行間7-7
「ユウ……冬馬……」
最愛の親友二人が争う光景を、未だ闇に囚われたままの祝伊紗那はただ見ていることしかできなかった。
「
隣で映画を見るように傍観しているカーミラは、冬馬を静かに肯定した。
「やめて……」
二人に戦ってほしくない。これ以上、望まぬ戦いでお互いを傷つけて欲しくない。
他ならぬ自分がその理由になっているなら尚更だ。
なのに体が動かない。もう一度やり直すという絶対的に甘美で安楽な
「どうしたの? あの坊やが創り直す世界はきっとあなたも望むものよ? そもそも気に病む必要もないじゃない。元々彼らはあなたの居た世界の友人たちではないのだから」
「そ、それは……」
試すようなカーミラの視線が伊紗那の胸に突き刺さる。
確かに、伊弉冉の世界の中でなら何度でもやり直しはきく。魂は記録されたデータで、肉体は代替え可能な器でしかないのだから。
(……でも、私――)
「フフ、少し虐め過ぎたかしら。その迷いを大切にしなさい」
カーミラは悪戯っぽい笑みを見せ、張り詰めていた空気を解いた。
「まったくの別人……だからといって偽物ではないのよ」
「……ッ」
そんなの、当たり前だ。
伊紗那はユウトや冬馬に対して、かつての面影を見たことはない。求めることもなかった。そんなことをすれば、彼女の心は喪失感に潰されてしまう。
だからこそ、望む世界を創り上げたその時に過去は全て捨てた。祝伊紗那自身の行動で、一から関係を作り直すために。
(……そう。偽物じゃない)
二人との出会いは必然であっても、積み重ねた時間は絶対に嘘なんかじゃない。
捨てたくない。
(そっか……私、もうやり直したくないんだ……)
本当の望みを見つけてしまった伊紗那の頬に涙が伝った。それは伊弉冉に頼らない道。とても過酷で、とても辛い選択肢だ。
けど…………きっと後悔はしない。
「こうして千年もこんな茶番を見ていると、さすがにわかってくることがあるわ」
茶番と罵る割に、映像を見るカーミラは小さく笑みを零している。彼女にとって、この戦いは兄弟喧嘩のような微笑ましいものにでも見えているのだろうか?
「あなたには……結末がわかっているんですか?」
伊紗那は恐る恐る尋ねた。
「そんなもの知らないわよ。けど、傾向から推測はできる」
「傾向?」
カーミラは伊紗那の方を向き、胸の前で人差し指を立てる。
「同じ魂を持つ者は例えどんなに運命に翻弄されようとも、例えどんなに性質が捻じ曲がろうとも、最後には必ず一つの終着点に辿り着く。魂が抱く理想は不変なの。全てを忘れたあなたが、再び吉野ユウトに恋をしたように」
そう言って、彼女はもう片方の人差し指をそっと重ねた。
「彼らは別人。でも、あなたが愛したのならそれは本物だという何よりの証明。フフ、こういうのを運命の赤い糸というのかしらね。ロマンチックなのは好きよ」
「ッッッ」
カァーっと顔が熱くなった。
(……ずるい)
自分を引き合いに出されれば、理解せざる負えない。これもきっと、彼女の推測通りの反応なのだろう。末恐ろしい。
しかし、その彼女が語る二人の結末はもっと恐ろしいものだった。
「このままいけば、二人とも死ぬわ」
「ッ!?」
瞠若する伊紗那。
カーミラの推測という名の
自分の本当の望みは見つけても、今の伊紗那にはそれを実現できる力はない。結局のところ、待っている結末は一つしかないのだ。
(また……私は……)
愛する人を手にかけた時の感触がありありと蘇った。匂い、吐息の熱さ、体温、血のぬめり具合まで。
また自分のせいで死んでしまう。直接的でなくても、自分が殺すようなものだ。
どうせ死んでもやり直せる。伊弉冉の力があったあの時は、悲しくても心の底には確かな安心感があった。
だが今は違う。もうやり直したくない。一つ一つ、大切に積み重ねたあの日々を、他ならぬ自分が否定したくないから。
「あなたはできる子よ。あの二人が愛するあなたの行動次第で、私の語る未来は覆すことができる」
もしそんなことが本当にできるのなら、何だってしてみせる。
「……私は、どうしたら」
だから答えが欲しい。明確な方向性が。伊紗那は縋るようにカーミラに懇願した。
「簡単よ。あなたの我儘をあの二人に思う存分ぶつけるといいわ。私のためにと、声高に叫べばそれでいい」
「私の……我儘……」
その言葉を反芻し、胸の高鳴りはさらに激しさを増す。
「そう。だからそのためにも、弱いあなたはここに置いてお行きなさい」
次の瞬間、カーミラの瞳が発光し、伊紗那の足元に魔法陣が浮き上がる。
同時に闇を照らす光が伊紗那に見せた。カーミラの足に絡みつく、醜くおぞましい無数の腕を。
魔力という餌を求めた伊弉冉が――いや、違う。
もっとドス黒い悪意が、今にも彼女を貪ろうと牙を研いでいる。
「あなたが気にする必要はないわ。こっちの坊やは、私がケリをつけるべきものだから」
「どうして、あなたはそこまでしてくれるの? あなたはいったい――」
彼女はやはり小さく笑った。我が子に向けるような慈愛に満ちた瞳で。
「そうね。気まぐれ……と片付けてもいいのだけれど、強いて言うなら
「カーミラさん……」
その目は知っている。顔を見ただけで心が揺れる。話しかけられただけで心が乱れる。そんなどうしようもない愛を知る目だ。
彼女も自分と同じなのだ。
「どのみち、私にはもう
「カーミラさんッ!!」
血色の着物を着た吸血姫がどんどん小さくなる。周りが黒一色なせいで、彼女との距離が開いているのだと気付いた時にはもう遅い。
「行きなさい。そして、どうかこの夢を――」
最後に耳をよぎったのは、そんな言葉だった。
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