第87-1話 剣爛舞踏 -Izanagi VS Izanagi-

・1・


「さて、と……私らも仕事しますかね」

「フッ、さすがのお前も今回ばかりはやる気のようだな。当然か……これが最後の戦いだ」

「ロシャードそれ、死亡フラグだかんな?」

「む……ッ」

 見ての通り、飛角とロシャードは準備万端。


 問題はもう片方のグループだ。


「あ、あの……よろしくお願いします!」

「あ、ああ……」

 レオン・イェーガーとハンナ、そしてレヴィル・メイブリク。

 この二人には切っても切れない因縁がある。正確にはレヴィルではなく――


「ケッ、


 彼女の影の魔法に生まれた別人格・ジャック・ザ・リッパーの方だ。

 レヴィルの足元から延びた黒影は意思を持ったように宙をうねり、鋭利な言葉を吐き出した。


「俺はお前を許したわけじゃない」

 一度は友を殺めた怨敵を、レオンは刃のように鋭い眼光で射抜く。

「……ほう。なら俺と殺り合うってか? おもしれぇ」

「断る」

「あぁ?」

 レオンは首を横に振った。


「今の俺にはお前への復讐より、取り返したいものの方が大きいからな」


「……」

「兄さん。めっ! です」

 ジャックが表に出ていても、レヴィルの意識は健在だった。いつもは戦いを見せないために彼女の意識を強引に遮断していたが、今回の彼女の意志はいつもより強いのだ。

 無意味に挑発をする兄を、妹は叱った。

「……チッ」

「兄・さ・ん!」

「わーったよ。ちょっと見ない間に強くなりやがって……誰の影響だ?」

 煩わしそうに、ジャックはそうぼやく。そんな彼をレヴィルは嬉しそうに見ていた。


「話は終わったかい?」


 緊張の糸が溶けてきたところで、飛角はレヴィルたちに話しかけた。


「ああ」「はいッ!」


「じゃあ、ムッツリ学者さん御影たちの道を開いてやるとするかね」

 彼女は両の拳を突き合わせる。

「もう一度確認する。前線の我らの任務は、2体のヨルムンガンドの排除、およびモノリス周辺の魔獣の掃討だ」

「俺たちは右側をやる。左側は任せたぞ?」

 レオンとレヴィルは右側。飛角とロシャードは左側。

 ヨルムンガンドは街を一撃で焦土と化す大災害だ。放っておけば、最終決戦が終わる前に海上都市が沈む恐れがある。


「よっし。それじゃあ、思う存分暴れますかね!」


 極限まで高まった闘気が、海上都市中に伝播する。ここにお前たちの敵がいると宣言する。


 超攻撃型の戦闘スタイルを持つ彼らが、後に続く者の道を作るのだ。


・2・


『Longinus』


 螺旋を描く、蒼き焔の槍。

 それが一直線にモノリスタワーを貫く――


「やっぱりダメか」

 遊撃部隊として動く、ユウトと刹那。

 だが、エクスピア・コーポレーションへの潜入は容易な話ではなかった。

 宗像一心はあれだけ豪語していたのだ。この結果は何となく予想していた。

 まるで幻影をすり抜けるように、最強の一矢は空を切り裂いて終わった。


「あれは『天獄てんごく』だ。よもや扱える者が存在するとはな」


 となりで伊弉諾が、モノリスを囲う蜃気楼のような結界の解説した。

「今の俺の力でも、あれはダメだ……」

 力で押し切れるレベルの話ではない。何か、この世界における絶対優先権のような概念が働いている。鍵穴に形の違う鍵を挿しても空かないように、正しいかぎで上書きしない限り、絶対に覆せない何かだ。


「天獄は伊弉冉が作り出した、どことも接していない絶対不可侵の次元領域だ。自分以外の全てを遮断する」


「何か方法はないの?」

 刹那が伊弉冉に問う。


「無論、伊弉冉あれと血を分けた余の力なら可能だ。だが、それには――」




「私のちからが必要なんだよね?」




「「!?」」

 音もなく、ビルの陰から現れたのは刹那やユウトの姉貴分である橘燕儀たちばなえんぎ……いや、今の彼女はその名を捨てている。


 ここにいるのは御巫の影。

 断刃無燕儀たちばなえんぎ――になるはずだった者。

 滅びた一族の復讐に囚われた名も無き少女だ。


「フン、隠れていたつもりか?」

「あはは、さすがに君は気付くよねぇ」

 刹那とは違い、伊弉諾の力を体に直接取り込んでいる彼女は、いわば半神だ。自分と同じ力の共鳴に伊弉諾が気付かないはずがない。


「姉さん……」

「決着……付けようか?」


 燕儀の体から、神炎に鍛えられし黒き刃が現れる。

 刹那も、半ばで折れた同じ刀を構えた。隣に立つ伊弉諾の体は、彼女の妖刀に吸い込まれていく。


 いつかこの日が来ると、お互いわかっていた。


 




「「ッ!!」」




 二人とも、自分が思い描いてきた最上の第一手を迷わず繰り出した。


 ガギンッ!!


