第74話 禁忌の魔法 -Angelo series-

・1・


「シンジを」

「倒す!?」


 目覚めたばかりのユウトと、アリサの声が重なった。


「ま、そういうこった。だからわりぃけど、こっからは別行動だ」

 タカオは真剣な瞳でそう断言した。

 ミズキを抱きかかえ、店に戻った彼は自分の置かれた状況を皆に説明した。どうやら連れ去られた二人は、一心にそれぞれ『役割』を与えられてしまったようだ。


 一方は、戦いを求めるシンジの好敵手なぐさみものとして。


 そしてもう一方は、その報酬ひとじちとして。


「どうだい? ユウト」

 飛角はミズキの容態を見ていたユウトと篝に問う。

「確かに、ミズキの中で得体のしれない力が蠢いてる。シンジのと同じだ」

「あーダメだなこりゃ。私じゃ手に負えない」

 もはや毒でしかないこの力は、かなり深い所まで少女の体を侵していた。下手に切除しようとすると、ミズキの命に関わる。


「やっぱりダメか」

 そもそもユウトたちでどうにかできるものを、一心が使うはずがない。

「ですが……こう言っては何ですが、あなたの力では……」

「そうよ。あんた、あいつに一回殺されかけたのよ?」

 アリサと刹那は揃ってタカオの身を案じた。病院での戦いでタカオは一度、シンジに死の淵まで追いやられたことがある。ワーロックとなった彼から助かったのだって、ワイアーム――ガイの犠牲があったからだ。

