第90-2話 科学が産み落としたエゴイズム -No-Name in love-

・1・


「う……ッ!」

「ぐあッ!」


 エインヘリアル二体の完成されつくした連携を前に、飛角とロシャードの体が宙に投げ出された。


「んにゃろう……」

 個の強さではロシャードとほぼ同等。飛角には及ばないといったところだろう。だが、まったく隙のないコンビネーションがかなり厄介だった。その強さは足し算ではなく、掛け算……いや、それ以上かもしれない。

「うむ……何とかあの二体を引き離さなければな」

 どちらか一体でも倒すことができれば、状況は一気に好転するのはわかっている。だがそれができないのがもどかしい。


「飛角さん! ロシャードさん!」


 血みどろの戦場に似合わぬ可愛らしい声が背後から聞こえてきた。

「レヴィル……」

 どうやらこっちの状況を見て加勢に来てくれたようだ。

 彼女の周囲には黒い霧のようなものが渦巻いている。黒霧はレヴィルの意志とは関係なく、襲い掛かるWEEDSたちを次々と薙ぎ払っていった。


「いい加減気分が悪いぜ、ったく……死体風情がごろごろと」


(いやいや……殺人犯のお前が言うなよ)

 レヴィルのかげ・ジャックに心の中で飛角はツッコミを入れるも、正直彼女たちの加勢は僥倖だった。


「相方さんは?」

「飛角さんたちがあの変り種Ex-WEEDSを押さえてくれたおかげでほとんど数を減らせたので、レオンさんはヨルムンガンドの方へ向かいました。

 両手をギュッと胸元で握り、レヴィルは気合を入れる。


(味方? ちょっと納得いかないような気もするけど……ま、かわいいからいっか……いやぁ、お姉さん癒されちゃうなぁ)


 気分がほんのりしたのも束の間、Ex-WEEDSの足音で飛角は現実に戻された。

「悪いけど、あと三十秒だけ……時間作ってくれる」

 思いのほか、さっきの一撃はかなり深かった。傷を治すのに時間が必要だった。



「三十秒。



「え……」

 自身に満ちた少女の言葉に、飛角は思わず度肝を抜かれた。


「見せつけてやろうぜレヴィル。俺たちは――」

「二人で一人の――」




「「ワイズマンだ!!」」




 次の瞬間、レヴィルの周囲をただ自由に漂っていた影が――


・2・


 壮絶な黒風を撒き散らし、漆黒は駆ける。

 ただ一直線に。


 敵を察知したエインヘリアルたちが、それぞれ利き手に持った遠近両用武装に魔力を込め、魔弾を放って迎撃した。


「このまま真っ直ぐ」

「甘ぇ、体を捻れ!」

「右腕は二時の方向に」

「左は俺がやる!!」


 鷹のかぎ爪を思わせる巨大な左足がエインヘリアルβの体を鷲掴みにした。

 さらに流れるように、あらかじめ照準を合わせていた右腕の影のハサミが、猛獣の咢のように開いてαの右肩に喰らいついて暴れる。

「「今ァァァッ!!」」

 そして強引に二体を衝突させ、αの右腕を喰い千切った。その衝撃でエインヘリアルたちは、そのまま力を失ったように地面へと落ちていく。



 レヴィルの体に鎧のように纏わるジャックの影。

 それは『繋ぐ影レヴィル』と『断ち切る影ジャック』の共生の象徴だ。



「ハハハッ! 最ッ高じゃねぇか! 力が際限なく引き出せてる感じだ!」

 ジャックは笑う。

 落下中に体勢を立て直したβの攻撃を弾き、さらに煙幕のように影を噴射して自らの姿を隠した。



 



 ジャックが表に出ているときにしか操作できなかった影結いスタブ・シャドウ。それを今はレヴィルの意志でも動かせる。同時に彼女自身の影結びホールディング・シャドウは、ジャックと繋がることで思考を共有。魔法のタイムラグをほぼゼロにまで縮めていた。

