行間7-2
・1・
「ハッ! だから旦那なんて顎で使ってやるくらいがちょうどいいんだよ」
「ダメだよ青ちゃんそんなこと言っちゃ~。隣でレオンさんが疲れた目をしてるよ? ……ってあれ? 青ちゃん、そんなに大きかったっけ?」
「何言ってんだお前? 私は元々これくらいだ。喧嘩売ってんのか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……うん?」
ファミレスで料理を待つ戦場青子と鳶谷赤理。彼女たちは珍しくそれぞれの婚約者と共に会話を楽しんでいた。
「クク……相変わらず尻に敷かれてるな」
赤理の隣に座るアーロンは吹き出しそうになるのを堪えつつ、レオンの肩を叩いて慰めた。
「ついに恋人と念願の婚約ができたんだ。喜べよ、警務部隊隊長殿」
「まぁ……そうなんですけど」
力なく頷くレオン。しかしその表情はどこか明るい。
「ウフフ。ロマンチックですよね~。青ちゃんもこんないい人がいるならもっと早く教えてくれればよかったのに~」
「まぁ……これで私も晴れて寿退社確定というわけだ。あの神凪とかいういけ好かない野郎の下で働く必要もなくなる」
「あ、照れ隠しだ」
「……ッ、フン……」
ニヤつく赤理から、青子は顔を逸らした。腕を組んだ彼女の薬指には銀色のシンプルな指輪が見える。
「そう言うお前も、どうしてこんな筋肉ダルマと同棲してるんだ? 未だに理解に苦しむぞ」
「ほう……言うじゃねえかこのアマ……ッ」
アーロンの額がピクピクと痙攣する。しかし、そんな彼に赤理は横から抱き着いてこう言った。
「エヘヘ。クマさんみたいで私は好きですよ? 何より頼りになるし」
「ちょっ、赤理さんッ……近ッ!?」
アーロンの顔がみるみる赤くなる。
((意外とウブだな))
目の前で見せつけられる甘酸っぱい光景に、青子とレオンは全く同じ感想を抱いた。
「で、そっちのメイドは?」
青子はアーロンの隣に座るメイド姿の白人女性に目を向けた。
「彼女はレーシャさん。アーロンさんの古いお知り合いで、お仕事なくなっちゃったから、今はうちでお手伝いさんとして働いてもらってます」
赤理は彼女を紹介した。そして今まで一言も言葉を発さなかったレーシャも、自分が話題に取り上げられたことでようやくその口を開いた。
「初めまして。レーシャ・チェルベルジーと申します。主に家事全般のお手伝い、旦那様の愛人などをさせていただいております。以後、お見知りおきを」
「「「えっ!?」」」
青子はギロッとアーロンを睨むが、当のアーロンはブンブン首を横に振っている。その後、揃って二人は恐る恐る隣の赤理の方を向いた。
「奥様だなんて……ッ! もうレーシャさんったら~。結婚はまだ準備とかたくさんあるし先だよ~♡」
(いや、そこじゃないだろッ!!)
