第84-2話 戦う理由 -Dead or Alive-

・1・


「オラッ!」

「ハハッ!」


『Freeze』


 近接戦に持ち込もうとするタカオに対して、シンジは何もない場所に氷の壁を作り出した。

「そんな薄い壁じゃあ、俺は止められねぇよ!」

「ッ!」

 その言葉は嘘ではない。神の名を冠したタカオの鉄拳が、その猛威を振るった瞬間、以前はひびを入れることすらできなかった絶対防御が、音を立てて崩れ落ちる。

「じゃあこれはどうだい?」


『Exterminate ...... Freeze!!』


 概念喰いを斧からライフルに変形させるシンジ。

 すると、崩壊していた氷の欠片大小全てが、その鋭利な切っ先をタカオへと向けた。

「ッッ!!」

「バンッ♪」

 彼がトリガーを引くと、何千何万という刃が爆発的な加速を得る。

「伏せていろ!」

 背後にいたロウガが動く。タカオは反射的にうつ伏せに倒れ込んだ。

 次の瞬間、耳障りな音と歪む景色。禍々しいを纏った彼の大刀が空を切り裂いたのだ。

 湾曲した景色に沿って、氷弾の群れは散り散りに墜落する。そして歪みを正そうとする反発力が、そのまま衝撃となってシンジに襲い掛かった。


「うぐ……ッ! ……やるね。僕もできるよ、そういうのッ!!」


『Penetrate』


 今度は空に無数の茨の槍が召喚される。彼はさらに、その身から噴き出た形なき邪悪を、概念喰いのスロットに飲ませた。


『Extraction ...... Discharge SIN "Envy"!!』


 地の底から響くような音声の後、空を漂う槍が密集し、二つ首の龍の形を得た。

「……ッ!? 貴様!!」

「心外だな。もう僕の力だよ。勝手に使ってるのはそっちでしょ?」

 龍はそれぞれ極限まで凝縮した炎と雷をその口に蓄え、シンジの合図で一気に吐き出した。

 空間を切り裂く力と混ざり合ったその威力は、かつての双子のネフィリムのそれとは比べ物にならない。

 炎雷は貪欲に全てを飲み込み、。跡には大気さえも残らず、そこに大量の空気がなだれ込むことによって、烈風が唸り、それが炎をより高ぶらせ、つられるように雷が咆哮する。

 それはまさに、終わりのない破壊の連鎖そのものだ。


『Execution ... Fire!!』


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 身を焼くほどの痛みに耐えながら、真正面からタカオの拳が破壊の濁流と衝突する。

 ガリガリと何かを削るような不気味な音。今は力が拮抗しているが、これ以上押し返せそうもない。

(このままじゃ、やられるッ!)

 相手はシンジではなく、彼の無限の魔力を吸ってブレスを吐き続ける機械ドラゴンだ。体力を消耗すればするほど、拮抗は蹂躙へと掌を変える。

 ロウガもそれは察したようで、側面から回り込み、ブレスを吐いて動けない龍の首を斬り落とした。


「どうした! この程度か!!」


 叫ぶロウガ。それはシンジだけに掛けられた言葉ではない。

 お前の覚悟とはそんなものか? と、タカオにも問うている気がした。

「死ぬ覚悟で戦え!!」

「……上等ッ!」

 まだ戦える。夜白の言っていたようにこのアンジェロシリーズという力、タカオには相性がいいのかもしれない。使えば使うほど、その力はさらに高まっていく。だが同時にそれは、自身の肉体をこれ以上ないほど酷使していることを意味する。痛みを気にしていないのは、脳から過剰分泌されるアドレナリンが感覚を麻痺させてるだけにすぎない。


「やるね。じゃあ、僕もギアをあげていくよ」


 高まる熱。まだここまでは、ほんの準備運動だ。


・2・


 遠距離から近距離へシフトした戦いの光は縦横無尽に駆け回り、激しい火花を撒き散らす。

 ロウガの真神と刃を交えれば空間が騒めき、タカオの拳とぶつかれば道路が抉れる。戦場を挟む高層ビルの窓が一斉に割れ、雨のように降り注ぐ破片は輝き、戦いを一層彩る。


「チッ……! まさか君たちがこんなに仲がいいとはね!」

 初めてとは思えないタカオとロウガの連携に苦戦しつつも、シンジは的確に致命傷を避け、むしろ自分からさらに前へ突っ込んできた。

「「ッ!!」」

「ハッハーッ!!」

 一歩間違えれば即死もありうるこの極限状況。にもかかわらず、相手の間合いなどまったく考えないシンジの強引な一撃。圧倒された二人の体がビルへ突っ込んだ。


「く……かッ!」

「あいつ……正気か!?」


 タカオが入り込んだビルから下を見下ろすと、シンジは余裕の表情で待っていた。


「お次はこれだ」


『Violation』


 シンジの足元から、不気味な黒い泥が生まれた。それは加速度的に範囲を広げ、中から蔦のようなものが伸び始める。

(あれは……あの時のッ!?)

