第72話 断ち切れぬ因縁 -No End No Limit-

・1・


「何……これ……」

 ミズキは思わず驚きの声を漏らす。全員、携帯端末で流れている宗像一心の演説に釘付けだった。

「プラシアンねぇ……」

「……十中八九よからぬ代物でしょうね」

 あの男の商品だ。ここにいる全員、疑いの目を持つのは当然だ。


「魔法を選べる、だと……」


 しかし、凌駕だけは興味を示していた。

「何だぁ凌駕、欲しーのかイテテテテ! ひゃにゃせーッ!」

 篝がウリウリと肘で彼の横腹をつつくが、何か思うところがあるようだ。彼女には目もくれず、モチモチの頬を引っ張る刑だけで済んでいた。

「どうした? 神座凌駕」

 それを察したロシャードは彼に尋ねた。

「おかしいとは思わないのか?」

「お、かしいの、は……お前の頭だこんにゃ――」

「はーいちょっと黙ってようなぁ」

 飛びかかろうとした篝の首根っこを飛角が掴んで止めた。

「にぃにが今大事な話をしてるから邪魔しないの。わかる? ちゃんとステイできない子は――」

「……ッ!!!!!!」

 サディスティックな瞳で人差し指を立てる凌駕の妹・奏音の一声で、篝は口元を手で覆う。青ざめた顔でビクビクしながら、もう喋りませんと全身で表現していた。

「あは♪ いい子いい子」

 怖がらせた後のアフターケアも忘れない。飼い猫を撫でるように奏音は篝の頭頂部を撫でる。先ほどまで凍っていた彼女も満更でもない表情に溶けていった。


(((しっかり調教されてる……)))


 決して口には出さないが、みんなが同じ感想を抱いていた。


「話を戻す。私がおかしいと言ったのはそもそも、魔法は選べるはずがないものオンリーワンだからだ」


 凌駕は指先を顎に当て、思考を止めずに話しを続ける。

「魔法は人が持つ『個』があって初めて成り立つものだ。吉野ユウトの理想写しイデア・トレースの存在はその証明と言ってもいい。にも関わらず、望んだ魔法を得る……それは人のありようを根底から書き換えるのに等しい行為だ。だが……」

 彼の頭の中ではすでに先の先まで見えており、結論まではあと数手というところまで差し掛かっているようだ。会話に対して思考の度合いが高まっていき、どんどん口数が少なくなっていく。

「前に腕輪の解析の一環で、私の力で一人の人間の人格を変えて魔法の変化を見たことがあるんだけど……全然効果なかったんだよね~」

 バトンタッチで奏音が発言した。

「……何この兄妹、えげつない」

「それには私も同意」

 若干引いている篝に、飛角は小さく頷いた。

「ちゃんと元に戻したってばぁ~」

 奏音曰く、人の人格というものは厳密には一つではないし、状況によっても左右されやすいものらしい。酔いや興奮状態を別側面と取ることもできる。だがそれでも魔法は揺らがない。きっと、魔法の根源となる部分がもっと深い所にあるからなのだろう。

「……しかし伊弉冉の力ならそれが可能、ということなのでしょう。副作用は検証してみなければわかりませんが」

「……」

 御影の言葉を、ユウトはただ黙って聞いていた。


「すでにできるできないの議論に意味はない。問題はこの段階でのプラシアン投入……そうか。そういうことか」


「何かわかったのか!?」

 どうやら結論を得たようだ。ユウトは真っ先に凌駕に詰め寄った。


「にわかに信じがたいが、宗像一心の狙いは人間と魔獣との終わらない闘争……」

 プラシアンによって戦う力を得た人間が魔獣と戦う。これは自然な流れだ。状況がそれを余儀なくされている。

 だがそれ自体が目的ではない。凌駕が語るのはそのさらに先の展望だった。

「そしてその中でのみ実現可能な、だ」



「さすがは神座凌駕! たったあれだけの情報でそこまで見通すか。どうやら噂以上の傑物らしい」



「「「!!??」」」

 背中に電気が走った。まさにさっきまで画面越しに聞こえていた声が、自分たちの背後から聞こえたからだ。


「……宗像、一心」


 ユウトのメモリーを握る手に自然と力が籠った。あの時はいきなりのことで考えが及ばなかったが、彼は伊弉冉を持っている。それはつまり、前の持ち主である伊紗那について何か知っている可能性が高いということになる。

