第91話 ちっぽけで眩しい可能性 -Answer-

・1・


 魔装は砕かれた。


「あ、ぐ……ッ!!!! あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 体中を這いずり回る痛みに、アリサはついに立つことすらできなくなっていた。それだけではない。ポツポツと、体のあちこちから黒い炎が灯り始めている。

 彼女の魔力を薪として、黒炎は滾る。


 魔法の暴走。


 少女の脳裏に、伊弉冉の幻で見たもう一人の自分が浮かんだ。

「ッッ」

 やがて消滅の力は全てを消し去るだろう。少女の存在も、周りさえも巻き込んで。


 不愉快どころではない……最悪だ。


(抑え……こまな、きゃ……まだ、私は――)


 しかし、こうなってしまったら抑える方法はない。足掻いても足掻いても、消えない炎はアリサに贖罪を迫る。




 


 頭がどうにかなってしまいそうな激痛は、次の瞬間さっぱりと消え失せたのだ。




「……え」

 仰向けに倒れて悶えていたアリサの頭上で、夜白の左手が淡い輝きを灯している。その光はまるで音のない掃除機のように黒炎を吸い込んでいた。


「なん……で……」


 憔悴しきって枯れ果てた声で、アリサは尋ねた。


「勘違いしないでくれ。僕はただ、君に僅かながらの可能性を感じただけだよ。だから、勝手に死んでもらっては困る」


 夜白の言葉が終わるころには、アリサを蝕む黒炎は完全に消え去っていた。

「可能、性……?」

「生まれて初めて……死ぬかと思ったよ。死んだら望みは果たされない。でも君は恐れなかった。何故だい? その愛は、僕には無いものだ」

 夜白はギュッと自分の胸を強く握った。その顔がくしゃりと歪む。全てを見通すその赤い瞳は、答えを渇望していた。

「君と僕はよく似ている。なのにここまで違う。その理由が知りたいんだ。君は僕を否定した。僕の愛が間違いだというのなら、君が証明してみせてくれ。本物の、愛を」

「私……が……」


 そうすれば、自分も答えに辿り着けるかもしれない。彼女はそう言った。


 人を超え、無尽蔵を得た夜白には、もはやどれだけの魔力があったとしても、どれだけの叡智があったとしても、満たされることはない。

 最強ゆえに、何かが足りないともがき続ける。


「君がユウトくんと共にあるように、僕も冬馬とそうありたい。ただそう、思ったんだ……」


 だからこそ、心を満たしたいと思うのかもしれない。

 だからこそ、こんなちっぽけな可能性遠見アリサに縋ってしまったのかもしれない。


 胸の痛みが消えない。


 神凪夜白の地獄は、まだ終わっていないのだ。

「あなたは――」




「……お話の途中で申し訳ありませんが、そろそろ本題に入っていただけますか?」




 だが、この世で最も物騒な恋話に花咲そうになったその瞬間を、御影は容赦なくぶった斬る。

「……敵対の意志がないのなら、WEEDSを止めなさい。今すぐ」

「そうだそうだートメロトメロー」

 無駄に遠く離れた場所で、篝も続く。しかし、



「は? どうして僕が君たちの言うことを聞かなければならないんだい?」



 ひどく冷たい態度で、夜白は御影を見下ろした。

「「??」」「いひぃっ!!」

 この流れで全く想像していなかった言葉に、御影とアリサは首を傾げた。

 夜白の双眸に戦意の光が灯る。その圧倒的な威圧感に二人は思わず一筋の汗を零す。遠くでは離れているにも関わらず、篝は生まれたての小鹿のように足をブルブルと震わせて立てなくなっていた。


「僕の理解者はアリサ君だけだ。君たちには関係ない」


「ちょ、ちょっと待ってください!? いつから私はそんな役回りになったんですか!?」

 思わず掴みかかって夜白に言及したが、彼女はコクリと首を傾げるだけだった。


「? 何を怒ってるんだい? 冬馬篭絡のためにも、君はなくてはならない観察対象だ。むしろ他は必要ない。待ってて、すぐに片付けるよ」


(((曇りのない赤い眼で言い切ったーーッ!!)))