 ユウトと共に戦った時にも、彼は最後にあの得体のしれない力を使った。

「……あれは、触れれば終わりと思った方がいい」

「マジかよ……」

 黒い泥から生まれた蔦は、互いに絡み合い、天へと上る。そしてあっという間に一本の巨大な大樹となった。


 だが、まだ終わりではない。


「出血大サービス♪」


『Extraction ...... Discharge SIN "Pride"!!』


 黒き大樹に三つの魔法陣が浮かび上がった。

「「な……ッ!?」」

 大樹の肉を吸い上げ、一つ一つが大きな実へと成長していく。


 母なる大樹によって、

 次の瞬間、割れた実の中から三体の魔獣が生まれ落ちた。


「こっちの世界と違って、僕たちがいた世界は魔獣を使役してたんだ。足りない魔力を補うためにね。で、こいつらは僕の可愛いペットってわけ」


 大樹のようであり、大蛇のようにも見える魔獣。

 全身に黒い花を咲かせた龍。

 存在するだけで周囲を凍てつかせる氷の獅子。


 おそらく形を模しただけの偽物だろう。

 植物、空間操作、氷。それぞれがシンジが主として使う三種の魔法を体現している。


「行け」


 最初は氷獅子が咆哮した。

「!!」

 直後、およそ半径百メートルに渡る全てが、一瞬で完全凍結した。タカオはロウガの側で拳の熱を開放し、周囲の気温を底上げすることで何とか難を逃れることができた。

 しかし、さっきまで無機質だったオフィスは、今や透き通るような氷でぎっしりと埋め尽くされていた。

「次が来るぞ!!」

「ッ!!」

 ビルの側面を滑るようによじ登って、右側から植物の大蛇が大口を開いて襲い掛かってきた。


「おわッ!?」


 ロウガはタカオの体を加えて、ビルの外へと退去する。だが、空中で逃げ場を失ったところを、黒花の龍が待ち構えていた。

「く……ッ!」

 一瞬、目がくらんだ。直後、目に見えないカッターのような何かが、ロウガの右腕を肘からねじ切った。

「ぐああああああああああああああああッ!!」

「ロウガ!」

 ロウガの口から離れ、宙に投げ飛ばされたタカオはそのまま地面に落下する。

 シンジはそれを待っていた。タカオは迎え撃つ。


「「はあああああああああ、ハッ!!」」


 お互いの持つ最強の矛が交差し、直撃する。

 両者の体は反発するように盛大に吹き飛んだ。

「がは……ッ!?」

 白天の鎧は概念喰いの一撃に砕け散り、生身となったタカオは道路に投げ出される。


 だが、シンジは堪えて立っていた。


「そうそうこれこれ……こういう命の喰らい合いをずっとしたかったんだ!!」


 興奮が最高潮に達したシンジは空に叫ぶ。

「く……そ……ッ。何で、立ってられるんだよ……」

「ハハハハハ。当然さ。僕が今までどれだけの修羅場をくぐってきたと思う? 君には戦いに対する飢えがない。もっと死と隣り合わせの戦いを楽しめよ」

 シンジが手で合図を送ると、泥から生まれた魔獣たちの体が崩れ、内部から三つの大型メモリーが彼の元へ集った。


『Extraction ...... Freeze』


 それを概念喰いに喰わせていく。

「君、最高だよ」

「……ッ」


『Penetrate』


 さらにもう一つ。


『Violation』


 まだ一つ。


「君となら、いい友達になれそうだ」

「誰、が……ッ! お断りだ!!」


『Exterminate Full Crunch!!!』


「さぁ友よ、フィナーレだ」


 巨大な咢が見えた。

 タカオは理解する。あれは、人の手に負える力ではない。

「う……ッ、動け! 動けよ!!」

 もう体が言うことを聞かない。足に力が入らない。無視し続けた負荷の代償が、最悪のタイミングで降りかかってきたのだ。


「じゃあね」

「ッッッッッッッッッ!!」


 トドメの一撃は無慈悲に振り下ろされる。















 だが、いつまでたっても痛みはない。


「……え?」


 代わりに、赤い液体がタカオの頬に垂れ落ちた。


「お前……何で……」


 その一撃は、ロウガの背中を貫いていた。

 タカオを庇うようにして。


「グルルルルル……ごぶ……ッ!!」


 凶悪な牙の間から、さらに赤い血が溢れ出す。

「あぁ~あ……今いい所だったのになぁ」

「ぬうッ!!」

「おっと」

 振り返りざまに放った一閃。だが、弱い。シンジは軽々と避けていた。

「おい! 大丈夫か!?」

 タカオは這うようにしてロウガの元へ近寄った。だがロウガはそれを手で制す。


「はぁ……はぁ……、いい……構うな……」


 確かに、彼がいる限り魔獣の侵攻は止まらない。命を守るために、いつかは必ず倒さなければならない人類の敵だ。

 心配するのは間違っているのかもしれない。

(だけど……ッ)



