第71話 極限魔獣戦線イースト・フロート -Human Innovation-
・1・
「はぁ……はッ……ッ!!」
少女は走る。息が切れて胸や横腹に刺すような痛みがあるが、止まるわけにはいかない。止まればその先にあるのは確実な死だ。
「大丈夫、ですか?」
後ろに続くハンナとイスカはコクリと無言で返事をした。イスカはハンナに肩を借りてやっと歩ける状態だが、少しずつその足取りは軽くなっている。
レヴィルは彼女たちのさらに後ろを確認した。
(……追ってきてる)
建物の壁や屋上を忍者のように疾駆する三体の影。そのうちの一人は優に2メートルを超える巨体だった。
どうやらイスカを狙っているようで、レヴィルたちが人通りの多い場所に出ようとすると必ず先回りされてしまう。まるで逃げ道を操作されているみたいで、気付けばどんどん狭い路地へと追いやられていた。
「行き止まり……」
ついに進む道を失った少女たちの足は止まってしまう。
「ハハ。運命っていうのは面白い組み合わせを思いつくものだね。で、鬼ごっこは終わりかい?」
三体で構成されたWEEDSの司令塔たる神凪夜白は、いつもと変わらないにこやかな表情を浮かべた。
「トーマを……どうする気?」
「……どうもこうも、君には関係のないことだ」
イスカの問いに夜白の表情が冷たく一変した。
「僕と同じ血を持つ君を殺すのは正直忍びないけど、冬馬には僕だけがいればそれでいい。君は邪魔だ」
「させません!」
夜白の前にレヴィルが両手を広げて立ちはだかる。
「はぁ……レヴィル・メイブリク。腕輪のない君に何ができるんだい? 過去とはいえ君は僕の実験の被験者だ。今なら見逃してあげるよ?」
「私は……二人を見捨てて逃げたりなんかしない……ッ!」
怖い。自分には何の力もないから。けれどここで逃げたら大好きな人たちに顔向けできなくなる。それはもっと嫌だった。
「そうかい。じゃあ――」
「ッ!」
直後、頭上から巨体のWEEDSが大槌をレヴィルに向かって振り下ろした。
「君もここで死ぬといい」
もはや爆発と大差ない音と破壊が、周囲のビルを震撼させた。
視界を遮る煙が周囲を包む中、巨体WEEDSの影は動かない。後ろではWEEDS二体が控えていた。仮に運よく生き残っていたとしても絶対に逃げられない布陣だ。
しかし、レヴィルを圧し潰した巨体WEEDSが妙というか不穏な痙攣をした。
「……ん?」
異変を感じた夜白が様子を窺う。そこで彼女はその異変の正体を知った。
歪な動きを見せた巨体WEEDSの背中を突き破り、黒い何かが伸びていたのだ。
それは腸に刺さったまま二つに裂け、上下に広がって巨体WEEDSの体を容易く両断してしまった。
「ハッハッハッハァッ!」
血飛沫の中、さらに三本の鋭利な黒刃が夜白を襲った。
「レヴィル、わりぃがこっからは俺がやらせてもらうぜ。ちっとばかし寝てろや」
「まさか……」
声の主は明らかに少女のそれではない。男の声。
WEEDS二体が夜白を守ろうと武器を構えるが、それよりも早く影はその体を突き刺した。それでも痛みを感じない死兵は、ならばとライフルを少女に向ける。だが、
「あぁ?」
トリガーを引く前にWEEDSの体は内部からバラバラに破壊され、勢いで撃たれた弾丸は全く見当違いの方向へと飛び去った。
あっという間にWEEDS小隊が全滅。夜白はポケットからネビロスキーを取り出して、腕輪を起動する。
『Ready ...... Dantalion Open』
ありとあらゆる『魔』を解析する禁書庫が、鎧の形となって夜白の体に装着された。
「へぇ……別人格の方がお出ましか」
「あぁ? 俺をそんなダセぇ名前で呼ぶんじゃねぇよ。このひょろぞうが」
レヴィルの魔法が生んだ別人格にして兄――ジャックは巨大な影柱を夜白に伸ばす。それは例えるならあらゆる刃物を強引に束ねた全身凶器の鉄塊。触れるだけで人の体などチーズのように切れるだろう。
「ッ!」
夜白は左右に浮遊する砲門から高濃度の魔力弾を放つ。影柱を四発で崩壊させた。しかし、無限に等しい形無き刃の攻めは止まらない。
「君、一度は世間を騒がせた殺人鬼だろ? 人助けなんてらしくないんじゃない?」
「わかってねぇな。殺人鬼だからこそ理由なんざいらねぇのさ。俺は俺のやりたいようにやらせてもらうだけだぁッ!」
死なないために。
そのための最も単純かつ確実な行動は、目の前に存在する脅威を根こそぎ全滅させること。
話し合いなんて面倒極まる行為より、こっちの方がどんな馬鹿でもできる。
(だがこいつにはちと荷が重い。だからこその俺だろうがよ)
敵は殺す。俺たちは生きる。
簡単だ。
「さあて……」
影がペロリと舌なめずりする。
「せいぜいいい声で鳴いてくれよ! オンナァ!!」
魔力弾の雨に向かって、ジャックは飛び込んでいった。
・2・
「お、おい……あれ、何だ?」
誰かが言った。
「黒い……穴?」
また違う誰かがそう言った。
空にぽっかりと開いた黒点。それが太陽だと気付くのには時間がかかった。
異常気象、それでは説明がつかない状況に、イースト・フロートの住民は一様にざわつく。