 それだけではない。影は敵とも繋がっている。その動きを完全把握することが可能だ。


 バラバラだった心。それを二人で補うように作り上げた兄妹の奥の手だ。


 だが弱点もある。

 

「うぅ……まだ……ッ」

 まだ発展途上のレヴィルの体に、激しすぎる動きは負担が大きい。彼女は全身が軋むような痛みに耐えなければならなかった。

「オラァ! もう一発行くぞ。耐えてみせろ!」

「……ッ、はい!」

 もうひと踏ん張り。レヴィルは左腕を大太刀のように変化させ、死角からの切り上げでαの体を真っ二つに切り裂いた。

(これで一体……)

 残ったβは一切動揺を見せず、レヴィルたちと激突して激しい火花を散らした。


「ハッ、あのオンナ夜白の自信作にしては随分弱っちいな。あぁ?」


 必殺同士の攻防の中、ジャックは敵を挑発する。しかし自我を持たない彼らにはそもそも無意味だ。


「私たちは足掻いて、強くなる!」

「頭で物を考えねぇお前らが、俺たちに勝てるわけねぇだろ!!」


 それこそが決定的な差だった。

 確かにWEEDSもワイズマンズ・レポートを継承している。だが彼らには今より一歩先へ進む、進化を掴み取る心がない。ただ機械のように、許容された範囲の中で動くだけ。


 レヴィルとジャックはβの左足を切断し、体勢崩したその体に指先の影刃を集約させた強力な一撃を放つ。


「これで終わりだぁ!!」















『...... Dead Break!!』
















「「ッッ!?」」

 レヴィルとジャックは驚愕する。


 トドメの一撃で突き出した特大の影の刃が……


「何……うおっ!!」

 規格外の怪力がレヴィルたちの体を持ち上げ、容赦なく地面に叩きつけた。


「……」


 物言わぬ死兵は彼女たちを見下ろす。光を失いきったその瞳に、何かが蠢いているように感じた。

(な、に? ……この感じ)

 確かに、機械は自らの意志で進化しようとはしない。あくまで決められた役目を果たすだけの道具だ。



 しかしもしも。



 その進化すら、役目の内に含まれていたとしたら?




『Reboot ...... Einherjar-Ω』




 学習しんかする。より強く、より最適化された存在へ。

 αとβ。二つの力を一つにすることで。


 その結果がΩ。法則の外を歩む者Ex-WEEDS


 皮肉にも、エインヘリアルはレヴィルたちと同じ答えに行き着いていた。

「ッ!!」

 小さな体など容易にバラバラにする剛腕が、レヴィルに容赦なく降り注ぐ。


(避けられないッ)


 ここからは完全な未知の領域。

 影さえ飲み込む深淵が、大口を開けて迫る。




 その時――




「……え」

 レヴィルは唖然とする。ただ目の前の出来事を理解できなかった。

「う……ぐ……!」


 レヴィルを庇ったロシャードの胸部には敵の腕が深々と貫通していた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 彼はそのまま敵を押し込んで、レヴィルから強引に引き離す。


