第75話 契り -For you. For us.-
・1・
「……何の用だ?」
どんなに気配を消したところで、最後のネフィリム・ロウガを誤魔化すことはできない。だからユウトと刹那は、正面から彼と対峙することにした。
海上都市西部の空港滑走路。
どこまでの平坦なこの場所なら、ロウガを見つけ出すのは容易だった。もっとも、彼は始めから隠れるつもりなど微塵もないようだが。
逆に一歩飛行場の外へ出れば、彼に惹き寄せられた魔獣たちが数百単位でひしめき合っていた。あっちは凌駕と飛角に任せてある。
「あんたを倒して、魔獣の進行を止めるわ」
刹那が刀を抜いた。半ばで折れた刀身に、煌びやかな雷が収束する。
ロウガもまた宗像一心と敵対関係にあるものの、決してユウトたちと相容れることはない。彼がいる限り、この世界に際限なく魔獣が押し寄せてくるのだから。
『Cross Blade!!!!!!!!!!!!!!!』
銀閃の衣を身に纏い、ユウトも刀を取った。
「フッ……俺の本意ではないがな」
刹那を見て不敵に笑うロウガの右手には、骨を削って磨き上げたような大刀が握られていた。
「だが貴様らと殺れるというなら、それもいい」
彼も刹那たちと同じように得物を正面に構える。その佇まいは完成された『静』そのもの。隻腕であっても一切の隙はなく、威圧感が数十段跳ね上がった。
ユウトはロウガの異様な刀に目が行った。
「これか? 主より賜った
骨刃には無数の魔獣の牙が植え付けられており、どちらかというと刀というよりノコギリに見える。
「いざ――」
「その勝負を認めることはできない」
「ッ!!」
ロウガは誰よりも素早く、さらなる来訪者を視界に捉えた。
両者の間に割って入るように、その男は虚空から現れる。
「……やっぱり来たわね」
「宗像、一心ッ!」
・2・
すでに伊弉冉が編んだ黒碧の衣を纏った一心は、優雅に一礼する。横には冬馬もいた。
「君たちにそのネフィリムは倒させない。彼には大切な役割がある。さぁ冬馬、お前は自分の仕事をするがいい」
「……」
冬馬は口を開かず、何かを決意したように再びワイズマンの力を取り出した。
「やめろ冬馬! そんな力、使い続けたらお前は……」
「元から俺の体は、親父の実験の影響でボロボロだった。定期的に夜白に薬を調合してもらわなければならないほどにな。だから今更問題じゃない。ただ……俺も自分の命を無駄にするつもりはないだけだ」
ユウトは以前、彼が残した言葉を思い出した。
「……伊紗那のため、か?」
一瞬垣間見えた冬馬の表情から、ユウトは確信した。やはり宗像一心は、何らかの形で伊紗那の命を握っている。
冬馬が彼に従わざる負えないのもそのためだ。
「ずるいな。僕も混ぜてよ」
魔獣が出現するのと同じように、空間を裂いてシンジまで現れた。
「ユウト、宗像冬馬が邪魔なら僕が手を貸してもいいよ? 二人で彼を殺すんだ。そしてその次は宗像一心だ」
シンジがユウトに歩み寄りながら提案してきた。
「そんなこと……できるわけないだろ!」
「……ふーん。ま、僕は一人でも楽しむけどね」
そう言う彼は、すでに
「もういいわユウト。宗像君は私がやる」
刹那がユウトの前に出た。しかし、
突如、巨大な焔の腕が刹那に襲い掛かってきた。
「言ったはずだ。君には然るべき相手を用意すると」
一心の唇が不気味に吊り上がる。
「ぐ……ッ!!」
巨大な掌は彼女の体を丸ごと掴むと、強引に主の元まで引き寄せていく。なされるがままに、刹那はユウトたちから百メートル以上離されてしまった。
「ダ~メ。刹ちゃんの先約は私だよん」
「……っ……姉、さん……」
すでに魔装状態の橘燕儀が、刹那の前に立ちはだかる。
彼女が首に巻いている炎のマフラー。さっきの巨大な腕の正体はそれだ。
「主様、今はあの娘に集中しろ。余計な気を割くな。あやつ、以前よりも魔装が馴染んでいる」
