第69話 禍神 -WISEMAN-

・1・


「ハハ、何度やっても同じだよ。君程度じゃ僕には勝てない」

「っるせぇ! 勝負は最後までやってみねえとわかんねぇだろうが!」


「お前を倒して……魔獣の進行を止めるッ!」

「面白い。ならば死ぬ覚悟で来い!」


 規格外の二つの戦いは混ざり合い、泥沼の乱戦へともつれ込んだ。

 ただでさえロウガには武で後れを取っているのに、ユウトはタカオ以外目に入る全ての脅威に対処しなければならない。それはタカオも同様だった。

 シンジは銃形態の概念喰いに大型メモリーを装填する。


『Exterminate ............ Freeze』


「全員まとめて凍っちゃえ!」

 直後、氷の弾丸が雨の様に射出される。それだけでなく、着弾した箇所を起点にまるで植物が成長するように、氷の大樹が爆発的な速度で次々と地面を割いて現れた。

 シンジは戦いの余波で平地となっていたこの戦場フィールドを、再び一瞬で塗り替えてしまう。


「うわあああああああああああああああああああああああッ!!」

 為す術もなく陸地から押し上げられたタカオは、そのまま自由落下するしかない。落下速度を落とすため両手を硬化させ、氷の大樹に向かって杭代わりに撃ち込もうとしたが、氷の硬度はタカオのそれをはるかに上回っていた。

「硬ぇっ!」

「タカオ!!」


『Boost Defender ......... Mix』


 空中を滑空するユウトは、鎧の魔法を展開し、自分が身に着けるのではなく、そのままタカオに投げた。

 真紅の鎧はタカオを包み、落下から彼の体を見事に守りきった。

「よかった……」

 だがユウトには安堵の息を漏らす時間はない。

「余所見をしている暇があるのか!」

「く……ッ!!」

 景色を切断する無慈悲の斬撃が、氷の大樹を根こそぎ切り裂く。直撃すればワーロックであろうがただでは済まない。ユウトは必死にかわすが、そこでさらに下からシンジが追撃してきた。

「やっぱり、あいつだけじゃ物足りないからさ……同じワーロックの力、僕にも味わわせてよ」

 白刀と斧の激しい鍔迫り合いが火花を散らす……が、


(まずい、早く離れないと……!)


 強欲を司る概念喰いには相手の力を奪い取る性質がある。すでに刃を通して、侵食は始まっていた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ッ!?」

 容赦なく斧を押し込んでくるシンジに向かって、鎧を着たタカオが背中のブースターを使って突貫してきた。

「チッ……」

 シンジは背中の大型メモリー二つを操作し、魔力弾を撃って迎撃するが、両手にシールドを装備したタカオはその全てを弾く。

 そして力いっぱい握った拳が、シンジの横腹に最高速度で叩き込まれた。

「ぐッッ!」

 さすがのシンジもくの字になって弾丸のように吹き飛び、自ら生んだ氷の大樹に激突した。また一本、大樹が盛大に崩壊していく。


「はぁ……はぁ……くっ、やった、か……?」

 鎧越しでもわかるほどタカオの息が荒い。無理もない。この短時間で死と隣り合わせの瞬間を何度も体感し、また常人ではあり得ない運動量を休みなくこなしている。今のはそれだけやってようやく届いた一発だ。


「……冗談、ここからが本番でしょ?」


「「!!」」

 直後、黒い魔力が巨大な蔦となってシンジを中心に蜘蛛の巣のように広がっていった。

「むッ!」

 危険を感じたロウガは迷わず後退し、ユウトたちとも十分距離のある氷の大樹に上った。

 蜘蛛の巣に触れた地面は次々に黒化し、シンジの命令で待機していたWEEDSたちをも巻き込んで、その体を溶かしていく。

「何だあれ……ッ」

「わからない……あれからは何も感じとれない……ッ」

 ワーロックの目ですら読み取れない完全な闇。目視するだけで無条件に胃から吐しゃ物が迫り上がる。

 あれはこの世でこれ以上ないほどおぞましい無だ。


「これが正真正銘最後の戦いだ。だから遠慮なく本気でやらせてもらうよ!」


(あれは、まずいッ!!)

