第86話 希望の残り火 -Remains-

・1・


 タカオとミズキを連れ、急いで旧バー・シャングリラに戻ったユウトは言葉を失った。


「ッ……みんな」


 御影の姉である鳶谷赤理を始め、彼女と一緒にやってきたアーロンやレーシャ、それにラリーという中年の男。さらには腕輪を失った神座兄妹や戦場青子まで。

 みんな目を覚まさない。


「……青子さんッ」


 いち早く、ユウトは青子の元へ向かった。血は繋がっていないとはいえ、彼女はユウトの保護者。引き取られてから今に至るまで、ユウトにあらゆるものを与え、教え導いてきた母だ。体は勝手に動いていた。

「ダメだ……目を覚まさない」

 彼女の側にいたレオンが小さく首を横に振った。

「そんな……頼むから、起きてくれよ」

 ユウトはそっと青子の頬に触れる。

 まだ温かい。眠っているようにしか見えないが、その目が開くことは決してない。彼女の魂は今、ここにはないのだから。

「……ッ」

 怒りで手が震えた。自然と拳を握る力に手が入る。爪が皮膚を裂き、ポツっと小さな赤い線が流れた。


「……ユウトさん」


 後ろで心配そうにしているアリサとレヴィルの声で、ユウトは我に返った。

(わかってる……今はまだ)

 青子なら、きっとそう言って自分の頭を叩くはずだ。


「あぁ……わかっ――」



「びええええええええええええええええええええええええええんッ!!」



 アリサたちを安心させるため、涙を拭って振り返ろうとしたその時、奥の部屋の方から大音響が鳴り響いた。

「な、に? 新手?」

 耳を抑えてミズキが呻いた。まるで地震でも起きたかのように店自体が振動で揺れ、天井から埃が降ってくる。

 それだけではない。今の怪音で皆が持つ携帯端末の画面にノイズが入って、表示が狂っていた。

「行こう」

 ユウトたちは音の源、凌駕たちが眠る奥の部屋を目指した。


・2・


「放せェェ!! 放せよこのチビアホンダラァ!!」

「ダメ。あとチビじゃない……発展途上」

 両足をバタバタと暴れさせ抵抗する高山篝を、イスカが後ろから羽交い絞めにしていた。

「さっきの、その子の仕業?」

 刹那が確認すると、イスカはコクンと小さく頷いた。


「ここだけではない」

「お、ロシャード。魔改造は終わったのかい? どれどれ……ん~、あんまり見た目変わってないけど?」


 部屋にいたロシャードは以前と見た目は変わらないが、どこかピカピカした機械の体で状況を説明した。嬉々とした顔で赤理に連れていかれた手前、期待していた飛角はどこか不服そうだ。

「赤理博士の改造は完璧だ。が、その話は後だ。今の無差別広域電波ジャックについてだが、ここだけにとどまらず都市街にも影響していた。とはいえ目的も何もないただの電波の波だ。すぐに回復するだろう」

 彼の言う通り、端末画面の狂いはもうすっかり直っていた。本当に一時的なものだったようだ。

「感情の高ぶりによる魔法の暴走……でもこの規模」

 何か思うことがあるのか、刹那は一人で思案している。


「放せよ! 凌駕が! 凌駕がぁぁぁッ!!」


 篝は嗚咽をもらしながらボロボロ涙を流していた。ベッドで静かに眠る神座凌駕に今にも飛びかかりそうな勢いだ。

「何されたか知らねぇけど、今すぐ私が直してやる! もう一回データ化して、隅々までチェックして、ウイルスでもセキュリティロックでも何でも……何でも……」

「ダメよ。さっきのはそんな次元を超えているわ。あなたの力では、彼を救えない」

 同じく部屋にいた逆神夜泉が、辛そうな声でそう諭した。

「うっさい! 私は……私は……ッ!」

 それ以上、篝の口から言葉が続かない。どれだけ脳をフル回転させても、『できる』という言葉が喉から出てきてくれないのだ。

 彼女は理解している。自分の力ではどうやっても凌駕たちを救えないと。魂なんて数値化できないものを、一体どうやって定義すればいいのか。たったその一点で、全ての治療案が白紙に戻る。


「あいつ……だけなんだ……。私に本気で構ってくれるやつは」


 力なく項垂れた篝は、その場で殻に閉じこもるように体育座りになった。

「……ムリゲー。もう……どうにでもなりやがれ」

 そして彼女は小さく、諦めるようにそう呟いた。


「神座の事、好きなんだな」


 そんな篝の姿が伊紗那と被って見えたユウトは、自然と声をかけていた。深い絶望に囚われている彼女をこのまま放ってはおけない。何より、凌駕だって手段は違えど絶対に放っておかないはずだ。

 だが、


「……言っとくけど、超絶可愛い篝ちゃんは他の女と違ってチョロくないぞ? このハーレム野郎。ぺッ」


 当の本人はものすごく鬱陶しそうな目でユウトを睨んでいた。

「ッ……そういうつもりは……ハッ!?」

 神に誓ってそんなつもりはなかったが、背後から刺さる殺気だった視線にユウトは思わずゾッとした。

(……振り向かないぞ。今は振り向いたらいけない気がする)