「タカオ!!」



「ミズキ……それにユウト。何で……」

 その時、ミズキとユウトが戦場に足を踏み入れた。

「あんだけどんちゃん騒ぎしてりゃ、誰だってわかるわよ!」

 タカオの元に駆け寄ろうとした彼女を、ユウトが止めた。

「ミズキ、これ以上はダメだ」

 これ以上足を踏み入れれば、死ぬ。

「……ッ、でも」

「俺が行くから」

 ユウトは優しくミズキの肩から手を離す。


「来るな!!」


「!!」

 しかし、タカオは叫んだ。

「こいつは……俺たちの戦いだ。手を、出すな……」

「でもそんな体じゃ――」


「その通り……だ」


 ドバドバと流れ出る血を意に介さず、ロウガは左腕一本で刀を構えた。


「これは互いの信念を懸けた神聖な戦い。それを穢すことは……俺が許さん」


 ユウトは言葉を失った。助けに行くべきなのに、何かが彼にそれを許さない。

「行くぞ」

「へー、まだ生きてる。案外しぶといね」

 まだ余韻の冷めない破滅の刃を、シンジは再び昂らせる。


 そして――


 目にもとまらぬ速さで二つの力は衝突した。


 お互い叫ぶように唸り声をあげ、全神経を相手に刃を届かせることだけに集中していた。だが、ロウガが押されているのは誰の目にも明らかだ。

「そんな体じゃ、もう満足に力も入らないでしょ?」


「……この刃……ただで折れると思うなッッッッッッ!!」


「な……ッ!?」

 次の瞬間、真神から光が噴き出した。その光は己という存在全てを燃焼させて放つ、最後の一撃。彼の矜持が見せる命の輝きだ。


 光は周囲を巻き込んで、全てを飲み込む。


・3・


「大丈夫か! 二人とも!?」

 爆発の影響で地形が変わっている。高層ビルが軒並み並んでいたこの場所も、すっかり殺風景になってしまっていた。

 しかしそんな中でも、タカオは土煙の中にユウトたちの姿を見つけることができた。彼が盾を召還して、咄嗟にミズキを守ったのだろう。

「……よかった」


 サクッ。


「!!!!」

 足音。何かを踏み砕いたような。


「お前……」


 そこにはシンジが立っていた。

「……う……ッ、まさか……自滅覚悟で向かってくるなんてね」

 彼の左腕は肩口から切り裂かれ、左足も皮一枚で繋がっているように見えた。


 ロウガの、最後の一太刀は届いていたのだ。


 しかし、ワーロックの再生能力はそれを遥かに上回る。以前と同じように傷口から筋肉繊維が伸び、切断された人体を丁寧に繋ぎ合わせていく。

「この……化け物が……」

「心外だな。化け物はあっちでしょ」

 そうこう言っているうちに、体の修復は完全に済んでいた。彼の手元には見覚えのある黒い塊が蠢いている。


「これで全部か……案外呆気ないものだったね」


 『暴食』、『嫉妬』、『強欲』、『憤怒』、『怠惰』、『傲慢』、『色欲』

 今この瞬間、彼の元に『呪い』の全てが揃ったのだ。

「こいつを喰えば、僕は今よりさらに強くなれる」

 しかし、シンジはロウガの持っていた呪いを取り込もうとはしない。ずっと見つめて、何かを思案している。


「あの社長に言われたんだ。投資することを学べって」


 音を立ててタカオの視界が360度回転した。

「ご……ッ!!」

 それが蹴りによるものだと、落下してからようやく気付いた。


「タカオ!!」


 遠くでミズキの声が聞こえる。けど体から何か抜け出るような感覚のせいで、上手く反応できない。声が出ない。

 そんなタカオの上に、シンジは馬乗りになった。

 彼は炎のように滾る黒き呪いを、タカオへと近づけていく。


「……やめて」


 ミズキの顔がこれ以上ないほど青ざめた。シンジの意図がわかってしまったのだ。

 彼女はその恐ろしさを、理解している。


「だからさ、。友よ」


 シンジはそのまま、それをタカオの胸に押し当てた。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


 黒が流れ込む。


 全身が痛い。息ができない。声が止まらない。

 この世の全ての怒り、嘆き、憎悪。そう言った負の感情が一瞬に凝縮され、体験としてタカオの神経に刻み込まれていく。その苦痛は際限を知らない。

「ほら頑張って。せっかく投資したんだ。ちゃんと戻ってきてよ?」

「……ぁ……ぁ……」

 視界が明滅し、やがて黒一色に染まった。

 同時に、あれだけ自分を苦しめていた痛みからも解放された。


(あ……俺、死んだ)


 もう何も見えないし、何も聞こえない。

 ずっと聞こえていたミズキの声すら思い出せない。


(ミズ……キ……?)


 記憶がぼやけていく。


 しかし、そんな中でも一条の光だけは感じ取ることができた。


 タカオは無意識に、その光に吸い寄せられていく。何となく、温かさを感じたからだ。


 やがて、一人の人影が見えた。


 とても大きく、そして――どこか懐かしい感じ。


 自然とタカオの足に力が入る。


 そして彼の名を呼んだ。





「……ガイ」

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