 誰がどう見ても、ただの魔法使いであるタカオに勝ち目なんてあるわけがない。一心の目的は、タカオにシンジを倒させることではないのは明白だ。

「その辺はまぁ、何もないわけじゃない」

 タカオはポケットから取り出したものをテーブルに置いた。

「それは……ネビロスリングか。いったいどこで――」

「ちょっと待て、それは……ッ!?」

 凌駕の言葉を遮って、ユウトは思わず身を乗り出した。その白いカギは、冬馬が持っていたものとまったく同じだったのだ。


 ワイズマン。

 ワーロックに限りなく近い、人が触れるべきではない禁忌の力。


「ご丁寧にあの社長がサービスしてくれたよ。これくらいないと話にもならねぇとは……悲しいねぇ」

「そんな悠長なこと言ってる場合か!! タカオ、この力は……ッ!!」

 必死に掴みかかって思い止まらせようとするユウトに、タカオは笑ってみせる。

「わーってるって。こいつが相当ヤベェもんだってことくらい」

 ユウトは少しだけ安堵する。とりあえず腕輪を手の中で弄んでいる彼は、その危険性を理解しているようだ。

 使えば確実に死への階段を数十段単位で駆け上る。冬馬のあのきれつを見た後だ。何としてもここで止めなくてはならない。しかし、


「けどな、それは俺が立ち止まる理由にはならねぇよ」


「……お前」

 彼はユウトの手をゆっくりほどいた。

「彼女の事、大事なのね」

 夜泉はタカオに優しく微笑む。

「……まぁな」

 タカオは眠っているミズキの頬に優しく触れた。

「社長さんの命令が、お前らの敵に回るとかじゃなくて本当によかったぜ。そうなると本気で悩むところだったからな」

「本当に、大丈夫なのか?」

 ロシャードはもう一度、彼の覚悟を確認した。

「あぁ、元々あの野郎とは決着つけるつもりだったしな。ぶっ倒してガイの仇を取る……そんでもってミズキも助ける。負ける気なんてさらさらねぇ」


「……わかった」


 静かにそう言って、ゆっくりとユウトは離れた。

 もう彼を止めることは誰にもできない。それはこの場の誰もが理解していた。悔しいが、一心の介入はあまりに的確だ。

「ありがとな、みんな。シンジは俺に任せろ」

 そう言ってタカオはユウトの胸に軽く拳を当てる。その拳から確かな熱を感じた。



「んじゃ私らはロウガだね」

 一先ず話が落ち着いたところで、飛角はそう切り出した。

「そうね。あのネフィリムがこの世界にいる限り、魔獣はいくらでも湧いて出てくるわけだし」

「つーかあの狼男倒せば、社長の計画全部破綻するんじゃね?」

「倒せれば、だがな」

 篝の言葉はもっともだが、凌駕は否定的だ。


「宗像一心の介入……ですね?」


 アリサの言葉に、凌駕は頷いた。

「現状、宗像一心の能力の正体はおろか、対処法もない。それに吉野は最上位のメモリーを奪われた。唯一対抗できるとすれば……」

(……そうだ)

 思い当たる節がある。ユウトと凌駕の視線が刹那へと向いた。

「え、私?」

「どうなんだよ、伊弉諾」

「気安く余の名を口にするな小僧」

 伊弉諾の文字通り刀のような鋭い瞳がユウトを睨みつけたが、

「や・め・な・さ・い」

「ぐあッ、主様!? 何をする!!」

 刹那に羽交い絞めにされ、彼はユウトの問いに渋々答えることとなった。


「先の戦いでやつの力はだいたい見当がついた。正直、あの程度に――」

「……(ニッコリ)」

「……あの男と伊弉冉の相性はあまりよくない。おそらく腰に下げた絡繰りで、限定的に力を行使しているのだろうな」

 彼曰く、自分と刹那の方が同調率は高いらしい。


「で、宗像一心はどんな力を使ったの?」

 刹那が尋ねると、伊弉諾は抵抗なく口を開く。

(なんか相当嫌われてるな、俺)

 しかし、その内容はあまりに絶望的だった。




「あらゆる可能性を白紙に戻し、自分の望む結末だけをいざなう。あれはそういうものだ」




・2・


 ――プラシアン発表の三十分前。



 腹の底を震わせる怒号が、雄叫びが、海上都市を震撼させる。


「ジャァァァァァァァァァァックッ!!」

「あいよー」


 挨拶代わりに振り下ろされた影の束を、もはや鎧とは呼べない竜の剛腕が叩き潰す。噛み砕く。

 狂ったように何度も何度も。


「何だ、こいつ……頭おかしいんじゃねぇのか?」

「ハハ、君がそれを言うかい?」

 夜白は呆れ顔で言った。彼女は何もせず、遠くで戦いを見ているつもりのようだ。

(野郎……高みの見物気取りか)

「アアアアアアアアッ!!」

 通常時より二回りほど大きくなったレオンの腕が、ジャックの影をどんどん削いでいく。その在り様に理性など全くない。明らかに暴走していた。

(ッ! こいつはマズいぜ。魔力が……)

 どういう理屈かはわからないが、レオンは影そのものを物理的に破壊できる。影はジャックの体そのもの。その体が削られる度、彼の魔力も比例して削れていく。そしてそれは、レヴィルにも直結するのだ。

「もたねぇか」

 レヴィルの額からは汗が流れ、息も荒くなっていた。意識がないとはいえ、これ以上の負担はかけられない。

 ジャックは攻撃用の影を引っ込め、レヴィルとイスカを連れて逃げようとしたが、


「……ニガ、サナイ。ゼッタイッ!!」


「こい、つ……ッ!」

 影を尻尾のように捕まれてしまった。これではレヴィルの元に戻ることすらままならない。

 ジャックはタコ足のように影を広げてもがき、乱舞する刃で竜の鎧に傷をつけていった。だが、レオンは掴んだ尻尾を放さない。


(……チッ、仕方ねぇ)

 こうなれば自身を分かつしかない。レヴィルを救ったあの時のように。

 当分の間はまた冬眠することにはなるが、死ぬわけではない。幸い、この化け物はジャックに恨みがあるらしい。切り離した自分の肉体を餌にして満足させれば、レヴィルは助かる可能性がある。

