行間7-4 -Outside Observers-

「ん……」


 目を開けると、そこは真っ暗な世界だった。


(……)


 何も見えない。感じない。

 けれど仕方ないかな、と素直に納得してしまう自分がいる。



 これはきっと罰だ。



 世界を創りあげる力が目の前にあって、それを扱うだけの力が自分にあった。

 たった一人――愛する人にもう一度会いたい。ただそれだけのためにその力に触れ、数多の並行世界をダメにしてしまった。

 こんな稀代の大量殺人者が、まともな場所に行き着くはずもない。

(もう……疲れたよ)

 最後に彼の側にいれたこと。もう一度彼の笑顔を見られたこと。

 それだけが少女の心を優しく温めてくれた。

 もう、全部終わった。後悔はない……




「目が覚めたかしら?」


「ッ!!」

 誰もいないと思って感傷に浸っていた少女は、思わず飛び起きた。

「あなた、は……」


 この黒の世界で唯一、祝伊紗那の感覚が捉えたのは、鮮血のように赤い着物を纏った少女の姿だった。


「カ、カーミラさん?」

「ごきげんよう」

 カーミラは優美な声と共に、伊紗那に会釈した。

「でも残念だけど、再会を喜んでいる時間はあまりないの」

「それってどういう――」



『ハッ!』

「はぁぁッ!!」



 二つの闘気が少女の言葉を遮った。

「見なさい」

「ユウ! 冬馬!」

 何もない空間に投影された映像。その中で二人の親友が互いに刃を交えていた。

 伊紗那は反射的に手を伸ばしたが、その指先が映像に触れることはない。手を伸ばせば確実に届く距離のはずなのに、全く届かない。距離感がおかしい。

「どうして……どうして二人が戦ってるんですか!?」

 あんなに仲が良かったのに。伊紗那の中で、かつての思い出が音を立ててひび割れていく。



 カーミラは答えた。

「え……」

「あなたはカグラの介入で一度命を奪われた。でも知っての通り、伊弉冉の中での死は厳密には死ではない。伊弉冉そのものが地獄と同じ役割を担っているから。その魂は管理者が手放すまで、永遠に束縛され続ける」

 そこまで聞いて、伊紗那はようやく状況を理解し始めた。

 カーミラはそっと呟く。

一方とうまあなたを救うために。もう一方ユウトみんなを救うために」


 要するに、冬馬は自分とをしようとしているのだ。

 そしてユウトは同じように、それを止めようとしている。


「そんな……」

 伊紗那はその場に座り込んでしまった。

 何も終わってなんていなかった。むしろ自分が死んでしまったがために、最悪の結末を招いてしまった。

「今すぐあそこへ……二人の元へッ!」

 伊紗那は投影された映像に向かって走る。それで現実世界に戻れるわけでもない。けど、そうすることしか今の彼女にはできない。

 祝伊紗那はもはや管理者などではなく、一役者に過ぎないのだ。


***


「はぁ……はぁ……」

 息が切れるまで走り続けた。

 ワーロックですらない今の人並みの少女の身体は、とっくに限界を超えている。

「無駄よ。カグラが選んだ宗像一心という男がいる限り、あの二人は止められない。他でもない、あなたのためだもの」

「……ッ」

 自分のせいで二人が争っている。それが何よりも悲しかった。

「カグラは今、私の力で押さえつけているけれど、あの坊やは伊弉冉の最初の所有者。私の知らない抜け道をいくつも持っているはず。そう長くはもたないわ」

 カーミラは悲しそうな表情で、二人の少年の戦いをただ眺めていた。

 自分と同じで、彼女もまた、見届けることしかできないのだ。

「どうしたら……どうしたら二人を止められるの……」




「大丈夫だ」




 その時、新たな声が黒の世界に響いた。

「だ、誰!?」

 突然のことで驚いてしまった伊紗那だが、同時に懐かしい感覚が蘇った。

(今の声……)

 もう聞くことはないと思っていた、心を揺さぶる優しい声。


 ありえない。そんなことあるはずない。


 コツコツと、足音は響く。

 闇に浮かび上がった影は、次第にその人物をくっきりと露わにしていく。

 カーミラも驚きの表情を隠せなかった。朱色の瞳を見開いて、口を開く。


「あなたは――」

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