第89話 永遠に終わることのない悪夢 -Never Ending Nightmare-

・1・


「ッッ!!」


 飛角の拳がWEEDSの頭を捉え、容赦なく硬いヘルメットを砕く。意思なき人形はその体を回転させ、抵抗さえ許されず壁に叩きつけられた。


「御影たちは無事に侵入できたみたいだね」


 龍化によって生えた背中の翼を器用に折り畳み、彼女は二本の角で空気中に伝播する微細な音を感じて、離れた仲間の安否を確認した。

 しかし次の瞬間、思わずびっくりするほどの爆音が連続して鳴り響いた。


「ハッハッハッハッハッ! 実に爽快である!」


 宙を舞う飛行種を次々と撃ち落とすいくつもの閃光。

 ロシャードは背面に装着したエナジーウィングを輝かせ、両肩と左右の腰にそれぞれ二門ずつ取り付けられた荷電粒子砲を放ったのだ。

 正確無比の射撃は魔獣の肉を溶かして貫通し、さらにその先の敵まで射抜く。


 鳶谷赤理がロシャードに施した改造。それは彼にネビロスリングの機能を取り付けたことだった。

 元々彼女は神凪夜白に協力して、リングの設計の半分を担っていた。魔法という不可思議な力の知識はなくても、魔法の産物たるロシャードに拡張機能として取り付けるのは可能だったようだ。

 戦闘システムを起動すれば、彼の中に貯蔵された魔力を物質へと変換し、鎧を形成する。あの追加武装は降霊武装アームド・ネビロスだ。

 加えてロシャードの能力は状態の安定化。一度撃てば高熱を発し、一定時間冷却が必要な強力な武装も気にすることなく連射可能。暴発することはない。

 今の彼はまさに、高軌道・高出力、そして無制限を体現する者だ。


 だが、


「ロシャード!! うッさいッ!!」

 飛角は宙を浮かぶ機械の相棒を怒鳴りつけた。ただでさえうるさいのに、神経を研ぎ澄ませ敏感になった状態の角が爆音にさらされれば尚更だ。

「む……すまない。ついはしゃぎすぎてしまった」

(……たっく、男はこれだから……って、そういえばあいつ、性別とかあるんだっけ?)

 どうでもいいことはすぐに頭から追い出し、彼女はゆっくりと角から意識を手放し、元の状態へと戻した。

 肝心の天から首を下ろす二頭のヨルムンガンドは未だ健在。レヴィルとレオンも頑張ってくれているが、魔獣の数が多くてなかなか手が出せないのだ。それにおそらくだが、何らかの力で強化されているというのもある。

「まぁ、おかげでだいぶ数が減ったね」

 だが問題は魔獣だけではない。


「せめてWEEDSこいつらだけは大人しくさせないと……隙を見せたら私らでもヤバいよ」


 WEEDSの動きは相手を殺すために最適化され尽くしたもの。パワーでは魔獣に劣るが、その代わり一切の無駄がない。

 加えて、必ず三人一組で行動しようとするのがまた厄介なところだ。馬鹿正直に真正面から突っ込めば、死の確率はグンと上がる。


「……飛角ッ!」

「ん?」


 空から敵を発見したロシャードの声と同時に、飛角自身もその気配に気が付く。

 気配の正体。ビルの陰から現れたのは二体のWEEDSだった。


「あいつら……なんか、違う」


 ここまでの戦いで、WEEDSにも一人一人個体差があることはわかってきた。

 大きく分ければ、巨躯のパワータイプと細身のマルチタイプ。そして十歳前後の小柄なスピードタイプの三種類。武装も考慮するとその区分はさらに細かくなる。


 だがあの二体はどれにも該当しない。ヘルメットも被っていなかった。


 しかも武器もなければ、三人一組スリーマンセルですらない。

 左のWEEDSが、自身の機械の左腕を掲げた。右はその逆を。


(……ッ!? ネビロスリング!)


