第79話 相克 -Cannibalism-

・1・


「見たな……吉野ユウト!」


 歓喜に震えた声が降ってきた。


「宗像一心!」

 声の主は、虚ろな瞳で微動だにしないもう一人のユウトの横に姿を現した。

「これでチェックメイトだ」

 ネットリとした彼の声に、ユウトは額から一筋の汗を流した。

「君は確かに貴重な存在だが、もはや不要な存在となった」


 ここには、二人の吉野ユウトが存在する。


 その意味は明白だった。

 かつての仮面の魔法使い祝伊紗那のように。


 


「彼は私の意のままに動く人形だ。物の価値が同じなら、より扱いやすい方を選ぶのは当然だろう?」


 一心はさも当然のように、両手を広げて言い放つ。

「さぁ、受け取りたまえ」

 彼は懐から大型のメモリーを取り出して、もう一人のユウトに手渡した。

 冬馬がユウトから奪った、Unlimitedのメモリーだ。あれには伊紗那から奪った、ワーロックの力の半分が記録されている。



 その一手で、



「これで君の運命は確定した。Bad end……今よりこの世界は君の存在を許さない」

「……ッ」

 この世界全てがユウトを排除しようと、胎動を始める。伊弉冉が定めた、誰にも覆すことのできないルールに則って。

 もう一人のユウトは口を開くこともなく、メモリーを籠手に装填した。



『Unlimited』



 直後、爆発にも似た圧が周囲の全てを破壊した。

「う……ぐああッ!」

「ユウト!」

 飛角は吹き飛ばされそうになったユウトを抱き留め、背中から生えた龍の翼をで体を覆うようにして、衝撃から彼を守った。

「平気?」

「あ、ああ……」


 トンっと、無音の世界に最初の音が生まれた。


「!!」

 それは背筋が凍り付くような死の気配だ。

 白く変色した髪。赤く輝く双眸。全身に漂う魔力密度は臨界点を突破し形を得て、紅の魔道士の霊装オルフェウスローブを形成していた。


(伊紗那の時と同じ……いや、それ以上か!?)


 最適化。完全なる調和。

 美しくもあり、禍々しくもある。

 無限の魔力を持て余していた今までとはわけが違う。

 無論、これまでユウトが使役してきたいかなる力とも。


 これが。

 

 これこそが完全な理想写しイデア・トレースの姿。


 敵は、真に覚醒した自分自身ワーロックだ。


・2・


「素晴らしい! もはや理想写しなどという安い力ではない! これは――」


「ッ!!」

 飛角が動いた。

「待て! 千里!」

「ああああああああああああッ!」

 ワンステップでジェット機と同等の加速を得た彼女の全力の拳が、もう一人のユウトを狙う。

「……」

 ノーモーションで幾重にも展開される結界。だが、彼女の前ではそんなものは意味をなさない。


 バキバキバキッ!!