「待て待てちょっと待ちなさいッ!! そういう所です! そういう所が宗像さんと溝を作ってるんですよ!!」


 自分のせいとはいえ、ワーロックになってしまった彼女に暴れられたら、今度こそ終わりだ。全員命はない……アリサ以外。

 幸か不幸か、アリサの無謀は夜白を論破してしまった。

 非常に不愉快だが、『神凪夜白の観察対象りかいしゃ』という称号を利用せざる負えない。


「ん? そうなのかい? まぁ、君が言うなら……」


 夜白は仕方なく、挙げた手を下ろす。振り下ろせばその瞬間に何千もの命を刈り取る、天災を。


「……歪み切ってますね。手遅れなのでは?」

「な、なぁ……その白髪、滅茶苦茶怖ぇんだけど……(((;゚;Д;゚;)))アワワワワ」

 呆れる御影に、顔面蒼白で涙目の篝。やはり頭上で顔文字が浮かんでいる。

「いいから……早く、治療……」

「まったく……同感だわ」

 重症のイスカと夜泉は、ただただ一刻も早くこのバカ騒ぎが終わることを願っていた。


・2・


 涙で視界が霞む。

(今は……邪魔だ!)

 飛角は限界まで目を見開き、少しでも視野を確保した。


(こいつ、想像以上に……ッ)


 上空から降り注ぐレヴィルの影の刃を流れるように掻い潜り、飛角と正対したエインヘリアルΩは、暴風の如き高密度の魔力渦巻く強烈なブローを放つ。それに対して彼女も同じ技で外側から攻める。いわゆるクロスカウンターというやつだ。


「うぐッッ!!」


 歯を食いしばって衝撃を殺す。顔面に刺さったΩの拳はまさに破壊そのもので、気を抜けば首がもげそうだった。


「あああああああああああああああああッ!!」


 下手に小細工を考えず、飛角は持てる力の全てを右腕に寄せ集めた。

 それは相手も同じ。結果、磁石のようにお互い反発しあい、向かい合うビルの壁をぶち破った。


「かは……ッ、ぐ……ッッ!!」

「飛角さ――ッ!?」


 その時、レヴィルは自分の前を何かが横切ったのに気付いた。

「……くっ、ちっとは休ませろ……っての」

 飛角が痛みに喘いでいるこの間にも、死兵は止まらない。ダメージの概念がないのだ。動きを止めるには首を落とすか、はたまた足を切り落とすか。物理的に動けなくする他ない。


 Ωの右腕に再び魔力が螺旋を描く。摩擦し、火花や電流が踊った。

(あー、これはまずい)

 確実にさっきよりもさらにもう一段階上。しかし最悪なことに、こっちにはそれに対抗するための時間も体力もない。

 体で受け止めなければならない。だがその後で、果たして自分はまだ立ち上がれるだろうか?



『Dead End ...』



 閉じた口の代わりに腕輪が死の宣告をする。

 破壊の鉄槌が振り下ろされる――――――はずだった。


「ッ!! …………あ?」


 痛くない。

 それどころかΩの拳は、飛角のたわわな胸の弾力に負けて押し返された。


「止まっ……た……?」


 彼女はきょとんとした顔で瞬きをする。

 あれだけ猛威を振るったエインヘリアルが、まるで電池が切れたように動かなくなってしまった。他のWEEDSたちも同様。糸が切れた木偶人形のように次々と倒れていく。


「あいつら……やったのか……」

「飛角さん! ご無事ですか!?」

 一気に脱力した飛角の側にレヴィルが近寄る。その手に砕けたルーンの腕輪を持って。

「あの……探したんですけど、これしか……見つからなくて……」

 それがロシャードの心臓部に取り付けられていたものだということはすぐにわかった。

 彼女はレヴィルから腕輪の破片を受け取ると、小さくこう呟く。


「あの馬鹿……かっこいいとこ見せちゃってさ……惚れちゃうだろ畜生」


 それをそっと、自分の胸に押し当てた。


・3・


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」


 天から長い首を下ろすヨルムンガンドのブレスを真正面から受け、レオン・イェーガーの体は弾丸と化し、ビル三つを貫いた。


「ぐは……ッ、が、あ……ッ」


 腕が焼けるように熱い。肺から酸素が押し出され呼吸も満足にできない。

 で済んでいるのは、彼が魔道の武具・ハンニバルの鎧を纏っているからだ。


『レオン、大丈夫?』


 鎧の中に存在する意思、ハンナが装着者の身を案じる。

「あぁ……お前のおかげで、何とかな。そういうハンナも無理してないか?」

『ううん。私は命を喰らうだけ。レオンが死なない限りは動ける』

(今物騒な言葉が聞こえたような……)