「もうさすがとしか言えないわね……」
伊弉諾の警告に、刹那は半笑いした。
「けど、私だって何もしてこなかったわけじゃないわよ。伊弉諾!」
「応!」
彼女の背中に光の刻印が浮かび上がり、今までとは比較にならない極大の魔力が一気に解放される。
その肢体が雷光に包まれ、青き刃翼の天使へと昇華した。
今の刹那には、以前のような魔装によって受ける負担はもうない。
「へ~、口だけじゃないみたいだね。いったい何をしたのかな?」
「……ッ、ゼッタイ教えない」
刹那は少し顔を赤くして、しかし集中力は途切れさせることなく、神剣・建御雷を構えた。
・3・
――ロウガ討伐決行前夜。
「あんた……今、なんて言った?」
刹那は自分の耳を疑った。
「そこの小僧と契りを結べと言ったのだ。要は肌を重ね――」
「はあああああああああああッ!?」
顔を真っ赤にして、仰天する刹那。
「それってセッ――」
「……No! それ以上はダメ。勘違い……いいわね?」
椅子に腰かけた飛角の口を御影が背後から塞ぎ、重い声音で言い聞かせた。
タカオがミズキをユウトたちに任せて去った後、伊弉諾の爆弾発言が店を震撼させた。
提案した本人はいたって真面目に、しかしその隻眼は憎々しげにユウトを睨む。
「不本意ではあるが、今の主様の未熟さを埋め、余の魔装の負担を打ち消すには、
「双子のネフィリムと戦った時、私が姉さんにしたのと同じような事を、ユウトともしろってこと?」
「あれとは比較にならないほど強力なものだ。呪いにも等しい。魔道士の持つ無限の魔力を分け与えられる代わりに、主の剣、時には盾となって尽くさなければならない。死ぬまでな」
それが魔道士との契り。すなわち眷属化だ。
「余の最初の使い手も
伊弉諾の言葉に、刹那は顔を曇らせた。今の刹那は一度魔装を使うと、最短でも半日は戦えなくなる。いくら神の如き力でも、これは致命的な弱点だ。
「本来ならめんどうな作法など無くとも、お互いの合意があれば眷属化は成せる。そこの小僧が未熟でなければな」
全員の冷ややかな視線がユウトに注がれた。
「……え、え、俺が悪いのか!?」
「ちなみに、貴様とそこの女はもう繋がっているぞ?」
伊弉諾は少女のようにきめ細やかな人差し指を伸ばす。その指は飛角に向いていた。
「え、私?」
彼女は自分の体を適当に弄る。その上で、
「別になんも変わってないけど?」
「そういえば、魔力を摂取しなくてもいいのか? しばらくお前が女子を襲う姿を見ていないぞ」
思い出したようにロシャードが飛角に問う。
「あれ? そういえばお腹、すかないな……」
彼女は不思議そうに首を傾げた。腕輪を壊された後、ロシャードが安定装置になっていた間は問題なかったが、今はリセットの影響で壊される前の状態に戻っている。
「いつもならそろそろ欲しくなって、誰かかわいい子をひっかけるんだけど……」
「女、小僧の魔力に直に触れたか?」
「ん~、そんなこと言われてもなぁ」
飛角は欠伸しながら、片手で頭を掻いた。
「そうだな……、例えば接吻はどうだ?」
「あ……」
思い出したように両手をパンッと合わせる飛角。そして御影やアリサ、刹那に向かって、
「……てへ♡」
可愛らしく舌を出してみせた。
「……あなたという人は」
「ユウトさん……お話があります」
御影とアリサがユウトを睨む。
「もしかして……俺が記憶を取り戻した時か!?」
「みたいだねぇ。気付かないうちに私ってば、ユウトの物にされちゃってたってことかぁ……鬼畜だなぁ」
頬を朱に染めた飛角が、満更でもない顔で艶やかな視線をユウトに向けた。
「でもキ、キスくらいで眷属化できちゃうものなの?」
「重要なのは接吻ではない。どれだけ小僧の心を埋められるかだ」
そう答えて、伊弉諾はユウトに近づいた。
「それに貴様にも悪い話ではない」
「どういう意味だ?」
「主様は余の力を宿している。それすなわち伊弉冉に対抗できる力だ」