 豪快な音を鳴らし、彼女は全てを打ち砕く。だが、


『Zero』


「なっ!?」

 次の瞬間、全てがなかったことにされた。気付けば飛角はもう一人のユウトの前に無防備で突っ立った状態になっている。

 彼は彼女の腹部に手を当てた。すると、再び爆発的な衝撃が起こる。

「ぐ……がは……ッ!!」

 一拍おいて、飛角の美しい肢体が鮮血を撒き散らして、ホームランボールのように盛大に吹き飛んだ。

「千里!!」

 十数メートル離れた場所に受け身も取れず落下した彼女は、そのまま動かなくなった。

「千里! 千里!! お前ぇッ!!」

 自分が相手だからなんて関係ない。頭に血が上ったユウトは、双銃剣を握りしめた。



「ユウト!」

「ユウトさん!」



 その時、天空から二色の光がもう一人のユウトに降り注いだ。

「刹那……アリサ……何でここに?」

「上手くは言えないけど、なんか嫌な感覚が走って……行かなきゃってなったのよ」

「私もです。あなたをお守りできなければ眷属になった意味がない」

 眷属の二人にはユウトと特別な繋がりがある。自分の危機を二人は察知したのかもしれない。

 すでに魔装状態の二人は、揃って目の前の敵に武器を向けた。

 しかし、すぐにその顔は戸惑いを覚えることになる。


「は!? 何で……」

「ッ……ユウト、さん」


 特にアリサの顔色はひどいものだった。

 まるで幽霊でも見ているような。まるで懺悔でもしてしまいそうな。

 彼女の手にある黒塗りのボウガンのような二丁の銃の照準はブレにブレ、目元には涙さえ浮かべていた。

 刹那はそんなアリサの様子を見て、しかし極めて冷静に言った。

「あんたの知り合いかもしれないけど、私は斬るわよ?」

「……ッ」

 アリサもその言葉で動揺から抜け出し、いつもの強い瞳を取り戻した。


「いくわよッ!」

「はい!」


 いつの間に手に入れたのか、絶妙なコンビネーションを見せつける二人の眷属。

 左右から高速で、フェイントも織り交ぜながらもう一人のユウトに迫る。

「無駄だ。彼の力は君たち人間を遥かに凌駕している!!」

「ハッ!」

 魔装状態の今のアリサは、パンドラが持つ千を超える武器を制限なく自在に扱える。

 時には弾として。

 時には刃として。

 時には盾としてさえも。

 一人の手には余る武器全てが、彼女の意のままだ。

 アリサの左右にどこからともなく出現せしめた『黒き武具弾丸』が、一切触れることなく、ミサイルのように射出された。

 同時に刹那も神雷を集めた大剣から、質量を伴った斬撃を放つ。

 合わさった二つの破壊は絶大だった。まるで映画のワンシーンのような過剰すぎる爆炎が路面を吹き飛ばし、木っ端微塵に砕け散ったアスファルトが粉塵となって周囲を埋め尽くす。


「「ッッ!!」」


 しかし、当事者である二人は信じられないものを見たように目を見開いていた。

 もう一人のユウトは健在だった。

 先に彼の元まで到達したアリサの弾丸としての剣や斧。彼はその二つ掴み取り、続く刹那の斬撃を打ち払ったのだ。

「手加減……してないわよね?」

「そう、見えますか?」

 緊張した声で呟く刹那に、アリサは苦虫を噛み潰したような顔で応じた。


『Volcano Chain Riot Eclipse Quake Doom Blade Ivy Double Raider Dupe Boost Bios Drain Clock Scale Ignite Jet――――――――――――――――――!!』


 直後、お返しとばかりにけたたましい電子音が暴力的に鳴り響く。

 同じものなど存在しない無数の理想きせきが、刹那達に牙を向けた。

 しかも、発動者であるもう一人のユウトはメモリーを装填したようには見えなかった。ただ、あの場に立っているだけだ。

(……あれは、何だ?)

 あんなのもう理想写しの枠を超えている。本来吉野ユウトの力は、他者から力を借りることで初めて成立するものだ。自分の存在はその受け皿に過ぎない。

 なのに。

 全てが全く異なる力のはずなのに、全てが彼の力であるかのようにユウトには思えた。


 今まで理想写しを使ってきて、そんな感覚になったことは一度だってない。


「……」

 もう一人のユウトの周囲で閃光が躍った。後光のように膨れ上がった魔力が、魔法の群れを一斉に撃ち出す。


 次の瞬間、光が限界を超えた。


 圧倒的だった。いや、圧倒的過ぎた。

 剣や槍、銃火器や鈍器はもちろん、用途不明の奇妙な形状をした武具まで全てが力の塊として、また個別の奇跡を撒き散らして猛威を振るった。

 見境など無い。射出された全ての魔法がお互いに干渉し、増幅し、反発し、その力は神の領域にさえ踏み込んでいる。

 叫び声さえ掻き消され、少女たちは力なく倒れた。

 魔装のおかげで五体満足ではいられたものの、二人ともその魔装が解け、それぞれの武器が地面に投げ出された。


「刹那! アリサ!」


 飛角も、刹那も、アリサも……みんな倒れた。


「ふん。他愛ない」

「宗像ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 叫ぶ。怒りがユウトを支配する。

 全ての感覚が研ぎ澄まされる代償として、思考を失った獣へと堕ちていく。


「これでフィナーレだ! さぁ、とどめを刺せ。君こそが吉野ユウトだ! ハハハ、ハハハハハハハッ!!」


 高らかに宣言し、勝利を確信する一心。


「……」


 その時、世界が色を失い凍り付いた。


「……あ……っ」


 ユウトは胸に鈍い違和感を感じた。気付くともう一人の自分が目と鼻の先にいる。

「……ッ」

 ゆっくりと、ユウトは自分の胸に目を向けた。そしてようやく認識する。


「ぐ、ぶ……ッ!!」


 煮えたぎった熱いものが、体の内側から逆流して勢いよく溢れ出る。

 もう一人の自分の腕が心臓を貫き、赤い血がドバドバと洪水のように流れ出ていた。


「―――。」


 何か、言われたような気がした。

 しかし、ユウトにはそれすら聞く余力は残っていない。


 静かに。そして容赦なく。

 

 ブラウン管の電源を切るように、世界が光を失った。

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