 彼女に笑顔を与える役目は、どうやら自分ではないらしい。



「……フフ。ところで、どうして私たちは無事だったのかしら?」

 蛇に睨まれたように固まっているユウトを見て、夜泉が助け船――もとい話題の転換をしてくれた。

「私……レオンを守った」

「あぁ、サンキューな」

 相変わらず感情の起伏に乏しいハンナは、報告するように淡々と答えた。レオンはそんな彼女の頭を優しく撫でる。

 ハンナについてユウトは多くを知らないが、刹那と伊弉諾の関係に似ていることだけは理解している。そこに伊弉冉の影響を回避できた理由があるのかもしれない。


「主様と繋がっている魔道士の小僧とその眷属は、余の加護を受けている。伊弉冉の影響はほぼ受けない。あの時側にいた者も同様だ」


 刹那の中から勝手に出てきた伊弉諾が質問に答えた。彼の言う通りであれば、タカオやミズキ、そして御影が辛うじて一命を取り留めたのはそれが理由だろう。あの時、彼女の側には飛角がいたらしい。

「あんたまた勝手に……まぁいいわ。でもだったら他のみんなは?」

 刹那は首を傾げた。自分たちはともかく、レヴィルに夜泉、ロシャード、篝、イスカが無事なのは何故かと考えているようだ。


「そこで丸まっている小娘だ」


 ピクッ、と塞ぎ込んで不貞腐れていた篝が反応したように見えた。


「おそらく彼の言う通りだ」

 ロシャードも頷く。

「赤理博士に再度繋いでもらったエクスピアデータバンクへのアクセスルート。そこで私はワイズマンズ・レポートの全データを閲覧した。その中で、高山篝……『Avatar』のワイズマン適性数値は群を抜いていた。、だ」


 ピクピクッ。


「あれ? よくよく考えてみたらこのメンツ……」

 共通点に気付いた飛角。ユウトも同じことを考えていた。


 彼女たちはワイズマンズ・レポート、およびその大元となるプロジェクト・ワーロックの被験者だ。

 そして同時に、


 ロシャードの話によると、プロジェクトには、共通してとある人間の因子が使われているという。機械の体であるロシャードも例外ではなく、彼の場合、外部からは一切触れることのできないコア部分に部品として埋め込まれているようだ。

 別系統実験素体のイスカにも同様の因子が体に埋め込まれている。そして研究データには、各実験体の適合数値の遷移が事細かに記載されていたらしい。

「それは初代のものだ。あの吸血姫の主にして、余を神器とした男のな」

 伊弉諾は少し忌々しそうにそう語った。


 人類最初にして最後の魔道士ワーロック


 彼はそれだけ説明した。どうやらそれ以上を語るつもりはないらしい。

「つまり……その子の無意識に周囲に影響を及ぼすほどの強い魔法と、その因子とが干渉して、一種の結界になったってこと? 相手はあんたと同じ神の力よ?」

「……にわかに信じがたいが、そうとしか考えられん」

 刹那の言葉に、伊弉諾が困ったように頷いた。

 現実をデジタルに変換できる彼女の力は、夢を現実に変える伊弉冉の力とよく似ている。

 あくまで事実を元にしたただの推測。都合のいい解釈だが。


 ピクピクッ。ピクピクッ。


(何か、ピクピク反応してる)

 ユウトが妙にソワソワし始めた篝を見ていると、後ろからガバッと飛角が抱き着いてきた。

(ち、千里!?)

(まぁまぁ、ここはお姉さんに任せときなって)

 彼女は耳元でそう囁く。

(?)



「あーなんてことだー」


 とても演技臭い、大きな声と過剰なリアクションで飛角は独り言を喋り始めた。


「ぶっちゃけユウト頼みのこの戦い。私たちの何人かは命を落としちゃうかもな~」


「……ふぐッ」

 篝が固まる。

「そんなのダメです! 何かいい方法はないんですか!?」

 目に涙を浮かべるレヴィル。どうやら演技だとわかって乗ってきたようだ。

 それ以外のみんなは、呆れているのか冷ややかな視線を向けている。


「ん~。伊弉冉の力をはねっ返せるほどの強~い戦力が味方になってくれたら、話は違ってくるかもだけど……チラッ」

 興が乗ってきたのか、またもやオーバーリアクション。嘘くさいが、細く長い足が床を蹴る仕草は演劇のような優美さを感じる。


 ピクピクッ。ピクピクッ。ピクピクピクッ。


「まぁそんな都合のいい奇跡があるわけないし、穴を埋められなかった私たちの落ち度……その時は涙を飲んで受け入れるしかないね~」

「そんな……」


 ピクピクピクピクピクピクッ!!


「はぁ……どこかにいないかな~。頼りになる強~い魔法使いのは?」


 ピキーンッ!!


「……ッ!! あああああもう!!」


 耐え切れなくなって自慢のツインテールが重力を無視して逆立った篝は、蹲った姿勢から一気に飛び起きた。


「も~う! しょ~がねえなぁ♡ この最強美少女魔法使いの私がいないと始まんねぇなら、人肌脱いでやらないこともないんだぞこんにゃろうめ~♡」


「フッ……チョロいな」

 飛角は小声でそう言って、ニヤリと悪い笑みを浮かべていた。

 体をくねらせて、とても上機嫌な高山篝。さっきまで凌駕が心配で大泣きしていた彼女とは思えない変わり身だ。


「で、私は世界を救うために何すればいいの? 都合のいいパワーアップアイテムとかないのか?」

「え?」


 目を爛々と輝かせる篝を前に、飛角の言葉は詰まらせた。やる気にさせるのが目的だったので、そこまでは考えてなかったようだ。

「ま、ないなら作るけどな。このマジカル☆篝ちゃんにドーンと任せなさい! 何なら私が宗像一心ぶっ飛ばすけど? ヌフフ、私に助けられて悔しがる凌駕の顔が目に浮かぶぜぇ。よしよしそうしようそれがいい!」

「あ、ちょ――」

 どうやら燃料を入れすぎてしまったらしい。


「……でしたら、あなたのその力。私が活かしましょう」

「お?」


 少し弱った声でそう言ったのは、この世界で唯一、普通の人間として生き残った鳶谷御影だった。

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