「ッ!?」
確かに、刹那だけは宗像一心に傷を負わせていた。彼の能力の影響も受けていない。御巫刹那という少女を眷属にするということは、彼女の全てを手に入れるということ。それには当然、伊弉諾の力も含まれる。
「……でも」
だからといって、ユウトには彼女の意志を無視することはできない。
これはそれほどまでに重大な選択だ。
「私が……ユウトと……」
最初は乙女のように恥ずかしがっていただけだった刹那の瞳に、徐々に強い意志が灯り始める。そして、
「わかったわ」
彼女は臆することなく真っ直ぐユウトを見つめて、そして請う。
「ユウト、私をあんたの眷属にして。私にはどうしても……最後まで戦わないといけない理由があるの」
「刹那……」
ユウトと刹那はしばらくお互いを見つめ合う。
まだ心のどこかに恐怖があるのだろう。ユウトの服を掴む彼女の手は少し震えていた。しかし、その言葉に嘘偽りはない。
御巫刹那が自分で決めた道だ。
そんな二人の間に、金色の髪が割って入った。
「私も……あなたの眷属にしてください」
アリサは刹那の前に出て、ユウトを見上げた。
「ちょっ……、何であんたまで――」
「……ッ」
くってかかる刹那に、アリサは正面から向かい合った。
「あんた……」
そのあまりに真剣な瞳に、刹那はそれ以上言えなくなった。
彼女にもまた、戦う理由があるのだ。
・4・
「こ、これで文句ないでしょ?」
「いくら何でも……不愉快です……」
ベッドに座るユウトの目の前で、両者共に強く唇を噛み、つまんだスカート、あるいはジーパンの両端をそっとめくる。すると彼女たちの白い太腿と主張控えめなパンツが見えた。
(ッ! あの野郎……何のつもりだ? こんなんでホントに上手くいくのか?)
眼前に広がる魅惑の景色に思わず咳き込んだユウトの思考は、すぐにそんなことすら考えられなくなった。
午後十時。ユウトの自室。
人も魔獣も活動範囲が狭まっていくこの時間。ここら一帯には三人以外、誰の気配も感じない。
あの野郎――伊弉諾曰く、眷属化のトリガーとなる最たるものは性欲なのだそうだ。
「ユ、ユウト……」
「ユウトさん……」
涙声で羞恥に頬を染めながら、二人の美女がユウトに潤んだ瞳を向ける。目が合ったその瞬間、ユウトは全身の血がグツグツと沸騰するような感覚に襲われた。
眷属化のため、ユウトを性的に誘惑し、興奮させるのは理に適っている。彼女たちがそのあたりの知識に詳しいとは思わないが、とはいえ小学生でも今時、パンチラ程度でここまで興奮したりしないかもしれない。
その容姿は言わずもがな、素朴さと恥じらいが普段とのギャップでユウトの心を否が応でも昂らせているのかもしれない。
「……ど、どう?」
刹那の不安そうな瞳がユウトを覗き込む。
「どうって……」
「パ……パンツじゃ足りないっての!?」
ここまでやって引っ込みがつかなくなったのか、刹那は自分の上着にも手をかけ始めた。対抗心からか、アリサも同様にシャツのボタンをはずしていく。
「ちょ、待て待て待て!!」
このままだと完全に方向性を見失いそうで、ユウトもさすがに二人を止めようとしたが、
「「いいから黙って私で興奮して!!」」
「は、はい!」
見事にハモった少女たちの気迫に押し切られてしまった。
「ふぅ、ッ、あ……!」
「ん……ッ」
下着姿の少女たち。アリサは動きやすさ重視の黒のスポーツブラ。刹那は意外にもレースの入った純白のブラジャーだ。二人は両サイドからユウトに肌を合わせてくる。
(肌が、直接……二人の、鼓動が……)
次第に熱っぽさを溜めた肌が汗ばみ、呼吸が詰まる度、三人の心音が同調していくのが感じられた。
「わ、たし……んっ、ちゅ……ッ」
流れるように自然な形で、アリサはユウトとついばむように口づけを交わした。
(私は――)
その時、声が脳裏をよぎった。
(これは……アリサの心の声?)