 あまりの速さに音が遅れる。ユウトは一歩も動くことができなかった。

「刹那!!」

 交わった雷と炎が二人の斬姫を包み込む。もはや少しでも力のバランスを崩すだけで、一気に破壊を撒き散らす爆弾と同じだ。

「はああああああああああッ!!」

 そんな中、初手を勝ち取ったのは刹那だった。気迫で押し切った剣気はさらに加速し、燕儀に立て直す時間を与えない。


 だが、


「ッ!?」

 目で追いきれない光速の剣戟の中、刹那は妙な違和感を感じていた。

(……今)

 再び、二本の刃が衝突する。

 激しい鍔迫り合いの最中、刹那は左手に自身の雷を収束させ、二本目の刀を造り上げた。

「ハッ!」

「セイッ!」

 真横からの一文字斬りを、燕儀は靴を貫き足の裏から生えた伊弉諾の刃で迎え撃つ。

 切れ味では圧倒的に燕儀が有利。刹那の雷刀は衝突と同時に儚く砕け散った。


「私の刃は一本じゃないよ!」


 すれ違いざまにもう片方の足から一本。空いた左手にさらに一本。

 片足立ちの状態でも、燕儀の姿勢は全く崩れない。むしろ体から生えた伊弉諾の黒刃を、燕儀は巧みに操っている。その姿はあまりに美しく、まるで踊っているように見えた。

 増えた刃の数だけ加速する彼女の剣技は、ついに刹那を上回る。

「ぐ……ッ!!」

 追いきれなくなった刹那は一度距離を取る。


「あれ? もうおしまい?」


 燕儀の瞳が刹那を逃すことはない。これだけ離れていても、彼女の鋭い剣気は確実に喉元に突き立てられていた。

「姉さん! どうして宗像一心の味方をするんだ!?」

「私の目的は最初から刹ちゃんの伊弉諾だけ。宗像のおじ様に協力するのは、それを邪魔されたくないからだよ」

「大勢の人の命がかかってるんだぞ!!」

 どこまでも自由奔放な彼女だが、今の言葉だけは見過ごせない。ユウトは思わず声を大にした。

 しかし、言葉は届かない。


『あの娘、わずかだが伊弉冉に精神を支配されている。あくまで動機づけ程度だが……主様に刃の欠片を譲渡したことで、あれへの耐性が弱まったか』


 伊弉諾が念話を通して二人にそう伝えた。

「……姉さん」

 これは紛れもない本心だ。宗像一心はきっかけと場を与えたに過ぎない。

 復讐が彼女の目を、耳を塞いでいた。



「……ユウト、わかってるわよね?」

「……ッ」

 燕儀から目が離せない刹那は、振り返らずに言った。


 手を出すなと、彼女の背中は言っている。


 タカオの時と同じだ。これは彼女の意地の問題。


「いいんだよ刹ちゃん? ユウトくんの力を借りても。私、負けないから」

 はったりではない。魔装の力はワーロックにも匹敵する。加えて抜群の戦闘スキル。ユウトと刹那二人がかりでも、十分に渡り合えるだけの力を燕儀は確実に持っている。


 しかし、刹那の力もはったりではない。


「……そうかしら?」

 刹那が不敵な笑みを見せた。

「いつまでも私を見くびらないで」


 直後、燕儀の右袖が切り裂かれた。

「ッ!!」

 驚きに目を見開く燕儀。これは伊弉諾によるものではない。彼女の意識外で蓄積した刹那の雷が一気に弾けたのだ。


「「ッ!?」」


 しかし、驚いたのは刹那たちも同じだった。

 見てしまったのだ。彼女が感じた違和感の正体を。


 露わになった少女の腕。そこには少女特有のしっとりとした柔肌は見えない。

 燕儀の右腕は黒く、焔で鍛えられた黒鉄で覆われて――いや、完全に変質していた。


・3・


「なるほど……刹ちゃんには魔法そっちの才能があったよね」


 カチカチと、生身の人の腕では絶対にありえない鎧の擦れるような音を鳴らし、彼女は右手を開く。

 あの目まぐるしい剣戟の中、刹那が感じていた違和感の正体。何度か聞いた妙な音は、あの腕が刃を弾いた音だった。

「……あれは、刀に体を蝕まれているのか?」