青子は思わず声に出そうになった言葉を全力で押し殺した。
「けど、使用人雇えるなんてかなりお金に余裕があるんですね」
「こいつは教師なんて酔狂な仕事をやってるが、戦術武装や医療用アーム、宇宙開発用ドローンとかの技術特許を持ってるからな。何もしなくてもある程度の金は入ってくる」
レオンの言葉に青子が代わりに答えた。
「実際、私の給料もいいのでがっぽがっぽです」
レーシャも人差し指と親指で輪を作って頷く。
「あはは……そんなに大したものじゃないんですけどね」
「まぁいい」
青子はコーヒーを啜ったカップをゆっくりと置いた。
「結婚はまだとはいえお互い子持ち。仕事も忙しい身だ。何かあったら頼れ。私も頼らせてもらう」
青子の言葉に赤理の顔がパァと明るくなった。
「青ちゃんありがと~ッ」
「バッ!? わざわざテーブルまたいで抱き着いてくるな!!」
・2・
「どうしてこうなったんだろう……」
「……非常事態」
レヴィル・メイブリクとハンナは、ファミレスの向かい側のジャンクフード店から、オレンジジュースを飲みながら青子や赤理の様子を伺っていた。
週に一回、彼女たちはこうして食事をしているのは知っている。レヴィルも何度か参加したことがある。
だがそこに男の姿など今まで一度もなかったはずだ。
いや、それ以前に――
いつの間にかレヴィルは赤理たちの。ハンナは青子たちの養子ということになっていた。
もう何が何だかわからない。別に現状に不満があるわけではないが、あまりに唐突すぎてついていけない。というより絶対おかしい。
「レオンの隣にいる人……写真で見た」
「青子さんのこと?」
ハンナは首を傾げた。名前までは知らないらしい。
「……」
レヴィルもふと思い出した。青子の部屋の片づけをしていた時、今彼女が身に着けているあの指輪と同じものを見たことがある。その時、もしかすると体が小さくなる前は恋人がいたのではないかと考えたことがあった。
ああ見えてもかなり面倒見のいい人だ。彼女の元で育ったから、自分を救ってくれた今のユウトがいる。一緒に生活する中でレヴィルはそれを強く実感していた。
レヴィルは同じ一人の女として、彼女を心の底から尊敬しているのだ。
そんな彼女だ。恋人がいてもなんら不思議ではない。結局本人にどう聞いたものかと迷ったまま、聞けなかったが。
(……もしかして、あの人だったのかな?)
***
店から出たレヴィルとハンナは、近くの公園に移動して作戦会議を始めた。
「とにかく、覚えている私たちがどうにかしないと!」
レヴィルは拳を胸元で強く握って言った。
つい先日まで、海上都市は地獄と化していたはずなのだ。それが一瞬で平和な日常へと戻った。誰も覚えていない。まるで自分だけが覚えているあの現実こそが夢だとでも言うように。
だがそれはことレヴィルに関しては絶対にあり得ない。もしそうならば、彼女の手にあるものの説明がつかない。
(……腕輪の欠片。兄さんの生きた証)
折り畳み式のケースに収められた欠片をレヴィルはジッと見つめた。ルーンの腕輪としての力は失われたただの破片。だがこれは兄の罪の証拠。同時に、ユウトたちが暗闇から自分を救ってくれた確かな証だ。
夢などではない決してない。
「でも、どうやって?」
「それは……」
どうしてみんな何も覚えていないのか? どうして自分たちだけが無事なのか? 何かアクションを起こそうにも、あまりに情報が少なすぎる。
ふと、ユウトの顔が浮かんだ。そして青子やシャングリラの人たちの顔も。
(落ち着いて……こんな時、私の大好きな人達なら)
レヴィルは一度深呼吸をする。
(あの人なら――)
落ち着いて、少女は言葉を
「まずは私たち以外にも覚えている人を探そう。大丈夫。きっとまだ戦ってる人はいるはずだよ」
きっと、彼らならこうする。きっと、彼なら最後まで諦めない。
ハンナも頷いた。そして少女の諦めない姿勢に押され何かに気づいたのか、彼女はこう言った。
「……もしかすると、レオンは戻せるかも。私とあいつは――」
その時、ドサッと鈍い音が背後の茂みから聞こえた。
「……血の臭い」
ハンナの静かな声に確かな険しさが宿る。レヴィルも何となく直感で同じことを思いついていた。
「……ッ……う……」
二人が警戒する中、茂みの中から小さな体が這い出てきた。
「イスカさんッ!!」
そこにいたのは血を流し、衰弱しきったイスカだった。レヴィルはすぐに近寄り、彼女の体を起こす。
「酷い怪我……」
「……て……」
腹部には何かで刺されたような傷があり、彼女は荒げた息遣いのまま、レヴィルたちに何かを伝えようと必死に口を開く。
「……げ、て……」
「いったい……何があったんですか?」
「逃げ、て!!」
「え……ッ」
その時、轟音と共に巨大な影が公園の中心に落下した。
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