 彼が自分の身を割く覚悟を決めたその瞬間、暴風のような戦場の真っただ中に人影が入り込んできた。


「やめろ」


 戦場青子は静かに命令する。

 するとレオンの動きもピタリと止まった。

「な、てめぇ……何のつもりだ?」


「一応まだお前は私の保護下にある。勝手は許さん」


 青子は振り返らずにそう言った。

「……」

 以前のジャックなら、こんな女の体くらい背中から一突きしていた。しかし、今の彼にはできない。妹に、あまりにも大切なものができすぎたからだ。

 

「ア……オ……」


 ギチギチと壊れたおもちゃのように体を揺らし、青子たちから遠ざかっていく。

「グ……ウ……ッ」

 体内で暴れまわる猛りを抑えるように、レオンは自身の体を抑え込んでいた。

 そしてその体が、徐々に小さく、元の大きさに戻っていく。最終的には、弾かれるようにレオンとハンナの二人に分裂した。


「う……俺は、いったい……痛いッ! ハンナ!? 何で蹴るの!?」

「……(ゲシゲシ)」


 硬いブーツの底をレオンに無言で押し付けるハンナ。かなりご立腹のようだ。

「ア、アオ! 何がどうなってる!?」

「まさに父親を足蹴にする娘の図だな」

 青子は呆れたように笑みをこぼした。実際には親子ではないが、それに限りなく近い関係なのだろう。


「あれ、もう終わりかい?」


 若干失望気味の声が、束の間の団欒を容易に破壊する。

 笑顔を崩さずこちらに歩いてくる夜白に、青子は鋭い眼差しを向けた。

「久しいな、神凪夜白」

「アオ・アッシュフィールド……生きてて嬉しいよ」

「白々しいぞ。私にあの腕輪を付けたのはお前だろう? 私がこの街に戻ってきていたことも、当然知っていたはずだ」

「ご明察。どうだった? 教師になった気分は」

 挑発じみた夜白の言葉に、青子は不敵に笑って、


「教師もなかなか悪くない。すっかり他人の悩みを聞くのが板についてしまった。何なら、お前のそのについても相談にのってやるが?」


 挑発で返した。

 案の定、夜白の表情が一瞬で凍り付く。

「僕の……彼に向けるこの気持ちを、そんな軽いものに収めないでくれるかな!」

 こんなに感情的になる夜白を誰も見たことはない。

「……赤理、ルーンの腕輪持ってるか?」

「え、持ってるけど」

「よこせ」

 赤理は特に理由を聞くこともなく、購入して一度も使ってなかった腕輪を青子に手渡した。

 青子がそれを左腕に通すと、彼女の左目が赤く発光し始めた。

「ハハ、今更そんなもので僕を倒す気かい?」

 馬鹿にしたように笑う夜白の手には、が握られていた。

「何だそれは?」

「アンジェロシリーズ。今使ってるイービルシリーズの次世代型さ。ま、使い手をかなり選ぶ暴れ馬だけどね」

 説明するなり、彼女は白いカギをネビロスリングに突き差した。


『Perfect Thrones』


 現れたのは無数の車輪で緻密に構成された天使の像。夜白の頭上で分解されると、彼女の体を包み込んでいく。

 やがて、一対の天翼を持つ鎧へと形を定着させた。

「ふん」

 夜白が両手を指揮者のように広げると、彼女を中心に何重もの円が描かれる。そしてその一つ一つに、大小様々な球体が生まれた。まるで夜白を中心とした太陽系の図を見ているようだ。

