキピキッ!! ガシャアアアンッ!!



 その衝撃でついに、理想の籠手が音を立てて砕け散った。


 網目のない完全に一つと溶けた理想の輝きが統制を失い、果汁を絞るように籠手から溢れ出す。その光は崩壊を続ける夜の空を白夜へと一転させるほどだ。


「……これで、終わりだ……ユウト」


 次の一手で決着がつく。それを確信した冬馬の魔力は、再びその昂りを呼び覚ました。


「……それでも……嫌なんだ……」


 呆然と呟く魔道士に向かって、その友は三度トドメの剣を振るった。


「そんな未来……俺は望んでないッッ!!」


 叫ぶ。この胸の内で暴れる想いを全力で。

 誰かの言葉ではない。他の誰でもない。己の願いを。


 その時――






(だったら……ちゃんと伝えなきゃね、ユウ)






「!?」

 脳裏に声がよぎった。そして、


(これ……)


 かつてその声の主にプレゼントし、いつの日かこの手で返そうと心に誓った水色のリボンが発光し、優しくユウトの左腕を包み込んでいた。


(伊紗那……)


 次の瞬間、砕け散ったはずの理想写しが輝きを取り戻し、再びこの手に息吹をもたらした。


 理想を宿し、カタチを与えるユウトの魔法。


(理想無縫……いや違う、これは俺のじゃ――)


 考えている暇はない。

 蘇ったその籠手で、彼はもう一度振り下ろされた魔剣に正面から足掻いた。


 そして――


「伊紗那あああああああああああああああああああああああああッ!!」


 叩き折った。



『Cain Overdrive!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』



 自然に発動したメモリーはけたたましい音を鳴らし、ユウトの拳に魔法の極地を凝縮させる。

「く……ッ、ユウトォォォォォォォォォォォォッ!!」

 あり得ない奇跡に怯んだ冬馬は、それでも折れた武器を投げ捨て、右拳に渾身のオーラを込めて突き出した。


 拳と拳が真正面から激突する。

 その勢いは相手の体を貫通し、その先、さらにその先へ。メガフロートの端から端まで余す所なく蹂躙した。


 それが最後の合図サイン

 海に浮かぶ百万都市は己を支えていた最後の生命線を断ち切られ、完全に崩壊する。


 終わりの存在しない夢に、最後の終止符が打たれた。


・3・


 目を覚ますと、そこはもう海上都市ではなかった。


「……ここ、は」


 ただ一言、真っ黒な世界。そんな殺風景そのものの場所でユウトは倒れていた。そもそも自分が倒れているのかどうかも怪しい。上下左右の概念がない。


「……起きたか」

「冬、馬…………ッ!? お前、腕が……」


 光もないのに、ユウトにははっきりと見えていた。、そんな痛々しい友の姿が鮮明に。

「ハハ……犯人は目の前にいるんだが? お前やりすぎ」

「ご、ごめん!!」

 軽口を叩いて笑う冬馬に向かって、軋む体に鞭を打って駆け寄るユウト。


「いいって。とりあえずもう応急処置は済ませてある」

「けど……俺のせいで――」



「フフ、冬馬は私と同じくらい超が付くほどわからず屋だから、それくらいで丁度いいんだよ」



 ポンッと、唐突に二人の頭に柔らかな手が触れた。

「え……」

 その声を聴き間違えることはあり得ない。死中で聞いた彼女の声だ。

「フッ、随分と辛辣なこって……」

 冬馬は呆れたように、けれどこれ以上ないほど安らいだ笑みで彼女を迎えた。



「「……伊紗那」」



 彼女はギュッと二人の頭を抱き寄せる。そして鼓動が直に聞こえる二人の耳元でゆっくりとこう囁いた。


「二人とも……また、会えた。生きててくれて……本当にありがとう」


「……」「……」

 涙ぐむ彼女を前にしたら、喧嘩の理由は吹き飛んでしまった。

 ユウトも冬馬も、いつの間にか殺気に満ちた瞳に元の優しい色を取り戻していた。

「伊紗那、お前……」

 彼女の震える手にいち早く気付いた冬馬。しかし、伊紗那は小さく首を振ってその続きを止める。


「綺麗だけど……絶対に叶わない夢はもう終わりにするの」

 