 レオンは周りを見る。すると、いつの間にかWEEDSの姿が見えなくなっていることに気が付いた。

「あれを止めたのか……」


 だが、それで全ての脅威が無風と化したわけではない。


 まだ魔獣がいる。

 敵を失った彼らの行動は二極化されるはずだ。


 動かなくなったWEEDSを喰らうもの。そして――


「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIッッ!!!!」


 新たな獲物を狙うものだ。

「このッ!!」

 休む間もなく、新たに十体前後の下級魔獣がレオンに襲い掛かってきた。

 彼は左手に取りついた盾から剣を取り出した。背中のブースターを噴射してアイススケートのように地面を滑り、敵を殲滅する。


『あんまり動くと、その分喰べちゃう』

「怖い言い方するなよ!! ッッ!?」


 その時、視界が真っ白になった。

 ヨルムンガンドの第二射がレオンの頭上を通過したのだ。熱線は海上都市のプレートに線を入れ、高層ビルを真っ二つに裂く。内側から破裂するように砕けたガラスが、キラキラと花火のように輝いていた。


「くそッ……WEEDSがいなくなってこっちに集中されると、あれを止められない」


 かといって、魔獣を無視することもできない。研ぎ澄まされた野生に背を向ける行為は、死と同じだ。





「ふふん♪ お困りのようだねレオン君。お姉さんが助けてしんぜよう」





「ッ!?」


 その時、天から声が降り注ぎ、瞬く間に光の鎖がヨルムンガンド二体を絡めとった。

「な、何だ!?」


 術者はレオンの背後、ビルの屋上で笑う。


「はぁ~い♡」

「橘!? 何で!?」

 彼女は宗像一心の側に属していると聞いていた。なのに何故、自分を助けるのだろうか?

「よっと」

 屋上から飛び降り、軽い足取りで着地する橘燕儀。彼女は振り返ると同時に、レオンの背後にいた魔獣を一刀両断に斬り伏せた。


 得物は伊弉諾ではない。彼女は足元に落ちていたWEEDSの超振動ブレードを握っていた。


 何が何だかわからないといったレオンの表情を読んで、燕儀は少々モジモジしながら説明し始める。



「まぁ、その……妹との喧嘩に負けちゃって……それでその、嬉し恥ずかしいろいろありまして……奪われちゃった……きゃッ♡」



 頬を赤く染め、年頃の乙女のような仕草。何やらめちゃくちゃ嬉しそうに見えた。内容は全然伝わってこないが。

『変』

「……よくわかんないけど、仲間ってことでいいんだな?」

「その認識でいいよん♪」

 二刀を構え、燕儀は魔獣の群れを次々と斬っていく。背中には見たことのない刻印が発光していた。


「GUUUUUUUUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 突如、空が震えた。


「「!?」」


 見ると天でもがき苦しむ巨魔たちが、大きな口に破壊の光を蓄え始めている。

「まずいッ!!」

「ほいほいお口チャックね」

 燕儀はすぐさま呪術を行使する。するとその口を結うように光鎖が何重にも巻きついた。


「あっちの大きいのは任せたよ。レオン君ならできるでしょ?」


 その言葉に、レオンはドキッとする。

『レオン……』

 確かに、今よりもっと強くなることはできる。


 ジャックを殺したいと感情が狂った、あの時の『』を使えば。


 あれはいわば半魔装。だが同時に理性を持たない獣でもある。

 あの時は青子がいたから何とか止められた。でも次に使えば、戻れないかもしれない。


「なぁ、ハンナ。今の俺で魔装アレはどれだけいける?」

『……15秒。そのあと二日は動けなくなる』


 ハンナはきっぱりと言った。

「ハハ……失敗すれば終わり。しかも決断するには微妙な時間ときたか」

 もっとダメならダメで極端な答えであれば、すっぱり決められるというのに。



!』



 トンッ、と誰かに背中を蹴られた気がした。

「お……っ!!」

 姿は見えなくても、伝わってくる感情はそれが誰なのか何となく教えてくれた。


 一度は救えなかった年上の元部下か。

 それとも失ったと思っていた恋人か。


『大丈夫……レオンなら』

 そっと、何かが自分の右手に重なる。


 どちらも彼が心底守りたいと願った命だ。

 ならば迷うことはない。


「あぁ……」


 そのための力が今この手にあるのだから。


「行くぞ、ハンナ!!」

『うん』


 レオンは剣を地面に突き刺す。そして叫んだ。


「魔装ッ!!」





 直後、世界が胎動した。





 白銀の竜巻がヨルムンガンド一体の喉元をを喰い破る。そしてその中から殻を割るようにして巨大すぎる龍翼が飛び出し、天を覆った。

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