第4-2話 理想写し -Idea Trace-
・4・
同じ頃、ここでも一つの出会いがあった。
「……美味しそう」
少女はガラス張りの奥に展示された食堂の料理を恍惚とした表情で眺めていた。服装は制服。所々自分流に着崩していて肌が見える。校則違反でなぜ教師に捕まらなかったのか不思議なレベルだ。
「あの子かわいいな」
「でもさっきからずっとガラスにへばりついてるぞ」
「ところで、あれ誰だ?」
道行く生徒は口々に言った。
あれもいいこれもいいと眺めながら、最後にはカードがないと落胆する。白髪の少女・イスカはこの動作を延々と繰り返していた。
「迂闊。この学園では学生証がこんなにも大事だったなんて……」
イスカもまた、アリサと一緒に学園に潜入していたのだ。その際、中等部の子を眠らせて服を拝借したのだが、顔が違うし邪魔になるので学生証までは取らなかった。この街で現金を持っている人間は珍しい。全てカードや端末で支払いをするのが普通で、学生証はその電子マネーの機能を持っていたのだ。
「そういえばあの女、カードだけは抜き取ってた……抜け目ない奴。教えてくれたっていいのに」
「おチビちゃん、どうしたんだい?」
恨み言をブツブツ言っていると、背後から少年が声をかけてきた。
「……」
興味がないので完璧スルー。
「ずっと料理を眺めてるから、てっきり学生証でも忘れたのかと思ったんだが」
それを理解した上で、宗像冬馬は落ち着いて話しかける。
「……」
反応がない。
「……」
「……奢ろうか?」
「んッ(コクコク)」
一瞬で飛びついた。この気まぐれさは猫みたいだなと冬馬は思った。
「喜んで」
「じゃあ、これとこれとこれ――」
(よっぽどお腹すいてたんだな)
イスカは遠慮なしに次々と注文するが、そこはお金持ち。冬馬は涼しい顔で聞いている。
ピッと食券が滝のように吐き出されると、イスカはオーっと感動したように声を上げた。
イスカは受付で大量の料理を受け取ると、トレーに乗せて手近な席に座った。目を輝かせながら料理を眺める。そして勢いよく食べ始めた。冬馬も対面の席に座った。
「よく食うな」
「食べないの?」
イスカは手は止めずに聞いた。
「俺はさっき食べたんでね」
なんだか猫に餌を与えているような心境だな、と思った。和む。
彼女を知る者であれば、きっと猫ではなく虎の間違いだと口をそろえて言うだろう。
「おチビちゃ――」
「……チビじゃない。発展途上」
イスカはフォークを冬馬に向けて言い放つ。それはまるで戦場で敵兵士の喉元にナイフを向けるような動作だった。だがここは食堂。しかもフォークはプラスチック製で危険はない。冬馬は動じずにもう一度質問した。
「名前は?」
「……イスカ」
手に持つフォークを収め、イスカは小さく答えた。同時にチャイムが鳴る。次の授業が始まる合図だ。
「じゃ、俺は行くよ。今度はカード忘れんじゃないぞ」
「モグ……ありがと。親切な人」
あれ、名前なんだっけ? とイスカは首を傾げたが、すぐに食事に戻る。その直後、カツンと背後から足音が聞こえた。
「……やっと見つけた。何をやってるんですかあなたは?」
アリサは額に手を当て呆れた表情をしている。
「……ランチ?」
「行きますよ。用があるからここに来たんでしょう?」
「ちょっ、ま……まだ料理が……」
「もう十分食べました」
イスカの首根っこを掴んで、アリサ達は目的の場所へ向かう。
・5・
久遠学園個人研究室。
戦場青子はコーヒーを飲んでいた。見た目は幼女そのものであっても、コーヒーを飲むその姿はえらく様になっている。
コンコン、とノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは見ない少女だ。制服のデザインですぐに中等部の生徒だとわかる。
「中等部の生徒が何か用かね? こう見えて私は多忙な身だ」
明らかにコーヒー飲みながらくつろいでいる女教師は言った。
「戦場青子。あなたに頼みがあります」
青子はコーヒーを置いて腕を組む。そして目の前の少女を見据えた。
アリサの目は年相応の光を感じない。表情には出さないが、何か焦っている――いや、何かに怯えているように感じる。
教師という仕事をやっているせいか、そういう心の機微がわかってしまうのだ。それ故なのか、青子の元には何故かやたら生徒が人生相談に来るのである。それも自分のクラスのみならず、他クラス、他学年、果ては同職の教師まで相談に来る始末。
