第74.5話 運命を綴る者 -Hostage-

「よくやった冬馬……我が息子よ」


 海上都市中央に立つ黒い巨塔。通称モノリス・タワー。

 ここを本社とするエクスピア・コーポレーションの社長室で、宗像一心は冬馬の働きを称えた。

「……」

 一心の手には、冬馬が持ち帰ったユウトの大型メモリーがある。

「これは私が生前に作り出したものだ。出来損ないの失敗作だったが、吉野ユウトはそれを全く違うものとして完成させたか。素晴らしい」

 彼は革張りの高級オフィスチェアーに腰を落とし、メモリーをデスクの上に置いた。


「……どうして、?」


 冬馬は来客用ソファーに座ることなく、表情を暗くして尋ねた。その瞳には明らかな憎悪が見て取れる。

 『宗像』は母方の姓だ。本来、彼の名は『最牙一心』のはず。


「最牙一心という名の人間は、あの時死んだ」


 椅子を後ろに回転させ、彼は外の景色を眺める。


「今や宗像一心はこの世界における秩序ルール。そして、お前はその息子だ。誰にもその事実を変えることはできない」


「……ッ」

 一心はどうあっても冬馬を逃がすつもりはないらしい。この世界において彼が宗像の名を選んだのは、『家族』という決して切り離せない絆を自覚させるためだろう。

「またあんたは……関係ない人間を巻き込んで、狂った実験を再開しようっていうのか?」

 プロジェクト・ワーロック。あの実験だけでも多くの命が失われた。たった一人の特別を生み出す。ただそれだけのために。

「冬馬……お前がどう思おうが勝手だが、私がいないあの世界で、お前は何一つ成し遂げていない。誰一人救うことさえも」

「……」

 一心は席を立ち、冬馬に振り向いた。


「もはや過去の研究など必要ない。計画は次の段階に移行する。今、街中で行われている戦いは、ほんの余興に過ぎない」


 街では今も、プラシアンを使用して戦う力を得た多くの人間が、我先にと魔獣と戦っている。その力と引き換えに、


「全ての人間をワーロックに進化させる! 私の伊弉冉の力で!」


 人獣共にこれだけの血が流れても、未だワーロックは一人も生まれていない。

 当然だ。かの極地へ至るには、その人間にとって完全以上に同質で、対となる命が必要だ。そんな存在が一人いれば幸運。下手をすれば同じ次元には存在しないことだって十分ありうる。それほどまでに天文学的確率を彼は求めているのだから。


 だが、一心は決して運を天に任せているわけではない。


「運命とは、神が用意した経営戦略ひつぜんだ。この世界における神……すなわち私こそが、それを綴るに相応しい……このモノリス・タワーはそのためのだ」


 彼は腰の伊弉冉の柄を、人差し指でねっとりとなぞる。

 自分に都合の悪い可能性を全て排し、望む結果だけを引き寄せる。彼の力をさらに広範囲に拡張すれば、ハズレばかりの今の状況は一変する。

「そんなの……神じゃねぇ」

「ではどうする息子よ? を諦めるか?」

「ッ!!」

 一心は伊弉冉を抜いて、その妖美な刀身に冬馬を写した。

 見ているだけで心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲った。息をすることさえ忘れてしまう。


「この刀には、夢幻の世界に存在した全てのデータが保管されている。無論、お前や祝伊紗那も例外ではない」


 その言葉に嘘偽りはない。

 現に死んだはずの人間が、もう一度生を得るこの世界。

 有史以来、多くの人間が望み、ついぞ手に入れることはなかった神の御業。

 しかしこの世界においてのみ、その奇跡は叶う。伊弉冉に魂を捕らわれているからだ。

「……」


 だからまだ、完全に伊紗那の魂が消えたわけではない。

 だからまだ、あの頃に戻れないわけではない。


 宗像冬馬は従うしかなかった。例えその結果、彼らの横に自分が立てなくなるとしても。


「すでに御巫刹那いざなぎへの対処は手配済みだ。シンジへの土産も動くだろう。お前には引き続き、吉野ユウトを制御してもらう。まったく……聞き分けの悪い子供ばかりで困ってしまうよ」


 一心は刀を機械仕掛けの鞘に戻して、ひどく満足そうな笑みで椅子に座った。


「彼女の命の行く末を決めるのは冬馬、お前次第だ」


 人質。要するにそういうことだ。

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