第90-1話 科学が産み落としたエゴイズム -No-Name in love-

・1・


 魔装パンドラの砲撃で、秘密の部屋の入口が爆炎によって引き裂かれた。


「ほんっと脳き――」

「それ以上は言ってはダメ。冗談の通じない子よ? だって……(ボソボソ」

 篝の口を塞ぎ、耳元で何やら囁く夜泉。すると篝の顔がみるみる青ざめていった。


「ん? 何か言いましたか? 爆音でよく聞き取れませんでした」

 魔力消費の多い魔装を解除してアリサは振り向いたが、篝はブンブン頭を横に振り、何も言っていないと主張した。

「ブルブルブル……アリサ怖ぇ……マジ怖ぇ……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」

 魔法がプチ暴発しているのか、彼女の周囲に顔文字が浮かんでいる。

「?」

「何でもないわ」

 夜泉は震える篝の頭を撫で、笑顔でアリサに応えた。



 ピッピッピピピピッ……。



 秘密の部屋の中央にそびえ立つ、禍々しい妖気を放つ機械仕掛けの柱。

 その根元で、白髪の研究者は一心不乱にキーボードをタップしていた。まるでピアノでも弾いているように、優雅で無駄がない。


「神凪夜白……」


 御影が彼女の名を口にする。

「やぁ、随分大胆に入ってきたね。壁は相当強固な設計だったはずだけど……」

 夜白は振り向きもせずに言った。そんな彼女に向けて、アリサは銃を構える。


「……ッ、危ないッ!!」


 直後、危険をいち早く察した夜泉がアリサを突き倒した。

 狙撃。天井の一部が開き、釣り下げられたタレットが赤い眼レーザーポインターを光らせ、侵入者に狙いを定めていた。

「……う……ッ」

「夜泉さん!! このッ!!」

 アリサはすぐにパンドラで迎撃する。消滅の弾丸はたった三発でタレットの体積を10分の1まで削った。


「……だい、じょうぶ……掠っただけよ」

「……ッ」

 嘘だ。とてもそうは思えない。確かに急所こそ外れているが、脇腹を貫通して傷口から止めどなく血が溢れていた。すぐに処置しなければ失血死は免れない。何より今の彼女は不死身でも何でもないのだから。

「……ここは私に任せて」

 御影がすぐに背負ってきた医療用バックを開く。

「悪い……わね」

「……本当です。誰かさんの理想くせがうつっていますよ?」

「あら……同じベッドで夜を過ごしたから、かしらね?」

 ギュッと正確無比な処置の手が強張る。

「痛い……冗談よ……」

「……反省してください」

 止血処置をする手は止めることなく、御影はムスッとして言った。


「お願いします」

「ん」

 夜泉を任せ、アリサとイスカは再び夜白に向かった。


「残念だけど今は君たちに構っている余裕はないんだ。ほっといてくれるかな?」


 ここに来てまだ、夜白は振り返ろうとはしないかった。

「見ればわかるだろう? こうして伊弉冉が目の前にあるんだ。今はその解析で忙しい」

 珍しく少しだけ苛ついたような口調。いつもの薄っぺらい笑みは剥がれ落ち、邪魔をすれば殺すと背中が威嚇していた。時間を惜しむような雰囲気を見るに、宗像一心の命令で動いているのではないのかもしれない。


「夢を現実に誘う力……人が追い求め続けた際限なく願いを叶える力だ。それが手の届く場所にある。絶対に解明してみせる。僕は……冬馬と二人だけの世界を創るんだ」


 他には何もいらない。もはや理論などどうでもいい。科学者としての自分を捨ててでも、彼女には彼女の願いがあった。

 狂おしくて、恋い焦がれて、叶えたくて仕方のない願いが。

 それほどまでに夜白は、伊弉冉の力に魅入られていた。


「今すぐWEEDSを止めてください」

「また、トーマに酷い事をする気?」


 その一言にまるで白磁のような細い指がピタリと止まる。そしてついに彼女は振り返った。


「僕が……冬馬に……?」


 ギッ、と腕輪の力で発光した赤眼が見開かれ、イスカを睨みつけた。巨大な蛇に睨みつけられたかのような威圧感に、二人の体が一瞬強張る。


「心外だな。僕の命は全て冬馬のもの。僕の行動いしの全ては冬馬のためだ。そんな僕が創り出す未来せかいが、彼を悲しませる訳がない」


 そう言い切った夜白の瞳には一切迷いがない。あまりに素直で、逆に恐ろしささえ感じるほどに。


「違う……お前はトーマの言葉を聞いてない。トーマの意志を考えてない。ただ盲目的に最適解を弾き出す機械と同じ」

 イスカは同じ遺伝子から生まれた別の可能性夜白を真っ向から否定した。

「……ッ、まったく……君たちの愚かさにはほとほと呆れるよ」


『Ready ......』


 夜白はネビロスリングを起動させる。まだワイズマンの力を宿した鍵を装填してすらいないのに、アリサは全身の毛が逆立つ感覚に襲われた。


「今こうして、世界が滅びの道を歩むのも頷ける」


(……来るッ!)

