行間7-6
合図を確認。
モノリス・タワーを覆う靄が晴れた。
御巫刹那が完全に力を取り戻した伊弉諾を使って、天獄の結界を斬り裂いたのだ。
「やりましたね」
「……Yes。ヤッたわね」
「どうか、しましたか?」
作戦が成功したというのに御影は物凄く不機嫌なオーラを醸し出していたので、アリサは思わず引いてしまった。彼女は片耳に付けたイヤホンで何かを聞いている。おそらく、通話用にユウトと刹那に渡した小型無線機だろう。
「……いい。どうせ後でわかること」
「?」
御影の言葉の意味がわからず、アリサは首を傾げた。
「んじゃお嬢さん方、予定通りモノリスに突っ込めばいいんだな?」
運転席で尋ねたのはタカオだ。
御影、アリサ、夜泉、篝、イスカ。そしてタカオとミズキ。後衛組は一切敵と接触することなく、六条リッカとラリー・ウィルソンが乗っていた軍用車両を拝借するために動いていたのだ。
「……Yes。お願いします。幸い、姉さんがエントランスのIDカードを持っていたので、内部への侵入は可能なはずです」
御影は事前に赤理のポケットから抜き取った黒いカードを見せる。モノリス・タワーを本社とする、エクスピア・コーポレーションの社員証だ。
「ま、いざとなったら私がちょちょいと開けてやるけどなぁ」
「大丈夫じゃないかしら? まだ私の魔法は発動していないみたいだし」
それぞれ頼もしい言葉をかけてくれる篝と夜泉。彼女たちには戦闘能力こそないものの、そのあまりに特異な魔法は味方であればとても頼りになる。
後衛組の目的。それは内部に潜入し、伊弉冉の力を拡張しているシステムを止めることだ。
「うん、大丈夫。飛角たちが上手く魔獣とWEEDSを集めてる。このまま突っ切れるわよ」
「ん。敵影なし」
今一度、周囲の気配を各々の方法で探ったミズキとイスカがGOサインを出す。
「うっし!」
待ってましたとばかりに、タカオはハンドルを握った。
「ところで皆城君。あなた、免許は持っているのかしら?」
夜泉の言葉に、車内の空気が一気に凍り付いた。
大抵の場合、普通車免許は十八歳からと決まっている。十七のタカオが持っているはずもない。そもそも車はおろか二輪車ですら、彼が運転している姿を見たことがある者はいなかった。
「……しっかり掴まってろよ!」
(((誤魔化したッ!!)))
「ちょッ!?」
「ぎゃあああああああああああああッ!!」
彼が全力でアクセルを踏むと、軍用車両が爆音を鳴らし加速した。ガクンと体が跳ね、ミズキと篝が思わず叫びをあげる。
「ッ!? 前方に二体! 飛んで来るわよ!」
夜泉の魔法。
五秒後。その予測通り、一体の魔獣と一人の
「私が行きます!」
「そのままアクセル全開」
サイドガラスを開き、拳銃に変形させたアリサのパンドラが魔獣を滅弾で穿つ。同時に反対側から車両のルーフに移動したイスカが、あらかじめ倒したWEEDSから調達していたブレードでWEEDSを切り裂いた。
「……ごめんね」
障害を取り除き、車内に戻ってきたイスカは小さくそう呟いていた。
「見えたぞ! 正面エントランス!」
次の瞬間、バリバリッ!! と音を立て、車両は透き通るガラスの入り口を突き破った。
「反撃開始です!」
反撃の狼煙が上がる。
アリサの掛け声で、各々が自分がやるべきことに取り掛かった。
「アリサちゃん」
「ッ!?」
タカオが投げてきたある物を、アリサは危なっかしくキャッチした。
「これは……」
それは彼がシンジとの戦いの中で生み出したという、純白のメモリー。
「俺らはここまでだ。合流できたらそいつをユウトに渡してくれ。きっと力になってくれる」
腕輪を失ったタカオが踏み入れるのはここまで。これ以上は足手まといになる。メモリーの力は、それを活かせる者へ渡すべきだと彼は考えたのだろう。
背後で御影たちがロックを解除した音が聞こえた。
「……お二人とも、どうかご無事で」
迷っている暇はない。アリサは振り返らずに先を急いだ。
メモリーはタカオの言う通り、持っているだけで温かな力を感じさせてくれた。だからこそ確信できる。
きっとこれはユウトの力になってくれると。
(今度こそ、私が……)
誰の力も借りず、彼を一人で守ろうと決意した少女はもうここにはいない。
もう、あんな結末は見たくない。
***
「さてと」
「待ちなさい」
「おわっ!?」
アリサたちを見送った後、しれっと動こうとしたタカオの首根っこをミズキが掴んだ。
「どこ行く気?」
「どこって……そりゃあ」
相変わらずわかりやすい。魔法なんて使わなくても。
「はぁ……どうせあんたのことだから、戦うって言うんでしょ?」
タカオの手には拳銃が握られていた。
さっきリッカたちの職場である警務部の施設に行ったときだろう。伊弉冉の影響で一般人はみんな倒れていたので、盗むのはさぞ容易かったはずだ。
(あんたにそれは似合わない)
きっと他の武装も車両の中にしまってあるのだろう。
「……」
ムスッとしたミズキの表情を見て、思わず目を逸らすタカオ。
(はぁ……何で私、こんな奴に……)
怪我をしてほしくない。行ってほしくない。側にいて欲しい。
叶うならば今ここで、彼に我儘をぶつけたかった。
胸が――痛い。
けど仕方ない。恋してしまったのだから。
「……ん」
ミズキは自分のルーンの腕輪を外して、タカオの胸に押し当てた。
「え?」
「貸してあげる。そんな武器じゃ魔獣一匹倒せやしないわ。あんただってわかってるでしょ?」
「……」
タカオはゆっくりと、胸に押し当てられた腕輪――ではなく、ミズキの手を握った。
「……ッ」
男子特有の大きな手。自分の心臓のドキドキがうるさくて仕方がない。
「ありがとな、ミズキ」
「もう置いていかないって、約束でしょ?」
タカオはミズキの体をギュッと抱きしめた。
「……ッッッッ!? な、なななな……ッ!!」
「心配しなくても、ぜってーに放さねぇよ。何たってお前が繋いでくれた命だからな」
胸の疼きがさらに強くなった。けど、これ以上ないほど心地いい。
「……うん」
ミズキはそっと、彼の背中に手を回して応えた。
ザワザワ。
ぶち抜かれたエントランスから、二体のWEEDSが入り込んできた音だ。後ろには魔獣も見える。大方、WEEDSを追ってきたのだろう。
(……ちょっとは空気読みなさいよ)
恨みがましい視線を向けても意味がないのがまた腹立たしい。
「下がってろ」
タカオはミズキを守るように前に出て、彼女から譲り受けた銀の腕輪を左腕にはめた。
「悪ぃがこっからさきは通行止めだ。喧嘩なら回れ右して他所でやれ」
当然、WEEDSからの返答はない。彼らはあくまで寡黙に武器を構えた。ただ定められた敵を排除するために。
「上等だ。ならその喧嘩、まとめて俺が買ってやらぁッ!!」
腕輪が共鳴し、タカオの左目がじんわりと赤く発光する。
「
多くの仲間の想いに鍛え上げられた鋼の拳が、今一度敵を穿つ。
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