第84-3話 戦う理由 -Dead or Alive-
・1・
あれだけ寒かった暗闇が晴れ、光が一気に強くなった。
「……ガイ」
青年は、静かに笑った。
「タカ――」
「この、馬鹿野郎がッッッッッッッッ!!」
「ふぐッ!!」
開口一番、ガイの脳天に跳躍したタカオのゲンコツが突き刺さる。
「……痛い」
「ったく、人の事散々心配させやがって。こっちの気持ちにもなってみろってんだ」
「タカオ……お前はそれ、一番言っちゃいけない言葉な気がする」
「あ? 何か言ったか?」
「……何でもない」
否定はしたが、彼の全身には納得できないというオーラが漂っていた。
「ところで……ここどこだ? 俺もしかして、死んだ?」
タカオは恐る恐るガイに尋ねた。二人を包む温かいオレンジの光は心地がいいし、さっきまでの戦いで全身を駆け巡っていた痛みが、今は綺麗さっぱり消えている。
どう考えたってありえない状況だ。
「……ごめん」
ガイは俯いて謝った。
「マジで!?」
「あ、いやそうじゃない! まだギリギリ死んでない!」
自分が死んだと勘違いしたタカオに、ガイは素早く修正を入れた。
彼はただ、自分のせいでこんなことになってしまったことを謝りたかっただけだ。しかし。
「プッ……アハハハハハ!!」
「!?」
突然、タカオが笑い始めた。
「やっぱお前はこうじゃなきゃな。何が世界を滅ぼす邪龍だ? 似合わねぇよ」
「……」
腹を抱えて笑う彼を、ガイはポカンとした表情で見つめる。
『何で?』という言葉はでない。彼自身、理解しているからだ。
皆城タカオとは、こういう人間だということを。
だからこそ今、自分は自分でいられる。
「そうかも、しれないな。俺は、ワイアームに……化け物に戻りきれなかった」
「……あぁ」
二人は揃って笑い合う。
「俺は、ずっと自分がわからなかったんだ……」
――気づけばどこかで、誰かと旅をしていた。
命を持たない災厄の塊。
そんな彼に、形を与えてくれた人がいた。
――気づけばどこかで、世界を滅ぼしていた。
彼を定義するのは常に周りだった。
周りが破壊を望めば、彼は破壊そのものとなった。
――気づけばどこかで……店を開いていた。
その時その時に見せる彼の表情は、全て違う。
自分を繋ぎ止めるものは何もなかったから。
意味もなく、理由もなく。まるで自然現象のように彼は発生する。タカオの前に現れたのも、言ってしまえばそんな偶然の産物だった。
「でも……今は違う」
自我を持たず、何者でもない。
そんな自分は、いつの間にかすっかり変わっていた。
今、彼の前に自分が立つのは、もう偶然ではない。何故なら、
「俺は、シャングリラのガイだから」
自分が何者なのか、ようやく見つけた彼の表情は、ひどく満足げだった。
「もう、俺の中でこれだけは絶対に変わらないよ」
ガイは、タカオに拳を突き出す。
気付くと、ガイの後ろにはかつての彼の臣下であるネフィリム達。その中には当然、共にシンジに立ち向かったロウガもいる。
「あの時、お前は俺を助けてくれた」
タカオはゆっくりと前へ歩く。親友の元へ、近づいていく。
「まだちゃんと礼を言えてなかったな」
彼は突き出された拳に、自らの拳を優しくぶつけた。
「ありがとな」
「……ッ」
単なる感謝の言葉ではない。それは彼の後ろに見えるミズキを始めとした、多くの仲間たちが物語っている。
そのたった一言が、何百倍にも膨れ上がってガイの心を満たしていた。
「……ようやく、見つけた」
幾星霜の時を経て、ようやく辿り着いた。
カウンターから見渡すあの風景。
飾り気もない。客も来ない。それでもどこよりも温かいあの場所を。
「……俺の、居場所を」
あの時その原点たるこの少年を守れたからこそ、そう強く実感する。
タカオ、ミズキ、ガイ。三人で始めた夢は、これからもきっと終わらない。
どんなに暗い闇の中からでも救い上げてくれる、その強い手がある限り、自分の存在が潰えることも……きっとない。
「行こうぜ、相棒」
「そうだな」
お互いに閉じた拳を開き、二人はしっかりと手を取り合う。
・2・
「ッ!!」
何かを感じ取ったシンジは、タカオから大きく距離を取った。
「……何だ」
彼の胸のあたりであんなにドス黒く猛っていた呪いが、神々しい光を放っている。
「……怖ぇだろ?」
「ッ!」
何かの正体を言い当てられたシンジの顔が、一瞬強張る。
タカオはワイズマンの力を宿した白いネビロスキーを取り出した。すると彼の胸にある強い光が、それに吸い込まれていく。
(呪いも、祝福も、本質は同じ。人がこうありたいと願った『理想』だ)
今彼の手にある白き光は、シンジのそれと同質でありながら、正反対の力を誇示していた。
その力は宗像一心のエゴの塊とも呼べるワイズマンの力を容易に塗りつぶし、全く新しい存在へと生まれ変わらせる。
「あれは……メモリー?」
ユウトは目を大きく見開く。その形はもう鍵ではなく、彼の持つ理想写しのメモリーとよく似ていたのだ。
「タカオ! あんた大丈夫なの!?」
「待ってろミズキ。すぐにケリをつける」
それを聞いたシンジは鼻で笑った。
「ハッ、何があったか知らないけど、随分舐められたものだ。イライラするよ」
「行くぞガイ……一緒にあいつをぶん殴ろうぜ!!」
タカオはネビロスリングに、親友の
『Wake up!! ...... Lock break!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
次の瞬間、極限まで高められた光が渦を巻き、破裂した。
「く……ッ!!」
シンジは眩んだ目をゆっくり開く。そして彼は目の当たりにする。
「へぇ……君もか!!」
最凶の魔道士の口元が不気味に歪む。自分と同等の存在を目の前にして、昂りを抑えきれないとでもいうように。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
咆哮する。
白と赤の
そして最も異彩を放つのは、彼の両腕に付き添うように浮遊する二つの巨大アーム。透き通るような金剛石でできたその龍の腕は、タカオの新たな拳だ。
「力が、漲るッ!」
タカオの赤い双眸が激しく燃え滾る。その熱は、絶対零度で凍てついた戦場を一気に溶かしてしまうほどだ。
「いいねいいね最高だッ! やっぱり君に賭けて正解だった!!」
シンジは武器を構え、極上の獲物に荒々しく飛びついた。
「はあああッ!!」
「オラッ!!」
タカオは内から溢れ出る力に背中を押されるように、龍拳で迎え撃った。
ガギンッ!!