 腕輪の制作者にして、ワイズマンズ・レポートの最高傑作マスターピース

 世界を歪めた元凶の一人が、その殺意を開放した。



『Perfect Thrones ...... Open』



 ネビロスリングが発光し、夜白の体がワイズマンの力に飲み込まれていく。

 運命の輪たる無数の車輪が金切り音を鳴らしてひしめき合い、機械仕掛けの天翼を組み上げていった。


・2・


「……ん」

 イスカが目でアリサに合図を送り、驚異的な脚力で地を蹴り夜白に斬りかかる。


 しかし、その刃は彼女に届く前に量子レベルまで分解されてしまった。


「ッ!!」

「驚くことじゃない。それは僕が作った武装だよ?」


 やはり通常の攻撃は効かない。



 バンバンバンッ!!



 遮るように響く重たい発砲音。僅かに夜白の体が揺れた。


「どうやらパンドラこっちは……完全には打ち消せないようですね」


 アリサは不敵に笑う。


 Perfect Thrones全てを見通す王座


 その力を自在に操る夜白は、あらゆる事象に対して完全無効化能力を持つ。

 ほぼ全ての物理攻撃、魔法、魔術――彼女の叡智の内にあるもの全てがその対象となる。


 だが唯一、その叡智の外にある魔道具。

 彼女に対抗できる武器をアリサは持っていた。


「あぁ……」


 しかし、科学と魔法。両方を修めた叡智の化け物ワイズマンが、同じ失敗など冒すはずもなかった。


「まぁ確かに、僕にとっての脅威は予想を遥かに超えるユウト君の進化と、君や御巫刹那がもつ妙な武器だけだった」

「……なッ!?」

 消滅の弾丸は確かに頭部に直撃したはずなのに――


「でもそんなもの、ちょっと頭を使えばどうとでもなる」


 人差し指が差す降霊武装の兜には、傷の一つもついていない。


「無傷……」

「いえ……違います」

 アリサは空港ターミナルでも夜白と一戦交えている。その時感じた違和感が今一度蘇った。


(そもそも……当たっていない?)


 


 続いて反撃とばかりに、今度は黒い柱がそこかしこから飛び出る。

「ッ! これは!!」


 見間違えようがない。ジャック・ザ・リッパーが扱う切断に特化しただ。


「伏せてください!」

 アリサはパンドラをより連射性能の高い銃へと変形させ、右から左へ、影の柱に無数の穴を穿っていく。

 そして照準が夜白を捉えたところで、さらに強力な一撃が撃てる武装へと切り替えた。

「無駄だよ」


 その言葉通り、夜白は本来触れることすら許されないアリサの消滅の黒炎を片腕一本で


「あなたは、いったいどれだけの……」

 間違いない。さっきのは夜泉の『災厄封じトラジティ・ディスターブ』、ジャックの『影結いスタブ・シャドウ』、そして飛角の持つ魔力そのものを破壊する力だ。


「無論、僕が知りえる全てさ」


 夜白は当然のように答えた。

 彼女の魔法は、膨大なデータに基づくいわば『相殺』を軸としている。しかし、それは同時に他の魔法の『再現』が可能だということ。


「僕はワーロックではないけれど、それに限りなく近づけるために数多の実験をくぐり抜けた最後の個体だ」


 今度は機械の両翼から


 虚空からは


 


 極めつけはによって生み出された、見覚えのある武装の数々。

 まるでユウトを相手にしている気分になる。


「……戦いは、好まないんじゃなかったんですか?」


 冗談もいい所だ。明らかに常軌を逸している。


「もちろん嘘じゃないさ。だって、そもそも成立しないからね」


 そう言って、科学が産み落としてしまった白い悪魔は微笑んだ。

 完全に舐められている。だからこそ、


「不愉快です」


 アリサの中に退くという選択肢はなかった。

 何より悔しいが、以前夜白が言ったように、自分と彼女はやはり似ているかもしれないと思えてしまった。

 どこまでも想い人に一途で、そして自分を捨ててでもその人のために生きたいと思えるその一点では。


 けど、二人の歩む道は今はもう決定的に違う。

 盲目的に真っ直ぐ歩き続けたアリサを、たくさんの仲間が軌道修正してくれたから。


 だから。


 それを証明するためにも――


「魔装!!」


 この狂愛エゴとは、ここで決着をつける。

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