 ユウトはほとんど直感でシンジへと跳んだ。次に何が来るのか、想像することさえ脳が拒否していたが、ここまでくるともはや同じワーロックであるユウト以外に対処はできない。

 止めなければ海上都市が丸ごと消える。いや、きっとそれだけでは収まらない。

 そんな絶対の予感がある。


「シンジィィィィィィッ!!」

「アハハハハハハ!!」


『Unlimited Over――』


 拳が届こうとしたその時。



 



・2・


「「「ッ!?」」」

 誰もが一瞬、眩暈だと感じたはずだ。

 だが、それでは説明できない現実が目の前には広がっていた。


「嘘だろ……」

 タカオは思わず息を飲む。


「……


 視界を覆っていた氷の大樹やおぞましい黒の侵食は綺麗に消え、破壊されたはずの廃工場すら何事もなかったようにそこにある。


 あれだけ破壊の限りを尽くして刻まれた戦いの爪痕が、一瞬のうちに夢幻へ消えた。

「この力は……」

 ユウトは全身に鳥肌が立つ感覚に襲われた。

 一つだけ覚えがあった。世界がリセットされたあの時と同じだ。



「諸君……この戦いは私が預からせてもらう」



 静寂の中、男の声が聞こえた。

「ッ……あんた、確か死んだはずじゃなかったっけ?」

 少し驚きつつも、戦いに水を差されたシンジは不機嫌そうに言った。

 彼の視線の先に、漆黒の紳士服に身を包んだ白髪の男がいた。声の感じからして年はユウトたちと二倍以上離れているように想像できたが、驚くほど若く見える。二十代後半と言われても納得できた。

(あの男がやったのか?)

 何をしたのかわからないが、これだけの規模の魔法を発動できる人間にユウトやシンジが気付かないわけがない。にも関わらず、彼の気配を今この瞬間までまったく感じなかった。

 まるでそこにいると認識したその瞬間に、この場に現れたようだ。

「我らの死闘の邪魔だ。去れ、人間」


「吉野ユウト……そしてシンジ。君たちは我が社の製品で神の領域へと至った貴重な成功サンプルだ。ワーロック同士の殺し合いなど……そんな愚かなことをされては困るのだよ」


「何わけのわかんねぇこと言ってんだ。誰だよてめぇ!」

 タカオの言葉を男は鼻で笑う。

「一度死んだ命が、今一度この世に蘇る。人はその存在を何と呼ぶか知っているかね?」

「……」

 全員が口を噤んだ。一見世迷言のように聞こえるが、そう思えない力を本能が感じていた。

 男はゆっくりと答えを告げる。


「……神だ」


 再びこの世に蘇ったその男――宗像一心むなかたいっしんは、一振りのを虚空から取り出す。


「ッ!!!!」

「時は来た……今ここより、理想郷の扉は開かれる」

 空から光が消えた。天にかざした刃に、全ての光が飲み込まれていく。まるで光を逃がさないブラックホールのように。

 そしてその光を閉じ込めた伊弉冉を、彼は腰に差していた機械仕掛けの鞘に差し込んだ。

「……解錠」


『Utopia ...... Open』


 直後、光は爆発した。

「何だッ!!」

 彼を包むのは星のように神秘的な黒碧の衣。冬馬たちが使っていたネビロスリングの系統に見えるが、近代的なデザインの鎧ではない。どちらかというとユウトの纏に近い。

 一心は燃え滾るような赤い双眸で、ユウトたちを見下ろした。

「三人目のワーロックッ!?」


「残念ながら私は君たちのような純粋なワーロックではない。これはこの刀いざなみの力でね。私の研究の最終成果でもある。さしずめ人工的に生み出した神の領域……『ワイズマン』と言ったところか」


「……ワイズ、マン」

 その名を聞いて真っ先にあのおぞましい研究をユウトは思い出した。

「お前が……」

 この男こそがレヴィルや夜泉、飛角やロシャードの運命を狂わせたそもそもの元凶。そして今の夜泉を縛っている鎖だ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