純粋な力と力のぶつかり合い。それを制したのはタカオだった。
「ぐッ!」
龍の拳は概念喰いの刃を一切通さない。全く同じ力のはずなのに、タカオの方が一歩先を行っているのだ。
「はっ、さすが同じ力。楽しませてくれる。ならこれだ!」
『Extraction ...... Discharge SIN "Envy"!!』
再び、二つ首のドラゴンがシンジの魔力で顕現した。
「同じ? 馬鹿言え。今の俺は、お前にだけはぜってぇ負けねぇよ!!」
『Extraction ...... Charge BLESS "Innocence"!!』
「何ッ!?」
タカオの二つの龍拳が、それぞれ炎と雷の咢を宿した。その拳でドラゴンを貫き、続いてさらにシンジに強襲をかける。
「まだまだ行くぞ!!」
『Extraction ...... Charge BLESS "Faith"!!』
タカオはすでにオーバーヒート寸前のネビロスリングを操作する。
(時間がない!)
左右二つの巨腕が一つに混ざり、海上都市のどの高層ビルよりも高い巨大な刃と化す。これは生まれ変わったロウガの力だ。
タカオはそれを真っ直ぐ、シンジに向かって思いっきり振り下ろした。
だが、
「待ってたよ、その大振りを!!」
シンジは斧で受け流しながら、むしろ龍拳が手薄になったタカオに接近した。常人では決して避けることはできない。彼の力と、純粋に研ぎ澄まされた戦闘センスがあるからこそ成せる技だ。
『Discharge SIN "Gluttony"!!』
『Charge BLESS "Trust"!!』
全てを喰らって力とし、頂点に立つ一人としての力。
背中を押す仲間の力を借りて、頂点に反逆する力。
どちらも一発当たればそれで終わりのデスマッチ。
目まぐるしい高速の攻防戦の中、タカオはただ右の拳を握りしめる。
最大。
最速。
それをただ一点に。
この拳を、相手にぶち込むために。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」
二人のワーロックは叫び、さらにお互い前へと突き進む。
タカオの拳と、シンジの斧。二つが激しく激突した。
そして激しい競り合いの果てに、ついにシンジの斧刃が音を立てて砕け散った。
「やった!」
それを見ていたミズキが嬉しさのあまり思わず叫ぶ。しかし、
「まだだ!! まだ終わらない!! こんなに楽しいバトル、終わらせるなんてもったいないッ!!!!」
そう叫んだシンジは、背後の大型メモリー三つを自分の体に突き刺した。
「なッ!?」
一つ一つが膨大な魔力を宿すそれらを、彼は直接体に取り込んだのだ。生身の人間なら体が耐えられず、即死する。だが無限に魔力を貯蔵できるワーロックであるならば、話は違う。自らを炉とし、その火は何千何万と掛け合わされ、際限なく成長していく。
その初期段階として、シンジの肉体が一回り二回りと膨張する。
「今の僕はちょっとした爆弾だね。でも気にすることはない。攻撃するといい。どうせ君と僕、ユウトは死にはしない。なんせ僕たちは、ワーロックなんだから」
少年は狂ったように笑う。
タカオは――そんな彼を憐れむように見ていた。
「もう、お前はワーロックなんかじゃねぇよ」
「……え?」
シンジは気付いていなかった。自分の左腕にある
彼をワーロックたらしめるルーンの腕輪が砕けていることに。
「お前の言う通り、俺にはお前ほどの戦いに対する飢えがない。だから戦いが長引けば、いつか必ず俺が不利になる」
実のところ、それはもう目の鼻も先だ。
タカオのワーロックの力を擬似的に再現しているネビロスリングは、規格外の力のせいで外面が溶け始めている。
だから、最初からタカオはシンジの腕輪だけを狙っていたのだ。
「!? 僕の、力が……」
シンジの体から、黒き呪いが抜け出す。まるで風船がしぼむように。そしてそれは全て、同じ力を持つタカオに吸い寄せられていった。
同じワーロックとして勝負をつけることさえ、タカオは許さない。
「歯ぁ食いしばれよゴラァ!!」
腕輪の熱がさらに増した。おそらくこれが最後の一撃になる。
ダイヤモンドのように輝く龍の拳に、タカオは全ての力を乗せた。
「……僕が……負ける? ククク……アハハハハハッ!!」
言い訳のしようもない、完全な敗北を自覚してもなお、少年は笑っていた。
直後、轟音が炸裂する。
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