「ロシャード!!」


 飛角が叫ぶ。

 三十秒経過。彼女は龍の翼を広げて音速を超えた。


「構うな! やれ!!」


 意思なき機械はただ殺戮を最適化した。

 意思ある機械はたった一つの小さな命を救った。


「……これが、私の意味だ」


 そこに明確な性能差はない。あるのはただ、満足感の有無だけだ。


「やめ――」


 直後、ロシャードの体が内側から爆炎を撒き散らした。


「……」


 血のように赤い炎の中で、エインヘリアルは何の感慨に浸ることもなく、任務を続行する。

 その顔面を、怒りに燃えた五本指が捉えた。


「あああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 瞼に涙を浮かべ、しかし飛角は止まらない。


・3・


 強大な力の交差。

 それは瞬く間に千を超える。


 空中で踊る漆黒の鎧。アリサが右手を上げると、精巧なアンティークを思わせる武装の数々が闇の中から召還された。

 一つ一つがパンドラが持つ絶望の形。それが彼女の号令で一斉に、夜白に向かって射出される。


 対して夜白は何もしない。ただその場に立っているだけだ。


「なっ!?」


 にもかかわらず、武器の方が勝手に彼女を避けていった。


「もうお終いかい?」

 変わらない薄っぺらな笑みが、少女の心から余裕を奪っていく。


(さっきと同じ……あれが話に聞いた未来の可能性を破壊する魔法ですね)


 夜泉の未来視を元に構築された人工の魔法。

 夜白は解析不可能なパンドラ自体に干渉するのではなく、攻撃が直撃する未来そのものを否定しているのだ。

 だからアリサの攻撃は、のだ。


「ていッ!」

「おっと」


 がら空きの側面からイスカが強襲。途中で地面に突き刺さったパンドラの武装を適当に二本拾った彼女は、鮮やかな連撃で夜白と肉薄した。

「……忘れてたよ。君も僕と同じで魔法への耐性が強いんだったね」

「よく、わかんないッ!」

 イスカは剣を軸に宙で下半身を捻り、勢いをつけた回し蹴りで夜白の体を吹き飛ばした。


「……ブイ」


 振り向いて小さく胸元でVサインするイスカ。相変わらず見た目からは考えられない身体能力だ。頼もしい。




 だが次の瞬間、その白髪の少女の体から血が噴き出した。




「……え」

 ベタッと、鮮血がアリサの頬に張り付く。

 イスカは何もわからぬまま、その場に力なく倒れてしまった。


「僕らみたいな人間を超えた化け物が、何の安全装置もなく野放しにされるわけないでしょ」


 白い化け物は囁く。その手には何かのスイッチが握られていた。

「どうだい? 体内のナノマシンが暴れる感触は。ま、人一倍丈夫な君だ。すぐには死なないだろうけど、これで一人邪魔者が片付いた」

「……う……」

 血だまりの中心で虫の息になっているイスカ。まだわずかに意識があるようだ。


「君に冬馬は渡さない。僕以外の特別は、必要ない」


 彼女の血を踏みつけ、夜白は通り過ぎていく。


「……ッ……神凪……夜白ォォォォォォ!!」


 銃口が火を噴いた。


 二丁のハンドガンからボウガン、ガトリング、バスターライフルと、次々と銃火器を取り換え、トドメとばかりに背中から生えたミサイルを撃ち出す。さらにダメ押しで展開した小型のリフレクターピットは天に幾何学模様を描き、予測不可能な反射レーザーの雨が隙間なく降り注いだ。


 手加減も、躊躇もない。アリサは持てる力の全てを夜白に叩き込む。


「はぁ……はぁ……どう、です……」



「どうやら時間切れのようだ。残念だったね」



「ッ!!」

 その言葉の真意はすぐに理解できた。

 アリサが放った弾丸の洪水は全て、夜白の目の前でピタリと静止していたのだ。




 それはたった一つのシンプルな事実を物語っている。




「……まさ、か」

「そろそろ君のそれパンドラが何なのか……僕にもわかってきたよ」


 赤い瞳が


 限界を超え、ワイズマンの力に侵された夜白から流れ出る白く邪悪な渦。想像を絶するその威圧感にアリサの体は震えた。


「礼を言うよ。君のおかげで僕も宗像一心と同じ領域に立てた」


 彼女は何もない空間から巨大なハープのようなオブジェ構築し、ネビロスリングのカギを差し込んだ。

 するとハープの弦は音を奏でて複雑に絡み合い、巨大な『弩』へと姿を変える。


「これで僕の想いは満たされる」




『Overflow ...... Liberation!!』




「遠見アリサ……失せろ」


 弦にかかった弓が――引かれた。

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