「人に物を頼む態度ではないな」
「魔法使いとしてのあなたに話しています」
青子の表情が固まった。そしていつの間にかその双眸は、獣じみた鋭い眼光を宿していた。
「……」
「私の名前は遠見アリサです。安心してください。私はあなたの敵ではありません。ほら、あなたも入ってきてください」
アリサに呼ばれた少女は、食堂で手に入れたパンをモグモグ食べながら部屋に入ってきた。彼女の信用を得るためには、この少女がどうしても必要だった。
「……イスカ」
「モグ……青子。ごめん。また空振りだった。ていうか相変わらず教師は似合わな――」
「あぁん?」
「……」
蛇に睨まれた蛙のようにイスカは黙り込んでしまった。
「私はモノリスに潜入しようと思っています」
アリサは左手の裾をあげて、ルーンの腕輪を見せた。
「あなたの
「お断りだ」
「……………………………………は?」
きっぱりと断られた。青子の事情も知っていて、確実に協力を取り付ける勝算があったアリサの思考はそこで停止した。
「何故私が初対面のヤツと、しかも私の秘密を知っているような怪しいヤツと組まなければならない? しかもモノリスに乗り込むだぁ? あそこはエクスピアの本社だ。セキュリティは半端じゃないぞ」
(……話が違う)
「大丈夫って言ったじゃないですか、この年増……」
アリサは小さく悪態をついた。そして思い出したように青子に近づき、彼女に古そうな懐中時計を渡した。
「これは?」
「あなたのものです」
確かにこれと同じ懐中時計を青子は持っている。今それはポケットに入っているはずだ。
手に取ると青子の表情が急に変わった。袖に隠されたルーンの腕輪も反応して淡い光を放っている。
膨大な情報が青子の中に流れ込む。
記憶データとでも言えばいいのか。それは自分の記憶、だが青子の知らないまるで自分の物ではないような記憶が流れ込んできた。
しばらくすると青子が口を開いた。
「……なるほど」
「思い出す……とはちょっと違いますね。状況を理解してもらえましたか?」
「私の時間を封じ込めた品を持っているという事は、つまりそういうことなのだろう。にわかに信じがたいが、信じるしかあるまい」
青子はフッと笑って時計を机の上に置いた。
「しかし全くお前も好き者だな。アレだぞ? アレ」
「……どうしても助けたいんです。それにあなたにも関係があります」
アリサはとある研究所で入手したレポートを差し出す。
『ワイズマンズ・レポート』
表紙にはそう書かれていた。
「ふむ」
青子はしばし顎に手を当てて、
「わかった。手を貸そう。だが私は私の目的を最優先にさせてもらうぞ?」
「ありがとうございます」
「じゃあ私も」
イスカは背後から青子に抱きついた。イスカの方が身長がやや高いので、その姿は妹を弄ぶ姉のように見える。
「ええい鬱陶しい! やめろ。私を持ち上げるな!」
「……絶壁」
「なんだとゴラァ!!!!」
青子は両手を振り回し暴れたが、その抵抗も虚しいだけだった。
・6・
授業が終わりユウトは学園を出て、刹那との待ち合わせ場所に辿り着いた。
「来たわね」
「悪い、待たせたか?」
「ババ、バカ。待ってないわよ!」
刹那は上ずり気味に返事をした。そしてユウトに聞こえない小さな声で、
「……何さらっとデートみたいに言ってんのよ……バカ」
「?」
ここははみだしの入り口。ここから少し奥に行った場所にバー・シャングリラがある。が、どうも目的地はそこではないらしい。
「で、シャングリラに行く前にどこへ行くんだ?」
「えぇ。それは――」
「それは俺が答えよう。トウッ!」
タカオは二階建ての建物の上からユウトたちの目の前に着地した。着地した後、五秒ほど動かなかったのは察してあげた。
「バカなの?」
ミズキも現れた。
「なぁ刹那、そろそろ説明してくれ。何をする気なんだ?」
刹那は指を立てて言った。
「特訓よ」
「なるほど」
「あら、物分かりがいいのね」
実のところ、刹那に言われなくても一人でするつもりだったのだ。
「今のままじゃ俺はみんなの役に立てない。魔法だってろくに使えていないからな」
「そうだね。だから私が見てあげる」
ミズキはそう言った。彼女の左目はすでに赤く発光している。
「知っての通りミズキの魔法は感知魔法よ。感知は相手の魔力を読み取るってことなの。ユウトの魔法がどんな魔法なのか、これではっきりするはずよ」