「闘争ねぇ……そんなのただ面倒なだけだと思うけど。一体何を考えてるんだい? おじさん」

「返答次第では……」

 飛角とロシャードは非戦闘員を後ろに促しながら、一心に問う。

「ふっ……強制ではない。私がやっているのはあくまでビジネスだ。今この状況において、プラシアンの商品価値は絶大だ。売れるときに売れるものを売る。道理とは思わないかね? Outsider、それにIron Heart」

 彼は二人のことを、ワイズマンズ・レポートに記述されたテーマで呼んだ。人としてではなく、ただの実験体としてしか見ていない証だ。


「Returner……いや、すでに生者の君にこの記号は相応しくないか」

 一心は奥にいる夜泉に視線を向けた。

「逆神夜泉。君にはを設定していたが、もはや続行は不可能なようだ」

「……ッッ」

 夜泉は絶えず肩を震わせていた。一心の言葉に、尋常ではない恐怖を感じているようだ。

「おいおっさん! 人の家に勝手に入ってくんなよな! 不法侵――」

 篝は一番遠い所から吠えるが、

「Avatar……君には後ほど、我が社のデータバンクに不正アクセスした件で話がある」

「アイエエエーッ! バレてる!? ナンデッ!?」

 逆に手痛い返しをくらった。すっかり夜泉と同じように震えている。


 一心は一歩前に出る。同時にユウトは彼の前に立ち塞がった。


「お前の相手は俺だ。仲間に手は出させない」

 力強い赤眼が男を睨みつける。現状、あの正体不明の力に対抗できる策はない。それでも体は動かずにはいられなかった。

「……ふむ」

 一心は少し考える仕草を見せ、そしてこう言った。

「今回のアジェンダに君は含まれていない。そうだな……そんなに遊びたければに相手をさせるとしよう」

「ッ!?」

 その人物は扉の影からゆっくりと姿を見せた。

 考えるよりも先に、それが誰なのかは理解できた。

 ユウトのよく知る人物。彼は今、友人としてではなく、


「と、うま……」


 宗像一心の息子として、ここにいる。


「……ユウト」


・2・


「ハッハッハッァ!! どうしたよォ、女ァ!!」

 影の刃が上下左右、そして背後から、わずかにタイミングをずらして夜白に襲い掛かった。

「ッ!」

 しかし、ダンタリオンの演算能力を空間把握に割いている彼女は、身を捻ってそれを難なく躱す。目視せずとも刃の位置、さらにはその先の軌道まで完璧に捉えているのだ。

「逃げるだけで精一杯か? あぁッ!?」

「ハハ、超攻撃型の君と違って、僕はあまり戦闘が得意じゃないからね」

 そう答えながら夜白は、ジャックが行動中のため意識を失って棒立ちのレヴィルに向かって魔力弾を放つ。


 ボッ、と空気が破裂する音。


 影は幾重にも重なり、相殺という形で少女を守った。

「さすがに無理か」

「チッ……クソが」

 相手の魔法を解析し、中和するのが彼女の得意とする魔法だが、無尽蔵に生まれる刃を一つ一つ打ち消したところでジャックには効果がない。できるとすれば、核となる少女を殺すことだけ。だがそれは向こうもわかっている。

(僕にとってはいろんな意味で相性が悪いか)


 Alter Ego・レヴィル・メイブリク……いや、ジャック・ザ・リッパー。おそらく彼女たちは異色の魔法を集めたワイズマンズ・レポートの中でも、さらに特異な被検体だろう。

 宿主と別人格。それでも一人の人間という枠を超えたわけではない。魔法を複数持つことは本来ありえないのだ。にもかかわらず同じ『影』というジャンルではあるものの、兄妹でその性質は正反対。

(まぁ、そのおかげで魔法のメカニズムがおおよそ見えてきたわけだけど……)

 魔法が脳の、心のどこに結びついているのか?

