第84-1話 戦う理由 -Dead or Alive-

・1・


「着いたぞ」


 大通りに一台のバイクが止まった。

 左右にそびえ立つ高層ビル群。その全てから光は失われている。この場所には、自分たち以外の人間は存在しない。


「悪いな、久我山」


 久我山。かつてはみだしの命運を賭けて敵対したこの男もまた、何らかの理由でリセット前の記憶を保持していた一人だった。

 彼の操るバイクの後部座席から降りたタカオは、軽くストレッチしながらかつての敵に礼を言った。


「いいってことよ。プラシアンを独占されて、こっちは商売あがったりだ。お前には恨みはあるが、客としてくるなら話は別だ」


 タカオはかつて交わした悪魔の取引に、もう一度手を伸ばしていた。

 久我山への依頼内容は二つ。シンジの正確な居場所と、周辺にいる人間の退去だ。タカオ一人ではできなくても、彼の魔法とコネクションがあればそれは可能となる。

 当然、恨みも込みで金額は相当なものだったが、そこは仮初でもエクスピアに属していたのが幸いした。タカオが支給されたブラックカードを見せた途端、久我山の態度が豹変したのはよく覚えている。


「ここいらの人間はプラシアンを受け取ったはいいが、使わずビビりまくってた連中だ。魔法を使うまでもなく、安全な場所を教えてやったらすぐに動い……っておい、聞いてんのか?」


 久我山の言葉に反応せず、タカオは黙って携帯端末を凝視していた。


「そっか……」


 それはミズキからのメールだった。




=====================


差出人:Mizuki Saigane

宛先:Takao Kaijo


無題


どこ?


=====================




 たった一文。怒りと心配。彼女のムスッとした顔が目に浮かぶ。

 けれど今はそれ以上に、その一言には意味があった。

 そもそも彼女が目覚めなければ、こんな言葉さえかけてもらえないのだから。


「何だ? お前らくっついたのか?」

「ちっ……ちげぇよ!! どっからそんな話になる!?」

「どこって……」

 久我山はタカオを下から上まで見て、再度にんまりと嫌な笑みを浮かべる。

「……ッ! だーもうこの話は終わり! いいか? 終わりだかんな!」

「おいおいそりゃねーぜ。聞かせろよ? 代金10%割引してやるから。な?」

「ぜってー嫌だ!!」

 たいして仲がいいわけでもないのに、くっついてくる久我山が本当に気持ち悪い。

 しかし、そんな雰囲気もすぐに終わる。


「……行くのか?」

「まぁな」

 タカオは先を見据える。この先に、シンジはいる。

「正直理解できねぇなぁ。あんなのために、何でそこまでできる?」

「そんなの関係ねぇよ。俺の心がそう叫んでる。理由はそれで十分だ」

 確かにこれは一心に仕組まれた一戦。彼はタカオが勝つなんて微塵も考えていないはずだ。だがそれでいい。これは自分にとって好機だ。

(ユウトにばっかりいい所持っていかれるわけにはいかねぇよ)