 互いに鋼鉄の腕を突き合わせ、埋め込まれたネビロスリングに鍵が差し込まれる。



『Ready ...... Einherjar-α Open』

『Ready ...... Einherjar-β Open』



 腕輪から溢れ出た光の粒子が彼らを包み、降霊武装を構築する。

 その姿はそれぞれ左右非対称。体の右半分だけが赤い鎧のα。そして左半分だけが青緑のβ。

 鏡合わせのような不気味な戦士。どう考えても普通のWEEDSではない。

「一筋縄では、いかないだろうな……」

「まぁ、腕輪はあっちの専売特許だからね」

 二体のプレートアーマーに刻まれた文字にはこうあった。



 Ex-WEEDS特化型Einherjarエインヘリアル



 どうやらまだまだ休みは遠いようだ。


・2・


『見つけた。43階』


 無人となった受付の端末から、自身を電子化してタワーのシステムに潜り込んだ篝が、目的のシステムを見つけ出すのにそう時間はかからなかった。


「……上出来です」

『C区画とD区画の間に不自然に電力が集まってるからな。ただ、入り口がない』

 確かにマップ上では何もない。いわゆる秘密の部屋というやつだ。


「とりあえずその階まで登りましょう。エレベーターは動かせますか?」

『篝ちゃんに不可能はなーい!』

 篝は胸を張ってそう宣言すると、エレベーターの起動準備に取り掛かった。

「何か策があるのかしら?」

 夜泉がアリサに問う。彼女の提案はもっともだが、具体策が欲しい所だ。なんせ肝心の秘密の部屋に入れなければ、ここに来たことすらまったくの無意味となってしまうのだから。



(((脳筋……)))