『Eclipse Blade Mix』


 気づけばユウトは黒白の双銃剣を持って駆けだしていた。


「死人は死人らしく大人しく寝てなよ……目障りだ!」


『Exterminate ............ Violation』


 シンジも斧を担いで一心に襲い掛かる。


「やれやれ。これ以上、大事なサンプルを傷物にしたくはないのだが……」

 ため息を吐いた一心は、鞘の取り付けられた制御装置を起動した。



『Zero』



「「ッ!?」」

 次の瞬間、全ては終わった。

「何……ッ!」

「く……ッ!」


 気付いたときには、ユウトとシンジは


「全ては無意味に終わる。理想郷の管理者である私に、君たちは触れることさえできはしない」

 一心は余裕綽々の笑みを浮かべる。

「次は君だ」

「貴様……今何をした?」

 ロウガは一切の油断なく剣を構えた。

「安心したまえ。彼ら同様殺しはしない。数多の世界から魔獣を呼び寄せるその力は、我が社にとっても非常に有益だ」

「俺は貴様の商品になる気はない」

「その必要もない。君はただ存在するだけでいい。無論、然るべき管理はさせてもらうがね」

 一心は一歩一歩、確実にロウガへと歩を進めていく。

「ふざけるなッ!」

「ふむ……その刀は不要だな」


『Zero』


 再び世界が歪む。気付いた時にはロウガの愛刀は跡形もなく消失していた。

「ッ!?」

「ふん」

 刀を失ったロウガに脅威を感じなくなったのか、一心は最後に残ったタカオに目を向けた。

「……ッ」

「さて、君を生かす理由は特にない」

 一心は腰に差した伊弉冉の柄を握る。同時に制御装置を指で叩いた。


『Infinity』


 鞘から解錠音と噴出音が同時に聞こえ、極光を纏った刀身が再びその身を露わにする。全員に戦慄が走った。

 タカオは一心を迎え撃つため魔法を発動しようとしたが、

「ッ!? 魔法が……!!」

 何故か腕輪がいつものように光を灯さない。

「私に腕輪の魔法は無意味だ」

「タカオ……逃げろ!!」

「言ったはずだ。無意味だと」

 いつの間にか距離を詰めていた一心が刀を振り下ろす。


 その瞬間、


 空から無数の雷光が彼へと降り注いだ。

「タカオッ!!」

「げほっげほっ! 大丈夫だ!」

 砂埃の中からタカオの声が聞こえた。雷光は正確に一心のみを狙い、彼には傷一つ付けていなかったのだ。

 それだけではない。

「効いて……る」

 触れることすら叶わなかった一心の袖の端が、わずかに焦げているのユウトは見た。

 さらに彼を逃がさぬように、遠方から覚えのある黒の弾丸が襲う。

(あれはアリサのッ! 無事だったのか!?)

「ッ……猪口才な!」

 だがこちらはハエを叩くように手で簡単に払われてしまう。


「ようやく見つけたわ……バカユウト」


 白い神衣に煌刃の翼を広げた少女が天から舞い降りる。そのあまりに鮮麗な姿は、まるで天使のようだとさえ思えた。

「……刹那、なのか?」

 彼女は静かに頷き、身の丈ほどある巨大な大剣を構えた。

「あいつの腕輪を機能停止できない所を見ると、どうやらアンタの無効化も効果範囲があるみたいね。ま、私は使ってないから関係ないけど」


「……フン、伊弉諾の巫女。リングホルダーではない君の相手をしている時間はない」

 興が削がれたのか、一心が伊弉冉を鞘へと戻す。するとその姿が徐々にぼやけ始めた。距離感が掴めなくなる。

(まただ。いきなり現れた時やタカオに迫った時と同じ……自分の存在そのものを消してるのか?)

「ちょっ……逃げる気!?」

「言ったはずだ。私は忙しいと。君には然るべき相手を向かわせる。今しばらく待ちたまえ」

「ッ……それって」

 一心は遠くにいる者も含めてあたりを見回すと、深く一礼した。


「諸君……続きはまたの機会としよう。せっかくだ。これから始まる我が理想郷を心ゆくまで楽しんでくれたまえ」


 そう言い残し、ワイズマンは完全に消えた。

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