 もしシンジに勝って、彼の計画を狂わせれるならお釣りがくる。


「じゃ、行ってくるわ。お前もさっさと逃げろよー」

「おう、毎度あり」


 ここからは正真正銘、自分にとって最後の死戦となる。

 ミズキへの返事はしないでおいた。

 彼女はずっと頑張ってきてくれた。自分の心を殺してまで。



 だから今度は、自分の番だ。



「チッ……死ぬんじゃねぇぞ」

 最後に聞こえた久我山の言葉に、タカオは振り返らずに手を振った。


・2・


「……来たね」


 シンジは振り返らない。けど、嬉しくてたまらないのは声を聴けば嫌でもわかる。


「決着をつけにきた」

「君ほど僕に何度も向かってくるやつは本当に珍しい。嬉しいよ」


 彼は深呼吸する。そして振り返るのと同時に、黒い甲殻のようなオルフェウスローブを展開した。


「相変わらず、潰しがいがある!」


 背中に浮遊する三つの大型メモリー。その一つ一つがギラギラとした光を放っている。どうやら魔獣やWEEDS、もしかすると一般人まで喰らって、さらに力を増したらしい。


「やれるもんならやってみろ!」


 タカオとシンジ。二人の視線が真正面から衝突する。


 しかし、


「うん? あぁ、どうやらお客さんは君だけじゃないみたいだよ?」

「何?」

 タカオの背後から、ロウガがその巨体に似合わず音もなく現れた。

「お前……」

 彼はタカオを一瞥すると、その横に立つ。


「貴様に問う。貴様が戦う理由は何だ?」


「は?」

 突然そんな問いを投げかけられたシンジは、首を傾げた。


「この男は言った。自分の心に従うと。憎悪を滾らせる復讐者の目ではなかった。俺はそこにこの男の誇りを見た。だから答えろ。貴様は何のためにその命を懸ける?」

「……」

 この魔獣にとって、誇り無き戦いに意味はない。

 きっと今は、復讐者としてではなく、一人の戦士としてここにいる。

 他でもない、彼の心がそう望んでいるから。

 そんな気がした。そしてそれはタカオも同じ。



 この男を一発、思いっきりぶん殴りたいと。



 通じ合った心は、タカオの心をより滾らせる。

 だが、その空気を壊すようにシンジは突然吹き出した。


「アッハッハッハッ!! 何を言い出すかと思えば、そんなこと?」


 彼はおかしくて堪らないのか、お腹を押さえて笑っている。しかし、すぐに電池の切れた人形のように笑いを止め、さも当たり前のように答えた。


「簡単だよ。楽しいからさ。強さだけが僕の全てなんだ。だったらこの世界で、僕の強さがどこまで通用するのか。それを知りたいと思うのは当然でしょ?」


 シンジにとって、戦いはゲームと同じなのだ。敵を倒してその強さを奪い、今度はさらに強い敵を倒す。ただそれを延々と繰り返す。

 彼が他を殺し、その力を奪う魔道士ワーロックにまで成長したのは偶然でも何でもない。その魂が人類悪と共鳴したのは必然だ。


「戦いを続けたい者と……戦いを終らせたい者。貴様らが戦うのは運命だったのかもしれんな」


「君こそ、僕が喰っちゃった主の仇を取るんじゃないの? ほら、僕を殺したくて堪らないんでしょ?」

 早く食いついて来いと言わんばかりの挑発と興奮。シンジはもう始めたくて仕方がないようだ。しかし、


「慌てるな」


 ロウガはの左腕で空を掴んだ。シンジのオルフェウスローブと同じ黒。肘から彼の体を侵食しようと蠢いていた。


「その腕……へぇ」

 舌なめずりするシンジ。その黒い腕の正体は、タカオも何となく察することができた。

 ミズキから取り出した呪いだ。彼はそれを腕として無理矢理使役している。


「貴様の……言う通り、俺は貴様を殺したくて仕方がない」

 ロウガを以てしても身に余る力。立っているだけでも相当負荷がかかっているのは見ればわかる。


「だが、復讐者としてではない!!」


 しかし、ロウガはその負荷を気迫で吹き飛ばした。

「「!!」」

 その余波は、タカオとシンジの毛を逆立たせる。人が本能的に持つ危険信号。紛れもない恐怖だ。


「ワイアーム様に仕える誇り高き剣であること。それが戦う理由だ」


 そう宣言したロウガの左腕には、以前彼が使用していた愛刀・真神があった。

「いいぜ、とことん付き合ってやるよ!」

 タカオもネビロスリングに鍵を装填した。


『Ignite Zeruch』


 白き鎧を纏った彼は、赤い闘気を拳に宿す。


 どちらも、最凶の魔道士に届くを持っている。

 シンジはそれをむしろ歓迎し、爛々と瞳を輝かせていた。


「いいね。じゃあそろそろ始めようか……最高に楽しい殺し合いをさぁ!!」


 『誇り』と『快楽』と『友情』。


 各々戦う理由を胸に、彼らにとって最後の戦いが始まる。

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