 自信満々に言った彼女を、皆が呆れた目で見ていた。

「ん……でもそれが一番早い。正攻法で扉を開く時間が惜しい」

 イスカが頷くと、皆もその策で行くことに同意した。

『エレベーター動いたぞ~。コントロールは完全にこっちが掌握したから、途中で止められる心配はない。私の天才さにひれ伏せ! イヒヒ』

 どこぞのスピーカーから聞こえてくる篝の声と同時に、正面のエレベーターの扉が開いた。


「行きましょう」


 目指すは43階。

 そこに何が待ち受けていようと、もう止まることは許されない。


・3・


「なぁ、何もわざわざ担いでくれなくても……」

「動かないで。いいから黙って運ばれなさい。魔力は温存しとくに越したことはないでしょ」


 再び魔装を展開し、モノリスの外壁を沿うように飛翔する刹那。彼女はユウトに後ろから抱き着くように腕を回し、彼を運びながら頂上を目指していた。


「別に俺は――」

「それ以上言ったら斬るわよ?」

「……」


 ワーロックであるユウトは、その身に無限に等しい魔力を保持している。本来ならわざわざ刹那に運んでもらう必要はないのだ。

 しかし、彼女の妙な威圧感に押され、ユウトは仕方なく身を任せることにした。


あの魔法理想無縫……本当は?」

「……ッ」


 耳元で囁く刹那の言葉に、ユウトは思わず固まった。

「やっぱり……」

 どうやら表情を見られなくても、彼女には全部お見通しのようだ。


「今まであんたはずっと、他人の魔力メモリーを使って戦ってきた。そして、それを


 一度使えば、メモリーは消滅する。そういうものだとずっと思っていた。

 でも今ならわかる。あれは無意識に働く防衛本能だ。


 そもそもの話、他人の理想こころを自分の中で飼うことなんてできないのだ。人はみんな違う。得手不得手も、好き嫌いも、善悪の価値すら。

 どんなに憧れ、どんなに模倣しようとも、別の誰かになることなど永遠にできはしない。必ずどこかで無理が生じてしまう。


 人が心に抱く理想とは美しく、輝いて見える反面、他人にとっては異物であり、毒でしかない。


 理想写しはいわばその毒を喰らい、力と変える魔法。

 ユウト自身の防衛本能はそれを良しとせず、常に外に吐き出すことで均衡を保ってきたのだ。


「いつから?」

「たぶん……今の世界になってから、かな」

 ユウトは正直に答えた。

 彼がワーロックになってから、メモリーは消えなくなった。これは推測だが、ユウト自身の存在が強くなりすぎて、防衛本能が危険と認識しなくなってしまったのだろう。


「最初は何ともなかったんだ。けどだんだん……メモリーを使う度に、何か、頭が圧迫されるみたいな……たまに自分が何なのかわからなくなる、気がする」


 人の記憶を垣間見ることは、今までにもたまにあった。

 初めて使うメモリーでも、まるで熟知しているように完璧に扱うことができたのもそのためだ。

 だが、ワーロックになってからは少し違う。


 知りもしない場所が、顔が、声が。記憶が頭の中を無遠慮に踏み荒らす。


 離れてくれないのだ。どんどん蓄積して、心がパンクしそうになる。

 『吉野ユウト』という存在を確実に薄れさせていくほどに。


 感情が麻痺するようなこの感覚は、きっと伊紗那も感じていたはずだ。


「蒼い眼のアンタが使う理想無縫イデア・トゥルースは、全ての理想メモリーを束ね『大いなる一』とする魔法。言ってしまえば人の理想ねがいの集合体。それを『神の意思』と取ることだってできるわ」


「……」


「あんたが感じてる違和感は……?」


「……やっぱ、刹那には敵わないな」

 隠し事は一つ残らず、言い当てられてしまった。

「言ったでしょ? あんたのことは、私が一番わかってるって」


 後ろから抱き着くようにしている刹那の腕の力が、ギュッと一層強くなった。


「だから……わかってる。止めても無駄だってことも……」


「……」


 ユウトは何も言わない。言えなかった。

 宗像一心を倒すためには、この力は絶対に必要だから。

 使わないという選択肢は、始めから存在しない。


 たとえ、あと何回使えるかわからなくても。

 たとえ、如何なる代償を払うことになっても。


「けどもしもの時は、私があんたを止める。宗像一心も私が倒す」


 震える声を押し殺して、彼女はあくまで毅然としていた。


「忘れないで。私はずっと……あんたと一緒だから。絶対に」


 吉野ユウトのけんぞくとしてだけではない。

 彼を支える者として、だ。


「あぁ、刹那なら俺も安心だ」


 そんな誰よりも強く気高い彼女を、ユウトは心底美しいと思った。


・4・


「やはり来たか」


 モノリスの屋上。

 暗雲立ち込める空の下、幾千の魂の光が螺旋を描くその場所で、男は待ち続けていた。


「辿り着いたぞ……宗像一心ッ!!」


 黒白の双銃剣を構えたユウトが叫ぶ。刹那も建御雷と迦具土を召還して、いつでも動ける状態だ。


「見たまえ。これが何千年と溜め続けた人間の膿だ。全く……ほとほと呆れる」

 一心は両手を広げて肩を竦めてみせる。まだ伊弉冉の衣を展開していない。


「燃えろッ!」


 話をする気のない刹那が、開口一番に迦具土で斬撃を放った。

 極光が踊り波打つ。全てを等しく滅却する神炎が牙をむいた。



 だが、刹那をあれだけ苦しめた迦具土の一撃は、一心の前で呆気なく塵へと消えてしまった。


「!?」

「ふん。その程度の攻撃が効くと思ったか?」

 伊弉冉を持っていないのに、その力は健在だった。

「……ッ、この建物か!」

「さすがだ。君の想像通り、この秩序の塔は理想郷ユートピアの中核であり、伊弉冉の鞘そのもの。今や拡張されたその力は、伊弉諾を遥かに上回る」

 刀という形さえ捨て、伊弉冉は一心にさらなる夢幻むげんの力を与えていた。

 彼の横には息子である冬馬がいる。そして後ろには、クジャクのような極彩色の翼を持つ、どす黒い瘴気に満ちたライオンを想わせるなにかが鎮座していた。


「「ッッ」」


 二人とも、見ただけで理解する。

 それは人の負の想念の集合体。


 原罪の獣ネフィリム・オリジン


 ワイアーム――ガイの時と同じ。見た目の凶悪さに反して、不思議と生き物という感じがしない。どちらかというと、存在するだけで破滅を撒き散らす竜巻や津波といった災厄に近い。