 それが何を意味するのか、ユウトにも何となく理解できている。だからこそ、やっとの思いで掴んだその手に力が入った。

 その強さを感じて、伊紗那の頬に光る涙が伝った。


「私も、冬馬と同じだよ。今より良くなるって信じて……何度も何度もやり直して、いつかはきっとって……期待して。でも気付いたら、私の心は折れてた……」


 その理想はあまりに綺麗で、でも絶対に手が届かなくて。

 だってそれは夢だ。幻だ。

 でもだからこそ余計に求めてしまって。歯止めがきかなくなって。


「心の底ではとっくに気付いてた。そんなことしても何も変わらないって。ユウたちの心が変わらなかったように、いくら否定しても私が犯した罪は消えない。人が見る夢は、こんなにも儚いものなんだって」


 いつの間にか、他ならぬ自分が、『嘘』という名の鳥籠に閉じ込められていた。





 トンッと伊紗那に胸を押され、ユウトと冬馬は尻もちをついた。

「「ッ!?」」

 彼女と自分たちの間には、一本の境界線が引かれていた。その線が世界を二分している。

 自分たちがいる白い世界。そして彼女を残した黒い世界に。


「やめろ伊紗那!!」

「そうだ! その役目は俺でいい! これ以上お前が抱える必要はないんだ!!」

 

 その境界は絶対で、不可侵。こんなに近くにいるのに、どんなに手を伸ばしても超えることはできない。


「捕らわれた多くの魂は、このままだと死を迎える。だからこの『嘘』が現実を侵食しないように……私が封じるの」


 そう言った伊紗那の瞳には陰りがない。むしろ、


「大丈夫だよ。私はもう行きたい場所も、望んだ未来も見つけたから。だからこの道の先で、きっとまた会える」


 未だ絶望の中にあって、彼女の希望に満ちた瞳はほんの少しずつ伊弉冉の黒を白へと染めていくのだ。



「冬馬、あんまりユウをイジメちゃダメだよ? 私がどんな思いで二人の戦いを見てたと思ってるの?」

 頬を膨らませ、伊紗那は冬馬を叱咤する。

「いや……結果的に俺がボコられたんだけど……」

「言い訳しないの!」

「……はい」

 妙に強い威圧感に、冬馬が折れた。

 もう弱かった祝伊紗那はここにはいない。


「それと……ユウ、あのね」

「あぁ」

 ガラス越しにお互いの手を合わせるように、境界に触れるユウトと伊紗那。


「あんまり、自分を粗末にしないで。誰だって得意不得意はあるものだから……落ち込まなくたっていいんだよ?」

「あぁ……」



 夢でもいい。



「毎日朝ごはん食べてね。あと、青子先生をあんまり困らせちゃダメだよ? あの人は、もう歴としたユウの家族なんだから」

「あぁ……」



 幻でもいい。



「素敵な友達もいっぱいできた……もっとその人たちを頼りにしてあげて」

「あぁ……ッ」


 それでもこうして巡り合えた。触れ合えた。

 万物を断絶する境界越しに、彼女の想いがしっかりと伝わってくる。

 その熱で、掌が焼ける。


「でもエッチなのはダメだよ? 私だって……まだ……ッッ」

「い、いや、あれは不可抗力というか……いろいろ事情が――」

「クスクス、冗談だよ……半分だけね」

 伊紗那は悪戯っぽくウインクして笑い、そしてそっと境界から手を放した。


「これが悪い夢だったとしても、もう怖くない。ユウ、あなたが私に勇気をくれたから。……会えて……よかった。それだけで私はまだ、みんなのために戦えるよ」


 これからどれだけの苦悩が彼女を待っているか、想像もつかない。

 彼女が作る時間は、伊弉冉に囚われたままの犠牲者を救うための時間。

 ここで蒼眼の魔道士の力を全て出し切り、強引に境界かべを壊して彼女を抱きしめれば、きっともう二度と現実には戻れない。



 だから……だから、今は触れない。



「フフ……ユウはやっぱり、私の王子様だね」

 伊紗那は本当に愛おしそうに、大好きな少年を見つめた。

 今は触れられなくても構わない。

 夢が終われば、信じた未来は必ず訪れるから。




「だからもう一回……あと一回だけ、私を見つけてね」




 少女は、何でもないあの日々と変わらぬ笑顔にちじょうを見せた。

 だからユウトもはっきりと告げた。


「あぁ……絶対見つけてみせる!!」

「……ッ……嬉しい」


 帰ろう――。

 まだ見ぬ明日へ、仲間が待つ世界へ。

 彼らと共に、信じた未来をこの手で掴み取るために。

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