(私は伊紗那さんを……あの人をずっと憎んでました。あの人は全てを捨てたから。大好きだった仲間も、自分自身さえも。あなたの世界を作るために、あの人はあまりに多くの命を使いすぎた)
しかし憎んでいたという割には、その声には怒りを感じない。むしろ――
「はむ……ん、ちゅ……ッ」
ついばむ様な口づけは羞恥の首輪を千切り、脳を溶かす。熱い舌が――熱そのものがお互いの口内を蹂躙した。
(でも、それは私も同じでした……自分の目的のために、私も気付かないうちに何の関係もない命を奪ってしまっていた)
ふと、アリサを介してユウトの脳裏にもう一人の、絶望に身を堕としたアリサが映った。彼女が目の当たりにした、本来存在するはずだった遠見アリサだ。
今隣にいる彼女がいなければ、おそらくユウトとは関わることもなく、学校に行って、勉強して、恋をして、一人の女の子として普通の幸せを楽しんでいたことだろう。
同じ世界では同一の魂はより強い方に淘汰される。遠見アリサは、遠見アリサに殺されたのだ。
(……怖かったんです)
彼女が伊弉冉の幻影だとわかっていても、その憎悪は紛れもなく本物だ。
(誰かの人生を無茶苦茶にしてしまった。自分が同じ事をして、ようやくわかりました……あんなの平気なわけがない!)
吐き出すように、少女は叫ぶ。丸裸にされた心にはもう、押し留める物は何もない。
(私は、あの人に寄り添うべきだった……同じものを見てきた者として。あの人を壊してしまったのは……私です……私なんです)
誰にも話せず、一人で抱え込む辛さを彼女は一番よく知っている。だから今彼女が抱く後悔もまた、本物だ。
「大丈夫だ、アリサ」
「……え」
ユウトは泣き崩れた子供のように自分を見上げる少女の髪を、そっと撫でた。
「だって、お前はもう一人で抱え込まなくてもいいんだからさ。だからその優しさを、今度こそ伊紗那に向けてやってくれ」
守りたいと思った。この少女の後悔が全て消えるその日まで。
「……はい!」
少年の熱が、少女の内を満たす。そして少女の想いは、少年の心を満たした。
その時、アリサの体が淡い光を発した。
「これ……が……」
これが眷属化。ユウト自身、明確に彼女と繋がった感覚がわかった。
その証拠に、アリサの背中に眷属の証たる刻印が現れる。それはまるで体の内側に入り込もうとするように肌に溶け込み、ものの数秒で見えなくなった。
「すごい……力が溢れてくる」
アリサは自分に起こった変化を実感しつつ、まだ事に至っていない刹那の方を向いた。そして、
「フッ……」
「あぁ!?」
得意げな表情を見せた。どうやら先にユウトの眷属になったことをいいことに、刹那を挑発しているようだ。
効果はすこぶる抜群だ。
「上等じゃない……もう、こうなったらとことんやってやるわよ!」
「刹――んむ……ぅ」
刹那は慣れない手つきでユウトの顎を掴むと、強引に自分の方へ寄せて唇を重ねた。しかし自分でも思ったより勢いづいてしまったのか、呼吸が乱れて目を白黒させる羽目となる。
結果そのままユウトを押し倒し、想像を絶する張りのある柔肌が隙間なく覆いかぶさった。
「ッッッッッッ!!」
ここまでしてなお、耳の先まで真っ赤にして恥じらう彼女の姿に、際限なくユウトの血は滾る。思わず彼女の肩を掴んで横に転がり、入れ替わるようにしてユウトが上になった。
「ユ、ユウト……わ、私やっぱり、まだ心の準備が……」
言葉とは裏腹に、彼女の抵抗はひどく弱弱しい。ユウトの指先は、刹那の無防備な体を目指した。
「ん……ひぁッ!! ……ぁ……~~ッ」
密着した状態で、極上の双丘をゆっくりと掌が包み込んだ。強弱をつけるたびに、少女のくぐもった嬌声が漏れ出す。
乱暴に、彼女を汚したい。壊したい。味わいたい。今すぐに。
そんな征服欲が脳裏をかすめた。
(……違う)
そうじゃない。もっと深い部分で、彼女の想いに報いたいのだ。
「……せない」
「ユウ、ト?」
「もう誰も泣かせない。絶対にみんな助けるから……力を貸してくれ、刹那」
「……うん」
コクンと刹那は素直に頷いた。
その手はもうさっきとは違う。壊れ物を扱うように繊細に、しかし本能の赴くまま荒々しく、少女の口から熱い吐息をまぶした艶声を奏でさせる。
「あ、あッ、はぅ……あん……ッッッ!!」
その気高き精神を完膚なきまでに溶かされ、文字通り太刀のように身をのけぞらせた少女は、気付けば打ち付けられる
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