「まもなく全ての命は一つとなり、人類は更なる高みネクストステージへと到達する。あらゆる理想えそらごとが可能となる世界だ。全てが満たされ、憎しみも争いもない平和な世界を何故君たちは否定する?」

「お前に管理された世界だろ」


 絶対に認めない。

 どんなに大層な理由を並べても、今この瞬間も多くの命が彼に弄ばれている。

 ワーロックを生み出す。ただそれだけのために。


「お前の通った跡に、人間はいない。そんなもの……進化じゃない!」


 だから少年は声を大にして否定した。

 たとえそれが人間という種として観れば愚かな選択だとしても、綺麗事で身を固めて、自分の力のなさに打ちひしがれて、それでもかっこ悪く足掻いて理想の場所に辿り着こうと、前に進む人間をたくさん見てきたから。



 この『理想』は――間違いではないと言い切れる。



「……ユウト」

 彼の言葉に、拳を握った冬馬の指から血がにじんだ。

「理解を求めているわけではない。歴史上、偉大な功績を残した者は常に孤独だった。孤独という炎で、鋼の意志を鍛え続けた」

「あんたは前の戦いでユウトに負けてる。今は私もいる。結果は火を見るよりも明らかよ?」

 刹那の剣気がさらに一層強くなった。完全な伊弉諾の力は、ユウトにもまだ底が見えていない。今も尚、天井知らずに高まり続けている。


 だが、それでも一心は余裕の笑みを崩さない。


「ククク……どうやら私の言葉を理解していないようだ。一見間違っているように見える経営指針であっても、それが先を見据えたものであるならば成功は必然。結果はとうに見えている。私という『』が全てを統べる未来が」


「何?」

 一心の不穏な言葉に、ユウトと刹那は反射的に身構えた。

「冬馬、下がっていろ。お前の出番はまだだ」

 息子を下げさせ、彼が両手を広げると、未だなお世界から負のエネルギーを吸い続けているネフィリム・オリジンの体が泥のように崩れ始めた。

「何をする気だ!?」


「君が人の理想ねがいを武器とするなら、私は人の憎悪を力としよう」


 黒き泥は意思を持ったように不気味に蠢き、一心の足元からその体に入り込んでいく。

「人間の怨嗟に終わりはない。無限に湧き出る人の業……それを君たちに止める術はない」

 侵蝕されていく彼の前に、複雑な幾何学模様が描かれた魔法陣が出現する。


「解錠」


 それに触れ、一心は迷うことなく地獄の門の鍵を回した。






『Dystopia ...... Ope......kaj?daswhfw――』





 音が――壊れた。



 直後、世界は常闇へと染まる。

 頭上を覆う魂の光さえ消え失せ、全て、彼の中へと閉じ込められた。



「伊弉冉と人類悪ネフィリム・オリジン。両方の力を得たこの私こそが――」



 彼の体が変容していく。

 全身の筋肉が隆起し、血のように真っ赤な双眸が爬虫類のそれのように蠢く。

 そして、名も無き獣が有していた極彩色の翼が大きく広げられ、瘴炎の鬣が逆巻いた。



「人類にとっての絶対悪である。故に私は人類を『救う』権利を得た!」



 宗像一心という男はもはや存在しない。

 そこにいるのは禍々しい魔力に満ち溢れた、獅子のような容姿をした大男だけだ。



「始めよう。『夢幻』と『無限』が織り成す、永遠に終わることのない悪夢を!」

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