 むしろそうにしかみえない。以前、燕儀は伊弉諾の刃を体に取り込んだことで、髪が少し変色したと言っていた。今度は腕。あの時よりももっとひどくなっている。


「何で……何でそこまでやってるのよ!!」


 怒りだ。絶対に踏み越えてはいけないラインを踏み越えた燕儀に対して、刹那は激怒していた。

 しかし、燕儀はいつものように笑顔でそれを華麗に躱す。


「私には才能がない。だから、信じられるのは自分だけ。私という信頼できる資本を払ってでも、この一戦は負けられない。これは、私の覚悟だよ」


「……ッ」

 刹那は口を閉ざす。彼女にここまでさせたのは他でもない。自分の一族だ。

「燕儀姉さん……」

「心配しないでユウトくん♪ 見ての通り使えなくなったわけじゃないし。……まぁ、可愛い弟を撫でるにはちょっと不便になっちゃったけど、ね……」

 燕儀は少しだけ残念そうに目を伏せた。


「……いいわ」


 そんな中、刹那が小さく呟いた。静かに燃え滾る怒りはそのままに。

「ん?」

「姉さんはいつも勝手なのよ……だから、私も勝手にさせてもらうわ」

 彼女はそう言って、構えを解いた。

 それでも燕儀が動き出さないのは、きっと今の刹那に隙が無いからだ。


「賭けをしましょう? あの時みたいに」


 『あの時』をユウトは知らない。しかし、燕儀にはしっかりと伝わっていた。

「いいの? また泣きを見ちゃうよ?」

「勝った方が相手の伊弉諾を手に入れる」

 挑発を無視して、刹那は続ける。

「……ま、最初からそのつもりだしね。いいよ」

 燕儀が了承したところで、刹那はもう一つルールを付けたした。


「それと負けた方は、勝った方の言うことを何でも一つ聞くこと。私の命令は、勝ってから言うわ」


 その言葉を燕儀は予想してなかったのか、少し驚いたような表情をしていた。しかし、すぐに何か思いついたのか、彼女は楽しそうな視線を向けた。


「フフ、上等。じゃあ、私が勝ったらユウトくんを貰うからね?」


「え、俺!?」

 二人の決闘に、まさか自分に話が飛んでくるとは思わなかったユウトは驚いた。

「一人は寂しいからね。それに、今のユウトくんは御巫に対抗する戦力としても申し分ないし。お姉ちゃんが一生可愛がってあげる♪」

「いやいやいやッ!」

 飛躍した話に慌てるユウト。しかし、そんな彼を刹那が黙らせる。

「あんたは黙ってなさい」

「でもお前が負けたら――」


「だ・ま・れ」


「……」

 ものすごく引きつった彼女の笑みに、ユウトは思わず息をすることさえ忘れて固まった。

「……バカ。負けないわよ。少しは私を信用しなさい?」

「……ごめん」

 何の勝算もなしに、刹那がこんなことを言うはずがない。

 今のユウトにできること。それは彼女を信じること以外にないのだ。例え、自分が賞品にされるという不条理に見舞われたとしても。


「じゃあ、改めて始めよっか。ここからが正真正銘、私の本気。あの時みたいに手加減してあげないからね!」


「言ってなさい! 私だってこの街で、多くの仲間と一緒に強くなった。それを今から嫌というほど姉さんに見せてあげるわ!」


 何だか最初よりも二人のやる気に火がついている気がする。ユウトはそう思った。だがそれでもいい。願わくば、これが彼女たちの最後の姉妹喧嘩になってくれるのなら。


 互いに同じ刃を向ける二人の剣士は、そろって叫ぶ。


 神をその身に宿す真言を。


「「魔装!!」」


 次の瞬間、ユウトの視界が雷と炎で真っ二つに分かれた。

 どちらも相手を喰い破ろうと鬩ぎ合い、煌びやかな光を撒き散らしている。


 そんな中、神衣を纏し二人の少女が、剣を手に取った。


「いざ……」

「参る!!」


 御巫刹那と橘燕儀。


 分かたれた二つの刃が、今一つに交わるときだ。

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