黒い太陽に色を失った空。
まるでこの世の終わりのような光景がそこには広がっていた。
次の瞬間、耳をつんざくガラスの割れるような音がそこかしこから聞こえ始めた。
「きゃああああああ!!」
「
十や二十ではない。その十……いや百倍。千は超える魔獣の大軍勢。空から、陸から、同時に現れた。
彼らはこの地上で最も強靭な体と身体能力を併せ持つ怪物。腕輪を持ち、魔法が使えるだけの一般人では、この数の前に太刀打ちできるわけがない。
「あ……ああ……ッ」
イースト・フロートは一瞬で絶望に飲み込まれた。
そんな時だ。
人々に襲い掛かる魔獣たちの首を次々にはねる人影。こちらも相当数。特殊な軍用ヘルメットをかぶった物言わぬ超兵達が一瞬で整列した。
「あ、あれは……」
誰もがその存在をメディアを通して知ってはいるが、日常の外側だと思っていたエクスピアの魔獣討伐部隊――WEEDSだ。
そして中心街の巨大モニターを始め、携帯端末、ラジオ、店内モニター、あらゆるモニターに一人の男の姿が映し出された。
「皆さん、ごきげんよう。エクスピア・コーポレーション代表取締役社長兼CEO、
黒スーツの精悍な顔つきの男はさわやかに名乗った。
場にそぐわぬ異常性ゆえか、はたまたその圧倒的なカリスマ性ゆえか、それまでバラバラに叫んでいた市民の声はピタリと止まった。
「我々は今、未曾有の危機に瀕しています……あなた方が今まさにその目で見ている過去に例を見ない魔獣の大軍勢だ。現在確認できているだけでもその数は一万を超える。我が社の私設部隊が休まず対処に当たっていますが、とても防ぎきれる数ではありません」
明らかにわざとらしい悲しみの表情。けれどそれは決して市民の怒りを煽るようなものではない。何か重大発表をする前置きのような、そういう類のものだ。人々もそれを感じていた。
そして、次に一心は市民の望む言葉を口にした。
「しかし諦めることはない! あなた達には我が社のルーンの腕輪がある。戦う術はすでに得ている!」
人々がわずかにざわめく。まだ弱い。
「ご存知の通り、我が社の製品で発現する魔法は人によって様々だ。中には戦いに不向きなものもあるでしょう……ですが、我々は望んだ魔法を手に入れることができる新たな商品を開発しました!」
一心は両手を大きく広げ、その名を宣言した。
「紹介します。我が社の新製品、その名も『プラシアン』を!」
・3・
誰もいない高層ビルの屋上で、宗像一心は自らの演説を聞いてプラシアンに殺到する市民を見下ろしていた。
「私に何か用かね? シンジ」
一心は優雅に振り返る。その視線の先にはオリジナルのルーンの腕輪と、六つの呪いを飲み込みワーロックへと覚醒したシンジが立っていた。
「今さっきまで演説してた張本人がこんな所で何してるの?」
「あれは数日前にとった録画さ。民衆が私の言葉で何を思い、どう行動を起こすのか……予想するのは簡単だ。これでも私は経営者なのでね」
一心は肩をすくめて答えた。
「あれって、その刀と同じだよね? 形は違うけど」
シンジの視線は一心が手に持つ伊弉冉へと注がれていた。
「Exactly! さすがはワーロック。そこまでわかるのか。といっても私のは一本しかないマスターだがね。あれには一度だけ、極めて限定的な願いを叶える機能だけを植え付けた。それが『
「そんなものばら撒いて、一体何をするっていうのさ?」
「もちろん。君のような魔道の頂を増やすためさ」
初めは何をバカなと思ったが、ここにはその条件が十分すぎるほど整っていることにシンジは気付いた。
必要なものは魔法使いと、その魔力と対をなす唯一無二の魔力源。その相克と相生の果てに
「魔獣は別次元の存在だが、元を正せば我々の世界の生物となんら変わりはない。むしろ人間であった可能性の方が高い。あのネフィリムがいる限り、それに惹き寄せられて極上の
一心は恍惚とした表情で自身が掲げるユートピアに酔いしれている。
「くだらないなぁ。強いやつと戦えるって点では確かに惹かれる所はあるけど、一人出来上がるのにどれだけかかるか。それより僕は今戦いたいんだ」
シンジは概念喰いを召還し、メモリーを装填する。
『Penetrate』
「この前の続きだ」
次元を穿つ斧槍を構え、彼は一心に襲い掛かった。
「はぁ……無意味と言ったはずだが?」
『Zero』
「ッ!!」
気付けばまたしてもシンジは膝をついていた。そしてその後ろで一心は何事もなかったように立っている。相変わらず何が起こったのかすら認識できない。
(空間を穿つ槍でもダメ……異空間に逃げているわけではない、か)
「君は少し投資を学ぶといい。私が君の
「ッ!? お前……僕の力を……」
言われるまで気付かなかった。一心の手にはドス黒い塊が浮いていた。六つの呪いが混ざり合い、今や名も無き一つとなったその一欠片だ。
「では、私は失礼する。何しろこれから忙しくなるのでね」
「待て……」
シンジの静止を聞くことなく、一心の不敵な笑みは背景に溶けていった。
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