ミズキの感知魔法は応用性が極めて高く、魔獣討伐の際にとても役に立つ。魔獣の正確な数、潜伏場所、種類。さらには魔力の強弱を感知し、次に相手がどんな行動にでるのか、相手が何を考えているのかさえ読み取ることができる。戦闘能力こそないが、彼女には彼女しかできないものを持っている。
「というわけで、俺と勝負だ!」
ユウトとタカオはお互い五メートル離れた場所に立つ。刹那の合図で戦闘開始だ。
「行くぜユウト!」
「あぁ……いつでも来い!」
刹那の手が振り下ろされるのと同時に、二人は地を蹴った。
「
タカオの左目が赤く染まる。右腕が黒く変色し、一回り巨大に膨れ上がった。これがタカオの魔法。
「オラァッ!!」
柔道やボクシングのような型もない。どうやったら一番強く拳を叩き込めるか。ただそれだけを本能で探し当てるスタイル。
実践によって磨き上げられた型なき型。それがタカオの武器だ。ユウトは後ろに飛んで回避する。
(タカオの魔法は肉体の強化。まともに素手でやりあったらまず勝てない)
鋼鉄と化したタカオの拳はユウトがいた場所を抉り、破壊する。
ユウトはポケットからメモリーを取り出す。
前回魔法を使ったときわかったことは、このメモリーがユウトの魔法には必要だということだ。
今回はあらかじめ刹那から取り出していた。彼女は少し渋ったが、拝み倒して何とか手に入れた虎の子だ。
ユウトは展開した籠手にメモリーをセットする。
『Blade』
音声の後に、あの時と同じ白銀の刀が出現した。
「よし!」
ユウトは刀を掴むと、粉塵から姿を現したタカオに斬りかかる。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「甘い!」
タカオは右腕を変化させ刃を受け止めた。
「なっ!?」
それはまるで盾だった。右腕の皮膚をまるでピザの生地のように伸ばし、盾を形成している。
「能力は使いようってな!」
タカオの右腕は魔法でダイヤモンドのように硬化する。その力を彼は今まで破壊の鉄槌として使ってきた。しかし以前、刹那にむしろ防御向きの力ではないかと指摘されたことがある。それから彼は自分なりに考え、答えを出したのだろう。
タカオはユウトの隙を逃さず、刀ごとユウトを押し込み姿勢を崩した。そのまますぐさま腕を元に戻し、拳を放つ。魔力を乗せた拳圧がユウトを襲った。
「ぐぁっ!!」
両腕でガードし、重心を後ろに逃がしてダメージを最小限に抑えるが、まるで鉄のバットで殴られたような鈍い痛みをじわりと感じた。ユウトはたまらず刀を落とし、刀は消失してしまった。
(……しまった)
メモリーは一度使ってしまうと消滅してしまう。もう一度魔法を使うには、メモリーを誰かから調達する必要があった。そんな時間をタカオは与えてくれない。
鋼鉄の拳がユウトの眼前で静止した。
「よっしゃー! 俺の勝ちィィ!」
負けた。タカオの戦術はゴリ押しではあったが明らかに成長している。一番近くで見てきたからこそわかるのだ。
ユウトはそれに対処できなかった。
「はいはい」
パンパンと手を叩き、刹那とミズキが近寄ってっくる。
「気にしなくていいよ。まだ使えるようになったばかりなんだし。これからだって」
ミズキはユウトの肩を叩く。
「そうだぜユウト。俺が強かっただけだ。うん。それにしてもお前が出したあの刀かっこよかったなぁ。なぁ他にも出せるのか? ハンマーとか、ドリルとかさー」
タカオは目を輝かせて近寄ってくるが、刹那がそれを遮る。
「はいはいそこまで。で、ミズキ。どう?」
ミズキは腕を組み考え込む。
「うーん。ユウトが魔法を使ったとき、刹那の魔力を感じたんだよね……」
「それはユウトが私の魔力を使ってるからでしょ?」
しかし、ミズキはどこか納得がいっていないようだ。
「ちょっと……違うかも。発動時に感じたあの感覚はまるでユウトが刹那になったみたいだった」
彼女曰く、ちょっと魔力を借りてそれを扱うという感じではなかったそうだ。ユウトという存在が完全に御巫刹那に染まった。そんな感覚だ。
「複製……いや、これはもっと深い……」
刹那は少し考え込む。
そしておもむろに呟いた。
「……
「理想写し?」
刹那は頷いた。
「人が抱く理想の形を武器として写し取る。それがユウトの魔法なのよ」
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