 夜白なりの答えがネビロスリング。魔法を抽出し、人の手で改造することのできる機械うでわだ。



 一撃即死の攻防を繰り返す中、ジャックの動きがわずかに鈍った。

「?」

 夜白は不思議に思ったが、その答えはすぐにわかった。


「レヴィルちゃ~ん」


 思わずほんわりとする心地よい女性の声が聞こえた。複数の足音も一緒に。それに意識を失っていたレヴィルが小さく反応を示した。

「……チッ。GPSか」

 彼女が持つ携帯端末。きっとその信号を辿ってきたのだろう。ジャックが後ろを振り返ると、ハンナも画面に数件の着信履歴が並んだ端末を見せていた。

 自分の子供を危険な目にあわせないために、GPS付きの携帯端末を渡す親は多い。

「あいつらもその例に漏れず、ってわけか。自分から危険に首突っ込んだら世話ねぇな」

「ハハ、いい親じゃないか」

「っるせぇ黙ってろ!」

 そうこうしているうちに、青子達の姿が見え始めた。

 彼らが目にしたのは黒い影に包まれたレヴィル、その後ろのハンナとイスカ、そして不思議な鎧に身を包む神凪夜白。当たり前だが四人とも揃って目を丸くしている。


「……ッ!」


 それを好機と見たのか、真っ先に動いたのはイスカだった。

 まだ傷が完全に塞がったわけではないが、ナノマシンで強化された持ち前の身体能力で夜白との距離を一気に縮め、左腕のネビロスリングをガッチリ掴んだ。

「……ッ! 何のつもりだい?」

 いくら強化されているとはいえ、降霊武装ほどではない。近づいたのはむしろ悪手だ。

 しかし、少女は勝ち誇った笑みで言った。

「お前が言った……私とお前は、同じだって」

「ッッッ!!」


 直後、夜白の腕輪がイスカに反応して光を放った。


 彼女たちを中心に光は膨らみ、あっという間にその場の全員を包み込む。

 すると、大人組の反応が変わった。


 ある二人は、

「な、何だ……今の。って、何しれっと手ェ繋いでんだレオン!」

「ホガッ! ひ、ひでぇ……」


 またある二人は、

「あらあら、何だかいい夢を見てたような……」

「あ、赤理さん!? 何がどうなってる!?」


 狙い通りの効果を確認したイスカはすぐに夜白から離れ、ハンナのもとに舞い戻った。

「戻った」

「……グッジョブ」

 小さく親指を立て、今度はハンナが走る。所有者であるレオンの元へ。


「なるほど。腕輪の力で僕たちの魔力を暴発させたのか」


 それに触れたことで、青子たちからもリセットの影響が消えたわけだ。どうやら同じ理由で冬馬にも影響がなかったことを、イスカはちゃんと理解していたようだ。

「よくわかんねぇが、でかしたチビ」

「チビじゃない。発展途上」

 無理に体を動かしたイスカはまだ苦しそうにしつつも、そこだけは譲らない。


「それはどうかな?」


 夜白が嘲笑った。

「あぁ? 何笑ってやがる?」

僕の敵になるとは限らないよ?」

「どォゆう意味だ?」

「君は自分が恨まれていることを自覚した方がいい」


 次の瞬間、周囲に展開していた影の刃全てが同時に砕かれた。


「!?」

 ジャックは思わず凍り付く。

(あの女みたいな小細工じゃねぇ。俺の影を直接砕いただと……)

 以前にも一度同じようなことがあった。ちょうど廃工場でユウトたちと戦っていた時だ。あの時、別に忍ばせておいた影達が同じようにまとめて破壊された。

「あの鎧……」

 西洋風の装飾が施されているが、まるで生きた竜の肉体を思わせる白銀の鎧。潜在的な力は間違いなく降霊武装を遥かに凌ぐ力の塊が、隕石の如き衝撃と共にジャックと夜白の間に飛来した。

 男は鎧の関節部から蒸気のように膨大な魔力を撒き散らしながら、ジャックを睨む。


「やっと見つけたぞ……」


 一度は逃がした、亡き友の無念を晴らす絶好の機会。彼がこのチャンスを掴まないわけがない。

 夜白にはそれがわかっていた。だからこそハンナを彼のもとへ行かせたのだ。


「ジャック・ザ・リッパーァァァ!!」


 レオン・イェーガーは海上都市を震撼させる雄叫びを上げた。

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