「何ボケっとしてやがる! さっさと殺すぞ!」

 ジャックが影の刃を構えた。しかし、

「無駄だよ」

「「!?」」

 影の刃は塵のように崩れていった。

「こ……いつ、は……」

 同時にジャックの存在が希薄になり、代わりにレヴィルの意識が覚醒する。


「君たちの魔法はもう知ってる」


 彼女の言葉通り、青子の魔法も同様だ。左目から赤い光はすでに失われ、時間停滞タイム・スタグネイトが使えなくなっている。

「……魔法の完全無効化ってところか」

「ハハ、そんなにチープじゃないさ」

 夜白が手を横に振ると、周囲を球体の一つが光を放つ。そしてそこから無数の黒い影が伸び始めた。

「影だと!?」

「言っただろう? 。なら再現だってできる」

 白い悪魔は一歩、青子たちに踏みよった。


・3・


「アオ、みんなを連れて逃げれるか?」

「レオン?」

 答えは聞かない。やってもらわなければ困る。

 今度はハンナに目を向ける。

「ハンナ、行けるか?」

「……今度は暴走しない?」

「ッ……!」

 レオンは黙り込む。

 あの時、怒りが最大に達したレオンはハンナの力に完全に呑まれた。いや、正確には彼女の力ではなく、自分の怒りをハンニバルによって何倍にも増幅された感覚だ。

 目の前が真っ白になって、敵だけがくっきりと見えた。この敵に吐き出すほどの憎悪を今すぐにぶつけたい。その誘惑に抗えなかったのだ。

「できる?」

 力の権化である少女はレオンを覗き込む。やはりまだ少し怒っているように見えた。

「…………努力します」

 今、唯一夜白に対抗できるとすれば、それはハンナの――ハンニバルの力だけだ。他でもない夜白自身が、この力を理解できないと言っていたのだから。

「……」

 ハンナは一度息を吐いて、ゆっくり手をレオンに伸ばした。

 

 その時――



「伏せろ! 道を開ける!!」



 直後、左側の建物の壁が吹き飛んだ。

「な、何だ!?」

 そして舞い踊る煙の中から一台の軍用車両が現れる。

「げほっげほっ! この……バカものが! RPGで道を開けろとは言っていない!」

「局長、今アンタ映画のワンシーンみたいに車で壁をぶっちぎろうとしたでしょう? どれくらい壁が厚いと思ってんすか!?」

 車両から男女の声が飛び交っている。

 その声に、レオンは強い反応を示した。

「レオン?」

 ハンナは首を傾げる。


「……ラリー」


 この陽気な声を、自分は知っている。

「ようレオン坊。ちょっと見ない間に子宝に恵まれたか?」

 このふざけた言いよう。間違いない。ラリー・ウィルソンだ。

「ひーふーみー……いやいや待て待て頑張りすぎだろう……おじさんひくわー」

 ラリーはレオンの周りにいる全く似ても似つかない少女たちを見て、おどけてみせた。

 いつもならツッコミの一つ入れるところだが、目頭が熱くなった今のレオンにその余裕はない。

「お前生きて――」

「話は後にしろ! さっさと女子供を詰め込め!!」

 運転席に座る元警務部隊局長・六条リッカは叫んだ。


「……ッ、おっと」


 ラリーは動こうとした夜白に向かって、装填したばかりのRPGの引き金を引いた。

「こいつは魔法じゃねぇから、無効化はできねーよな?」

「こんなもの!」

 いくら威力があっても魔法には遠く及ばない。夜白は弾頭を握りつぶそうとしたが、放たれた弾は彼女に直撃する少し手前で起爆した。

「!?」

 さらに彼は車両の中に仕舞っていた、全長二メートルはある大型のライフルを構える。

 レーヴァテイン。

 海上都市で開発されたタングステン製の杭を撃ちだすレールガンだ。人が扱えるように威力は調整されているが、着弾した瞬間周囲の空気を高圧縮し、半径10メートル全てを燃やし尽くす機能を有している。

「もってけ大サービス」

 ラリーはトリガーを引いた。


「しっかり掴まってろ!!」


 同時にリッカはアクセルを壊すほど思いっきり踏み込む。

 タイミングは完璧だ。爆発の炎が夜白を包み、リッカたちの車を押し出した。

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